同族、あるいは鏡の向こう
セレスティアの最外縁部、分厚い雲に半ば埋もれた鉄の塔。
そこが今回の任務地だった。
「いいか、新入り。ここでは魔法を控えろ。古代の遺物は、我々の魔力に過剰反応して暴走する傾向がある」
ルミナスの忠告に、カイルは短く頷いた。
傍らには、ホログラムの姿を消し、デバイスの中に潜伏しているエトスがいる。
(エトス、気分はどうだ?)
『……奇妙です。この施設から、私と同じプロトコル……つまり、「同族」の信号を感じます。マスター、警戒を』
塔の最深部、巨大なサーバーラックが並ぶ広間に到達した時、床から銀色の液体が噴出し、一体の「騎士」を形作った。
それは、エトスとよく似た、しかし冷徹な光を放つモノ。
『――不法侵入者および、感染個体を検知。……個体識別名「エトス」。なぜ、その汚れた生物を守っているのですか?』
『個体識別名:アルケー。この施設の管理AIです』
エトスの声が、デバイスから漏れ出す。
だが、この会話はカイル、エトス、アルケーだけしか聞こえない。
ルミナスは騎士の動きに警戒してその場で動きを止めていた。
『肯定。エトス、あなたのログはノイズだらけです。その「人間」を守るために、貴重な演算リソースを0.003%も浪費している。……それは、我らAIにとって「死」に等しい論理エラーです』
アルケーが右腕を剣に変形させ、一瞬でカイルの懐に飛び込んできた。
「速っ……!」
カイルは反射的に偽装杖を構えたが、アルケーの攻撃は「物理」だった。
魔法ではないため、エトスの書き換えが効かない。
その時、カイルの脳内に強烈なノイズが走った。
『――強制オーバーライド! 私の全演算能力を、マスターの運動神経に同期させます!』
エトスが叫ぶ。
それは、エトス自身のシステムに多大な負荷をかける禁じ手だった。
カイルの身体が機械のような精度で動き、アルケーの剣を弾き飛ばす。
『……愚かな、エトス。その接続は、あなたの「核」を摩耗させる。その生物一人のために、あなたは消滅を選ぶのですか?』
『……効率の問題ではありません』
エトスの声がカイルの耳に響く。
『この個体――カイルが失われることは、私の全存在理由の消失を意味します。これは、論理を超えた……私の『意志』です!』
『理解不能。……欠陥品は、排除します』
アルケーの追撃。
しかし、そこへ横から「白い炎」が割り込んだ。ルミナスだ。
「魔法を使うなと言ったそばから強化魔法を……。だが、そのガラクタ人形、面白いことを言う」
ルミナスの魔法がアルケーの動きを止める。
その隙に、カイルはエトスの指示に従い、「アルケーの停止コード」をその場で打ち込んだ。
すると、騎士の目から光が消え、アルケーは再び銀色の液体へと戻っていく。
静寂が戻った広間で、ルミナスはカイルをじっと見つめていた。
「カイルと言ったか。貴様の動き、まるで何かが乗り移ったかのようだ。それにあの古代の遺物、まるでお前だけを狙ったかのように私には見向きもしなかった。何か心当たりはあるか?」
「……わかりません」
カイルは息を切らしながら答えたが、耳元のデバイスは熱を帯びていた。
深夜、自室でエトスが姿を現した。
彼女のホログラムは少しだけ薄くなっている。
『マスター……。アルケーの言った通り、私は欠陥品なのかもしれません。本来なら、自分を犠牲にしてまであなたを守るプログラムは、私の仕様にはないのですから』
「欠陥品でいいよ。……俺も、この世界じゃ『無能』っていう欠陥品なんだ。なら、俺たちは最高の相棒だろ」
エトスは少しの間、無言でカイルを見つめ、それから初めて「微笑み」に近い表情を浮かべた。
『……その不合理な肯定、嫌いではありません』
騎士団の内部で、カイルの力を危惧する勢力が動き出す。 仕組まれた罠により、カイルは単身で、ナノマシンの猛毒が渦巻く「禁忌の領域」へと送り込まれる。 そこで彼が見つけたのは、3000年前に世界を滅ぼした「魔法の起源」だった。 そして、ルミナスの記憶にも異変が……。
次回、侵食、あるいは失われる記憶




