婚約者を奪った妹が、私の刺繍を自分の名前で売り、「次も作って」と言ってきます
「ミレーヌと結婚することにした。君との婚約は解消したい」
ランドルフの隣で、妹が新居の間取りを広げていた。
ハリエットとはまだ、どこで暮らすかも決めていなかったのに。
「店にも近いんだ。客を呼べる部屋もあるし、ミレーヌも気に入ってくれた」
いつから、という言葉が出なかった。家を見に行く間、二人はハリエットに何と説明するつもりだったのか。それとも、こう言えば済むと思っていたのか。
ミレーヌが間取りを脇へ寄せ、今度は注文書を差し出した。
「それでね、お姉ちゃん。これ、ひと月ほどで仕上げてほしいの。昨日、ダフネ様からいただいた注文よ。婚礼に使う肩掛けなんですって」
乳白色の絹に、淡い紅色の花と緑の葉。縁を一周する図案には覚えがあった。最後の枝が最初の葉につながるよう、何度も描き直したものだ。
けれど、注文書に書かれた制作者の名は違った。
「ここ、あなたの名前になってる」
「展示のとき、私の作品として紹介したの。皆さん、とても褒めてくださったわ。ダフネ様も、あの見本と同じように縫ってほしいって」
「私が作ったのよ」
「だから、同じものを頼んでいるんじゃない」
ハリエットはランドルフを見た。図案を描いているところも、縫い上がった肩掛けを広げたところも、彼には見せている。
「僕も会場にいたよ。君は別の品を納めに出ていただろう。ミレーヌが紹介して、注文も取ってきたんだ。途中で話を変えたら、彼女が困るじゃないか」
針を持った妹を見たのは、簡単な縁飾りを頼んだときくらいだった。あの肩掛けの花を一つでも縫ったことがあれば、ハリエットもここまで腹は立たなかったかもしれない。
作ってもいない品の説明ならできて、作った姉の名前を言うことだけはできなかったのか。
「これからは、ミレーヌが客を集めて、僕が仕入れを見る。君は制作に専念できる。今までより、ずっと大きな仕事ができるはずだ」
「お代もいいのよ。前金も、もういただいてるの」
ミレーヌが注文書の下を指した。
「残りは納めたときに。これなら、食卓と飾り棚もそろえられるわ。さっき見せた部屋、窓の向かいが空いていたでしょ。そこに置きたいの」
「私の工賃は?」
「材料代は渡すわよ。そんなに心配しなくても」
「材料代じゃなくて、私が縫う分の代金を聞いているの」
妹はランドルフへ顔を向けた。
「同じ家の仕事だ。取り分は、これまでどおりでいいじゃないか。最初は新居にも金がかかるんだから」
「あなたたちの新居よね」
ハリエットは注文書を机へ置いた。
針を持てば、少しは気が紛れるかもしれない。けれど、ひと月かけて仕上げた先で喜ぶのがこの二人だと思うと、布を見るのも嫌になった。
「この注文は受けないわ」
「もうお金をいただいているのよ?」
「私に引き受けるか聞く前にね」
「お姉ちゃんにできないものを頼んだわけじゃないじゃない。図案もあるし、見本と同じでいいのよ」
「縫いたくないの。ほかの人に頼んで」
ミレーヌが口を閉じた。
ハリエットは自分の台帳を開いた。頼まれていた襟飾りも、卓布の直しも、昨日までに納めてある。
「分かった。じゃあ、私はここを出る」
「腹を立てて、仕事まで投げるのか」
「まだ受けていない仕事よ。ダフネ様には、私からもそう伝える」
「わざわざ言わなくても、私が説明するわよ」
「見本を作ったのが誰かも、私から伝える」
ミレーヌは注文書を引き寄せた。
ハリエットは、使っていた鋏と針入れを自分の鞄へ移した。
「見本は置いていくわ。写した図案もそこにあるから」
「お姉ちゃんがやれば済むのに」
ハリエットは返事をせず、鋏と針入れを鞄に入れた。服はあとで取りに戻せばいい。
その日のうちに部屋を借り、ダフネへ手紙を書いた。
展示された見本はハリエットが図案から制作したこと。昨日の注文については相談を受けておらず、制作も引き受けていないこと。その二つを書いた。
ランドルフと妹が何を言ったかまでは書かなかった。まず知らせなければならないのは、婚礼の品を作る人が決まっていないことだった。
*
翌朝、ハリエットはテクラの工房を訪ねた。
借りた部屋には着替えを置き、仕事道具だけ持ってきた。以前、忙しい時期に手伝いへ来たことはあるが、今日は、仕事を回してもらえなければ困る。
「まとまった仕事を受けたいのね。いつから入れる?」
「今日からでも」
「それなら、これを見てくれる?」
テクラが眼鏡をかけ直し、卓布の図案を広げた。
商店の開店祝いに贈る品だという。四辺に花を配したもので、角では枝の向きが変わる。完成させるまで、ひと月ほどの余裕があった。
「材料は、こちらでそろえる。制作の工賃はこの額でどう?」
「はい。引き受けたいです」
これなら暮らしていける。ハリエットは図案を自分の方へ寄せた。
「それから、作ったのが私だと分かるように、納めてもいいですか」
「もちろん。納品にも立ち会って。次に同じものをと言われたら、あなたに話が行くようにしておくから」
ハリエットは、工賃の書かれた紙に自分の名を記した。
「糸を見せてもらえますか。花の縁を、見本より少し明るくしたいんです。使える色があるか、確かめたいので」
「棚の二段目。選んだら、客にも合わせて見せよう」
鞄から針入れを出し、空けてもらった作業台へ置いた。
*
「見本を制作したのは、ハリエットさんだったのですね」
ダフネの前で、ミレーヌは姉からの手紙を読んだ。
わざわざ客へ知らせなくてもよかったのに。これでは次に会ったときまで、姉の説明から始めなければならない。
「ええ。実際に縫ったのは姉です。図案も姉が描いています。ただ、展示で紹介して、ご注文を受けたのは私で」
「今回の品を、どなたが作るのかを伺いたいのです」
「別の職人に頼みます。あの見本と同じように仕上げますから」
「それなら構いません。途中で品を見せていただいて、納品日はそのままでお願いします。難しいのなら、今、取り消していただいても結構です。前金を返していただければ、ほかを探します」
「ちゃんと間に合わせますから」
まだ、引き受ける職人は決まっていなかった。
それでも、ここで返したくはなかった。大きな注文を受けたと話したばかりなのだ。結婚を祝いに来る人たちにも、新居で品を見せるつもりでいた。
ダフネと途中の品を見せる日を決め、その足でランドルフとテクラの工房へ向かった。
「この図案なら、ひと月ほど見てもらいたいね。材料もこちらで用意するよ」
テクラが見本の肩掛けを広げた。
ミレーヌは、工賃の書かれた紙をランドルフへ渡す。
「こんなに? 絹と糸だけなら、もっと安いはずです」
「材料だけ渡しても、刺繍は入らないよ」
ランドルフが横から口を挟んだ。
「こちらで材料を用意すれば、その分は引いてもらえますか」
「合うものならね。制作の工賃は変わらないよ」
「……一度、相談させてください」
工房を出ると、ランドルフは受け取った紙を折った。
「高いな。これじゃ、ほとんど残らない」
「お姉ちゃんが作るなら、そんなに取られなかったのに」
「ほかでも聞いてみよう。最初の見積もりで決めることはない」
翌日、二人は別の職人に図案を見せた。
こちらへ出せる額を伝えると、職人は写しの上へ薄紙を重ね、花を離して描いた。
職人は図案の上に薄紙を重ね、花をいくつか消していった。葉も減らしていく。
「このくらいまで省けば、ご予算でできます」
見本より、ずいぶん白いところが増えた。
「でも、花は残るのね」
「ええ。ただ、見本と同じにはなりません」
ミレーヌは二枚を重ねた。花だけを見れば、そう違わない気がした。
「これでいいわ」
「では、この図案で作りますね」
見本より白いところが増える。けれど、一つ一つの花は同じだった。
ミレーヌは薄紙を見本へ重ねた。花の間が詰まっていない分、かえって、一つずつよく見える気もする。
「分かりました。納期は守ってください」
職人が発注内容を書き直す間、ランドルフが声を落とした。
「ダフネ様には、この図案を見せていないが」
「ちゃんと花は入るのよ。展示でも、皆さん私の作品を気に入ってくださったんだから。少し変えたくらいで嫌がられないわ」
「客に見せるときには、君から説明してくれよ」
「もちろん。今度は、私が考えて変えたところもお話しできるもの」
前金から工賃を払い、ミレーヌは発注書を受け取った。
これなら、食卓も飾り棚も買える。二人で貯めた金には、手をつけずに済みそうだ。
ランドルフも、先ほどの見積書は鞄へしまったまま取り出さなかった。
残った前金は、新居の家具に使った。
食卓と椅子、飾り棚をそろえ、ミレーヌは茶器まで並べた。
*
「この間には、これから葉が入るんですよね?」
ダフネが指したのは、紅色の花と花の間だった。
ミレーヌは食卓の上で肩掛けを広げ直した。まだ縫っていない部分もあるが、刺繍の済んだところは綺麗に仕上がっている。花の形も崩れていない。
「そこは絹を残すことにしました。その方が、一つ一つのお花がよく見えるので。軽い感じになって、使いやすいと思います」
「それは、どなたが決めたのですか」
「私です。縁を全部埋めるより、こちらの方がすっきりして」
「図案を変えるお話は、伺っていません」
ダフネは持参した図案の写しを、肩掛けの横へ置いた。
紙の上では、花の下から伸びた葉が、隣の花の枝へつながっている。実物には、その間に何もなかった。
「私は、こちらの図案でお願いしました」
「ええ。花は同じなんです」
「花と葉が、縁いっぱいに続くところを気に入ったんです。この白いところにも刺繍が入ると思って、注文しました」
ミレーヌは、隣のランドルフへ目を向けた。
「縫い目は整っていると思います。手を抜いた品ではありませんし、仕上がれば、今よりよく見えますよ」
「縫い方を悪いと言っているのではありません。お願いしたところに、刺繍がないと申し上げています」
ダフネが写しを少しずらすと、布の白い幅がいっそう目立った。
ミレーヌはその上へ手を置きかけて、やめた。隠しても、どけてほしいと言われるだけだ。
「実物を見ていただけば、気に入っていただけると思ったんです。あの展示でも、私の作品を選んでくださったので」
「あの見本のような品が欲しかったからです。別の図案でよければ、そうお伝えしていました」
褒めてもらえると思っていた花を、ダフネはもう見ていなかった。指は、刺繍のないところを示したままだった。
「元の図案どおりに直して、約束の日に納めていただけますか」
「はい。そちらがお好みでしたら」
「もともと、その注文です。難しいのであれば、取り消して前金を返してください。婚礼の支度がありますので、納品日を延ばすことはできません」
前金は、職人への支払いと新居の家具にほとんど使ってしまった。今すぐ返せるはずがない。
ミレーヌは、ダフネが座っている椅子を見た。肩掛けを納めれば、残りの代金も受け取れるのに。
「元の図案に戻します。職人には私から言います」
「分かりました。明後日までに、できるかどうかだけ知らせてください」
ランドルフが肩掛けの端を持ち上げた。
「空いているところを埋められるか、すぐに聞きます。お返事は、いつまでに」
「明後日までにお願いします。その日までなら、私もほかの品を探せます」
ダフネは図案の写しを畳み、鞄へしまった。
客を送り出すと、ミレーヌは作りかけの肩掛けを卓へ戻した。
「白いところがあるくらいで、あんなに言わなくても」
「君が、変えても大丈夫だと言ったんだろう」
「あなたも、テクラさんの工賃は高いって言ったじゃない」
「だから、まだ間に合ううちに直すんだ。追加の工賃は払う。明日、聞きに行こう」
ミレーヌは発注書を取り出した。
そこに添えられた図案は、目の前の肩掛けと同じだった。
*
「ここへ葉を足すだけでは、元の図案には戻りません」
職人は二枚の図案を並べ、花の位置を指した。
「花を減らすときに、間隔も変えています。元へ戻すなら、ほどくところからです。新しく縫うだけでもひと月近くかかりますから、今の納期には間に合いません」
「急ぎの工賃を払うわ。なんとかしてもらえない?」
「工賃をいただいても、二週間もないうちに縫い直すのは無理です。約束した簡略版は、そのまま仕上げてお渡しできます」
「じゃあ、払ったお金を返して。別のところへ頼むから」
職人は、ミレーヌが署名した発注書を差し出した。
「この図案で承りました。ご注文どおりに作った分の代金は、お返しできません」
隣でランドルフが発注書を読んでいた。
昨日までは、空いているところを埋める話をしていたのに、今は何も言わない。
「あなたからも言ってよ」
「……条件は、これで合っている。僕も、ここで話を聞いた」
ミレーヌは二枚の図案を重ねた。
初めに見せられたときには、綺麗に描かれた花しか見ていなかった。今は、どれをほどくと言われているのかまで分かってしまう。
「テクラさんのところへ行こう。前には、引き受けられると言っていたんだ」
ランドルフに促され、肩掛けを包み直した。
*
翌日の昼、卓布の最後の辺に取りかかっていたハリエットは、入口から元婚約者の声がするのを聞いた。
「前に出していただいた条件でお願いしたいんです」
「初めに来たときはひと月近くあったけれど、もう二週間もない。今から完成させる約束はできないよ」
ハリエットは針を置いた。
テクラの作業台には、見覚えのある絹が広がっていた。花の間が大きく空いている。
ランドルフが奥を見た。
「ハリエット」
工房へ来たときにも、彼の声に耳が向いてしまったことが嫌だった。呼ばれれば顔を上げる癖は、婚約をやめただけではなくならない。
「君に頼めないか。この肩掛けを、元の形にしてほしい。ダフネ様に、見本と同じでなければ受け取れないと言われたんだ」
「同じように作る約束だったはずよ」
「分かっている。だから、君に頼んでいるんじゃないか。今回は、きちんと工賃を払う。いくら要る?」
謝ってほしかったことは、ほかにあった。
彼は肩掛けから手を離さず、ハリエットが金額を言うのを待っている。
「受けられないわ。私は、この卓布を納める約束をしているの」
ミレーヌがそばへ来た。
「お姉ちゃん。前に急ぎの注文が来たときは、夜中まで縫ってくれたじゃない。今回も少し頑張ってくれれば」
「あのときは、私が引き受けた仕事よ。今、引き受けているのはこれなの」
ランドルフは、ハリエットの手元へ顔を寄せた。
「こっちは婚礼なんだ。もう、かなりできているじゃないか。卓布なら、少し待ってもらえないか」
「商店の開店祝いに使う品なの。このお客さまを後回しにはしない。それに、仕事が空いていても、今からでは仕上げる約束はできないわ」
「君なら、できると思ったから来たんだ」
「私が作った見本を、自分たちで変えてから?」
「そこまで言うことはないだろう。今、金も払うと言っているんだぞ」
「引き受けません」
ミレーヌが卓布へ目を落とした。
「じゃあ、私たちはどうしたらいいのよ」
「ダフネ様と話して。作れる人がいないなら、前金を返してお断りするしかないわ」
「そのお金は、もう使ったの」
「私は、この仕事を続けるわ」
ランドルフはまだ何か言いたそうだったが、テクラが肩掛けを畳んで返した。
「うちからできる返事も、さっき話したとおりだよ。品を待っている方には、今日中に知らせなさい」
二人が出ていったあとも、ハリエットは卓布へ手を伸ばせずにいた。
「少し休む?」
「……ええ。お水を飲んできます」
*
前金で買ったばかりの家具を、今度はダフネへ返金するために売ることになった。
数日前、約束の日に納品できないと伝えると、注文は取り消しになった。今日は、返金の約束をした日だった。
買い取り業者が食卓と椅子、飾り棚を見て、買い取りの値を告げた。
ミレーヌは飾り棚の扉を開けた。金具も綺麗なままだし、板に傷もない。
「買ったときより、ずいぶん安いわ。まだ、ほとんど使っていないのよ」
「お店で新品を買う値段では、お引き取りできません。運び出して、こちらでまた売る品ですので」
職人へ払った工賃も、戻らない。
「飾り棚だけでも、残せないかしら」
「全部売ろう。貯金も返金に使うんだぞ。暮らす金までなくしたくない」
ミレーヌは、棚へ並べた茶器を見た。
客を招いたのはダフネ一人だけだ。食卓で出した肩掛けは受け取られず、茶器を使う間もなかった。
「蓄えまで出したら、買い直すお金なんてなくなるわ」
「君が受けた仕事だろう。君の方で、ほかに出せる金はないのか」
「あなたも家具を選んだじゃない。安いところを探そうと言ったのも、あなたよ」
「……では、二人の蓄えから出すしかないな」
「……全部、お願いします」
ミレーヌは茶器を一つずつ出した。
底に敷いた布も取り、空いた箱へ詰める。扉を閉め、業者が棚を持ち上げられるように脇へ退いた。
ランドルフは椅子を戸口へ寄せ、食卓が通れるよう、入口の脇にあった荷物を動かした。
業者が銀貨を数えて置き、受け取りを確かめてから家具を運び出した。
家具の売却代だけでは前金を返せず、二人の貯金も大半を袋へ入れた。小箱に残ったのは、わずかな銀貨だけだった。
ランドルフが口を結んだ袋を、ミレーヌへ渡した。
「返したら、家具のことを考えましょう」
「買い直すのは、給金が入ってからだ。しばらくは、今持っている机を使おう」
「飾り棚も?」
「後だよ。まず、暮らす金を残さないと」
ミレーヌは小箱の蓋を閉じた。
肩掛けを納めて受け取るはずだった残りの代金も、もう当てにできない。
*
ダフネは返された前金を確かめ、ミレーヌが差し出した受領書へ署名した。
「確かに、全額受け取りました」
「婚礼の品は……」
「既製の肩掛けを取り置いてもらっています。これから受け取りに行きますので」
ミレーヌは、自分が広げた簡略版のことを思い出した。あちらも仕上がれば肩掛けとして使える。だが、今、それを勧める言葉は出なかった。
ダフネは返金された袋を鞄へしまった。
ミレーヌの手元に戻ったのは、署名の入った受領書だけだった。
*
二日後、ハリエットは、仕上がった卓布を工房の大きな台へ広げた。
畳んでいたところを伸ばすと、四つの角に置いた花が見える。糸を替えようか迷った縁の色も、こうして離れて見れば、選んだ方でよかったと思えた。
「途中で見せてもらったより、ずっと華やかになりましたね」
開店祝いの卓布を頼んだ客が、反対側から花を見ていた。
「縁の明るい方を選んで、よかったわ。店に置く卓にも合いそう」
「こちらへ掛けてみますか。卓は違いますが、端が下がったところも見ていただけます」
広げるだけでは分からなかった花の向きが、卓へ掛けるとよく見えた。角の枝は、垂れたところでも途中で切れずにつながっている。
客が一周して確かめる間、ハリエットも、最後に糸を始末した場所を見た。
そこを探してしまうのは、自分が何度も縫い直したからだ。受け取る人には、花の続きとして見てもらえたらいい。
「こちらでお願いします。包んでいただけますか」
客へ渡す札には、テクラの工房名と、制作者としてハリエットの名を入れた。
「ハリエットさん。次に、これと似た花を入れた小さな敷物を、六枚お願いできますか。来月の半ばに使いたいんです」
ハリエットは次に受けている仕事の量を確かめ、テクラとも材料の手配を相談した。
「一枚の角に花を一つずつなら、その日までにお作りできます。図案ができたら、一度見てください」
「それでお願いします。今日の卓布と一緒に使いたいので」
客が代金を払い、包んだ卓布を持ち帰った。
テクラは材料費と工房の取り分を分け、ハリエットの工賃を渡した。
最初に決めた額がそろっているのを確かめ、自分の袋へ移した。
次の注文の図案は、明日から描く。今日は道具を片づけて帰ることにした。
*
帰りに、借りている部屋の家主へ家賃を払った。
残った金をしまって歩いていると、店先に並ぶ小さな花瓶が目に入った。
白い陶器に、細い緑の線が一本入っている。窓辺の小卓に置くには、ちょうどよさそうだった。
「手に取ってもいいですか」
「どうぞ。そこにあるのは、どれも同じ値段ですよ」
ハリエットは一つを持ち上げた。
口の広いものと迷い、最初に気になった細い方を選ぶ。花をたくさん買わなくても、一輪で飾れそうだ。
代金を渡すと、店主が包む紙を取り出した。
「贈り物ですか」
「いいえ。私の部屋に置くんです」
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