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ローストビーフにむせただけで氷の公爵に溺愛されました。〜攻略本に載っていない社畜令嬢ですが、最強の二人に独占されて平穏な隠居生活が崩壊した件〜  作者: 成瀬 一
名前のない戦場へ

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第17話 合格

 陽光が降り注ぐ、伯爵家主催の昼間のガーデンパーティー。


 ルカ=フォン=エデルハインは、氷の公爵グレアムの同伴者として、今日も今日とて会場の端で壁の花ならぬお菓子の見張り番をしていた。


 だが、今日はいつもと様子が違った。


 会場の入り口から、ルカにとって見慣れすぎた──そして、今最も会いたくない二つの顔が現れたのだ。


(お、お姉様たち!? よりによって今日来るの!?)


 エデルハイン家の長女イルマと、次女エリーゼ。


 どうやら伯爵家の令嬢と知り合いで、招待を受けたらしい。


 二人はキョロキョロと会場を見渡すと、壁際で固まっているルカをあっという間に見つけ、ドレスの裾を翻して突進してきた。


「ルカ! 本物の公爵様はどこ!? どこにいらっしゃるの!?」


 感情表現が豊かで行動が先走る長女イルマが、鼻息荒くルカの両肩を揺さぶる。


「……騎士団長殿は? 今日はいらっしゃってるの?」


 冷静沈着で観察眼の鋭い次女エリーゼも、メガネの奥を光らせて探索し始めた。


「なんで二人とも、もうとの心配よりそっちが先なの……」


 ルカが呆れ果ててため息をついた、その時だった。


「あら、ルカ嬢のご家族ですか」


 甘く、極上の響きを持った声。


 ルカがびくっと振り返ると、そこにはいつもの笑顔を浮かべたレオナルト=クロイツが立っていた。


「き、騎士団長殿……いつからそこに」


「最初からですよ」


 お約束の挨拶。


 しかし、レオナルトの美貌を至近距離で浴びた姉たちは、雷に打たれたように完全に硬直していた。


「はじめまして、エデルハインの淑女のお二人。ルカ嬢にはいつもお世話になっております。本日はお美しいお二人にお目にかかれて光栄です」


 レオナルトが微笑みとともに優雅な一礼をすると、姉たちは「はっ」と短い息を吸い込んだまま、見事に撃沈した。


 そのまま「では、私はこれで」と颯爽と去っていく金髪の騎士団長の後ろ姿を、二人は彫像のように見送っていた。


「お姉様たち、大丈夫?」


「……反則だわ、あの人。直視したら目が潰れるわよ」


「……前世でどれだけ徳を積めばあの顔になれるのか」


   *


 レオナルトの衝撃から立ち直った姉たちは、グレアムが挨拶回りを終えて戻ってくる前に、ルカの腕を掴んで小声で質問攻めをしてきた。


「ねえルカ。あの氷の公爵様って、ルカのことちゃんと大切にしてくれてる?」


「え、まあ……」


「怖い思いさせられてない? 何か、無理やりさせられてない?」


「そんなことは全然……むしろ水路の工事とか手配してくれて……」


「ルカが夜、一人で泣いてたりしてない!?」


「してない、してない。ご飯美味しいし」


 ルカがのんきに答えると、二人は顔を見合わせた。


 そこへ。


 遠くから、巨大な影がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 グレアム=ヴァルトシュタインだ。


 その瞬間。


 姉たちの目が、はっきりと変わった。


 さっきまでの「高位貴族への憧れや恐怖」という令嬢の顔ではなく──「妹を任せられる男かどうか」を見極める、真剣な品定めの目に。


 イルマが、ガタガタと震えながら、ぐっと背筋を伸ばした。


 エリーゼが、小さく深呼吸をして、姿勢を正した。


「閣下。……あの、私の姉たちです。長女のイルマと、次女のエリーゼです」


 ルカが紹介すると、グレアムは無言のまま、氷のような青い瞳で二人を見下ろした。


 軍神の視線。普通なら恐怖で顔を背けてしまうほどの圧力。


 だが、姉たちはその視線を、真正面からしっかりと受け止めた。


 しばらくの、重い沈黙。


 やがて、次女のエリーゼが一歩間に出て、まっすぐにグレアムの目を見て言った。


「ヴァルトシュタイン公爵閣下。妹が、いつもお世話になっております」


 静かで、凛とした声だった。


「ルカは少し……いえ、かなり不器用で、空気が読めないところがありますが、根は真っ直ぐな、優しい子です。……あの子が笑っていられるように、どうか、よろしくお願いします」


 エリーゼが、完璧な三十度のお辞儀をした。


 それに合わせて、イルマも「よ、よろしくお願いしますぅ……!」と震えながら深々と頭を下げる。


 名もなき男爵家の娘が、雲の上の存在である公爵に見初められた。


 普通なら、嫉妬や打算に狂ってもおかしくない状況だ。


 それでも二人は。ただ純粋に、妹の幸せと平穏だけを願って、一番恐ろしい男に頭を下げたのだ。


 グレアムが、エリーゼを見た。


 次に、震えるイルマを見た。


 最後に、ぽかんとしているルカを見た。


 少しだけ間が空いて。


 彼の口から、低く、静かな声が落ちた。


「……知っている」


 たった、五文字。


 しかし、その五文字に込められた「お前たちが言うまでもなく、彼女の不器用さも、真っ直ぐさも、全て理解して傍に置いている」という絶対的な自負と肯定の重さに、姉たちは揃って目を見開いた。


「っ……」


 イルマが両手で口を覆い、涙目でルカに小声で囁いた。


「ルカ……あの人、ちゃんとあなたのことを見てるよ。大切にしてくれてる」


 エリーゼは「合格」の二文字を飲み込んで、静かにひとつ頷いた。


「……感激いたしました。それならば、私たちから言うことはございません」


 ルカだけが「え、何の話? なんでお姉様たち泣いてるの?」と首を傾げている。


 グレアムはそんなルカの顔を見て、小さく息を吐いた。


 その表情が、呆れているのか、それとも愛おしいと思っているのか。ルカには分からなかったが、姉たちには、なんとなく正解が分かった気がした。


   *


 パーティーの帰り道。


 エントランスへ向かおうとしたルカを、姉たちが物陰から捕獲した。


「ちょっとルカ! あんた、公爵様が『知っている』って言ったのよ!? あれ絶対、好きな人にしか向けない声のトーンじゃない!!」


 イルマが興奮のあまり、ルカの肩を前後に揺らす。


「お姉様、痛い」


「あぁ、ごめんね」


 イルマが手を離す。


「……ルカ。あなた、本当に何も気づいてないの?」


 エリーゼが、信じられないものを見るような目でルカを見た。


「え、私口にソースついてる!! いや、そんなの気づくわけないじゃん! いつから? 閣下と話してた時から!?」


 ルカはグレアムの言葉を聞いた時の何倍も頬を赤らめてしゃがみ込んだ。


 一瞬の、呆然とした沈黙が落ち。


「「このポンコツがぁ!!」」


 いつか言ったような言葉が、姉二人から寸分の狂いもなく同時に発せられた。


 ──どうやら、エデルハイン家の女性たちは全員、ルカよりもずっと多くのことに気がついているらしかった。


 ただ、一人、張本人を除いて。


「あぁもう本当に、私ってポンコツだぁ」


「……そこじゃないのよ」

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