第七話 "黄の光"
赤い光の中。顔の前に手をかざして進んでいると、地面に違和感を覚えて立ち止まった。
後ろへ振り返って遠くの地面と見比べてみると、明らかに自分のいる場所の地面が赤く見える。
それに付随して少し熱い気がする。
ただ、少し熱いのと地面が赤いだけで特に異変が起きたりもしていない。
まあ気にしなくていいか。そう考えて前へ進んでいく。
何度か餓死しつつ進んでいると、赤い光の中へ黄色い光が混ざり始めた。
黄色い光が見え始めてから、身体に重りを付けられているかのように動かしづらい。
自身の身体を見下ろしてみると、土や岩が身体に張り付いていた。
思わず驚いて硬直すると、目の前で身体に引っ付いている土や岩が徐々に増えていく。
もしかしてこれ、光のせいか?
改めて自分の身体を見てみると、土や岩が付着している部分は全て光が当たっている部分だった。
顔の前にかざしていた腕を見てみれば、光に当たっていた部分には土や岩が付着している。
足に限っては光の当たっていない後ろ側にも土や岩が付着しているので、何故か足だけは例外のようだ。
ただ、土や岩が付着しているだけで死にはしないので、無視して進んでいると、徐々に重さが増すのに付随して感覚も無くなっていく。
特に足に関しては、膝から下の感覚が完全に消え失せており、まるで作り物の足で地面を踏みしめているかのようだった。
身体に異常はあるものの普通に歩き続けていたが、しばらく進んだ所で一歩を踏み出そうとすると、地面を踏みしめることができずに態勢を崩して前に倒れてしまう。
咄嗟の反射で倒れそうになる身体を支えようと、土と岩が付着した腕を地面へと伸ばす。
すると、腕が地面に接触した瞬間、まるで土でできているかのように、サクリ、という音と共に崩れてしまった。
顔を地面にぶつけ、地面に当たった衝撃で身体の前面も、ドサァ、という音と共に崩れて内部が露出し、露出した部分からは内臓と血液が零れ落ちる。
──あー、そういう系ね?
自分に起きている事象に見当はついたが時すでに遅し。
心臓の一部すら土へと変わってしまったのか、心臓の鼓動音が聞こえた瞬間に強烈な胸の痛みを覚えた。
同時に地面へと流れ出ていく大量の血液を目の当たりにしながら、視界は闇に染まっていった。
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彼は意識を取り戻した瞬間、素早く立ち上がって前へ走り始めた。
(さっきの感じからして、この光は当たった部分を土や岩に変化させてくる!
これはどう考えても自然じゃあり得ない!)
人体を土や岩に変える光なんて、自然でも化学でも科学でもあり得ない。
ならば可能性として残っているのは、超常的な魔法のような何かによる変化のみ。
そこまで考え、気分を高揚させながら前へ進み続ける。
(光が当たった部分を土や岩に変えるんだろうけど、恐らく地面からも変えてくる)
その証拠が一つ前の自身の足だ。
あの時の足は、光に当たっていないはずの後ろすら、土や岩に変化していた。
そこから考えるに、この光的な何かは地上からも侵食してくる。
(ただ土や岩に変わる速度はそこまで早くはない。
ならば土や岩に変わる前にこの発生源へたどり着けばいい!)
彼が全力で光へ向かって走っていると、先ほどと同じように一歩を踏み出そうとして踏み出せず、勢いよく前に倒れて地面に身体を擦り付けてしまった。
今度はなんだと自分の足を見てみると、土や岩が付着した足が太もも付近から分離していた。
明らかに先ほどよりも変化するのが早い。
(まさか……光の発生源へ近づくにつれて、効果が増しているのか?)
彼の考えを肯定するように、地面に接触していた部分の感覚が消え失せていく。
その速度は先ほどよりも明らかに早く、再び心臓が土や岩に変化したのか、強烈な胸の痛みを感じながら意識が途切れていった。
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目を覚ますとすぐさま飛び起きて、再び光の発生源へ向かって走り始める。
たしかに死ぬ前の痛みはすさまじいが、強酸に溶かされる痛みからすれば余裕で耐えれる痛みだ。
彼が今までに受けた苦痛の全ては、環境によって強制された苦痛だった。
熱、隕石、強酸。その全ては避けようとしても避けることができない苦痛だったが、今回は違う。
彼は光から遠ざかるだけで、死の間際に感じる苦痛を感じなくてもいいのにも関わらず、自ら光の発生源へと突き進んでいく。
彼の心は、魔法を使えるようになるかもしれないという希望によって、今までにないほど高揚していた。
自分の身体が土や岩へと変わるという"魔法"的な現象を見てしまえば、いくら苦しんでも進まないという選択肢は存在しない。
この光が魔法に関係している可能性が高いのだから。
故にひたすら進み続けるが、前へ進むにつれて変化する速度が上昇していく。
死から復活した瞬間に飛び起きて走ることができていた最初の頃とは違い、復活した瞬間に頭部が土や岩へと変化してしまう。
頭部が変化するということは脳すら変化するという事。
強酸の時と同じように、自分の脳みそが土や岩に変えられながら死ぬことになってしまった。
たがどれだけ生きたまま脳を岩や土に変化させられても、高揚感無くならない。
彼は脳が変化しているのにもかかわらず、本能で前へ進んでいく。
手を前に突き出せばすぐさま土や岩へと姿を変え、地面と接触している部分は瞬時に変化して崩れ落ちる。
そんな状況でも少しづつ、少しづつ前へと進んでいく。
腕と足が崩れ落ちて地面を這えないのならば、復活した瞬間に身体の下へ腕を指し込み、自分の身体を少しだけ持ち上げ、足で地面を蹴って前へ進む。
当然、自分の身体を持ち上げて前へ進むのも簡単にはいかない。
地面へ接触した瞬間には変化するので、進めるのかどうかは運次第だ。
運良く腕と足の変化が岩に寄ったのならば前へ進め、土に変化したのならば進めずにその場で崩れていく。
そうして亀のごとくゆっくりと進んでいると、ついには復活した瞬間に意識が飛んでしまう場所へとやってきてしまった。
まるでこの世界に来た時と同じような、意識が復活した瞬間に途切れる即死の連鎖。
もはやゆっくりとも進めなくなり、途切れ続ける意識の中。
冷静に今の状況を整理して対策……とも呼べないが、唯一の突破口を思いつく。
「(さ、い、しょ、と、お、な、じ、な、ら、じ、か、ん、が、た、て、ば、な、れ、る、は、ず)」
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意識が途切れるまでの時間が徐々に長くなってきた。
最初の頃は一文字考えれればいいくらいだったのが、今じゃ二文字まで考えれる時間がある。
だからといって身体を動かせるわけではないのだが、それでも間違いない進歩だ。
恐らく五文字くらい考えれるようになれば、また腕で自分の身体を跳ねさせる方法で進めるようになるだろう。
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ついに四文字まで考えれるようになった。
それまでに何度死んだのかは不明だが。
ただ当初予定していた五文字で動けるようになるという予測は外れ、四文字まで考えれるようになった時点で少し動けるようになった。
そのおかげで腕と足を一瞬だけ動かせるようになり、ゆっくりと、しかし着実に前へ進んでいく。
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十文字まで考えれるようになったころ、ついに立ち上がることができるようになった。
ただ、立ち上がった時点で、既に足首までは土や岩に変化している。
そのため、一歩踏み出したら足首から崩れ落ちて倒れてしまう。
なので彼は、意識を取り戻すとすぐに立ち上がり、一回だけ跳躍することで前へ進むことにした。
これならば、一歩だけ歩を進めるよりも遠くまで進める。
この方法のコツとしては、跳躍して着地した際に前のめりで倒れることだ。
後ろに倒れてしまうと、死ぬまでに少しだけ時間が掛かってしまう。
だが前へ倒れれば、既に土や岩へと変化した前面を地面にぶつけることになる。
前面をぶつけることで、岩だろうが土だろうが砕いて中身をぶちまけることができ、そのおかげで早めに死ぬことができる。
どうせ死んでも意識を取り戻した時には元通りになっているので、現状ではこれが一番効率のいい進み方だ。
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二十文字まで考えれるようになったころ、彼の移動方法は一歩を踏み出してからの跳躍へと変化した。
これでさらに前へ進めるようになった。
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五十文字まで数えれるようになったころ。遅いながらも歩くことができるようになった。
途中で脳が変化するのと、地面に接触している足がそこそこの速さで変化するせいで、思ったよりは進めないが。
強酸の思い出から、生きたまま脳が変化していくのが心底嫌いなので、脳に異常が起きた瞬間に自身の心臓を抜き出すことで回避していた。
幸いと言っていいのか、立ち上がったことで前面に光が当たってくれるおかげで、脳に異常をきたすころには身体の前面は土や岩に変化している。
あとはどちらかの腕を後ろに隠して変化するのを遅らせ、脳に異常が起きた瞬間に、土や岩へと変化した自分の前面を剥がして無事な腕で心臓を抜き出す。
そうすれば生きたまま脳を変化させられる苦しみを味わうことなく、心臓を無理やり抜き出した痛みだけを味わうことになる。
心臓を抜き出すのは痛いが、脳が変化するよりは心臓が無くなった方がマシだ。
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「ついに……! 克服したぞぉ──ーッ!!」
彼は腕を突きあげてながら、光の中で雄たけびをあげる。
遂に身体が光によって変化することが無くなった。
未だに地面へ接触している部分は変化するが、その侵食速度もかなり遅い。
恐らく一日経過してようやく変化するといったところだろう。
「……にしても、よく見てみればなんか変だな。この地面」
彼は光を克服したおかげで余裕ができたからか、自分が立っている地面がおかしい事に気が付いた。
所々がマグマのように溶けたかと思えば、すぐにマグマは消え失せて地面へと変化している。
「なーるほど。
俺も地面に触れてると変化してたけど、マグマも変化するのか。
すごいなコレ」
マグマが冷えて地面になっている可能性も考えたが、それにしては変化するのが早すぎる。
今も目の前では、マグマに変化したと思った地面が1秒ほどで地面へと戻っていた。
「うーん、この光ってもしかして四大元素の色なのかな?
この黄色い光は地属性の光ってことだと思うし」
彼の前世において地属性は緑色になってたりもしていたが、この光の範囲に入ってからの経験を考えれば、地属性以外には考えられない。
「これが四大元素だと考えると、最初の赤色は火属性かな?
そう考えれば納得できる部分がある」
彼のいる地面で起きている現象も説明が付く。
火属性の熱量によって地面がマグマへと変わるが、地属性の力によってマグマは瞬時に地面へと変化する。
最初の頃に地面が赤かったのは温度のせいであり、マグマへと変化してなかったのは、光の発生源から遠すぎるせいだろう。
「まあ考えるのは後でいいか。
とりあえず、今後は四大元素のこういうことが起きるって考えて進もう」
火と地が終わったのならば、残りは風と水。
一体どういう現象が起きるのか。せめて脳は溶かさないでくれと考えながら、彼は前へ進み始めたのだった。




