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二十七話 魔洸世界

 はい、お久しぶりです。もはや恒例と化した感がありますが……ま、期末試験中に更新したってことで勘弁してくださいな。


 では追憶編第二回、どうぞ。

 宣言するように言った直後、少年は怪物へと跳びかかり光の日本刀で斬りつけた。しかし二本の腕で防がれ、残った怪物の腕と脚二本ずつが少年を突き飛ばそうとする。が、少年はそれを両足で踏みつけるようにして回避し、そのまま飛び上がって怪物の肩口を斬りつけた。


「ギシャアアァァァ!?」


「悪いが、あんまり時間をかけるわけにはいかなそうなんでな。速攻で決めさてもらうぞ……!」


 少年はそう言って怪物を蹴り飛ばして距離をとり、鞘を投げ捨てて刀を両手で構えた。より一層輝きが強くなった刃を構え、少年は怪物に突進しつつ叫んだ。


「滅光!」


 少年の様子に構わず八本の手足全てを使い、高速で接近してきた怪物。その速度を維持したまま少年に襲いかかろうとしたが、


「……ふっ! …………せぁっ!」


 短い気合と共に少年は怪物が踏み込みに用いた一番後ろの足を除いた、他の六本を全て一気に切り払って背後に回り込み、倒れこむ時間すら与えずに袈裟がけに切り裂いた。そのまま怪物は断末魔の声を上げることすらできずに絶命したらしく、地面に倒れ伏した。


「……すご……」


 そのすべてを見ていた叶は、知らず言葉を漏らしていた。相手に付け入る隙を与えずに攻撃と回避を行い、相手を殲滅した少年。その姿に素直に感心していた。とはいえそんな状況でも、タカトの体を抱くことを止めてはいない。


「……ふぅ、やれやれ」


 少年が呟いて構えを解き、刃を消して刀を鞘に納めると紅の翼が霧散した。そのままその少年は、叶の方に歩いてきた。叶はそちらに目をやりかけたが、その前に不思議な光景を目にしてとっさに先ほどの怪物を見た。怪物の死体が青い光の粒子へと分解されたからだ。そのまま見ているとみるみるうちに全身が粒子となり、風に吹かれて空気に溶けるように消えていった。


「……消えちゃった……」


「状況終了、ってな」


 ボソッと呟いた叶に、近くにやってきた少年がニヤッと笑って答えた。手を差し出そうとした少年だったが叶が弟を抱えていたことに気づき、そのまましゃがみこんだ。


「まぁともかく、終わらせたぜ。けがはないか?」


「えぇ、私は……でも、タカトが……!」


 焦ったように声を荒げる叶を見て、少年は自分も紅い光を手に展開してタカトの頭を優しく撫でた。それに伴い、タカトの苦しげだった表情が少し和らぐ。


「タカト、ってのか、この子。弟か?」


「えぇ、そうよ。……そんなことより、ここはいったい何なのよ? 怪物はいるわタカトの具合は悪くなるわ……!」


「ちょ、混乱してるのは分かってるから、落ち着いてくれ。……ほら、もう現世に復帰するぜ」


「復帰、って……」


 叶が少年に問おうとした瞬間、今までおかしかった空の色と空気感が、馴染みのものに戻った。そしてそれを見計らって少年は紅い光を解き、立ち上がって胸ポケットから携帯を取り出した。番号をいじって耳に当てたかと思うと、どれだけ早く応答が来たのかすぐに話し始めた。


「さて、と……あぁ、オヤジか? 被害者……というか、怪我人を確保した。一人は女子高生で、一人は小学生くらいの男の子。どちらも外傷はないが、男の子の方は魔洸不足が心配だ。すぐに救援を寄越してくれ。……あぁ、場所は…………了解、到着するまでは護衛に入る。ミチルたちへの連絡は頼むぜ? ……おう、んじゃ」


 何やら電話口で話していた少年は、用事が済んだのか携帯を閉じ、そして二人に向き直った。


「ずいぶん早口で話してたわね……」


「気にすんな、ただの癖だ。……っと、んなことより、その少年こっちによこしな。俺が安全なところまで運ぶ」


 そう言って少年は屈みこみ、タカトをゆっくりと叶の手から離して抱き留めた。その拍子に叶の赤い光が解除され、叶も立ち上がって少年に向き直った。


「運ぶ、って……」


「救急は呼んだ。けど、到着までは少し時間がかかるし、こんな所にこの子を置いとく訳にはいかねぇだろ。てことで、落ち着ける場所まで行って合流することにした。それに……俺の言えたことじゃないんだが……忘れてるだろうし一応言っとくけど、お前らびしょ濡れだかんな?」


「え? ……あ」


 そう。完全に忘れていたが、今も雨は降り続いているのだ。そのことを自覚した途端に体にぶつかる雨粒の感触が感じられ、叶はその寒さに体を震わせた。そして、そんな単純なことにも気付かないほどに自分は動転していたのだと自覚した。


「傘はどうした? どこに置いたのか、場所、わかるか?」


「あ……えっと……確か、走るときに捨てたからあっちの路地にあるはず。取りに行かなきゃ……」


 と、立ち上がろうとしたのだが……足に力が入らず、叶はその場に座り込んでしまった。


「あ、あれ? なんで……ごめん、ちょっと待って……なんか、立てなくて……」


 と、少年に言ってもう一度自分で立とうとした叶だったが、その前に少年が彼女の腕を掴んで力ずくで立たせた。


「わわっ!? ちょ、ちょっと!」


「……悪いが、もうちょっと頑張ってくれ。傘はあっちだったな? 取ってくる、ここで待ってろ」


 そう言って少年は叶の肩をポンと叩き、自分の上着を脱いでタカトを包み、そのまま抱えて先ほどの路地に歩いて行った。








 傘を持って戻ってきた少年と合流し、叶は雨の中を少年の先導で歩いている。先ほど交代し、タカトは叶が抱えている。その理由は……


「……あんたこそ傘はどうしたのよ?」


「気配感じた瞬間に走ったから邪魔なんで捨ててきた」


だそうだ。


「大丈夫だ、この後来てくれる救急の人たちに回収は頼んどいたから」


「なら、いいけど……」


 その後、無言で歩くこと数分。少年は突然足を止め、ある公園の中に入って行った。そのままついていくと少年は木の下にある横広のベンチに向かっていたので、叶もそちらに近づいていく。近くで見てみると雨が降っているにも関わらずそこまで濡れてはいなかったので、叶はタカトをそこに横たわらせて手を繋いだ。そして先ほどと同じように光を集めようとした……が、少年に止められた。


「もうソレを使わなくても大丈夫だぞ。一番ヤバいときは抜けた」


「……そう……」


 光を集めるのは止めて、ただタカトの手を握る叶。その温度は先ほどのように冷たいものではなく、人間らしく暖かいものだった。その温度にホッとしていると、少年が髪についた水滴を雑に落として話しかけてきた。


「……ふう。後は、タカトを迎えに来る救急車と合流すればいい。そのまま病院に搬送するから、お前も同行してくれ」


「同行、って……さっきから好き勝手言いまくってるけど、そもそもあんたなんなのよ? あの怪物もそうだし……ていうか、私まだあんたの名前すら知らないんだけど?」


「おっと、うっかりしてたわ。悪い悪い」


 少年は一度咳払いをし、ニッと笑った。


「俺はハルカ カナタ。よろしくな……さっきのバケモノ共については後でちゃんと説明するけど、ちょっと長くなるんだ。だから後でな」


「後で、って……」


「俺じゃうまく説明できないだろうからさ。それに、少年の容体は医者に見せて対応してもらわなければ治らない類のものだし、病院に搬送するんだから両親への連絡も必要だ。だから、役者が全員揃ったら……ってことさ」


「私から親に連絡しちゃいけないの?」


「いいけど、病院の位置も知らないで状況をうまく説明できるのか? 安心しろって、病院に着いたらこっちからちゃんと案内するからさ」


 そう笑って、タカトの頭を撫でる少年……カナタ。その優しげな様子に逸っていた感情が落ち着かされ、叶もタカトの手をもう一度握り直した。








 そうして数分後、雨が小降りになってきた頃に救急車のサイレンが聞こえてきて、タカトを抱えたカナタと叶は公園の入り口へと歩いて行った。彼らが入り口に到達すると同時に救急車も目の前に止まり、中から即座に救急隊員が出てきた。


「救護対象はどちらに?」


「この少年。こんなに小さいのに隔世に入っちまったもんだから、魔洸不足が心配だ。一応応急処置に俺と彼女の魔洸を当てておいたし呼吸も落ち着いてるけど、早いところ搬送してくれ」


「了解しました。同行されますか?」


「あぁ。……行くぞ!」


「えぇ」


 カナタが促したのに応じて叶も救急車に乗り込み、ストレッチャーに載せられたタカトの頭を撫でる。それを見てカナタが救急隊員に合図し、救急車はサイレンを鳴らしながら高速で走って行った。








 病院に到達した救急車から即座にタカトが運び出され、ストレッチャーはERへと入って行った。“治療中”に変わった表示を見て、追いかけていた叶はようやく足を止めて息を整える。その後からついてきたカナタに促されて外の椅子に座り、携帯電話を取り出した。


「これ……早く、母さんたちも呼んで……」


「……あぁ」


 短く答え、カナタは近くにいた病院関係者に携帯を渡……そうとして、叶に振り向いた。


「って、携帯だけ渡されてもわかんねぇって。どの番号にかければいいのか教えてくれよ。……あとお前の名前! 本当にそうなんだと伝えるのに必要なんだ」


「……母、で登録してある番号にかけて。……私は……広橋、叶……」


「カナ、だな。了解した」


 そう伝えるとスタッフは頷き、そのまま去って行った。数分後に戻ってきて、すぐにこちらに向かうと言っていたと伝えてきた。


「ですが、聞いたところ距離がありそうなので、少し時間がかかるかもしれないと。その間、タカトを頼む……と」


「そう、ですか……わかりました……」


 疲れ、憔悴しきった表情でそう返す叶に、カナタはしかしこう言った。


「もう少しの辛抱だ。じきに処置が終わる……頑張れ」


「……うん……」


 弱々しいながらも返事を返し、叶はいまだ光り続けるパネルを見つめた。








 数十分後、ようやくランプが消え、中からタカトが出てきた。叶はすぐに駆け寄り、医師に勢い込んで尋ねた。


「タカトは!? 大丈夫なんですか!?」


「安心してください。昏睡状態が続いていますが、命に別状はありません」


「……そうですか……よかった……」


 医者の答えを聞いて気が抜け、ソファーに倒れこむ叶。そこでもう、今まで張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。そのまま気を失って目を閉じ、横に倒れてしまいそうになる叶をカナタは慌てて支え、思わず笑ってしまう。


「あぶっ!? っととと……ははっ、さすがに疲れたみたいだな。……ご苦労さん、よく頑張ったな」


 また小さく笑ったカナタはそう言って気絶した叶を抱き上げ、医師に振り返った。


「彼女を寝かしておきたいんだが、どこか眠らせられる場所はあるか?」


「はい、もちろん。本当は彼女も検査しようと思っていたのですが……この様子では無理ですね。看護師に個室まで案内させます。……それから……」


 そこまで言って医師は口ごもったが、何かあるのかと目で問うカナタの圧力に負けて話し出した。


「……先ほど彼女には言い損ねましたが、この少年……幼すぎる体で隔世に居すぎたようです。魔洸調整剤を打って、容体は安定させましたが……いつ目覚めるかは……」


「……そうか……ま、命があっただけでも……と考えるしかないな」


 暗い表情を一瞬見せたが、カナタは了解した、と言って病室へと運ばれていくタカトを見送った後、看護師の案内に従い、叶を抱えて歩き出した。








 叶を病室に寝かせた後、しばらく目覚める様子もなさそうだったので後を看護師に任せて病室を出て、カナタは先ほど置いてけぼりにした仲間に連絡した。


『はい、ミチルです』


「よう、カナタだ。どうだったよ、首尾は」


『あ、カナタくん。こっちはちょっと前に、一体仕留めたところだよ。今はちょっと休憩中』


「休憩、ってことは……やっぱりな。ちょっと変わってくれ」


 うん、という声とともにミチルが電話を誰かに渡したような音がして、やがて少し息を切らした男の声が聞こえてきた。


『はい、もしもし?』


「……お前、バテたな?」


『うぐ!?』


 カナタがボソッと呟いた一言に、電話の相手、タイガは図星だったようで呻き声を上げた。それを聞いて、カナタはため息を吐いて続けた。


「やっぱりまだ魔洸の扱いに慣れてねぇみてぇだな……」


『そ、そりゃまぁ……最近使えるようになったばっかなんだし……』


「出力の調整、やってみたのか?」


『……戦闘になったら、完全に手加減を忘れた……』


「……はぁ……」


 ひとつまたため息を吐き、カナタは気を取り直してタイガに言った。


「……また週末になったら模擬戦やんぞ」


『げ……』


「げ、じゃねぇっての。力の扱いは慣れだ、つってんだろ? 祓光と滅光の使い分けくらいできるようにならねぇと、殲士としちゃ半人前だぜ?」


『そりゃわかってんだけどよ……お前容赦ねぇし説明分かりにくいんだよ……』


「るせぇな、どうせ力の使い方なんざ勘なんだ、勘。……あと、実戦形式でやんなきゃその勘すら育たないんだから文句を言わないように」


『へぇーい……』


 しぶしぶといった様子で返事をしたタイガに苦笑し、最後に少しだけミチルと話したカナタは携帯をしまって病院を仰ぎ見た。


「……本当はこんなもん、使えるようにならない方がいいんだろうけどな……ま、使えるようになっちまった以上はコントロールする術を覚えないとかえって危険なのは事実なんだが……」


 そこでカナタは下を向き、小さくため息をついた。


「けど戦うしかない、ってのがまた、な……やれやれ……とりあえずあいつ、大丈夫だといいけど……」


 また大きくため息をつき、それで気を取り直してカナタは病院内へと戻っていった。








 ゆっくりと意識が浮かび上がる感覚と共に、叶はゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界がゆっくりと回復すると見慣れない天井が見えて、身動ぎすると体が妙に窮屈に感じた。


「……あれ……? ……ここ、は……」


 ぼんやりとした口調で呟き、力の入らない腕で体を起こす叶。そこでふと自分の体を見て制服を着ている状態で眠っていたことに気付き、まだぼんやりした頭で首を傾げた。


「……なんで、制服で寝て……? ……ていうか、ここは……ど、こ……」


「お、気が付いたか」


 キョロキョロと辺りを見回して状況を把握しようとしていると、突然自分に呼びかける声が聞こえて叶はそちらを見た。そこにいたのは……


「……だれ……?」


「おぉう、忘れられてるし。こりゃまだ起きてねぇな……まぁ無理もねぇけど」


苦笑しながら叶に近づくカナタ。その様子を見て叶はまだぼんやりとしていたが、カナタの顔を認識した瞬間に今までの経緯を思い出し、血相を変えてカナタに近づいた。


「私っ、なんで寝て……!? ていうかここどこ!? 私あれからどうなっ……!」


「はいはいはい、少しゃ落ち着けっつの。一つずつ説明してやっから」


 捲し立てる叶の肩をポンポンと叩き、落ち着かせるカナタ。しばらくそうして叶が落ち着いたのを見計らい、ベッドに座らせてからカナタは話し出した。


「……さて、まずはここがどこかだが、さっきの病院の一角だ。お前が急に気絶しちまったもんだから、空いてた個室を貸してもらったんだ」


「気絶、って……」


「だいたい2時間くらいだな。……無理もねぇさ、突然妖獣に襲われるわ、弟の容体は悪くなるわ……」


「弟……っ! そうだ、タカトはどこ!?」


「案内する、ついてこい。道々事情も説明する」


 言うが早いか歩き出したカナタを、叶は慌てて追いかけて問い詰めるように話し続けた。


「何よ、事情って? 分からないことが多すぎて訳わかんないんだけど……そういえば、母さんたちは?」


「まだ到着してないみたいだから、先に始めちまおうって話さ。本当はいっぺんに俺たちの上司が説明するはずだったんだが、こっちに到着するにはまだ時間かかるからな。先に始めとけ、って言われたのさ」


 んじゃ、まずは……と呟き、カナタはこう切り出した。


「あの怪物は、妖獣。いつからかは知らんが、ずっと昔から存在している怪物だ。俺たちが生きているのとは別の世界に生息しているくせに、わざわざこっちの世界の生物を喰らう、面倒な連中さ。で、奴らが一般人を捕食する前に発見し、駆除する。それが俺たち、殲滅する者、殲士って訳さ」


「駆除、ね……それに使ってるのが、あんたのあの血色の翼、ってわけ……」


「そういうこった」


 叶が発した言葉にカナタは頷き、角を曲がりながら説明を続ける。


「あの紅い光の正体がなんなのか……それは、はっきり言ってまだ分かってない。けど、ひとつ確かなことがある。それは、“あの光は生命体が活動するために絶対に必要な成分である”ということだ」


 そういいつつカナタは小さく振り向き、叶のほうを見ながら尋ねた。


「妖獣がいたあの空間……俺たちは隔世って呼んでるんだが……俺たちの世界と、いろいろと違っただろ?」


「確かに……空の色変だったし……それに、なんていうか……空気、というか……」


「”世界”の雰囲気が妙だった、だろ?」


「えぇ……まぁ異世界なんだから、当然なんでしょうけど……」


 そう呟いた叶はカナタの後についてゆっくりと歩き、時折まだ疲れが抜けきっていないのか少しふらついて壁に手をつく。その様子を見て叶のところまで戻ってきたカナタは、叶のほうを見ながら少しだけ悪戯っぽく言った。


「ところがどっこい、隔世と現世の違いはたった一つしかないんだな、これが」


「え……?」


「それが、さっきの紅い光。魔洸、ってやつだ」


「魔洸……?」


 壁から手を離した叶を見てカナタは頷き、しかしそれでも少し叶の様子を気にかけるようにゆっくりと歩き出す。


「そ。どういうわけか、隔世と現世は気候も気圧も、大気組成すら一緒なくせに、魔洸だけがないせいであんな風な空気とか空の色になってるんだ。大気の屈折率すら変える、しかも生命体が生きるためになぜか必要とするほどにこっちの世界ではありふれたものなのに、あっちの世界にはない。……これが、俺たち“魔洸を扱える者”が存在する理由にもなってると考えられてる。向こうの世界には存在しない異物である力を使うことによって、相手を殲滅できるんじゃないか、ってな」


 と、そこまで話したところでカナタは振り返って叶を振り返り、ついて来ている(肉体的にも話の内容的にも)ことを確認してから、先を続けた。


「じゃ、次はその理由についてだ。……専門家に聞いたところによると、どうも人間は程度の差はあるにしろ魔洸を生まれつき体の中に蓄えているらしい。ま、呼吸している時に肺に吸い込んでる酸素みたいなもんかな。で、突然魔洸のない世界である隔世に放り込まれたとする」


「すると何割かの人間は、その現状をどうにかしようとして、自身の中から自力で魔洸を供給させる術を発現させる。そうだな……深い水の中に放り込まれた人間が、呼吸がしたくて肺呼吸とエラ呼吸の両方ができるように体を自分で改造するような感じ……って言ったら、分かりやすいか?」


「う~ん……まぁ、ニュアンスは分かったわ。……けど、その……魔洸、だっけ? 私はもともと見えたけど……」


「へぇ、お前はそっちのタイプか。……なるほど、道理であの時魔洸を使ってたわけだ」


 納得した様子を見せて小さく頷いたカナタだったが、そこで一旦顔を上げて真剣な表情で叶の方を向いた。


「……さっき言ったように、隔世に入ったことでその環境に適応し、魔洸を扱うことができるようになることがある。しかし、当然ながらそうでない確率も高い。適応できなければ、魔洸不足によって衰弱し、死んでしまう」


 カナタがそこで一旦言葉を切ると、何を言おうとしているのかをおよそ察したのか叶の目に恐怖が宿り始める。それを見て取りながらも、どうしても伝えなければならない、とカナタは続けた。


「……タカトくらいの幼さになるとそれが顕著でな。成長して体がある程度できあがってないと、魔洸を扱えるようにはなれない。最悪の場合、妖獣に喰われるまでもなく死んじまう」


 そこまで言って、カナタは再び病院内を歩く。叶も焦ったようについてくるが、足に力が入らないようでその速度はゆっくりとしたものになる。そしてある病室の前で足を止めたカナタに叶はすがりつき、震える声で言った。


「……まさか……私が気絶してる間に……タカト、は……」


「……一命は取り留めた」


 そう言ってカナタはゆっくりと病室のドアを開け、叶を中に誘った。叶はそれに従って病室に入り……点滴を受けながら静かに目を閉じて横たわっている、タカトの姿を見つけた。


「……タカト!」


 姿を見るが早いか叶はタカトに駆け寄り、その手を握って、その手が温かいことに安堵の息を吐いた。


「……よかった……」


「……あぁ、確かに。命は繋ぎ止めた。……だが……」


 口ごもったカナタに、叶はタカトの手を離し、振り返った。


「……何よ……?」


「……魔洸不足が、予想以上に進行してたらしい。死ぬことはもうないが……いつ目覚めるのかは……」


「なんで……? だって、私は魔洸をタカトに当ててたし……あんただってしてくれたじゃない! なのに、なんで不足してるなんて……!」


 混乱した叶はカナタに掴みかかるが、カナタは動くことなく受け止めた。必死の表情で見つめてくる叶の様子に気づきながらも、カナタは目を合わせることができず、ただ言葉を続けることしかできなかった。


「……生物が人体に蓄える魔洸には、固有の周波数みたいなものがある。お前たちは姉弟だから、周波数が似てたみたいで、衰弱の進行は抑えられた、けど……完璧じゃなかった」


 そこまで言って、カナタは悔しそうに拳を握り締めながら搾り出すように言った。先ほどは”命があっただけまし“などと言っていたが、やはりそれで割り切れるほど単純ではなかった。


「……魔洸を他人が補給させる行為は、応急処置でしかないんだ。体内の魔洸を安定させる処置と、空気中から魔洸を吸収しやすくする処置は施した。あとは、もう……この世界があいつを癒しきるまで、待つしかない……これ以上はもう、俺たちには手が出せない……!」


 その声色を聞いて、叶はカナタが本気で悔しがっているのだろうということを察し、ようやく少し落ち着いた。掴んでいた胸元を離してベッドの横に備え付けられていたパイプイスに力なく座って、やり場のない感情を持て余した様子で頭を抱えた。


「……あんたたちのせいじゃないわよ。むしろあんたは、あの化け物……妖獣、だっけ? ……から、私たちを助けてくれたじゃない……それにタカトの治療も、してくれて……手を尽くしてくれたのは、わかってるつもりよ……」


「……そう言ってくれるのは……助かる、が……」


 言葉を濁したカナタに、叶は悪いとは思ったがそれ以上言葉を投げかけることができなかった。あまりにたくさんの、しかも酷い事が一度に起こりすぎて、頭の中がパンクしそうだった。目の前にいる、ハルカカナタという少年は信用できそうではあったが、それでもやはりろくに話したこともない人間に心の中を打ち明けることはできなかった。かといって、呑み込むこともできなかった。理屈ではどうにもできない感情が、胸の中で渦巻いて……もう、これ以上……一人で抱え込むのは、限界だった。




(……早く、来てよ……父さん…………母さん…………)








 その頃。人気がなく寂れた商店街で……


「やっ!」


「せゃあ!」


「シュウウゥゥ!」


 蜘蛛型の妖獣が、男性と女性の二人組の殲士によって倒されるところだった。女性が武具の長刀で妖獣の脚全てを斬りおとし、男性が槍で頭部を突き刺したことでトドメとなり、妖獣は脱力した後に粒子となって分解されていった。


「……ふぅ、なんとかなったか。お疲れさん、ツルギ」


「お疲れ様です、ソラさん。……けど……」


「あぁ。……間に合わなかったね……」


 妖獣を倒した女性、ソラと男性、ツルギだったが、その表情は暗いものだった。その理由は、周囲の状況にあった。彼らの周囲に広がる真紅の海は、明らかにそこで人的被害があったことを示していた。しかも酷いことに、周囲には被害者の所持品らしきものや指先のような体の末端など、さまざまなものが散乱していた。


「まったく、こりゃひどいもんだねぇ……っと、呆けてるわけにもいかないか。ツルギ、アジトへの連絡を頼むよ」


「了解です。……こちらツルギ、人的被害を確認しました……えぇ……残骸がかなり散乱してしまっているので確証はありませんが、量と部位からみておそらく2人ほどかと……」


 携帯を耳に当てて話し始めたツルギを見て、ソラは改めて周囲の惨状を見渡した。血だらけの周囲に存在する、かつて人だったものの残骸。その中に“あるもの”を見つけ、ソラはそれを拾い上げた。


 それは、指輪がはめられた指。それを見て、ソラは顔をしかめた。


「既婚者か……やれやれ、残された家族にどう説明したもんかねぇ……」


「……いや、それはどうですかね」


「ん?」


 聞こえた声にソラが顔を上げると、通話を終えたらしいツルギが携帯をしまって、地面から二つの何かを拾い上げていた。そのうちの一つ、肘から先の腕を持ち、その指先を示す。


「こっちにも、指輪がはまってます。考えたくはないですけど……もしかしたら、夫婦で襲われたのかも……」


「……そりゃまた……救いがあるんだかないんだか……」


 先ほどよりもげんなりとしてため息を吐くソラ。しかしすぐに気を取り直し、腕を脇に挟んで何やらごそごそしているツルギに近づいた。


「……で、そっちは?」


「財布みたいです。身元がわかるんじゃないかと思って……っと、ほら。ありましたよ」


「ん? ……免許証だね」


 血みどろになってしまった長財布からツルギが取り出したのは、運転免許証だった。優しげな面立ちの眼鏡をかけた男性の写真がプリントされていて、ツルギが生年月日を見ると50代に差し掛かったばかりらしいことがわかった。そしてソラが、印字されていた名前を読んだ。








「……えーっと、……広橋…………」








 うーん、自分で書いときながら色々すごいなこりゃ(笑)まぁ本当はこの時点でタカトも死なしとく予定だったからまだマシかな。……あ、今後はまだ分かりませんよ? 念のため。


 今気づいたので、一応もう一つ補足を。前回から登場している叶の弟であるタカトですが、名前がカタカナになってますが特に殲士とは関係ありません。ただそういう名前だってだけです。まぁ魔洸が見えてなかった時点でそうだろうと思われた方が大半でしょうが。


 今回のこの魔洸の設定ですが、意外とこんな物質も本当にあったりするんじゃないかな、みたいな気はしています。脳が自我や思考を行う理由とか、もしくは精気の正体みたいなものがもし物質としてあったとしたら、みたいな感じですね。


 そして、この命に関わる物質だからこそあえてただの赤ではなく、血色、という表現を用いることにしました。




 ……はい、ごめんなさい後付けです。……でも、そんなに無理がある解釈ではありませんよね? ね!?


 にしても、この設定を決めるために今まで出てきた単語とかから使える所がないか考えてみたんですけど……適当に決めておいてから自分の作品について考察するっていうのも案外面白いものですね、言い訳に聞こえるでしょうけど。


 あ、ちなみにもう更新速度が遅くなるのはデフォルトになりつつあるので諦めて前書きにそう書きました。忙しいんですね大学って……


 今回はここで。では、次でもお会いできることを願いまして。

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