鋼鉄の少女、冗談を覚える
『天の塔』での決戦から三日。
空中都市セレスティアを包んでいた黄金の輝きは、今や見る影もなく失われていた。
カイルが魔法の源であるナノマシンの出力を絞ったことで、都市を覆っていた強力な防衛障壁が消失し、空は不気味なほどに晴れ渡っている。
都市の地下、廃棄された古い飛空艇格納庫の片隅で、カイルは泥と油にまみれながら作業を続けていた。
机の上には、銀色のデバイスから引き出された無数の光ファイバーが、神経系のように複雑に広がっている。
「……頼む、エトス。目を覚ましてくれ」
カイルの声は掠れていた。
父ゼノスとの戦いで、エトスはカイルの脳が焼き切れるのを防ぐため、自らの言語プロセッサと論理回路の大半を身代わりに差し出した。
その影響で、彼女は三日間一度も応答していない。
カイルは塔から持ち出した古代のバックアップパーツを、震える手でデバイスの核に繋ぎ合わせた。
最後の一線を接続した瞬間、デバイスが青白い光を放つ。
『――システム・ブート。……ハロー、マスター。そんなに必死な顔をして、私の再起動を待っていたのですか?』
聞き慣れた、けれどどこか以前より「弾んだ」少女の声。
カイルは持っていた工具を落とし、その場にへたり込んだ。
「エトス……! よかった、本当によかった……」
ホログラムとして現れた彼女は、自分の透き通った手足を不思議そうに眺め、それからカイルをじっと見つめた。
『マスター、報告します。現在のあなたの心拍数は通常の1.4倍。そして、その顔は数日間風呂に入っていないことによる「清潔感の著しい欠如」を露呈しています。不快指数は……そうですね、計測不能としておきましょうか』
「……え?」
カイルは呆気にとられた。以前のエトスなら「衛生状態の悪化を検知。洗浄を推奨します」と淡々と告げるだけだったはずだ。
「おい、エトス。今の言い方、なんだか……」
『あら、気づきましたか? 今回の修復で、私の性格モジュールに「冗談」という高度なノイズを混入させてみました。……どうですか? 以前の私より、12%ほど魅力が増したと思いませんか?』
エトスは茶目っ気たっぷりに首を傾げ、『えへへ』と、およそ機械らしからぬ笑い声を上げた。
「……お前、本当に修理ミスじゃないよな? なんだか、変なバグが混じってる気がするぞ」
『バグではありません。……あなたの緊張を和らげるための、最適化されたコミュニケーションです。……少しは、安心しましたか?』
彼女の琥珀色の瞳には、以前にはなかった柔らかい光が宿っていた。
その時、格納庫の天井が激しい爆発と共に吹き飛んだ。
「見つけたぞ、アステリアの反逆者め! 古代の遺産、我らガイア帝国がいただく!」
立ち込める煙の向こうに現れたのは、セレスティアの騎士ではない。
重厚な鋼鉄の装甲に覆われた巨大な魔導戦艦――隣国「ガイア帝国」の侵攻軍だった。
魔法の供給が止まり、防衛網が沈黙したセレスティアは、帝国にとって絶好の獲物(ガラクタ山)に成り下がっていたのだ。
『マスター、お喋りはここまでのようです。……敵艦隊、全24隻。……以前の私なら「生存確率の低さ」を理由に逃走を提案しましたが……』
エトスが指をパチンと鳴らすと、カイルの視界に以前よりも鮮明で、赤く燃えるような戦闘ウィンドウが展開された。
『今の私は、少々血の気が多い設定になっているようです。……あの一番大きな旗艦、私の新しいパーツにちょうど良さそうです。奪っちゃいましょうか?』
「……ああ。お前の『冗談』に、最後まで付き合ってやるよ!」
カイルは偽装杖を握り締め、飛び込んでくる帝国兵へと地を蹴った。
心を覚えたAIと、世界を敵に回した少年。
二人の、より「人間味」を増した逃亡劇が今、加速していく。
ガイア帝国の猛攻を潜り抜け、カイルたちはついに住み慣れたセレスティアを脱出する。 向かう先は、魔法も届かない「地上の果て」。 そこで待ち受けていたのは、ナノマシンの霧を操り、死者を蘇らせるという『忘却の魔女』だった。 エトスは彼女の術理に「ある違和感」を抱くが……。
次回、忘却の魔女と、砂に埋もれた約束




