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二十八話 困惑少女

 えー……言い訳は後書きでします。とりあえず本編、どうぞ。

「……いくらなんでも遅すぎねぇか、おい」


 タカトの病室を出て、待合室でカナタと叶が病院で叶の両親を待つことさらに数時間。そろそろ日付を跨ごうかというのに……待てど暮らせど叶の両親は病院に現れなかった。しばらく叶と共に大人しく待っていたカナタだったもののさすがに焦れはじめ、我慢できなくなって叶に尋ねた。


「なぁ。お前の両親、携帯とか持ってねぇの?」


「……私の両親、どっちもいまどき珍しいほど機械に疎くてさ。携帯持ってるの、家族で私だけなのよ。今まではそれでもどうにかなってたんだけどね……」


「……なるほど。……でもさっきかけたあの番号、母って登録してあるやつだったから、てっきり母親の携帯かなんかだと……」


「……言葉の綾よ。母さんが専業主婦で必ず家にいるから、いつも電話に出る人って意味で母って登録しといただけ」


 などと話し続けてはいるものの、叶にも疲れの色が見え初めているのでただ待ち続けるのもそろそろ限界だ。一応カナタは叶に何度か眠って休むよう勧めたのだが……おそらく一人になるのが心細い上に、少しでも早く信頼できる人間に会いたいのだろう……断られてしまっていた。


(……無理もねぇんだけど……いい加減俺も気まずさに耐えられなくなってきた……オヤジ早く来ねぇかな……)


 失礼とは分かっていつつもカナタが気疲れしてきた時、病院の壁に反響して足音と呼び声が聞こえてきた。


「カナタ!」


「……オヤジ!」


 カナタが男性の声に反応して立ち上がった気配がしたので叶がそちらに振り向くと、鋭い目つきの男性が革靴をカツカツと鳴らしながらこちらに歩いてくるところだった。


「悪いな、かなり遅くなっちまった」


「俺のことはいい。それより……」


 あっちに、と促すカナタに従い、男性は叶に近付き、頭を下げた。


「……遅くなって申し訳ない。殲士統括組織“夜鷹”司令官、園田春樹と申します」


「……広橋、叶、です……」


「……ご両親は、まだ?」


「……えぇ……車を点検に出しているので、公共交通機関で来ると思うんですが……家が住宅街の奥まったところにある上にもうこの時間ですし、そもそもタクシーを拾うのにも時間がかかっているのかも……」


 叶の言葉を聞いて、春樹がそうですか、と言った後、しばしその場には沈黙が落ちた。が、すぐに春樹はカナタに向き直って言った。


「……カナタ、お前は一旦アジトに戻れ。車を外に待たせてある」


「了解。……けど、いいのかよ? オヤジだけが残るより、俺も一緒に残った方が……」


「別に戦闘になるわけじゃないし、妖獣災害に巻き込まれた方々への説明は俺の仕事だ。責任は果たさないとな。……それに、俺も殲士の端くれだ。万が一妖獣がここに現れたって、どうにかしてみせるさ」


 それを聞いて、カナタは一瞬気にかけるように叶に視線をやったが、すぐに視線を戻して頷いた。


「……わかった。じゃあ、俺はまた任務に?」


「いや、もう向こうにはサチとレイカを向かわせた。ミチルたちと合流して見回り始めたってさっき連絡があったから、お前はもう上がっていいぞ」


「女性陣に囲まれちまったのか。タイガの奴、気の毒に……」


「……口元が笑ってんぞ、カナタ。面白がってんだろ」


「まぁな」


 心配するようなことを言いつつもクククと笑うカナタに、春樹も薄く笑いながら軽い拳骨を落としたが、次の瞬間には表情を引き締めて叶に向き直った。


「……先ほどもう一度確認させましたが、何度お宅の電話番号にコールしても反応がないそうです。おそらくこちらに向かう途中で渋滞か何かに巻き込まれてしまっているのだと思われますが……このままここで待たれますか? 一度家に戻られるのなら、お送りしますが」


「……このまま、ここで待ちます……普段、家には必ず母がいるので、家の鍵を持ち歩いていませんし……」


「……なるほど。わかりました、では私も待たせていただきます」


 春樹はそう答え、叶の隣に座った。それを見計らって、カナタは片手をあげた。


「んじゃ、俺は行くぜ。じゃあな、広橋」


「あ……うん……」


 あまりにもサッパリとした仕草だったのでそのような反応しか返せず、もっと何か言うべきなのではないかと思ったときにはもうカナタの姿は見えなくなっていた。しかも。


「……そういえば……お礼、言い損ねた……」


 ということにすら今更気付く始末。どれほど自分に余裕がなかったのか、思い知らされたような気がした。


「私が伝えておきますよ。……いや、あいつのことだ。明日、学校サボって来るかもしれない」


「……あ、そっか。学校……」


「……明日……というか、もう今日になりつつありますが……念のためお聞ききしますが、学校は休まれますか?」


「……はい。こんな心理状態じゃ、学校に行っても平静じゃいられませんし……やっぱり知られちゃ、まずいんでしょう……?」


「……えぇ。……奴らが対策できる類のモノなら、むしろ公表することで被害を縮小することもできるのですが……妖獣ってのはある意味災害みたいなものです。防ぎようがないものを知らせて、人々に怯えたまま暮らして欲しくはありません」


 少々悔しそうに言う春樹に、叶はゆっくりと頷いた。春樹が言ったことは事実であるということは、心理的に余裕のない叶にもわかった。妖獣は通りがかった人間を襲い、食す。それは生きるための行動であり、仕方のないことなのだと。


 そんな叶の様子を見た春樹は、内容はともかく、会話すること事態は叶の気晴らしになっているのかもしれないと思い、もう少しだけ話を続けることにした。


「……奴らが隔世に居る段階で発見できる装置も、開発中ではあるんですが……何分、別世界を相手にしているので、上手くいっていないのが現実です……」


「……それは、どんな……?」


「言うなれば……妖獣レーダー、といったところでしょうか。奴らが人間を隔世に引き込む際には、必ず現世とのズレが生じます。空間的なこともそうですが、一番分かりやすいのはその場所だけ一瞬魔洸がなくなるということです」


「……なるほど。一瞬だけ魔洸の反応が完全になくなるということは、すなわちそこが異世界と繋がった、ということなわけですね」


「……ですが実はこれも、そう有効なものではないんです。隔世の反応を追うということは、すなわち妖獣がこっちに来た“後”にしか探知できないということですから……どうにか水際で最後の一線を守るのに役立っている、という程度です」


「……最後の一線?」


「妖獣にはあらゆる個体がいますが、ごく稀にこちら側の世界へ侵入してこようとする妖獣がいるんです。暴れ方のパターンから推測するに、知能はそう高くないらしいのですが……これがまたそれを補って余りあるほどにえらくタフで。現世こっちに来られると非常に厄介なんです」


「……そんなのまで、いるんですか……」


 春樹の言ったことを想像し、叶は思わず身震いした。自分たちを襲った怪物は、一体だけでも一般人である自分たちにとっては十分な脅威だった。だというのに、さらに巨大で凶暴な妖獣が存在するというのだから。


「幸いなことに、巨大妖獣がこちらに現れて暴れまくった記録はそう多く存在している訳ではありません。私が夜鷹の司令官を務めている30年の中で、流入があったのはたったの4回です。そうそう現れるものではないようですので、そこまで過度に警戒すべきものでもないかと」


「……なら、安心ですね…………あふ……」


 春樹の話にゾッとした叶だったが、そう数が多いわけではないという春樹の話を聞いて図らずも少し安心した叶は、思わず小さな欠伸を漏らした。慌てて頭を振る叶を見て、春樹は同情の眼差しを向けてしまう。


(……無理もない。一夜にしていろいろなことが起こりすぎた。限界が感じられないくらい、疲労が溜まってしまっているんだろう。……それにしても、これだけ待っても彼女の両親が到着しないとは……ここまで遅くなればどんな辺鄙な駅だってタクシーは拾えるし、そうできない理由があるとしても公衆電話から連絡くらい……っと、それよりも)


 未だに叶の両親がやってこないことに疑問を覚えつつも、春樹はまず叶を休ませることが先決だと思い、叶にそっと話しかけた。


「……ご両親がいらっしゃったら必ずお知らせします。少し休まれた方がいい」


「……でも……」


「見たところ、かなりお疲れのご様子です。ご両親が到着されても肝心のあなたがその状態では、ご両親も安心できないでしょう?」


「……そう、ですね……わかりました……」


 先ほどカナタに勧められても拒んでいた叶だったが、彼と違って相手が大人だからだろうか、春樹の言葉には安心感と若干の強制力があり、叶は大人しく頷いた。それを見て、春樹は病院のスタッフを呼んでくれたので、叶はスタッフの誘導に従って先ほどと同じ病室に戻り、ベッドに倒れこんだ。気を張っていたためか眠気を感じてはいなかったものの、体の方が限界だったようで叶はすぐに泥のように眠った。






 結局。一晩待っても、叶の両親は現れなかった。数時間眠って多少体の疲れは取れたものの、ぐっすり眠れるはずがない上に心理的な不安感までは拭えるはずもなく、叶は俯いたまま病院のロビーにいた。既に診療時間となっているため先ほどから人が入れ代わり立ち代わりしている中、叶だけは微動だにせずにソファに座り続けていた。その、叶の耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある少年の声だった。


「広橋!」


「……ハルカ……」


 やってきたのは、昨夜出会ったばかりの殲士の少年。カナタは叶に近づいてくると、視線以外を動かそうとしない叶を見てぎくりとしながらも、恐る恐る尋ねた。


「……おい、まさかずっと……」


「……ううん。園田さんがどうしても休めって言ってくれたから、一応睡眠はとったよ……ちょっとだけ、だけど……」


「……で、いまだに一人でいるってことは、もしかして両親来てねぇのか……?」


「……うん……もう、何かあったとしか……」


 そう言って、さらに俯いてしまう叶。カナタは少々慌てるものの、心中はそれ以上に動揺していた。


(おいおい……一晩中待って連絡なしって……それは合流できないとかいうの越えて、“行方不明”って言うべきものだろ……)


「……オヤジは?」


「……ちょっと仕事の電話するって、外に……」


 そうか、とカナタが呟いたのを最後に、会話が途切れてしまう。昨夜に引き続いて気まずくなってしまった空気をどうにかするため、カナタは思いつきで言った。


「……なっ、なぁ。……俺たちのアジト、来ねぇか? ここにいても、することねぇだろ?」


「……え……」


 案の定叶は面食らっているが、適当に口から出まかせで言った割には意外といい案なのではないかとカナタは思い、続けて説得するような口調で言った。


「……タカトはまだ回復にしばらくかかるし……お前、ここにいるってことは学校休んだんだろ? ……正直、ここにいても……」


「……でも、母さんたちが……」


「……一晩待って来なかったってことは……言いたかねぇけど、何かあった可能性が高い。……オヤジが探してくれるから、その間アジトで一緒に待ってようぜ。さすがに同年代の奴らはみんな学校だろうけど、話し相手くらいならいるからさ」


「…………」


 カナタが親切心で言っているということは分かるものの、叶はやはり逡巡していた。カナタの言うとおり、一晩中待って、かつ病院が動き出す時間まで来ないなどということはありえない。たとえ昨夜事情があって動けなかったのだとしても、とうの昔に夜は明けていて、どんなに本数が少ない公共交通機関も動いている時間帯だ。確かに現状このまま待っていても、合流できる見込みはほぼないだろう。


 ……が、そう簡単に納得できるはずもない。自分の親の安否が気遣われる状況で、合流場所を離れるというのは抵抗があった。そうして悩んでいるところに、電話を終えたらしい春樹が戻ってきた。


「……お待たせしました……っと、なんだカナタ。やっぱ来てたのか」


「なんだはねぇだろオヤジ。俺だってこれでも心配してんだぜ。……そうだ、ついでに聞くけどさ、アジトに連れてってもいいか? こいつ」


 こいつ呼ばわりされたことに叶は若干ムッとしたが、春樹はそれどころではなく目を覆って脱力していた。


「カナタお前……もう説明したとはいえ、一応夜鷹は防衛省の最重要機密事項だぞ……軽々しく拠点に一般人を招くとか言うんじゃない…………良いけどさ」


「良いのかよ!」


 説教を垂れた割にはあっさり許可した春樹に、ダメだと言われるのかと思って身構えていたカナタは思わずツッコんでしまった。許可が出たという事実に、招かれる当事者の叶も唖然としている。


「ま、お前が言わなきゃ俺から提案するつもりだったしな。お前から言ってくれたんならちょうどいいや。……で、どうなさいますか? このバカの言うとおり、我々の拠点に来られますか?」


 バカとか言うな、とふて腐れているカナタを見ながら、叶はもう一度冷静に考えた。


 両親のことは当然とても心配だが、二人から再三言われた通り、正直病院に居ても何もすることがない。むしろ2人にも病院の人にも余計な気を遣わせてしまうだけだろう。そうなるくらいなら、いっそのことカナタたちの言うとおり、彼らのアジトとやらに行ってしまう方が面倒をかけなくて済むのではないだろうか。目を閉じてそこまで熟考した叶は、目を開けて2人に言った。


「……わかり、ました。お二人の言うとおりにします。……その前に、タカトに会わせてください」


 叶は彼らの提案に乗ることにした。それを聞いて春樹は頷き、カナタはニヤリと笑った。そしてカナタは、叶を連れてタカトの病室へと向かった。






 タカトの病室に入った叶は、外で待ってくれているカナタに感謝しつつベッドの上のタカトに近づいた。そっとタカトの頭を撫でるが、やはり体調は病院に運び込まれた時よりも向上しているようで、体温も暖かくなっているし呼吸も安定している。それにホッとしつつ、叶はそっとタカトに語りかけた。


「……タカト。お姉ちゃん、ちょっと出かけてくるね。……必ず、また来るから。元気になって待っててね」


 もう一度、今度は心なしか強めにタカトの頭を撫でると、叶は名残惜しく思いつつも踵を返し、ドアの外へ出た。そこで待っていたカナタに頷き、叶はカナタの先導で歩いて行った。






「……ここ……?」


 カナタと共に乗り込んだ車で病院から離れ、移動すること数十分。車が止まった場所の光景を見て、叶は思わず呟いてしまった。それもそのはず、その場所とは見るからに一般人が入ってはいけないような廃ビル。……いや、いけないような、どころではなく後方の柵を見ると立ち入り禁止の張り紙がしっかりしてある。


「ま、秘密組織の隠れ家としちゃオーソドックスだろ?」


「そうだけど……」


 一般に存在を知られてはいけない組織の拠点としては最適なのかもしれないが、あまりにも日常とかけ離れた光景なので心理的に引いている叶をよそに、カナタは慣れたようにビルに向かった。叶はしばし唖然としていたが、ついて来ていないことに気付いたカナタが振り返って彼女を急かしたため、仕方なくカナタのいる方に向かって歩きながらため息を吐いた。


(……はぁ……動揺してたとはいえ、なんで付いて来ちゃったんだろ……)






 カナタは叶を廃墟の中に連れていき、エレベーターの中に連れ込んだ。(ボロい……)と思いつつ壁に寄りかかり、カナタに訝しげな視線を送る。エレベーターの中に入って気付いたが、そもそも電気が通っていないのか階層選択パネルにランプが灯っていないことに気付いたからだ。


「……で? こっからどうやって行くのよ? 見た感じ見事な廃墟だけど……」


「ま、それとすぐ分かるようなとこじゃ困るからな。……あ、そこあけて」


 カナタに頼まれ、エレベーター端に寄って鏡の前を空ける叶。鏡の前に立ったカナタは、今一階にいるにも関わらずエレベーターの一階のパネルを押した。当然ランプはつかない。なにをやっているのか、と訝しげな表情になる叶だったが、それに構わずカナタは至極まじめな表情で何かを言い始めた。


「コードネーム・ハルカ カナタ。パスワード……」


 と、複雑なアルファベットと数字の羅列を呟き始めた。何やってんだコイツ、という目で叶がカナタを見始めたころ、カナタの呟きが終わった。


「……何よ、今の」


 ボソッと叶が言った瞬間、エレベーターが“下”に動き出した。階層表示は一階から上にしかないのに、だ。驚いて固まる叶に、カナタが先ほどの呟きに対して答えた。


「侵入者対策だよ。あのボタンと鏡はダミーでさ、ボタンに触れた指の指紋とパスワード発声の声紋、鏡に映った顔、そして定期的に変わるパスワードの発声によって本人確認をしてるんだ」


「……私、そのひとつも登録してないんだけど……」


「心配すんな。オヤジがお前のこと連絡しといたそうだから、通報されることはねぇよ」


 肩をすくめて言ったカナタにため息を吐いた瞬間、エレベーターが停止し、扉が開いた。さてどんな場所なのか、と叶はエレベーターを降りたカナタについて行った。






(……なんか、すごいわね……)


 室内にも関わらずブースごとに分かれていることにも驚いたが、叶が驚いたのはすれ違う職員らしき人々が、ほぼ必ずと言っていいほどカナタに話しかけてくることだ。


「なんだカナタ、また戻ってきたのか? ……彼女連れ? けしからん……」


「ちげぇよ! あんた、自分に彼女がいないからって……」


「るせぇな!」


 なんて会話を若い男性としていたり。


「あらカナタ君、久しぶり。また背伸びた?」


「まぁね。もうすぐ170……いくつだったっけ、忘れちった。伸びるのは嬉しいんだけどさ、あんまり急激に伸びすぎると成長痛が……」


「そればかりは仕方ないわよね……まぁ戦闘にも影響することだし、一応医務室行っときな?」


「あんがと、そうするよ」


 と、若い女性と話していたり。


「あれ、じっちゃん!? どーしたんだそのギプス!?」


「おぉ、カナタか。古書の整理をしていたら、腰をやっちまっての……」


「だから俺が手伝うって言ったじゃんよ! あのバックナンバー、クッソ重いんだから無茶しちゃダメだって……」


と、白髪で腰に包帯を巻いた老人と話していたり。とにかくいろいろな人に呼び止められていた。


「……随分人気者なのね、あんた」


「ま、俺にとっちゃここの人達は家族みたいなもんだからね。いろいろ世話になってるよ」


「ふーん……」


 カナタが最後にすれ違った人と話し終わった後に思わず叶がそう言うと、カナタは恥ずかしがりもせず肯定した。叶は若干意外に思いつつ、カナタの案内についてさらに奥へと歩いて行った。






「……あれ?」


 とりあえずリラックスして話せて人の多い場所に行こうと思い談話室に叶を連れていったカナタだったが、そこで意外な人物が談笑しているのを見て近付いた。


「……ミチルに、サチ? 何やってんだお前ら、学校じゃねぇのか?」


「あ、カナタくん。私は創立記念日だから休み。サチちゃんは……」


「疲れたから休んだ」


 ミチルの言葉を引き継いで話したのは、サイドテールの無表情な少女。だがその無表情の中に、彼女が言ったように若干の疲れが混ざっているように見えた。


「疲れたって……出たのか?」


「うん……二体同時に……」


「……大変だったんだな、そっち……で? レイカとタイガは……」


「レイカは“大丈夫”って言って学校行った。タイガは、バテてぶっ倒れてる」


 なぜかVサイン(ただし無表情)してくる少女に、カナタは溜息をつき、ミチルは乾いた笑い声を上げていた。


「……だろうな」


「あはは……ま、まぁ仕方ないと思うよ? タイガくんは殲士になったばっかりなんだから」


「まぁ、確かにそうなんだけどよ。あいつ、あれほど魔洸のペース配分には注意しろって言っといたのに……」


 はぁ、と溜息をついたカナタだったが、ふと視線を感じて振り返ると、


「……………………」


と、会話に置いてきぼりにされたために微妙な表情で叶が見つめていることに気付き、慌てて叶に二人を紹介した。


「わ、悪い! 紹介するよ。メガネでショートカットの方が、ヒカリ ミチル。弓を使う殲士で、かなりの天然娘だ。で、こっちのサイドテールの方が、マコト サチ。クナイを使う殲士。基本無表情だから分かりにくいけど、意外と中身は腹黒いから気をつけ……痛ってぇ!!!」


「腹黒く、ない。失礼な」


「イテテテテ! おい! ちょっとしたジョークだろうが! 本気で踏みつけ、ちょっ、踵でグリグリすんじゃねえぇぇぇ!!!」


「……あ、あはは……」


 紹介している途中で突然カナタが騒ぎ出したので何事かと思った叶だったが、ふとカナタの足元を見ると無表情ながらもどこか怒ったような雰囲気で、サチがカナタの足先を踵で思い切り踏みつけていた。カナタの台詞とリアクションに、ミチルは苦笑していた。


「……え、えーと……わ、私は、広橋 叶。よろしく」


 反応すると面倒なことになりそうだったのでとりあえず痛みに悶えているカナタは無視し、叶はさっさと自己紹介を済ませた。


「よろしく。……新顔ってことは、殲士になるの? ……でも、それにしては……」


「え……」


「……いや、違ぇよ」


 サチが言った言葉に叶は驚いたが、それにはようやく足を解放されたものの、痛がっているカナタが答えた。どうやらサチが最後にボソッと何か言ったことには気づかなかったようだ。


「彼女は昨日襲われた被害者だ。両親に連絡したんだが、一晩待っても連絡が取れなくてな。一旦こっちに来てもらったんだ」


「……なるほど。それで談話室に連れてきたのね」


「まぁとにかく、一旦座ろうよ。コーヒーでいい?」


「あぁ、頼む。……広橋は?」


「……同じので」


 はーい、と言ってコーヒーメーカーに向かうミチルを見送り、叶はカナタとサチの勧めでソファに座る。特にすることもないので抜かい側に座って首を回しているカナタを眺めていると、ほどなくしてミチル戻ってきてコーヒーを叶の前に置いた。


「どうぞ」


「……あ、ありがとう……」


 せっかくなので頂こうと、叶はミチルが置いてくれたコーヒーを一口飲む。たったひとくち口に含んだだけなのにコーヒーの苦みと暖かさが染み渡り、叶は無意識にホッと息を吐いていた。


「……おいしい……」


「それはよかった」


 叶が思わず漏らした感想に、ミチルはにっこりと笑って応え、カナタの前にもコーヒーを置いて叶の隣に座った。


「サンキュ。……そういやサチ、そろそろ武具のメンテだったろ。もう出してきたのか?」


「私のは延期。タイガの武具の緊急メンテが入っちゃったから。……ま、新人だから加減がわからないせいなんだろうけどさ」


「でも、こうまで故障が頻繁なようだと……武具自体が合ってねぇのかもな。選定し直すか」


「そうだね。今使ってる長刀って刃部が一直線だから、結構魔洸の固定に神経使うし。タイガくんに合いそうなのって考えると、選定の時にそこそこ使いやすそうだった長物……例えば薙刀なんかがいいかもね」


「長物なぁ……」


 と、話し込み始めてしまった三人を眺めつつ、叶はコーヒーをちびちびと飲んでいた。


(……あー……何話してんのかわかんねー……でもまぁ、だからって今さら入るのもなんか難し……)


 ぐぅううう。


 ……という効果音が突然聞こえ、話していた三人は目をパチクリと瞬いた。その発生源は……


「……ごめん……!」


 かなり恥ずかしそうに赤面している叶。正確に言えば、その腹部だった。初めはキョトンとしていた三人だったが、やがてカナタが顔を背けて肩を震わせ始めた。顔が見えなくても叶にはわかった。あれは間違いなく爆笑していると。


「……ク、クククク……! そ、そうか。そうだよな。昨日妖獣に襲われてからずっと病院にいたんだから、そりゃ腹減ってて当然……プッ、クククク……!」


「カ、カナタくん、笑い過ぎ! ……え、えっと、大したものはないけど……サンドイッチくらいならあるから。持ってくるね!」


 笑い続けるカナタをあわあわしながらも窘め、ミチルは先ほどのコーヒーメーカーの隣にある軽食コーナーに慌てて向かった。そこまで見届け、サチはいまだに笑い続けているカナタにチョップを食らわせた。


「いーかげんにストップ、カナタ」


「いで」


 サチチョップの痛みでカナタはようやく少しだけ落ち着き、笑いが治まったころにミチルが帰ってきた。……皿に山盛りのサンドイッチ(当然手作りではなくコンビニで売っているようなパッケージングされたものだが)を載せて。それをテーブルの上にドンと置き、ミチルは叶に向き直った。


「はいっ! どうぞ!」


「いや……ちょ……」


 いくら空腹だからと言ってこれは無理だろうと思った叶は思わず言葉に詰まる。その様子を見て、カナタとサチは思わずツッコんでいた。


「「いや、多すぎ」」


「え? ……うわ!? なにこれ!?」


「いや、なにって……お前が持ってきたんだろ」


「ご、ごめん。とりあえず好みがわからないから適当に持ってこようと思ったら……」


「ミチル、広橋さんが大食いに見えた?」


「違うよ!? そういう意味じゃなくて!!」


 カナタとサチにいじられてあたふたしているミチルを見て、叶はようやく先ほどカナタが言っていた“ミチルがかなりの天然”だということについて納得できた。まぁ、悪意がある意地悪でない分好感は持てるが。と、いじることに満足したのかカナタは手を叩き、手をぐるぐる回して弁明しているミチルをなだめた。


「はいはい、悪かったって、ミチル。ありがとうな、持ってきてくれて」


「うー……」


「ま、いろいろあったが広橋。遠慮せず食いな。……でもこんだけの量だし、俺らも少しもらっていいかな?」


「いいもなにも、私からお願いしたいわよ。……いただきます」


 ひとこと呟き、叶はサンドイッチを食べる。なぜかいつも食べているよりもかなり美味しく感じる。すぐに平らげてしまい、次に手を出す。しばらく叶は、夢中でサンドイッチを頬張った。


 次々とサンドイッチを平らげていく叶を見て、カナタは表情には出さないものの少しホッとしていた。自分が叶とタカトを保護してから半日以上。その間、叶は心理的な余裕がなさ過ぎて飲まず食わずの状態が続いてしまっていた。自分では気づいていなかったのかもしれないが、体は食事を欲していたはずだ。そのきっかけを、ミチルが淹れてくれたコーヒーが作ってくれたのだろう。


 食事が摂れるようになったら、ひとまずは大丈夫だ。叶の様子を見てそう安心し、カナタもサンドイッチに手を伸ばした。


 はい。……ほぼ半年も更新しないでごめんなさい!!!


 まぁ、一番の理由は祖父の介護に追われていて、内容を考える余裕も時間もなかったことなんですが。亡くなった後にどうにかして立て直して、やっと調子が出てきたのでやっとこさ執筆に集中できるようにんですが……そしたら書き過ぎまして(笑)


1万7千字越しちゃったんですw なので、とりあえずいい具合に切って一話に纏めました。現在も切った分の続きを執筆している所なので、調子が良ければ来月には更新できるかもしれません。


 で、お詫びといいますかなんといいますか……私からお気に入り登録を解除しないで下さった心の広い皆さんに、クリスマスプレゼント!




 血色メンバーズのクリスマスの模様を描いた、番外編を投稿いたします!


 投稿日時は明日、12月25日の正午です! よろしければどうぞ!


 では、次でもお会いできることを願いまして。

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