第四話 "世界で初めての石像"
彼は失血によって死に絶えた時と同じ場所、同じ態勢で目を覚ました。
意識は戻ったが動くことはできず、しばらくの間その場で寝ころんで、身体に感じるザラザラとした岩石の感触に感動していると、飢えによって死を迎えた。
数度の餓死を繰り返した後。
やっと彼の中で封印されていた人間性の残滓が結合してきたのか、うつ伏せになった状態から起き上がろうとし始める。
ゆっくり、ゆっくりと、腕と足を震わせながら起き上がろうとするが、そう簡単にはいかず、何度か態勢を崩して身体を岩石にぶつける。
餓死を繰り返しながら立ち上がろうとする彼は、数十もの命の果てに、この世界にきて初めて両足で立ち上がることができた。
「ぁ……!」
久しぶりに足裏へ感じる地上の感触に、歓喜の声を上げようとすると、口から出てきたのは乾いたような声だった。
さらに両足で立ち上がれたのはものの数秒。すぐに身体はバランスを崩し、顔から岩石へと倒れ込んだ。
身体は正常なはずだが、長い間をずっとマグマの上に浮かんでいたせいで、立った時のバランスと声の出し方を忘れてしまっているらしい。
彼は岩石に勢いよく身体をぶつけたせいで色んな所から血を流して倒れ伏すが、その心の中はここ最近で一番晴れ渡っていた。
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数百回ほどの餓死と失血死を繰り返した彼は、ようやく両足で立つのが安定してきた。
さらには喋ることも可能になってきたようで、久しぶりに自分の声を聴くこととなった。
「あ゛ー、あ゛ー。あ゛-いーうーえーお゛ー」
たまに濁音が混じっている声だが、最初の声さえ出なかった頃と比べれば間違いなく進歩している。
両足も震えることなくしっかりと地面を踏みしめており、もう十分に歩き回れることだろう。
「俺の声ってこんなんだっけ……?」
久しぶりに聞いた自分の声に疑問を抱くが、昔からこんなんである。
まあ久しぶりに聞いたのだから違和感を抱くのも無理はない。
……というより、この世界で過ごした時間が多すぎて、昔の記憶はほとんど消失してしまっていた。
現に思い出そうとしても、昔の自分がどういう声だったのか、自分の名前がなんだったのかも思い出すことができない。
だが、今はそんなことはどうでもいいと捨て置いた彼は、
「まあいいや。とりあえず。
……地面ちゃーん! 待ってたよぉぉおお!」
何故か地面にちゃん付けしながら倒れ込んで、頬ずりをし始めた。
どうやらまだ狂っていたようだ。
こうなるのも無理はないのかもしれないが、それはそれとして傍から見れば岩石に頬ずりしている異常者である。
幸運なのは彼以外に生命がいないので、変人として後ろ指をさされないことか。
……彼からすればそれは不幸だろうが。
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「ふんふふーん♪」
彼は地面で座りながら、とても上機嫌に手で掬ったマグマをこねくり回していた。
何をしているのかというと、マグマを上手い事こねくり回していい感じの形に整え、その状態で冷えるのを待つという遊びだ。
やっている事としては、遥か未来の土器と同じようなものだ。
いい感じの形に成形して固める。
違うのは、固めるのを自然に任せているので冷えるかどうかは運であるところだろう。
暇すぎて芸術に目覚めた彼が今、作り出そうとしているのは、ちょっとした石像だ。
作り方はまず初めに、地面へ三つの円をマグマで描き、その状態で冷え固まるのを待つ。
冷え固まったのならば円の中にマグマを入れて再び冷えて固まるのを待ち、固まったら円の上にさらに円を描いて固まるのを待つ。
これをひたすら繰り返して出来上がったのは、不自然なほど地面から伸びている岩石の棒と、その左右にある丸い物体だった。
「うん。完成度高いな」
彼はきっとバカなのだろう。
記憶はすり減って自身の名前すら憶えていないはずだが、何故か前世で見たアニメのネタは覚えていたらしい。
間違いなく地球の歴史で一番最初に造られた石像なのに、その形はどう見てもアレ。
しかもこれを作り出すのにかなり長い時間を使用しているので、彼は間違いなく地球史上一番最初のバカで地球史上一番のバカだろう。
「これが後世にまで残ったらめちゃくちゃ面白いだろうなぁ。
謎の物体を発見! 作られたのは40億年以上前!? 的な」
後世の人からしたらとてつもない迷惑だ。
まあ、彼が作り出したふざけた石像は後世に残ることなく自然に壊されるはずなので、後世の人々が世紀の大発見としてふざけた代物を見つけることはないだろう。
恐らく。
「よーし、これからの目標は後世にまで残る何かを作ろう! 未来で見つかった時の反応を見るのが楽しみだ」
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彼が後世にまで残る代物を作ろうと決意してから長い時間が経った。
ちょっと前の彼ならば、死んだ魚のような目をして地面に寝転がっていた頃だろうが、今の彼は精力的に動いていた。
「よーし、これで……何個目だっけ?」
独り言を呟く彼の周りには、似たような石像がいくつも聳え立っていた。
それは一本の棒と二つの玉でできている石像で、主にマグマで作られた原初の石像。
よく見れば、見渡す限りの陸地に聳え立っている。
……彼はこの長い時の間に、同じものをひたすら量産していたようだ。
やはりバカである。
「これだけ作れば一つくらい残るでしょ」
欠片も残ってほしくはない代物だ。
後世にいるのかは分からないが、もしも地質学者がいるのだとすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
だが、喉から手を出して掴むのがこんなものだと知ってしまえば、少し躊躇してしまう事だろう。
「いやぁ、これを見つける後世の人の顔が早く見たいなぁ。一体どんな顔するんだろう」
未来で自分が作り出した石像を見つけた人物の表情を思い浮かべて笑いながら、次の石像制作へと取り掛かろうと振り返った、その時。
「ん? いっでぇ!」
空から降ってきた水滴が彼の頭へと当たった。
突然頭に水滴が当たった感触がしたと思えば、すぐに当たった部分がとてつもない痛みを訴え始めた。
まるで焼きながら溶かされているような感覚だが、マグマと熱気によって溶かされるのとはまた違う。
じわじわと溶かしていくような溶かし方に、彼は思わず悲鳴をあげる。
何が降ってきたのかと空を見上げると、昔と何ら変わりない分厚い天蓋の姿が目に入った。
あそこから降ってきたのか?
彼がそう考えた瞬間、見上げていた彼の右目へポタリ、と水滴が当たった。
「アァァアアアァァ!!?」
右目に入った水滴は焼けるような音を出しながら眼球を溶かし、眼底へと潜り込み、右目は暗闇しか映し出さなくなった。
想像を絶する痛みに倒れ込んで地面でもがき苦しみ、その時に足と腕が当たった石像の棒部分がく崩れ落ちる。
彼がそうなるのも当然。
たった今、空から降ってきたのは地球最初の雨。
その成分は遥か未来とは全く違い、硫酸や塩酸が溶け込んだ強酸性の水滴。
人体に当たれば焼けるような痛みと共に骨まで溶かしつくす死の水滴だ。
藻掻き苦しむ彼を虐めるかのように。空から同じ水滴がぽつり、ぽつりと降ってきた。
「ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛!!!」
当然それは地面で藻掻き苦しむ彼へと当たり、地肌へ直接、強酸性の水滴を浴びた彼は、熱によって溶かされるのとは全く違う痛みに悶え苦しむ。
喉が張り裂けそうなほど途轍もない絶叫を響かせていたが、今降ってきた水滴は始まりだったようだ。
徐々に徐々に降ってくる数が増えてきた水滴はやがて雨となり、身体の全てに付着した水滴は彼の身体をじっくりと溶かし始める。
ただ、彼にとっては不幸中の幸いか。
今降っている雨は数億年もの間、大気に累積していった水蒸気が気温の変化によって固まったもの。
少しの時間が経過すると、その勢いはもはや弾丸とでも言うべき勢いになり、地面で藻掻き苦しむ彼を降ってくる水滴の勢いのみで穴だらけにし、強酸によって溶かされる苦しみから解放したのだった。




