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スローガン『真実の愛を植え付けて育てよう!』

作者: 有梨束
掲載日:2026/06/24

「まあ、婚約おめでとうございます!」

「…ありがとうございます、ミッシャア様」


婚約したばかりのスズリー子爵令嬢が暗い顔をするので、私は扇を近づけて小さい声で話を続けた。


「どうかされましたか?浮かない顔ですね」

私の言葉に、スズリー令嬢は曖昧に笑うだけ。


むう、これは相手の婚約者にお悩みかしらねぇ。


「……例えばなのですが、『政略結婚だから愛など求めるな』などとお相手に言われたとかではないですよね?」

探るように言うと、スズリー令嬢の表情が変わった。


あらあらまあまあ、淑女とはいえまだ10代の女の子ね。

顔に出ちゃっているわ。


でも、まあ、そちらの方が助かるけれどね。


「いまだにそんなことを言う方がいらっしゃるなら、どうしたらいいかわからなくなってしまいますよねぇ」

まるで寄り添うかのように、私も同じように曖昧に笑ってみせた。


スズリー令嬢の瞳が微かに揺れたのが見て取れた。





今から数十年前に、『真実の愛』というものが流行った。


政略的に結ばれた婚約関係に、「他にも愛する者が出来たから破棄する」といった一方的な物申しが相次いで起こった。


貴族の義務ではなく、愛を追い求めたいという。


貴族間の家との結びつきを混乱させるには、十分迷惑なものだった。


そんなもの流行らすなという話だが、流行ったものはしょうがない。


ちょうど今結婚適齢期の紳士淑女の親世代が若い頃の話だ。


中には廃嫡されたり、除籍されたり、修道院に送られたりと、痛い目に合った者やその親族などはいたが、愛というものに希望を見出すものがいたのも、また事実だった。



だから、それらを鎮火させる必要があった。



そのために、王家直属の秘密部隊が設立された。


貴族の婚約関係維持を支援するためだけの部隊だ。


王家がわざわざ動いて、そんなことまでしないとどうにもならなかったのは嘆かわしい話だが、今でもそれは存在している。


それこそが、私が所属している『影部隊』なのだから。





「あああ!もう!なんでこんなに馬鹿ばっかなんだ!」

「淑女の仮面が外れているぞ、ミッシャア」

「ドルドバは、鬱憤が溜まったりしないの!?」

「真実の愛を追い求めた馬鹿な親世代の子どもたちなのだから、期待する方が難しい」

「それを言っちゃあおしまいよ…」

「馬鹿がいるから、俺たちに仕事がある。感謝しようぜ〜」

「あんたと話していると、気が抜けるわ…。で、スズリー嬢のお相手の方はどうだったの?」


私は文句から例の令嬢の話に移行させた。

ドルドバの言う通り、怒っていても始まらないのだし、会議室で久しぶりに顔を合わせたのはこのためだからだ。


爪を丁寧にやすりで整えていたドルドバがようやく顔を上げた。


この男、仕事できるくせにやる気ないんだから。



「スズリー嬢の相手は、ツヴァール侯爵子息で嫡男。最近では、同い年の男どもとつるんでばかりいるから近づくのに骨が折れたよ」


最近の私はスズリー嬢の友達役として近づいているのと一緒で、ドルドバはそのお相手の知人役として潜入調査中だ。

世代が違う子たちに近づくのって、面倒なのよねぇ。


「それで、浮気でもしてた?」

「いーや、そっち関係は真っ白。他に好きな人もいないようだし、ただ単に多感なお年頃なだけだね」

「それで婚約を結んだその日に『愛を求めるな』と言ったってわけ?お年頃すぎるでしょぉ…」

私は頬杖をついて、がっかりする。


あーあ、あほらしい。


ドルドバはいつも通り楽しそうにニヤニヤしている。

磨き上げた爪を見て、ふふんと笑った。


「男の子は無愛想にするのがかっこいいと思っている時期があるわけよ」

「そんな理由で、婚約者を蔑ろにしないでもらいたいのだけれどねぇ」

「同世代のお友達と一緒にいるんだから、婚約者に尻尾を振っているところなんて見せられないっしょ」

「そんなところでプライド発揮しないでよぉ」

「まあ、今回は楽でいいじゃん。愛人と別れさせたりっていう工作はいらないんだし」

綺麗になった爪を私に見せつけてくるので、はいはいと受け流す。


それはそうね、ただの10代のすれ違いなら、拗らせる前にこっちで操作しちゃえばいいのだし。


だったら、やることは1つだ。


我が影部隊の隊長が掲げるスローガンを実行するのみ。



「じゃあ、『政略結婚相手と愛を育むのが、一番の真実の愛』っていう刷り込みで、今回もいい?」

私がドルドバに確認すると、爪やすりをポケットにしまって大袈裟に両手を上げた。


「異論なーし!」

「それじゃあ、サクッと仕事しますかね」

「はいよ〜。よろしくねん、相棒」

「あんたの相棒になった覚えはないけどねぇ…」


私たちはしれっと会議室を出て、また影に紛れ込むのだった。






「あら、その髪飾り素敵ですね、スズリー様」

「…ええ」


私は今日は薔薇園を見る乙女たちの会に紛れ込んでいた。

スズリー嬢が出席すると聞いて、急ぎ部隊に招待状を用意してもらった。


私が話しかけても、ご令嬢は相変わらず悲しげな様子を隠し切れてはいないみたいだ。


う〜ん、婚約者が余計なことでもしたかぁ?


「この髪飾りは、…婚約者の瞳の色と同じなのです」

「まあ!素敵じゃありませんか!プレゼントですか?」

「いいえ」


違うんかい、それぐらいプレゼントしろよ若人。



「この前、婚約者とお会いした時にも身につけていったのですが、お気に召さなかったみたいで…」


あ〜、お年頃だもんねぇ。

自分の色を身につけられて、動揺でもしたか…。

それで、機嫌でも損ねられたとかもあり得るか。


『愛を求めるな』と言われたわけだし、余計なことしたのかなって思っているのかしら。


「さすがですわね、スズリー様」

「え?」

「婚約者との歩み寄りをやめない、淑女の鏡ですわ。次世代にもそのような方がいるのは心強いですわね」

私は大人の笑みを浮かべて、彼女を労うことにする。


スズリー嬢の瞳が揺れるから、お節介したくなるというものである。


「昔、真実の愛を追い求めた貴族の話を、スズリー様はご存知ですか?」

「ええ、少しだけですが」

「あの話には続きがあるのですよ」

「…続き?」


向こうがお年頃なら、こちらも耳年増なお年頃だろう。


こういうのは、女の子も焚き付けるのがいい。


だって、恋愛小説に夢中になるのは、薔薇を見る会の乙女のような令嬢たちだしね。



「ええ。真実の愛など叫ばずに、政略結婚相手との関係を誠実に育んだ人たちももちろんいたわけなのですけどね。どういうわけか、その人たちは今みんな幸せそうなのですよ」

私の口元を目で追っているのがわかる。


はあん、10代の子ってみんなこんなに可愛ければいいのにね!


私はスズリー様に近寄って、耳元で呟いた。


「だって、その筆頭は王妃陛下なのですよ」

「…っ!」

「我が国で1番の愛妻家は誰かと尋ねられたら、スズリー様は誰だと思いますか?」

私がにっこり微笑むと、スズリー様は何度か瞬きしたあと、力強く頷くだけだった。


「そちらの方が、よっぽど真実の愛ですよね」

「…素敵ですね、そうなれたらいいのにな」



種まき完了ってところかしら。



そのあとは、ゆったりした気持ちで一緒に薔薇を楽しんだのだった。





そのあとすぐに開催された夜会にも潜り込んだけれど、私はとある姿を目撃した。


スズリー嬢のそばをひっついて離れないツヴァール侯爵子息の姿があったのだ。



あれまあ、鼻の下を伸ばしちゃって。

手のひら返しが軽快なことで。



「…で?なーにを吹き込んだわけ?」

私はシャンパンを飲みながら、近くに来たドルドバに声をかけた。


これぐらいの距離なら、話していても問題ないだろう。


身なりをちゃんとすると貴公子に見えるのだから、ドルドバは潜入向きだなと感心する。



「え〜、そりゃあ色々たくさん。『スズリー嬢が健気で可愛らしい』とか『他の男からも人気だったのに、ツヴァール殿が射止めたんですね』とか、『君と婚約しなければ、甥っ子と結婚させたかった』とか」

ドルドバはニヤつくのを抑えて、ニコニコしている。


「婚約者とちゃんと関係を築かないと廃嫡させられるぞ、くらい言わなかったの?」

「ん〜〜〜」


あっ、これは言ったわね。

まあ、あの頃の世代の話はきちんと聞かせないとね。


真実の愛が甘美だったと思っている馬鹿どもは、残念ながらまだいるのだし。



「つーわけで、今回の任務は完了ってことで」

「そうね、お疲れ様」

「おつかれ〜い。飯でも行く?」

「残念だけど次の任務にもう呼ばれているわよ、私たち」

「…ほんとに仕事があって有難いね〜」


ドルドバは、笑顔のまま頭の後ろに腕を回して、会場を出て行こうとした。

私も肩を竦めて、少し離れて隣を歩く。




私たちは、影。

今日も国のどこかで真実の愛を育てさせるのが、仕事である。


次もこれぐらい楽な仕事だといいんだけどねぇ、はあ…。






お読みくださりありがとうございました!!

毎日投稿174日目。

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