第九話 "水の光"
彼が恐る恐る歩いていると、先ほどまでは気づいていなかった地面の様子が目に入った。
黄色い光の時からずっと、マグマになったり地面になったりしていたが、今はそこに空気の噴出が追加されている。
といっても、空気が噴出してくる勢いはそこまで大きくなく、裸足だったから気づけた位の小さな勢いだ。
噴出してくる空気は足首にすら届いていない。
「おー、そりゃあ地上の空気が高気圧になってるんだから地下もそうなるか」
彼は腕を組んで頷きながら一人で納得する。
地上と地下の気圧が同じだから、噴出する空気の勢いが小さいのだろう。
噴出してくる空気は恐らく、空気を含んだ地面がマグマへ戻る時に外へ噴出しているのだろう。
まあ黄色い光の時も同じだったので、緑色の光も地面に影響があるのは不自然ではない。
と、そこで彼は思いついてしまった。
「あれ、もしかして次の地面は水浸し?」
今までと同じならば次の光も地面に影響があるだろう。
次の光は予想だと水色の水元素。
そうなると、地面が底無し沼になっている可能性がある。
底なし沼ならば、
嵌まって動けなくなる→その間に水が地面に変わる→生き埋め
という最悪のコンボが成立する可能性がある。
もしもそうなれば最悪だ。
今の所、死から復活する際はその場で復活している。
そこから考えると、もしも生き埋めの状態で死んだら、生き埋めのまま復活するだろう。
それが浅い地面ならば、時間をかけて掘ればいい。
だが深い地面で生き埋めになったら……、
「本物の生きた化石にはなりたくないなぁ……」
とか何とか考えていると、視界の中に新しい色の光が混ざってきた。
予想通り水色の光だ。
光が見えてきたということは、既に危険な領域へ入ったことを意味する。
だが、黄色い光の時のような身体への変化は特に無く、地面の様子も特に変わりはない。
強いていえば、
「なんかちょっと寒くなった気が」
ほんの少しだけ寒くなったような気がする。
服を着ていないのでこれが水色の光によるものなのか、地球が冷却してきたせいなのかは分からないが。
まあ、想定している赤い光の効果を考えれば、寒くなったのは水色の光のせいだろう。
赤い光の効果は恐らく熱の上昇なはずだ。
そうじゃないと、地面がマグマになる理由が分からない。
身体が平気なのは、マグマの海で泳いでいたから多少の耐性があるからだろう。
だが、この場所は少し熱い気がする。
つまりはここに来た当初の一面マグマの海よりも温度は高いのだろう。
なのにもかかわらず寒さを感じるということは、地球の冷却とは考えにくい。
やはり水色の光は水元素的なもので、効果としては冷却なのだろう。
赤色とは真反対の効果だ。
「寒くなったら凍死するしかないぞ……」
なにはともあれ。寒くなること自体はいいのだが、そうなると待っている未来は凍死だ。
なにせ服なんて高尚なものは持っておらず、周りに服を作れるような素材は一つたりとも存在しない。
岩から服が作れるのであれば別だが。
「まあ、温度が下がるだけなら今までより優しめだな。
よかった、生きたまま肺の中を水浸しにされるとかじゃなく……っ!?」
時に、彼の前世では言霊と呼ばれる考えが存在した。
簡単に言えば、言葉には力があり、発せられた言葉の内容は実現するという考えだ。
彼が変な事を口にしたのが間違いだったのか、言霊が実際に存在したのか。
「ごはっ!!? ごぼッ!?」
彼は突然の苦しさにその場で蹲った。
何とか呼吸をしようとするが、既に何かが満たされているのか、空気を吸い込むことができない。
そして、胸のあたりから冷たい何かが昇ってくる感覚がして思わずえずくと、口から大量の水が地面へと吐き出された。
吐いても吐いても止まることが無く、徐々に頭の中に靄がかかってくる。
それは今までに何度も経験した、窒息による死の前兆だ。
(ああ、これは死ぬわ)
彼は地面に倒れ、口から水が流れ出てくるのを感じながら、意識が闇に染まっていった。
その後は今までのように窒息死を繰り返すが、死ぬまでにそこそこの時間があったので、この現象がどういう工程を経ているのかを考えてみた。
まず第一に。これは先ほど口にした通り、肺の中を水で満たしてきているのだろう。
最初は口から肛門までの繋がってる全ての管に水が入っていると思っていたが、胸のあたり以外から冷たさを全く感じないので違うだろう。
となると、この水色の光は狙って肺を水で満たしてきているということになるのだが……。
それはさすがに無いと思うので、恐らくは口から入った時に一番最初にあったのが肺だから、肺から水で満たされていくのだろう。
そして肺が水で満たされれば呼吸ができなくなって死に、その結果、肺から下の部分は水で満たされないまま復活する。
恐らくは肺を水で満たされても死ななくなったら、他の場所も水で満たされていくはず。
他の場所が水で満たされても特に問題はないので別にいいのだが。
とりあえずは昔のマグマの海のように、肺が水で満たされていても呼吸できるようになるまで待つ時間だ。
まさか地上で溺死するとは思っていなかったが、あいにく窒息死は何度も経験済みだ。
なんなら窒息死なんて全然辛くないまである。
これより辛いことがたくさんあったのだから……。
~~~~
彼は死んでいる間とても暇だったので、どれくらいで慣れてくるのかを確かめるために日が落ちる回数を数えてみた。
復活までにかかる時間が不明なので正確ではないのだが、3000日くらい経過してもまだ窒息死は続いている。
一応、窒息死するまでにかかる時間は伸びているのだが、それが何日目から伸び始めたのかが分からない。
恐らくは一気に適応するわけではなく徐々に適当していくので、ある程度慣れるまでは気づけないのだろう。
あと、地面は空気と一緒に水が噴出するように変化していた。
だから何だという話だが。
それにしても、ずいぶんと死ぬのになれたなぁ。
この世界に来る前ならば、窒息死なんて苦しくて思考を巡らせるなんてできなかっただろう。
なのに今ならば、意識を取り戻した瞬間から息を吸えないのに、全く問題なく思考することができている。
(これが成長するってことなのかぁ。
……あ、そろそろ死にそう)
~~~~
彼が肺を満たされても呼吸ができるようになったころ。
予想通り、口から肛門までの全ての管に水が満たされてしまった。
口から肛門までの体内からちゃぷちゃぷという水の音がしてくる。
なんだかおもしろい。
そうして出てきた変化は頭痛、吐き気、筋肉の痙攣で、時間が経つと身体が動かなくなったりするくらいだ。
正直、頭痛も緑色の光の時よりは圧倒的にマシだし、そのほかの症状に痛みはないので、今までに比べればかなり優しめである。
それに時間が経って身体が動かなくなるまでは普通に動けるので、頭痛と吐き気に襲われながらも普通に歩いて前へ進むことができた。
何度か死にながら歩いているが、どれだけ時間が経っても身体に他の変化は現れない。
強いていえば少し周りの温度が下がったかな? と感じるくらいだが、それも凍えるほど寒い訳ではないのでどうでもいい変化だ。
(う~ん、本当に体内を水で満たすだけなのかな?
さすがに楽すぎるんだけど)
喉も水で満たされているせいで喋れないので、いつもの独り言ではなく心の中で考える。
今までの経験から、光による影響はこれだけではないはずだが、どれだけ進んでも本当に何も起きない。
彼が上からも下からも水を垂れ流して、不安になりながら進んでいると、ついに変化が起きた。
視界の中に白色の光が混じるという変化が。
(……え? 白色?)




