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ローストビーフにむせただけで氷の公爵に溺愛されました。〜攻略本に載っていない社畜令嬢ですが、最強の二人に独占されて平穏な隠居生活が崩壊した件〜  作者: 成瀬 一
シナリオが、狂い始める

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第27話 間違えた者だけが、正しい道を知っている

 王城の謁見の間に続く、静まり返った廊下。


 ルカ=フォン=エデルハインは、壁際のソファに座り、ただ一人でその時を待っていた。


(……それにしても、偉い人たちの会合って、なんでこんなに長いんだろう。前世の全社キックオフ会議でも二時間が限界だったのに。もう三時間近く経ってるよ)


 ルカは内心でぼやきながらも、意識の半分以上は、重い扉の向こう側で行われている「ルシアン王太子の発言」に向けられていた。


 彼自身の言葉は、重臣たちに届いたのだろうか。


 成功していてほしい。彼が自分の過ちを認め、足掻いた結果が実を結んでほしい。


 でも、もし失敗していたら──グレアムが「私が出る」と言っていた。それは彼自身を大きな危険に晒すことになる。


 祈るような気持ちで手を組んでいた、その時。


 ガチャン、と重い音を立てて扉が開いた。


   *


 先頭を切って出てきたのは、グレアムだった。


 その顔はいつも通りの無表情で、氷のような青い瞳からは何の結果も読み取れない。


 ルカは慌てて立ち上がり、小走りで駆け寄った。


「閣下。……どうでしたか?」


「……及第点だ」


 グレアムは短く、低く答えた。


(合格だけど満点じゃない。前世の上司がプレゼン終わりに『まあ、悪くはなかった』と言う時と全く同じトーンだ。七割の成功と、三割の課題が残った……ってとこかな)


 ルカが瞬時に社畜翻訳を行っていると、グレアムは歩き出しながら言葉を継いだ。


「ルシアンは……思ったより、自分の言葉を持っていた」


 たったそれだけ。だが、ルカの耳にははっきりと聞こえた。


(思ったより……! これは、期待値より上だったという意味だ。閣下の他者への期待値は基本的にマイナススタートだから、実際はかなり響く、良い発言だったんじゃないかな)


 ルカは心の中で小さくガッツポーズをした。


 グレアムの表情は相変わらず冷たい。だが、ルカは気づいていた。彼の瞳の奥に、ほんの少しだけ──安堵に近い、微かな光が宿っていることに。


   *


 廊下の角を曲がろうとした時、向こうから見知った影が現れた。


 第一王子、ルシアン。


 いつもなら側近を引き連れている彼が、今はたった一人で歩いてくる。


 だが、その顔つきは以前のような傲慢さも、図書室で見た切羽詰まった焦りもなかった。どこか憑き物が落ちたような、静かな顔だった。


 グレアムとルシアンが、廊下で向かい合って立ち止まる。


 二人の間に流れる空気が、以前とは明確に違っていた。


 敵意でもなく、従属でもない──「同じ方向を向いた者同士」の、まだ不安定だが確かな連帯。


「……公爵。今日は、ありがとう」


 ルシアンが、不器用に、だが真っ直ぐに頭を下げた。


「礼は不要だ。私は私の仕事をしたまで」


「そうはいかない。あなたが重臣たちを牽制し、動いてくれなければ、私は今日、口を開く機会すら持てなかった」


「……騎士団長にも、礼を伝えておけ」


 グレアムは目を逸らしながら、小さく言った。「なぜ騎士団長?」とでも言いたげにルシアンは目を大きくしたが、少し間を置いて頷いた。


 ルシアンの視線が、グレアムの後ろに立つルカへと向く。


「……エデルハイン令嬢。図書室でのあの話、あなたが公爵に伝えてくれなければ、今日はなかった」


「いえ、私はただ……」


 ルカが謙遜しようと言いかけた言葉を。


「あなたは『私はただの一介の令嬢で、関係ない』と言うつもりだろう」


 ルシアンが、穏やかな声で先回りして言った。


 ルカは図星を突かれ、口を噤む。


「だが……もう、それは通らない。あなたは既に、この国の歴史の一部だ」


(歴史の一部。……前世の私が聞いたら、スケールが大きすぎて卒倒する言葉だ。あの頃は『今月の売上目標の一部』にすらなれていなかったのに)


 ルカは内心で現実逃避のツッコミを入れたが、笑うことはできなかった。


 ルシアンの目が、あまりにも真剣すぎたからだ。


 グレアムが、ルシアンとルカを交互に見て──何も言わなかった。だが、その静かな沈黙が、ルシアンの言葉を「認めている」という確かな意味として、ルカの胸に重く響いた。


   *


 ルシアンが去った後。


 再び二人で歩き出しながら、グレアムがぽつりと言った。


「今日は一つ、黒幕の尻尾を掴んだ」


「……尻尾だけ、ですか?」


「尻尾だけだ。本体は、まだ闇の中で動いている」


 沈黙。


 まだ戦いは終わっていない。むしろ、ここからが本当の始まりなのだ。


「……閣下」


「なんだ」


「ルシアン殿下、今日は会議で……どんな言葉を使いましたか?」


 グレアムの足が、少しだけ止まる。


「……なぜそれを聞く」


「なんとなく、知りたくて」


 グレアムは、少しだけ考えてから、先ほど会議室で聞いた言葉を静かに口にした。


「『私は間違えた。だが、間違えた者だけが、正しい道を知っている』──そう言った」


 ルカは、その言葉を心の中で小さく繰り返した。


(間違えた者だけが、正しい道を知っている。……あの乙女ゲームの攻略本には、絶対に書いていなかった言葉だ)


 傲慢で、過ちを認めず、最後には断罪されるだけの悪役。


 それが彼に与えられた運命(シナリオ)だったはずだ。


 ゲームのシナリオには存在しなかった王太子が。


 ゲームのシナリオには存在しなかった言葉で、今日、少しだけ世界を動かした。

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