チャンス1. ヒロインの強奪
「……ぅうん」
暗い視界の中、翔機は少女の呻き声を聞いた。どうやら、意識が戻ったらしい。
『人は第一印象が大切だ』という話は翔機も聞いたことがあったので、しっかりと背筋を伸ばし、姿勢よく少女とのファーストコンタクトに備える。
「……あれ? あたし……」
声と共に身体を起こす気配が伝わってくる。
翔機の胸は感動で震えた。「さあ、俺達二人で紡ぐ物語の始まりだ!」と。
「…………」
身体を起こしていた少女の声が止まる。どうやら翔機の存在に気づいたようだ。
そこで、たっぷりと二秒ほど沈黙した後。
「いいぃぃぃぃやぁぁあああああああああああ!!」
「どねるけばぶっっ!?」
少女の放った左フックに翔機の体が浮かび、次いで襲ってきた痛恨の右ストレートで壁まで吹っ飛んだ。
「なに!? なに!? 変態!? いやぁっ! 近寄らないでぇーーーっ!!」
「ぶっ! どぶっ!? もごっ!? はらっ!? でびるしゃーくっっ!?」
泣きながらも的確に『スカートに頭を突っ込んでいた変態』へと拳を振り抜く少女。
「ちょ、まっ! 待ってください! 俺は決して怪しい者じゃなく――」
「文句は死んでから言ってぇーーー!!」
「死んだら文句言えないというか、なんか手光ってる!?」
明らかに人外の力で拳をぶつけられた翔機は、そのまま意識を失った。
「……反省はしている」
数十分後。
大切だと分かっていたファーストコンタクトで大失敗してしまった翔機は、気絶から目覚めると早々、少女に土下座をした。
男のプライドとか、そんな高尚なものはなかった。ただ、今後もう二度とないであろう、奇跡的なチャンスを失う恐怖でいっぱいだった。
「…………」
対する少女は、まだうっすらと涙の残るジト目で翔機を睨み続ける。その瞳は、涙の他にも非難の色でいっぱいだ。
「いや、こう……主人公的な第一印象を、と色々模索した結果でして……。だからこそ、貴女様の下着を見たり、あまつさえ触れたりなどは全くしておりませんので、ご安心くだされば幸いかと……」
「見たり触ったりしてたら、それこそ殺してたわよ……」
なんと、ヒロインと出会ってからたった数分で上下関係が決定してしまった。
翔機はつくづく自分が脇役体質なんだな、と思う。
「ほんと、すいませんでした……」
全力の土下座を続ける翔機を見て、ようやく少女の方も落ち着いてくる。
自分の服が乱れていないことを確認すると同時に、今いる場所を見回した。
「ここ……あんたの家?」
「……ああ。俺が一人暮らししてるボロアパートだよ」
タメ口はきいても大丈夫かな……? と、若干びくびくしながら答える翔機。
「なんか……失礼だけど、ボロい部屋ね……」
「仕方ないだろ……。苦労してるんだよ」
「へー……」
日本の家屋が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回した後、少女は再び視線を翔機に戻した。
「ていうか、今さらだけど驚いたり怖がったりしないの? あたし、たぶん空から降ってこなかった?」
「……フッ。よくぞ聞いてくれた」
待っていましたとばかりに立ち上がる。
……長かった。
今日まで、本当に長かった、と思う。
そんな万感の思いを拳に乗せて突き上げながら、翔機は思いっきり叫んだ。
「俺はずっと、お前を待っていたんだーーーっ!」
「ええー!?」
予想外の反応に少女が驚いた。
「そうなの!? この国……日本、だっけ? では、あたし達みたいな精霊の存在が認知されているの!?」
「ふむ、精霊だったのか……。まぁ、なんでもいいや! とにかく俺は、お前みたいな『非日常』の象徴・美少女が空から降ってくるのをずっと待っていたんだ!」
「び、美少女って……」
少女がちょっと嬉しそうに顔を赤くして照れる。
が、すぐに何かがおかしいと思い、とりあえず自分への称賛を保留。
「ちょっと待って。あたし達みたいな存在を知らないのに、どうしてあたしを待つことができるの……? えっと? あたしが言ってること、おかしくないよね……?」
「おう。大体、なにを言いたいのかは分かったぞ。その答えとしては……とりあえず、これを見てもらうのが手っ取り早い」
そう言って翔機は、上着の内ポケットから一枚のDVDを取り出した。世間的にはBDの時代だが、そんなハイテクな文化は貧乏翔機の家にやって来ない。
翔機はDVDをプレイヤーに入れると、テレビの電源も入れ、少女に画面を示す。
「へー、これがテレビかぁ……。一応、この国の知識は勉強してきたけど、やっぱり実物を見るのが一番ねー」
「なるほど。すでにこっちの世界の常識を知っているタイプのヒロインか。基礎的な世界観の説明をしなくていいから、すごく助かるぜ。んで、ここに注目」
「んー?」
画面に一部の業界では非常に有名なアニメタイトルのロゴが表示され、本編の映像が再生され始めた。
特徴のほとんどない少年がやる気のない感じで心中を呟き、直後に空から降ってきた美少女を受け止める。そこで、翔機が映像を一時停止した。
「……な?」
「……いや、『な?』とか言われても、あたしに何を求めているのかよくわかんないんだけど……」
「別にそんな難しいことは求めてねーよ。ほら、このアニメの主人公も空から降ってきた美少女を受け止めて、物語が始まっているだろう? つまり、そういうことだ。俺もこの主人公のように、お前みたいな美少女を待っていたってこと」
さらりと挟まれる『美少女』発言についつい反応して赤くなる少女だったが……翔機の言っていることはさっぱり分からない。
「ええっと……でもこれ、フィクションでしょう? 現実にこんなことは起きないからこそ、こういう作品に人気や需要があるわけで……それなのに、あんたがこの物語のようなものを信じて待っていたって、おかしくない?」
「おかしくない!」
翔機が無駄にイイ顔で断言するので、思わず自分が間違っているのかと考え始めた辺りで……少女の頭に、一つのワードが思い浮かんだ。
確か、最近の若者の一部にはフィクションと現実の世界の境界があやふやになり、自分の妄想と共に生きるイタい人種がいるらしい。で、そんな人種に対する呼び名が……。
「……中二病?」
「おお! よくぞその単語を知っていたな! そう! 俺こそは、〝世界最強の中二病〟と専ら噂の、今田翔機だぜっ!」
いえーい、と爽やかな笑顔でピースする翔機とは裏腹に、少女は床に突っ伏して涙を流した。
「あたし、この『戦争』に本気だったのに……」
「安心しろ、俺も本気だ!」
「うわーんっ!」
原因が慰めたことにより、さらにいたたまれない気持ちになったらしい。
「うぅ……でも、こんなヤツでもあたしのパートナーなんだから、こいつと一緒になんとかするしか……」
「…………」
そう呟き、無理矢理に前を向こうとする少女を見て、翔機の頬にタラリと汗が伝う。
「あー……えっと。その……お嬢ちゃん……?」
「……アルテミス」
自分が名乗っていなかったことを思い出した少女……アルテミスが、無理矢理に顔を上げると同時、ぶっきらぼうに名乗る。
「お、おう。俺は、今田翔機だ。名前の翔機って気に入ってるから、名前で呼んでくれ」
「……わかったわ」
「えーっと……それでな、アルテミスさん……」
「アルテミス、でいいわよ」
「お、おう。じゃあ、アルテミス。大事な話があるというか……どうせいつかバレることだから、さっさと白状しておこうと思うんだけど……」
「……なによ?」
「お前のパートナー……俺が、蹴っ飛ばしちゃった」
てへっ♪、と可愛く頭を小突いてみたが……それを聞いて、ぱちくり、とアルテミスは瞬きをする。
「……え? なに、つまり……あんた、あたしのパートナーじゃないの?」
「違う、俺がお前のパートナーだ」
キリッと出来る限りのキメ顔で答える翔機だったが、アルテミスの不審顔は晴れない。というか、むしろ不審度が増した。
「確認しましょう。あたしが、空から降ってきました」
「うむ。その通りだ」
「その真下には、あんたが……翔機がいました」
「そう言えなくもない」
「そこで、空からゆっくりと降ってきたあたしを、翔機が受け止めました」
「うむ。その通りだ」
「……ちょっと待って。途中、返事が違うのはなに?」
「…………」
ダラダラと汗をかく翔機。
疑いの眼差しを向け続けるアルテミスを見て、いつまでも誤魔化せないと思い、正直に経緯を暴露することにする。
「よし、わかった。俺からあの時の状況を説明しよう」
「そうしてくれると助かるわ」
「昔々、おじいさんとおばあさんがいました」
「…………」
「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんはゲームセンターへ某有名絵師さんの素敵なタペストリーを取りに行きました」
「…………」
「おばあさんが二千円ほど連コインしても、プライズは微動だにしません。さすがにおかしいと思ったおばあさんが店員さんに尋ねると、店員さんは「あー、それ、わたしは六千円くらいで取れましたよー」と言いました」
「…………」
「おばあさんはその店員さんの話を信じて、さらに四千円ほど連コインしました。しかし、それでもプライズは動きません。さらにそれを店員さんに尋ねると、「ちょw マジで六千円入れるとかwww カモ乙www」と言われ、おばあさんは激怒し、筐体を壊してタペストリー十本を握り締め、こう叫びました」
「…………」
「――「あたしゃカモじゃない! NOダッコ!」。重要な所で噛んでしまったおばあさんはその後、店員が謝罪の意味を込めて渡した抱き枕カバーと一緒に、警察に引き渡されたのでした」
「…………」
「…………」
「……………………」
「…………そのおばあさんの曾々孫とすれ違った今日の俺は、たまたま空から降ってきている銀色の美少女を見つけ、その下にいた、明らかに主人公っぽい特徴の無い男を蹴飛ばし、アルテミスさんを抱きしめたのでした」
できるだけ遠まわしに、ソフトリーに……と心がけながらこれまでの経緯を語った翔機だったが、それを聞いたアルテミスの反応は、ただただ無言。
最近見た動画の笑い話も交えながらネタを振り、そのボケがスベったこととは全く違う理由で緊張の汗が流れる。……そして。
「つまりあんたは、ただの無関係野郎なんじゃないのぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
アルテミスの怒号が、六畳一間のボロアパートに響き渡った。
「なんなの!? なんなの!? なんなわけぇ!? つまり、あんたは全くもってあたしと無関係にも関わらず、あたしの重要なパートナーをボコって、あまつさえ、あたしのドレスのスカートに頭突っ込んでたってことじゃないっ!?」
「そ、そんな……乙女が『突っ込む』とか……」
「この変態っ! なに顔赤くしてんのよっ! とんだ時間の無駄だったわ! なんだったの、ここ数十分間のやりとり! 完全に無駄じゃないっ! あたしはねぇ! あんたと違って忙しいの! まずいわ。この無駄にした時間を取り戻す意味でも、早くあたしのパートナーと合流しないと……!!」
怒り、怒鳴り、焦り、慌てたアルテミスが足早に部屋を後にしようと立ち上がったところで……翔機が、その美しい脚に全力で縋り付く。
「お、俺を捨てないでぇーーーっ!」
「はーなーせーーーっ!! 気持ち悪いのよ、変態っ! 中二病で変態で無関係な迷惑男なんて最低よっ! 虫以下っっっ!!」
「そ、そんなに罵倒しても俺はMじゃないぞ!?」
「誰があんたのためにサービスするかーーーっ!!」
狭い室内でぎゃあぎゃあと暴れる二人だったが、翔機は心底焦っていた。
まずい。このままでは、まずい。
翔機は、自分がどれほど凡庸で脇役体質な人間か自覚している。
そんな自分が強奪という形とは言え、非現実的な女の子と知り合い、『物語』に参加する機会を手に入れたのだ。これは信じられないほどの奇跡と言っていい。これまでの人生でそんな機会はなかったし、今後も絶対にないであろうという悲しい確信がある。
だから、なんとしてもこの美少女……アルテミスに、彼女のパートナーとして認めてもらわなければ――!!
「こ、の……いい加減に――!」
「っ!?」
いい加減焦れたのか、アルテミスの拳が銀色に光る。明らかに人間離れした攻撃が来る前兆だった。
それを見た瞬間、「終わった……」という諦めの思いと同時、逆に開き直るところまで気持ちが反転した翔機は、最後の賭けに出る。
「――いいのか?」
「なにが!?」
急に脚から手を離して立ち上がり、長い前髪の奥から自信に満ちた……切れそうなほどに鋭い目を向ける。
今までのふざけていた態度とのギャップもあり、アルテミスは手を止めてしまった。
「お前はこれから、『戦争』をすると言っていたな? 具体的に何をするのかは知らんが、その単語からして何かと戦うのだろう? にもかかわらず、この俺――中二病で変態で無関係な脇役――に、あっさり敗れるような男を、パートナーにするのか?」
「…………」
「悪いことは言わない。俺を選べ。体は鍛えているし、頭も悪くない。何より、ガッツがある。断言してもいい。この世界で、俺ほど情熱的にお前を手助けしたいと思っている人間はいない。戦いに関しても、これまで何度も世界を救ってきた」
「……フィクションで、でしょ」
「…………」
あえて自信満々の言動をとり、外側だけなら完璧にアルテミスと同格か格上のごとく振舞っている翔機だが……内心は緊張と焦燥で大変なことになっていた。特に心臓は、未だかつてないほどの速度で脈打っている。
だが、それは微塵も外に出さない。それは翔機の、唯一と言ってもいい特技だった。
「……あんた、ちょっと前髪上げてみなさい」
「……なんだ、唐突に」
「あんたの目が見たいの。正直、あたしはあんたを疑っているわ。でも、もし今ここであんたを信じ、契約を結んだなら……今後は百パーセントあんたを信じる。あたしは、ゼロか百なの。命懸けで戦おうってのに、パートナーすら信用できないんじゃ話にならないでしょう?」
「…………」
理屈はわかった。
そして、アルテミスの性格が翔機にとって、好感の持てるタイプであることもわかった。
……しかし。
「……俺は、自分の目付きが好きじゃない」
「面と向かって目も見れないような男は、信用できないわ」
遠回しに勘弁してほしいという旨を伝えたが、バッサリと切り捨てられる。
確かにこんなビッグチャンスに対して、自分のちっぽけな私情を挟むのは失礼だったかもしれない。そう思った翔機は、久しぶりに前髪をかき上げ、銀色の美少女を正面から見据えた。
「――――」
「――……」
びっくりした。
もとから美少女であることは疑いようのない事実だと思っていたが、前髪を払い、10センチ以下の距離で見つめるアルテミスの顔を、翔機は心底美しいと思った。
財宝の如く輝く銀色の髪。白人の外国人よりもさらに白い、透き通った肌。瑞々しい、薄い桜色の唇。そして、その奥に小宇宙が存在すると言われても否定できない、神秘的に輝く瞳――。
「――――」
「…………」
人間ではないのだから人間以上に美しいのは当然だ、と心のどこかが呟いたが、そんなことがどうでもいいと思えるくらい、アルテミスは美しかった。
そうして、容易にキスもできそうなほどの近距離で見つめ合うこと数十秒後。
「……あんたは嫌いだって言ったけど、あたしは好きよ、あんたの目」
「もうちょっと穏やかな、中性的で主人公っぽい目付きがよかったよ……」
そう言いつつも、アルテミスの瞳から目を離せない。
得意の虚勢も、そろそろボロが出そうになってきた。
「……もう一度訊くわ。あんた、あたしと共に命を懸けて戦うだけの、熱と覚悟がある?」
「――ある」
虚勢はボロが出そうだったが、この質問には関係がなかった。
なぜなら……翔機にとって、その言葉は真実だから。
「中二病で変態で脇役の、あたしの嫌いなタイプだけど……今の言葉と目は気に入った。いいわ。あんたが、あたしのパートナーよ」
それを聞いて、ホッとした翔機の額に。
アルテミスが、桜色の唇を押し付けた。
「ちゅーしてくれるんなら、ちゃんと唇がよかったなぁ……」
「うっさい。だまれ、この変態」
首からぶら下げた、細い棒状のシルバーペンダントをいじりながらボヤく翔機を、アルテミスがスッパリと切り捨てる。
ペンダントは契約の儀式だったらしい額への口付けの後、どこからともなく翔機の首元へと収まっていた。改めてアルテミスが非現実の存在なのだと思う。
「なあ。俺、こういうアクセサリー系のアイテムって割と苦手なんだが……」
「我慢して。……間違ってもとらないでよね。それを外した瞬間、あたしとの契約が破棄されるわ。再契約は不可能だから」
「……! ま、間違っても外しません……」
「よろしい。ところで、どこに向かってるの?」
「ああ。ちょっといつもの用事でな。ついでにお前もこの世界の下見ができていいだろ」
「ふーん。ま、いいけど」
素っ気ない返事を返すアルテミスだったが、その足取りは軽い。足元の重そうな銀のサンダルが、軽快なリズムでステップを踏んでいる。
そしてその姿を、街行く人達がすれ違う度に振り返る。
「……なあ、テミス」
「あたしの名前を勝手に略さないでくれる?」
「お前……精霊だったっけ?」
「そうよ。なんとなく気づいてるかもしれないけど、あたしは銀の精霊。……って言っても、最近精霊になったんだけどね」
「ともあれ、お前も精霊の端くれなら、普通の人に姿を見せないようにとかできないわけ? さっきから目立ちまくってるんですが……」
翔機の住んでいる街は、不思議な場所だ。
かつてこの国の中心だったその街は、道がほぼ直線でできており、古い家屋と新しいビルが混在している。繁華街から10分でも歩けば静かな田舎道に出たりと、田舎なのか都会なのか分からない。
そして、この街で一番人気の移動手段は……徒歩。
だから先程から、この世ならざる美しさを全身で体現するアルテミスに、多くの視線が集まっている。
「できないことはないけど、人間にあたしの姿を不可視にするのって、かなりの魔力を使うのよねぇ……。今後のことも考えて魔力を節約したいから、消えるのは却下」
「じゃあせめて、服装を現代風に変えるってのはダメか? お前だって一応、精霊という立場は隠しておきたいだろう?」
「うん、そうね。服装の変換はできるし、あたしもこの世界の服は着てみたい。ただ、サンプルが揃うまでもうちょっと待ってほしいわ。ダメかしら?」
そう言って、アルテミスが周囲にいる通行人を見渡す。
どうやら、街行く人達が着ている服を参考にするらしい。
「いや、別にいいよ。正直俺としても、これほどの美少女を連れ回している男として、野郎から嫉妬の眼差しを集めるのが気持ちよかったりするしな」
「ちょっと……美少女、美少女言い過ぎだってば……」
お世辞抜きで百パーセント事実を述べただけにもかかわらず、アルテミスが真っ赤になって俯く。
精霊になって日が浅いから賛辞に慣れていないのか、はたまた単純にウブなだけなのか……とりあえず翔機は、美少女が赤面して俯くという極上シーンを全力で脳内保存することにした。
「こ、こほん! それより、あんたはあたしの正式なパートナーになったんだから、今後の『戦争』について説明するわ。目的地へ向かいつつ、街の下見をしながら説明したっていいでしょう?」
「もちろん。俺としてもできるだけ情報は知っておきたい。なんでも話してくれ」
「結論から言うわ。あたし、神様になりたいの」
「そうか。んで?」
「……今さらだけど、驚かないのね」
「本当に今さらだが、俺は神も仏も宇宙人からツチノコまで、幅広く信じている」
「そう考えると、あんたみたいな中二病がパートナーってやりやすいわ。普通のやつだったら、まずそこから説明しないといけないし」
「確かにあいつは『ザ・普通』って感じだったからなぁ……」
「そうだ。参考までに、あたしの本来のパートナーがどんなやつだったか聞いてもいい?」
「アミス……お前、昔の男がそんなに気になるのか……」
「む、昔の男って! 妙な言い方しないでよっ! あと、勝手に名前を略すな!!」
「そうだな……。外見的には、あいつが近いかもしれない」
そう言って翔機は、道の反対側を歩いている男子集団の内、一番後方にいる少年を指差した。
特徴を説明しようとすると難しい、『特徴が無いことが特徴』とも言えそうな所が、確かに杉田に似ていた。
中肉中背。整髪料をつけておらず、自然にカットした髪を地の色のまま流している。他の少年に話を振られて、気弱そうな笑顔と共に言葉を返していた。
「へー……あんな感じかぁ……」
「くっ……!? なんて高い『主人公力』なんだ……っ!!」
「……はぁ?」
無駄に戦慄する翔機と、全く緊張感のないアルテミス。
「主人公力だよ、主人公力。『主人公属性』と言ってもいい。見ろ、あの見事な中肉中背。身長は男子高校生のジャスト平均、体型は間違っても太っておらず、かと言って痩せているとも言いづらい。髪もサラサラ。目付きも優し気な草食系。主人公力……97点……だと……!?」
「…………」
「それに比べて、俺はどうだ……。身長は男子高校生の平均をそこそこ上回り、鍛えているために体は筋肉質。髪は毎朝ブラシで撫で付けないと逆立つし、何よりこの「殺人鬼かよっ!」とツッコミたくなるほど凶悪な目付き……」
「……もしかしなくても、その妙にウザったい前髪は目付きを隠すためなのね……」
「ああ……。あと、ギャルゲーの主人公は大抵前髪で目元が隠れているものなんだ……」
「…………」
翔機の知らないところで、ヒロインの好感度が急降下した。
残念ながら、効果音は発生しない。
「ちくしょう! せめて、身長が平均をそこそこ『下回る』だったら、まだ低身長主人公としてやっていけたのに……っ!!」
「……ハズレくじを引いちゃったと思ったけど、場合によってはこいつよりハズレだった可能性もあるのよね……。日本、怖いわ……」
本気で地面に崩れ落ちた翔機を見て、アルテミスの日本人評価まで急降下してしまった。
余談だが、本来の主人公である杉田望は、翔機とは比べ物にならないくらいの真人間であり、素直で優しい性格だということを付記しておく。
「話を脱線させたあたしが言うのも何だけど、そろそろ話を戻していいかしら?」
「そうだ……俺はもう主人公になったんだ……。……へへっ。じゃあ今さら、主人公力とか関係ねーじゃねぇか……。そうさ、俺こそ主人公……」
「あのー……」
「おうっ。いいぜっ!」
「…………」
無駄に爽やかな笑顔を浮かべる翔機を、心底気持ち悪いものを見る目で見つめるアルテミス。
「……話を戻すけど、あたし、神様になりたいの」
「うん。それはさっきも聞いたな」
「ちなみに、神様にはどうやってなるのか、翔機は知ってる?」
「そうだな……俺が知ってる方法は色々あるぞ」
「もちろん、フィクションの話よね?」
「まず一番メジャーなのが、現在の神様を殺して自分がそのポジションに納まるってパターンだな。シンプルだ。次によくあるのが、現在の神様に認めてもらうってやつだな。会社で上司に認めてもらって出世する感じ。あとは……ちょっと捻って、自分を神様だと信仰してくれる人間を増やす、とかもアリだ」
「……よくもそれだけ、ほいほいとアイデアが出るものね……。さすがだわ」
「そんな褒めるなって」
「だけど、あたし達がこれから行う『戦争』は、そのどれとも違うわ。もうすぐね、神様の席が一つ空くの。『席が空く』っていうのは、その神様の死だったり、自ら進んで席を譲る場合もあるんだけど……とにかく、席が空く。だからその席に、あたしが納まりたいの」
「そうか。わかった。それで、俺はなにをすればいい?」
「…………」
迷いの無い翔機の言葉に、アルテミスが面食らう。しかし、その方がありがたいと思い直すと、戦況を一気に説明した。
「あたしと共に、命を懸けて戦って。あたしと同じく、その席を狙う精霊がいるわ。そいつも人間をパートナーにして、戦いを挑んでくる。精霊か人間、どちらかの命を絶つか、精霊とパートナーのリンクを断てば勝利」
そこまで一気に、前を見つめたまま、強い視線で言い切った。
果たして。隣を歩く翔機の答えは。
「わかった」
「……どうして?」
歩みを止め、アルテミスが振り返る。
翔機も、前髪をかき上げないまでも、きちんとアルテミスの瞳を見返した。
「今の話、翔機にメリットは一つもなかったはずよ。むしろ、命を失いかねないリスクしかなかった。それなのに、どうして二つ返事で了承できるの?」
「……俺はもう契約した。今さら「やっぱりやめます」じゃあ、お前だって困るだろ?」
「それは事実だけど、そういう話じゃないわ」
「…………」
アルテミスが澄んだ瞳を向け続ける。
それを正面から受け止めたまま、翔機は本音を白状することにした。
「汚い話で悪いが、俺には望みがある。どうしても叶えたい望みだ」
「…………」
「その望みは、この世界ではどう頑張っても叶わない。だから俺は、ずっとお前のようなファンタジーを待っていた。俺の望みが叶う可能性があるとしたら、それはきっと、お前のような存在と関わる世界だけだ」
ふざけた態度を一切挟まずに言い切る翔機を見て、アルテミスは頷く。
「もう一つだけ質問させて。その望みは……あんたが、自分に胸を張れるもの?」
「もちろん」
「……ふふっ。ますます気に入ったわ。約束する。あたしが神の座についた暁には、パートナーの願いを一つ叶えることになっているの。だから、安心しなさい。この戦争に勝利したら、一番にあんたの望みを聞き入れるわ」
「マジか!? 解決方法を探す手間が省けた!」
シリアスな雰囲気を霧散させ、諸手を挙げて喜びを示すと、アルテミスも思わず笑みをこぼした。
そして一通り喜んだ後、翔機はまた真面目な態度を作り、逆にアルテミスへ問いかける。
「忘れる前に俺も聞いとく。お前が神を目指す理由。それも、自分に胸を張れるものか?」
「当然よ」
「そっか。おっと、そこ右だ」
それだけ聞いて普段の雰囲気を取り戻すと、これまで通り道を歩いていく。右に曲がってから五分も経たない内に翔機の目的地が見えてきた。
翔機が「着いたぞ」と声を掛けようとしたところで――
「あ。忘れてたけど、ハレンチなお願いはダメよ? 最近のアニメで多い……何だったかしら。複数の女の子と関係を持つ……そう、『ハーレム』とか、もっての外だからねっ?」
冗談っぽく、笑顔で注釈をつけるアルテミスに向かって。
「えっ……」
と、固まる翔機。
直後、笑顔のままこめかみに青筋を立てたアルテミスの、銀色パンチが唸った。
病室の入り口。
ネームプレートには『今田叶』と書いてある。
「……これから愛しの妹に会うというのに、どうして俺の顔はこんなひどいことになっているのでせうか……」
「自業自得でしょ」
隣に立つアルテミスは、腕を組んでぷい、と横を向いた。
それを横目に見ながら、軽く扉をノックする。中から「どうぞー」と明るい声が聞こえた。
「よう、カナー。生きてるかー?」
「お兄ちゃん! いらっしゃい!」
壁も天井も家具も、全てが白で統一された部屋の真ん中で、幼さを残した少女がはじけるような笑顔で破顔する。
「おお~。会いたかったぞ、愛しの妹よ~」
「わたしもだよ~。お兄ちゃん」
ベッドの上で体を起こした叶と抱擁を交わす。
それをアルテミスが、若干引き気味の顔で見ていた。
「幼女性愛者……?」
「せめてロリコン――いや、シスコンと言ってぇーっ!」
漢字で表現すると、その言葉の示す意味が生々しく伝わってくる。
「ていうか、妹だよ! 妹! 『義理』とか『血が繋がっていない』とかの言葉が上に付かない、れっきとした俺の妹、今田叶だよっ!!」
「ふわー……綺麗な人だねー……」
翔機が全力でツッコむ中、アルテミスを見た叶が、その幻想的な美しさに見蕩れながら無意識に呟いた。
「お兄ちゃんの彼女さん?」
「そうだよ」
「違うでしょうがっ!」
軽い冗談のつもりだったが、顔を真っ赤にしたアルテミスは容赦なく銀色パンチを見舞った。
「ご、ごふっ……! い、いや、そう。『将来の』っていう言葉を忘れていたかな、うん!」
「パンチのおかわりはご入用ですか?」
「……世界の車窓からごめんなさい」
笑顔で脅迫するアルテミスに全力で謝罪する翔機を見て、叶がくすくすと笑う。
「じゃあ、もっと将来はお嫁さんですね」
「お嫁っ……!?」
「おー。だが安心しろ、カナ! おにーちゃんはハーレム主義者であるからして、ちゃんとカナのこともお嫁さんにしてあげるからな!」
「わーい。ありがとう、お兄ちゃん」
「……ちょっと待って。この兄妹のやりとりがおかしいと思うあたしは正常よね……?」
「フッ……愛は国境を越えるし、法律も変えるのさ……。俺がカナを愛し続ける限り、叶わない望みなどない! ……叶だけにっ!!」
「お兄ちゃん、カッコいい!」
「この兄にして妹あり、ってことね……」
額に手をやって頭痛を堪えるアルテミスに、叶が改めて向き直り、頭を下げる。
「えっと、はじめまして。今田叶です。10歳です。好きな人はお兄ちゃんです」
「え、あ、はじめまして。アルテミスです。嫌いな変態は翔機よ」
「今田翔機です。17歳です。好きな人は女の子です!」
「範囲が広いわよっ!」
「ぐはっ!? 毎回銀色の拳で攻撃するのやめてもらえませんかねぇ! マジ痛いんで!」
「もー。お兄ちゃんってば」
「妹さん、あなたも少しはツッコんで! 仮にあなたが翔機を好きだとしても、完全に浮気野郎じゃない!」
「え。そ、そうですね。じゃあ、お兄ちゃん。わたしからも、意見を言わせてもらいます」
「おう? カナから俺に意見とは珍しいな」
「……女の人はいいけど、男の人には手を出さないでほしいの」
「アッーーーーーーーーーー!!」
「いいの!? そんな最低限のところで、妹さんは満足なの!?」
三人が賑やかに騒いでいると、素早いノックと共に病室の扉が開いた。
「またですか、今田さん! お見舞いの度に大声で騒ぐのはやめてくださいっ!!」
廊下から顔を出し、困り顔で注意する看護師さん。
その看護師さん……いや、『ナースさん』が、20代で中々の美人と見るや、翔機は全力で叫ぶ。
「今だ、チャンス!」
次の瞬間には、人間離れした速度で入り口まで翔けていた。
「こんにちは! 今田翔機です! 突然ですが、一目惚れしました! ぜひ俺と付き合ってください!」
「は、はい?」
「あ、そうですよね。最初はお茶からですよね。じゃあ、とりあえず食堂近くの軽食室にでも――」
「どっせぇいっ!」
「どぼるしゃーくっ!?」
まるでネジのように体を回転させながら病室の壁にめり込む翔機。
「すいません。この人、ちょっと頭がおかしいんで」
「はあ……。確かに今田さんはいつもおかしいですが……」
翔機は覚えていなかったが、初対面ではないらしい。色々と最低だ。
「あたしの方から注意すると共に、これからは静かにしますので」
つい先程異世界から来た精霊が、一般人であるはずの翔機よりも常識的な対応をとり、それを見た看護師さんが業務に戻っていった。
ちなみに、翔機は未だ壁にめり込んでいる。
「……妹さん。会ったばかりのあたしが言うのもなんだけど、あなたはそこそこ常識人みたいだから、ちゃんと翔機に注意してあげてね」
「あ、はい。えーっと……お兄ちゃん。……。……。……ナイスガッツ?」
小首を傾げながら、親指を立てて翔機を持ち上げる叶を見て、アルテミスが何かを諦めるようにため息を吐いた。
「二人で話してる時はそこそこ普通そうな面もあったから騙されそうだったけど……こうして他の人と絡むあんたを見てると、心底ダメな奴なんだなーって思うわ……」
「失礼だな……」
よっこらせ、と壁の亀裂から頭を抜きつつ、翔機が復活。
「いいか? 実は俺、主人公じゃなく脇役なんだ」
「知ってるわよ」
「そうか。中々の観察眼だな」
「…………」
「……こほん。主人公というやつは、何もしなくても女の子……特に美少女が寄ってくる。それはもう、学校中の美少女がお前を好きなんじゃないかってくらい、大量にな」
「聞くまでもないけど、フィクションの話よね?」
「俺だって、そういうのに憧れたさ。毎朝整髪料とブラシで髪を撫で付け、関わる人みんなに優しくして、ただひたすら、ヒロインの登場を待ちわびたさ……。その結果が、これだよっ!!」
「…………」
アルテミスが可哀想なものを見る目で見つめる。
「だから俺は思ったんだ。『ヒロインが来い』じゃなくて、『主人公が来い』こそがこの世の真理だとっ!! 以来俺は、迷子のヒロインを迎えに行ってあげることにしたのさ……」
窓辺まで歩き、カーテンを片手で開けながら日の光を浴びる。その表情は切なげで、アンニュイな雰囲気が漂っている。
「……ていうか、ナンパする主人公なんていないでしょ。完全に脇役ね」
「違う! 迷子のヒロインを迎えに行っているんだっ!!」
力説する翔機だったが、アルテミスは完全に呆れている。唯一、叶だけが、
「お兄ちゃん、カッコいいー!」
と拍手していた。
「はぁ……あんたが変態なのは仕方ないにしても、もう少し妹さんのことを気遣ってあげたら……? あんたのとんでも行動が普通だと思ったままだと、友達とも価値観が合わないでしょ……」
何気なく呟いたアルテミスの言葉に、叶が過剰なほどに反応した。
「お兄ちゃん……わたし、友達できないの……?」
「そんなことない! ひどいぞ、アルテミス! 俺をボロカスに言うならともかく、叶まで悪く言うなんて!」
「いや、あたしは単純に妹さんを心配したんだけど……。……まあ、傷ついたなら謝るわ。ごめんなさいね、妹さん」
「まったく……。そうだ、カナ。いつものお土産持って来たぞー」
「わーい。今日はどんなのー?」
翔機は胸ポケットから二冊の小説を取り出した。
「こっちは主人公が異世界に召喚され、七人のお姫様と子作りを強制されそうになる話で、こっちが悪魔に転生した主人公が、美人でグラマーな主を含めた、美少女だらけのハーレム形成を目論む話――」
「それが原因かーーーっ!!」
「ひとづまだんちっ!?」
「わー。お兄ちゃんが独楽みたいに床でスピンしてるー」
最早お約束になりつつある銀色パンチを食らい、翔機が吹っ飛んだ。
「まったく! 改めて言っておくけどね、あたし、ハレンチなことが大嫌いなのっ!」
一段落して叶の病室を後にし、帰宅する道すがら、アルテミスが憤慨した。
「うう……だけどな、アスミ」
「最早、日本人の名前みたいになってるわねっ!」
「世の男の子なんて、大概えっちぃことには興味津々だぞ? ハーレムだって俺に限らずみんな望んでいるだろうしさ……。それを、オープンにするか隠すかの違いがあるだけで……」
「あんたは少し隠しなさい!」
腕を組むアルテミスに「ムッツリスケベってなんか嫌じゃん……」とボソボソ言いつつ、翔機は小さくなった。確かに、会ってすぐの女の子にハーレム嗜好を暴露するのは、マナー違反だったかもしれない。
「はぁ~……わかってるの、翔機? あんたはあたしのパートナーになったんだから、もう既に命を狙われる身なのよ? 少しは緊張感を持ちなさい!」
「いや、わかってるけどさ……」
「言ったでしょう? 戦争の勝利条件は、①精霊を殺す、②パートナーを殺す、③精霊とパートナーのリンクを断つ、なんだから、どう考えても一番楽なのはパートナーを殺すことでしょう!」
「ん? リンクを断つのが一番楽なんじゃないのか? だって、このペンダント外すだけでいいんだろ?」
素朴な疑問を投げかけると、「うっ……」とアルテミスが詰まった。
「……普通は、そんなペンダントでリンクが形成されたりしないわ」
「……ということは、なんだ。つまり、俺が本来のパートナーじゃないから、こんな簡単なリンクになってしまったということで、相手の精霊はこういう形じゃないと?」
「半分正解。リンクが弱いのはあんたが本来のパートナーじゃないってこともあるけど、それと同じくらい、あたしの力不足でもあるわ。その点については謝る」
言葉通り頭を下げるアルテミスを、翔機は慌てて制した。
「いや、まぁいいじゃないか。わかりやすいし。俺は物語に無理矢理参加させてもらった身なんだから、文句なんてあるはずないって」
「そう言ってくれると助かるわ……」
安堵の息を吐きながら前を向いたアルテミスの歩が――急に、止まった。
「?」
怪訝に思いながらその視線を追うと……そこには、明らかに不自然な男が立っていた。
交差点の真ん中。横断歩道の中央で立ち止まり、こちらを見ている男。
遠目に見ても、かなりの長身であることが分かる。周囲の人間から頭一つどころか、二つ分くらい飛び抜けている。190センチ……いや、下手すると2メートルくらいあるかもしれない。
髪と瞳は黒いのに、顔つきはどう見ても日本人に見えない。北欧系の外国人が髪と瞳を無理矢理黒くしたような、そんなアンバランスで奇妙な雰囲気だ。そのせいで、年齢も窺い知れない。20代と言われても納得できるし、40を超えていると言われても違和感がないような、得体の知れない容姿だった。
その男が、黒いブーツを鳴らし、裾がボロボロの茶色いコートをはためかせながら、こちらに近寄ってきた。
「……フン。『戦争』だと言うから重い腰を上げて出てきたのに、この程度の者が相手か」
皮肉気に口元を歪めて嘲笑う男を見て、翔機はカチンときたが……アルテミスは動かない。
「小娘、お前は銀の精霊か? 一見しただけで成りたての、日が浅い精霊だと分かる。私は弱いものいじめをする気はない。さっさとリンクを断ち、この土地から出ていくことだ」
それだけ言って立ち去ろうとする男に、翔機が噛み付いた。
「おいこら、お前! 好き勝手偉そうに言いやがって、何様のつもりだよ!」
「何様? 神様だよ」
シニカルな笑みに、翔機の怒りのボルテージが上がっていく。
「お前みたいに感じの悪い神様がいてたまるかっ!」
「……そうだな。私もそう思うよ」
また上から目線の返答が来ると思っていたが、それはあっさりと認められ、拍子抜けしてしまう。
その間もずっと、アルテミスは黙って俯いていた。
「だから私は神になり、神を辞めようと思うのだ」
「はあ? 何ワケわかんないこと――」
「ガイアだ」
翔機の言葉に被せるように、男……ガイアが、名乗る。
「私は大地の精霊・ガイア。そこの小娘はよく分かっているようだが、お前にも忠告しておく。私の邪魔をするな。私の邪魔さえしなければ、お前のことも守護してやろう」
心底翔機を見下した嘲笑を残し、ガイアが去っていく。
「なんだよアイツ! 感じ悪いなっ!」
「…………」
同意を求めてアルテミスを振り返るも。
銀の精霊は辛そうな顔で俯くだけだった。