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ローストビーフにむせただけで氷の公爵に溺愛されました。〜攻略本に載っていない社畜令嬢ですが、最強の二人に独占されて平穏な隠居生活が崩壊した件〜  作者: 成瀬 一
シナリオが、狂い始める

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第28話 ポンコツは、ポンコツなりに

 王城の回廊を歩いていたルカ=フォン=エデルハインは、向こうから小走りで向かってくる小柄な影を見つけた。


 光の聖女、リリアナ=フローレンス。


 ルシアン王太子の件で思い詰めていた前回とは打って変わり、今日の彼女の表情はパッと明るかった。


「エデルハイン令嬢! 私、やってみました!」


「……えっと、何をですか?」


「動くことです。自分で考えて!」


 ルカの社畜センサーが、微かな嫌な予感を察知した。


「……具体的には?」


「重臣の奥様方に、ルシアン様のおかれている状況を、直接お話しして回りました」


 ルカは固まった。


(え、完全に事前の根回しゼロの飛び込み直接営業? しかも相手は、百戦錬磨の政治の玄人である重臣たちの奥様方……絶対に取り付く島もなく追い返されるやつ!)


「……反応はどうでしたか」


「皆さん、最初はすごく驚かれていましたが……なぜか最後は、泣いていらっしゃいました」


(泣いた? 怒りで? 呆れて? それとも感動で? どれ!?)


 詳しく話を聞くと、リリアナがやったことの全貌が明らかになった。


 彼女は重臣の奥様方を捕まえ、「ルシアン様は本当は優しい方なんです。あの婚約破棄も、誰かの罠に操られていたんです。私はそれを知っているから、ずっと傍にいたいんです」と、涙ながらに素直に全てを話したらしい。


 政治的な裏付けも、利害の一致も、交換条件も何一つない。


 ただの、真っ直ぐすぎる訴え。


(これ、完全に政治的建前無視の感情営業だ。普通は絶対に失敗するやり方。だけど……)


 結果として──彼女のその言葉に打たれ、何人かの重臣の奥様方が「殿下は変わられたのかもしれない」と、夫たちに囁き始めているというのだ。


「そのやり方で、なんで成功したんだろう……」


 嫌味ではなく、本心から出た言葉だった。


「わかりません。私はただ、本当のことを言っただけですから」


 きょとんとするリリアナを見て、ルカは内心で深く悟った。


(この人の『政治がわからない実直さ』は、最大の武器なのかもしれない。計算がないから、嘘がない。嘘がないから、人の心にダイレクトに伝わる。前世で身につけた『計算高い社畜スキル』じゃ、逆立ちしても絶対に真似できない)


 自分とは全く別方向のポンコツっぷりを持つ彼女に、ルカは密かに感嘆の息を漏らした。


   *


 しかし、その日の夕方。


 ルカは、グレアムから「今すぐ公爵邸に来い」という緊急の呼び出しを受けた。


 馬車で駆けつけた公爵邸の執務室。


 そこには、グレアムと──第一騎士団長であるレオナルトが、同じ部屋で重い顔をして立っていた。


 王国のツートップが、私室に揃っている。それだけで、ただ事ではないと分かる。


「……今朝、エデルハイン男爵領に、王国の税務調査が入った」


 グレアムが、重々しく告げた。


 ルカは息を呑んだ。


 税務調査。


 それは、ただの嫌がらせではない。明確な「黒幕」からの具体的な一撃だ。ルカの家族という最大の弱点を突き、彼女を通じてグレアムを揺さぶろうとしている。


「正式な手続きを踏んでいるため、私が権力で直接止めることは難しい。だが……」


「既に騎士団の法務部門を通じて、対応を始めています。実害が出る前に、こちらの法解釈で封じ込める手はずは整っています」


 グレアムの言葉を、レオナルトが即座に引き継ぐ。


 阿吽の呼吸。二人の完璧な連携と役割分担が、そこにはあった。


「……家族は。父や母たちは」


 ルカが震える声で尋ねる。


「無事だ。事前に察知し、調査官の動きは制限してある」


 グレアムが短く、力強く答えた。


 ルカは、深く深呼吸をした。


(無事。よかった。……でも、これは明確な警告だ。『次はもっと直接的にやるぞ』という、黒幕からのメッセージ。前世で言えば、理不尽な左遷やパワハラの『予告編』みたいなもの。本番は、これからくるんだ)


 ルカの背筋を、冷たい汗が伝った。


   *


「家族の件は、我々に任せておけ」


「ご安心を。指一本、触れさせませんよ」


 頼もしい二人の言葉に、ルカは「はい」とだけ答えて帰路についた。


 だがその夜。


 自室のベッドの中で一人になったルカは、初めて本気でこの『重荷』と向き合っていた。


(……ルシアン殿下に『あなたは歴史の一部だ』と言われた。グレアム閣下は『ついてこられるか』と問うた。私は『はい』と答えた。でも──私が『はい』と言うたびに、あの人たちの傍にいるたびに、私の家族が危険に晒される)


 前世の記憶が、鮮明に蘇る。

 ブラック企業で、望んでいない炎上プロジェクトのリーダーを押し付けられた時。断れなかった自分。


「これも仕事だから」「私がやらなきゃ誰かが困るから」と自分に言い聞かせて、胃を痛めながら深夜まで残業し続けた自分。


(あの頃の私と、今の私は、何が違うんだろう)


 流されるまま、断れずに重荷を背負っているだけではないのか。


 暗闇の中で違いを探して──ルカは、一つだけ明確な答えを見つけた。


(……あの頃の残業は、会社のためであって、誰かのためにやっているとは到底思えなかった。でも、今は……)


 グレアムの、不器用な「問題ない」という声が聞こえた気がした。


 レオナルトの、仮面を剥がした本物の笑顔が浮かんだ。


 ルシアンの『間違えた者だけが正しい道を知っている』という言葉。リリアナの『本当のことを言っただけです』という真っ直ぐな瞳。


 この世界で出会った、愛すべき不器用な人たち。


(情に揺さぶられるってのも、また『強さ』なのかもなぁ)


 ルカは、布団の中で小さく笑った。


(……ポンコツは、ポンコツなりに、自分の手の届く範囲でできることをするしかないな)


 理不尽に耐え抜いてきた、元社畜OLの底力を見せてやる。


 社畜は、望まない残業であっても。


 それが守りたい誰かのための仕事なら、文句を言いながらもきっちり引き受けられる、しぶとい生き物らしかった。

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