二十三話 文化祭・一
久しぶりに一ヶ月経つ前に投稿できました。では、どうぞ。
朝。カナタはいつもより早めに、学校に着いた。文化祭の開催時間前に教室に入って食材の準備をするためだったが、さすがにまだ誰も来ていなかった。
「うーん……流石に集合時間の三十分前はやりすぎたか……」
カナタは一人苦笑し、いつもとは比べものにならない軽さの鞄を自分のロッカーに置いた。
「どうしよっかなぁ……微妙な時間だし……」
うーん、としばらく考えていたカナタだったが、当然なにか良い案が浮かぶこともなく、諦めて大人しく待つことにした。まぁ、その結末は当然……
「……暇だ……何もすることがない……」
そりゃそうだ。
数分後。誰にともなくぼそりと呟くカナタがいた。手持ちぶさたに文化祭のパンフレットなど見てはみたものの、前日配られた時に目ぼしい物のチェックも済んでしまっていたので、新しい発見も特になく。と、そこでふと思いついた。
「……待てよ。面白そうなところの下見に、今の時間に行っとけば……」
断片的ながらも店の情報を得ることができる。それに、どうせこのままでは暇を持て余すだけなのだ。
「よし、行こう!」
と、カナタは教室を出た。
その数分後。せっかく下見に行ったにも関わらず、看板ぐらいしか見るところがなかったことに、ガッカリしたカナタの姿をクラスメイトたちが目撃したとかしてないとか。
「おまっ、今卵と一緒に殻入んなかったか!?」
「ちょっと、まだ粉は早いわよ! ダマができちゃう、ダマが!?」
「なぁ、キャベツって千切り!? みじん切り!?」
「アッチ!! なんでもうコンロの火点いてんだよ!?」
「おい、天かす多すぎねぇか!?」
「……戦場だね、こりゃ」
「だな」
カナタがぽつりと呟くと、裕人が一言で同意した。その眼前では、クラスメイトたちが猛スピードで食材の仕込を行っている。
「ま、食料品の準備が当日なんだからこうなんのは目に見えてたけどな」
「そりゃそうなんだけど。……それにしても、あのポリバケツになみなみと注がれたお好み焼きのタネを見ちゃうと、売り切る自信なくなるよ」
「ま、うまく宣伝するしかないな。他のお好み焼きの店に負けないように」
「だね」
カナタは裕人に頷き、座っていた椅子から立ち上がった。
「裕人は初っ端からシフトでしょ? がんばってね」
「おうよ」
サムズアップする裕人に頷いて返し、カナタは教室を出て行った。
「さて、出てきたはいいけど……タイガくんたちが来るまで、どうしよ?」
さっそく暇になったカナタは、廊下の隅でパンフレットをめくる。
「いきなり模擬店ていうのもなぁ……かといって、あんまり早い時間帯だと面白そうな出し物もやってないし……体育館……も、微妙か……」
と、迷うこと数分。一度は麗の写真部に行こうかとも思ったのだが、どうせならタイガたちと一緒に行こうと思ったので、やめておいた。結果、他に何も思いつかなかったので、
「いいや、適当に回って面白そうなところで時間つぶそう」
ということにした。
「やっぱり人が多いなぁ、外は……」
予想していたことだが、校舎の外の出店には既に多くの人だかりができていた。まだ早朝だけ会って一般客の姿は少ないが、それでも多くの生徒が朝食のために訪れているようだ。
「たい焼きにじゃがバター、焼き鳥……オヤジくさ……あ、お好み焼きもある……いや、この季節にかき氷て……」
時に納得し、時にツッコミながら、カナタは出店の連なる道を歩いていく。しかし残念ながら目ぼしいものは見つからない。その時、目の端にふと映った影を見て、カナタは動きを止めた。
「……あれ? あれは……」
「……あ、やっぱり。ミケだったんだね」
「うに? ……みゃあ!」
木陰に入っていった影を追ってカナタが見つけたのは毎度お馴染み、三毛猫のミケだった。先ほど目の端に引っかかったのは、どうやらミケミの尻尾だったらしい。ミケは自分を呼び止めたのがカナタだったことに気付き、嬉しそうに走り寄ってきた。しかしどうも、いつも以上に懐いてくる。そんないつもとは様子の違うミケに、カナタは首を傾げつつ尋ねた。
「にゃーん♪」
「どうしたのさミケ? 今日はいつもより一段と甘えん坊だね? ていうか、なんでいつもの中庭じゃなくてこんなところに……」
「うみゃあん……」
最初は理由が分からなかったカナタだったが、どこか寂しそうな様子の鳴き声を返してきたミケを見て、ふとカナタは思い当たった。
「ってあぁ、そっか。中庭は文化祭期間中は立ち入り禁止だから……」
どうやらミケは何かの拍子に運悪く、いつもの居場所の中庭を締め出されてしまったらしい。帰してあげたいところだが、残念ながら校内の全エリアの保安対策は生徒会の管轄なので、文化祭が終わるまではカナタもミケをいつもの場所へ帰してやることはできない。しょうがない、とカナタは嘆息して、ミケを抱え上げた。
「にゃ?」
「しょうがない。僕も友達が来るまで暇だし、一緒に文化祭回ろうか」
「にゃ! にゃあにゃん♪」
という鳴き声からしてミケの同意ももらえたようだったので、カナタはミケを胸に抱き、再び出店の立ち並ぶ通りを歩いて行った。
「おっ、またお好み焼きだよ。やっぱり定番だけあって数が多いね。……まぁ、そんだけライバルが多いってことでもあるんだけど。……って、何そわそわしてんのさ、ミケ?」
「にぃ! にゃあぁ!」
「え? なに? ……あぁ、てっぺんに乗っかってるカツオブシに反応したのか……」
「うにゃあ! にゃあ!」
「食べたいの? そりゃ、買ってもいいけど……熱いよ? ミケ猫舌じゃないの?」
「う、うにゃ……」
まるで言葉が分かるかのように、カナタの忠告に怯むミケ。それを見て、カナタはクスクスと笑った。
「ふふ、じょうだんだよ。ほら、向こうのたこ焼き屋で、一緒に食べよ?」
「にゃん!」
嬉そうな声を出したミケに笑い返していったん路面に下ろし、カナタはたこ焼きの屋台に向かった。
「すみません、一人分お願いします。カツオブシ多めで」
「はい。200円です。……青ノリ、マヨネーズはどうされますか?」
「あ~……とりあえずなしで。彼の好みが分からないもので」
「……彼?」
首を傾げる店員の女生徒に、カナタは笑いながら視線を下へと向けた。その視線の先を追って自分を見た店員に気付き、ミケが挨拶するように声を発した。
「にゃ!」
「……ネコ? わぁ、かわいい! なるほど、それでカツオブシ多めだったんですね」
「そうなんです」
納得して笑った店員に料金を渡し、カナタはたこ焼きを受け取る。注文通り、カツオブシはかなり多めだ。カナタはその女生徒に感謝し、ミケと共にその屋台を去った。
校舎の端にあるベンチに2人(1人と1匹?)で座り、カナタはたこ焼きを、ミケはカツオブシを食べていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「おや、こんなところにいたのかい? しかもその猫と……」
「ん?」
カナタがその声に、たこ焼きを入れたままの口をもぐもぐさせながら振り返ると、直子がこちらに歩いてくるところだった。
「ふぁれ(あれ)? なふぉこふぁん(なおこさん)? ……んぐ。そっか、シフト僕と一緒だったっけ?」
「うん。だから、それまで一緒に文化祭回ろうと誘おうと思ったのに……キミがとっとと教室から出て行ってしまうから」
「あぁ、そりゃごめん。でも、直子さんだって、友達と回れば良かったのに」
「その友達が、みんな今シフト中で忙しいんだよ。だから一緒に回れそうな人がキミしかいなかったのさ。……やぁ、猫さん」
「にゃあん♪」
ミケに挨拶する直子を見て、カナタは納得したように頷く。
「あぁ、なるほど。なら僕と一緒に回る? 午後から友達が来るから、それまでだけど……」
「おや。そうなのかい? ……ってあぁ、そうか。なるほど」
意外そうな直子だったが、すぐに納得したような表情になる直子。
「前の学校の友達かい? それなら分かるね」
「え、えーっと……う、うん。そうなんだ」
カナタは口元をひくつかせつつ、苦し紛れに肯定した。だがまぁ、“過去の自分を知っている人物”という意味では、そこまで大きな嘘はついていない。
「キミが変な時期に転校してきてから、もう何か月か経ったんだね……月日が流れるのは早いな」
「……そうだね……」
直子が何の気なしに発した言葉に、カナタはしみじみと返した。なにせその数か月の間に、カナタは一般人から殲士などというものに変わっている。そして、“自分”というものに疑問を持ち始めた……いや、“持たざるを得なくなった”のも、また……
「カナタくん? どうかしたかい?」
「え?」
直子の声に、考えに沈んでしまっていた思考が浮上する。確かにノゾミには“考える続けろ”と言われた問題だが、なにも文化祭のこの時に考えることでもない。思考を切り替え、カナタは直子に向き直った。
「ううん。なんでもないよ。じゃ、どこから行く?」
「そうだねぇ、まずは……」
と、カナタはパンフレットを見ながら直子と相談を始める。
「……にゃーおー……」
……構ってくれと鳴くミケを置いてけぼりにして。
……なんか今まで以上にうっすい内容の話になってしまった……
文化祭編がいつまで続くか予測不能なので、今回は章構成は数字でカウントしています。前中後で纏めきれる自信がないもので……
次回はいつもの血色メンバーズが合流する予定です。お楽しみに。
では、次でもお会いできることを願いまして。