第六話 "謎の光"
「……もう二度と、生きたまま脳を溶かされるのは御免だ」
彼は寝ころびながら、垂れてきた黒髪を視界に収め、万感の思いを込めて呟いた。
さすがに脳みそを溶かされるのはつらかった。
あれは二度と受けたくないタイプの苦しみだ。
「にしても……これが最初の海かぁ」
しばらく地面に寝転がった後、その場で立ち上がって振り返り、広大な海を見て呟く。
それが今まで自分を苦しめていた強酸の海だというのは知っているが、将来的にこの海から生物が生まれることを知っているので、なんだか感動してしまう。
これが、原初の海。
「確か、これから岩石に含まれるカルシウムとかで中和されるんだっけか」
今後この海が強酸じゃなくなるのを知っているが、これほど広大な海が中和されるのには途方もない時間が必要だろう。
だが、それを乗り越えれば、ついに生命が生まれる母なる海の完成だ。
そこまで行けば微生物が生まれてくるだろうし、微生物が生まれたのなら、少し待てば目で見える生命が生まれる。
「あと少しで初めての生命を見れるのか。……楽しみだなぁ」
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彼は今、ここが島なのか、それとも大陸なのかを確認するために、陸の上を海岸に沿って歩いていた。
(あんまり曲がったりしなかったから、もしかして島じゃなくて大陸なのかな?)
何度か餓死するほど歩いているが、ほとんど直線で曲がる気配がない。
そこから考えるに、この陸は島ではなく大陸ではないかと考える。
もしも島ならばもっと曲線が多いはず。
(大陸ならありがたいな。
もしも島だったら、泳いで大陸を探さなきゃいけないし)
強酸じゃなくなった海を泳ぐのなら別にいいが、この広大な海の中で大陸と呼べる存在を探すのは難しすぎる。
そもそも強酸じゃなくなるのがいつなのかも分からない。
そこから考えると、最初から大陸と思われる陸地へ上陸できたのは幸運だった。
「ま、これも溶かされる痛みに耐えたご褒美ってやつかな?」
ご褒美だとしても、もう少し何かあるだろうと思わなくはないが、貰えただけありがたいと考えることにする。
なにせ今までにこの地球から貰えたものなんて"死"くらいだったし。
……冷静に考えるとおかしいな? もう少しご褒美を貰えてもいいと思うんだけど。
だって、今までに受けた苦痛は、恐らく地獄に勝るとも劣らない苦痛だった。
しかも強酸で全身をじっくり溶かすなんて、地獄でもやってないはず。
なのにもかかわらず、それを乗り越えて貰える褒美が、運よく大陸に上陸できるだけでは、さすがに貰えなさ過ぎだと思ってしまう。
それなら、苦痛を無くして最初から大海原に放り投げられた方がマシだった。
……こんなことを言っても無駄なのは分かっているのだが。
「にしたってもう少しご褒美が欲しい……。
会話できる人間とまでは言わないから、せめて娯楽になるものを……」
この場に自分以外の人間がいたとしても、死ぬだけなのは分かっているので人間が欲しいとは言わない。
……いや、少し強がった。
自分と同じ不滅の人間ならば欲しい。
ただ、
「俺と同じ不滅の人間がどこかにいるのだとしても、出会うのは不可能だしなぁ」
広い地球の中で、狙った一人の人物と出会える確率なんて無いに等しいだろう。
移動が簡単にできる現代ならばいざ知らず、今いる場所での移動は歩きか泳ぎしかない。
そんな場所で出会えるなんてどんな幸運か。
そもそも存在しているのかも分からないし。
「まあ、俺と同じ不滅の人間とまでは言わないから、なんか面白いものが欲しいなぁ」
ふわっとした要望だが、彼としては深刻な問題だ。
生命が生まれる数億年間をボーっと生きるのはさすがに無理なので、なにか熱中できる趣味が欲しい。
趣味さえあれば時間の経過はすぐだろうし。
「石像作りは面白かったんだけど、この環境じゃ石像なんて作れなさそうだな」
前に作っていた石像はマグマを固めて作っていた。
そして今の地球表面に露出しているマグマは、火山の火口にあるマグマだけだろう。
だからマグマを入手するには、まず火口に潜ってマグマを入手して、その後に火口からマグマを持った状態でよじ登る必要がある。
そんなことをしてればマグマは冷えて固まるだろうし、そもそも登り切れるかはかなり怪しい。
最悪、火山が噴火するのを待たないと脱出できないだろう。
「せめて金属があればその辺の石をガリガリ削って作れるんだけど」
未だに鉄鉱石すらない世界だ。
もしあったのだとしても加工することができないので、あったのだとしてもどうしようもない。
唯一の利用方法は原初の鉄鉱石として観賞するくらいか。
「ファンタジー世界らしく魔法とかあればな……。
いやあるとは思うんだけど、使い方が全く分からない」
自分が死んでも復活するので、魔法か超能力的な何かが必ずあると確信してはいるが、使い方が全くもって分からない。
そもそも魔力的な何かを感じ取ったことも無いので、あると確信しているだけで見たことは一度もないが。
「……ん? あれは?」
考え事をしながらも歩き続けていると、太陽に照らされているのにもかかわらず、内陸の遠く離れた場所に地上から空へ赤い光の線が延びている不思議な光景が見えてきた。
一瞬、空から光が降り注いでいるのかと、眼を擦ってもう一度見てみるが、もう一度見ても地上から赤い光の線が延びているように見える。
「なんだあれ?」
間違いなく異常で危険っぽいのだが、彼は赤い光の元へ遠慮なく近づいていく。
近づくにつれて赤い光の線は、空だけじゃなくて横にも延びているのが分かった。
かなり眩しい。
「うーん、眩しいくらいで特に害は無さそうかな?」
身体中に光を浴びているが、痛みなどの異変は起きていない。
仮にこれが放射線で、後々に骨がボロボロになったりするのかもしれないけど、どうせ死ねば元通りだ。
そんなことを考えてから改めて光を観察してみるが、やはり地上から光が延びている。
「見間違いじゃないか。
この時代に地上で発光する物体なんてものがあったのか」
とてつもない光量なので、このレベルの発光をするにはかなりのエネルギーが必要だろう。
だがこの時代にあるエネルギーなんて地熱くらいだし、そもそも自然に地熱を利用して発光する物質が生まれるとも思えない。
生命ならあり得るのだが。
と、そこまで考えた彼はふと気が付いた。
……もしかしてこれ、ファンタジー的な何かなんじゃ? と。
「……あり得る。
よく見れば、光には赤以外にも色が付いている気がするし」
光源から遠いせいで赤色以外は見えづらいが、なんとなく緑色や黄色の光もあるような気がする。
自然で生まれる光の色として、緑色や黄色はさすがに不自然だ。
そこから考えるに、やっぱりこの光の発生源は、
「魔法的な何か……!」
彼の心は今までにないほどワクワクしだした。
もしもこの光が魔力的な何かで、発生源が魔法に関わる何かだったのならば、この世界に魔力があるという証明になる。
そして魔力的な何かがあるのだとすれば、それを使用して魔法を使えるようになるかもしれない。
そうすれば生活の利便性が上がるのはもちろん。趣味として魔法の研究ができるようになって時間を潰せる。
彼はそこまで考えつくと、今までにないほどに気分を高揚させながら、光の発生源へと走って近づいていくのだった。




