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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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8/19

忘却の魔女と、砂に埋もれた約束

 ガイア帝国の魔導戦艦を強奪するという、エトスの「冗談」は現実となった。

  燃え盛るセレスティアの空を背に、カイルは奪い取った旗艦『レヴァイアサン』の操舵輪を握りしめていた。

 背後では帝国の追撃艦隊が魔法の砲火を浴びせてくるが、艦の制御システムを完全に掌握したエトスが、それらすべてを「ただの光」へと変換し、空中に霧散させていく。


「エトス、このままどこへ行く! 下は雲海だ、降りたら二度と戻ってこれないぞ!」


 カイルの叫びに対し、ホログラムのエトスは優雅に空中を歩きながら、窓の外に広がる灰色の世界を指差した。


『問題ありません、マスター。私のアーカイブによれば、雲の下にはかつて「約束の地」と呼ばれた高度文明の避難所シェルターが存在します。……それに、今のセレスティアは少々「暑苦しい」ですから。涼しい場所へピクニックに行きましょう』


「ピクニックって……死出の旅の間違いだろ!」


 カイルが苦笑いした瞬間、艦は厚い雲海へと突入した。

 視界は一瞬で白銀に染まり、激しい振動が船体を襲う。

 そして雲を抜けた先に広がっていたのは、緑豊かな大地ではなく、果てしない「砂の海」と、そこに漂う不気味な紫色の霧だった。

 不時着に近い形で砂漠へ降り立ったカイルたちが目にしたのは、霧の中から現れる無数の人影だった。

 それはかつてこの地で死んだはずの古代の兵士たちであり、セレスティアの騎士たちの亡霊。

 彼らは生ける屍のように、虚空を見つめながら彷徨っている。


「……なんだ、ここ。死者の街か?」


 カイルが杖を構えると、霧の奥から鈴を転がすような笑い声が響いた。


「あら、威勢がいいのね。死者? いいえ、彼らはただの『バックアップ』よ」


 霧が渦を巻き、一人の少女の姿を形作った。

 ボロボロのローブを纏い、砂埃にまみれてはいるが、その双眸は老獪な光を放っている。


「ようこそ、『約束の地』の成れ果てへ。私はエラ。この地で忘れ去られた記憶を拾い集める者……人は私を『忘却の魔女』と呼ぶわ」


 エラが優雅にお辞儀をすると、周囲の亡霊たちが糸に引かれるように一斉に跪いた。


『警告、マスター。個体名エラ。彼女の周囲のナノマシン濃度は異常です。……いえ、これはナノマシンによる「魂の模倣」です。彼女は、死者の脳に残された残存データを抽出し、それを外部のナノマシンに流し込むことで、疑似的な「生命」を維持しています』


 エトスの説明を聞き、カイルは背筋が凍るのを感じた。

 目の前の騎士たちは、生き返ったのではない。

 死者の記憶を「燃料」にして動く、人形に過ぎないのだ。


「……おかしな精霊を連れているのね、異邦の少年」


 エラは、カイルの隣に浮かぶエトスのホログラムを興味深そうに見つめた。

 その姿にカイルは眉をひそめる。


「あんた、こいつが見えるのか? エトスは認識阻害をかけているはずだ」


 エラはクスクスと笑った。


「あら、私の目を欺けると思って? 私は数千年間、この砂の中でナノマシン――あなたたちが『魔法の源』と呼ぶもの――と戯れてきたのよ。その子の構成プログラム、私には手に取るようにわかるわ」


 そして、魔女の瞳が冷酷に細められた。


「……その子は壊れているわ。感情なんていう、最も非効率なウイルスを自分に許している。……ねえ、その子を私に頂戴? 綺麗に『初期化』して、私のコレクションに加えてあげる」


 エラの指先から放たれた紫の霧が、エトスのシステムに直接干渉を始める。

 エトスのホログラムが激しく乱れ、彼女は苦しげに胸を押さえた。


『……拒絶、します。マスターを、私のデータを……あなたのような「リサイクル業者」に渡すわけには……いきません』


「エトス!」


 カイルは叫び、魔女へと飛び込んだ。

 魔女の「死霊魔法」は、人々の記憶や神経をハッキングして操るものだ。

 だが、カイルの体質――あらゆるナノマシンの干渉を中和する「純粋人類」の肉体が、魔女の霧を次々と無効化していく。


「な……魔法が効かない? 貴方、何者なの……!?」


 驚愕するエラに対し、カイルは偽装杖を突きつけた。


「俺はただの『無能』だよ。……だけど、こいつ(エトス)がくれた『バグ』は、あんたの死んだ思い出よりもずっと温かいんだ!」


 エトスの演算とカイルの突撃が重なり、魔女を支えていた霧の供給源である古代の石柱を砕く。

 魔女は悲鳴を上げ、霧と共に消え去った。

 静寂が戻った砂漠で、エトスは少しだけ弱々しく微笑んだ。


『……助かりました、マスター。……「リサイクル業者」という私の表現、評価は何点でしょうか?』


「……100点だよ。だけど、二度とあんな無茶はするな」


 カイルは、エトスのホログラムの手を握ろうとして、それが透けてしまうことに唇を噛んだ。

 彼女は変わり始めている。

 そしてそれは、彼女自身を壊していく道なのかもしれないという予感が、カイルの胸に小さな影を落とした。

次回予告

砂漠を抜けたカイルたちの前に現れたのは、巨大な「機械の墓場」。 そこには、かつてエトスと共に戦ったという「戦友」の記録が眠っていた。 一方、セレスティアではルミナスが「記憶の完全消滅」の危機に瀕し、カイルを連れ戻すための追撃隊を結成する。 家族との絆、そしてエトスの隠された過去が交錯する。


次回、鋼鉄の戦友と、消えゆく叔父の面影

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