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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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嘘と演算の境界線

「……消えた……? 俺の『爆炎破(エクスプロージョン)』が、霧散しただと!?」


 アビスの暗闇の中、魔導騎士の一人が驚愕に声を震わせた。

 カイルはただ、手の平を前に出しているだけだ。


『マスター、解説します。彼らの魔法は、大気中のナノマシンを「熱エネルギー」に変換する命令コードに過ぎません。私はその命令をリアルタイムで書き換え、「ただの冷気」へと上書きしました。……これ以上、彼らに付き合う必要はありません。無力化します』


 エトスの言葉と共に、カイルが地を蹴った。

 エトスがカイルの視界に予測進路パスを青く表示する。

 カイルはその通りに動くだけで、プロの魔導騎士の剣筋を紙一重でかわし、その杖の「核」を的確に破壊した。


「ぐああああっ!」

 

  魔法の供給源を失った騎士たちは、物理的な衝撃に耐えきれず崩れ落ちる。

 そしてその姿は次第に汚染され、塵となって消えていく。

 これが本来の汚染された者の姿だ。

 おそらく、魔法で汚染から身体を守っていたが、「核」が消えたことで強制的に魔法も解除となったのであろう。


「……すげえな、エトス。一方的だ」


『当然です。彼らは電卓の使い方を誤っている子供のようなものです。……さて、マスター。上層セレスティアへ戻る方法ですが、古代の「物質転送用カーゴ」がこの奥に生きています。それを使えば、3秒で帰還可能です』


 カイルは、エトスが指し示す巨大な円筒形のポッドに乗り込んだ。


「……なぁ、エトス。俺は戻ってどうすればいい?  戻ればまた、親父や弟に殺されるかもしれない」


『彼らは、魔法を使えば使うほど脳をナノマシンに侵食され、やがて「人間」としての記憶を失い、崩壊します。……マスター、これからあなたは騎士団に入ってもらいます』


「騎士団……?」


ーー騎士団

 それは、セレスティアのを守る守護神。

 アビスから這い上がってきた魔物やセレスティア周辺を徘徊する翼竜などの魔物を殲滅する集団。

 先ほどの魔導騎士も元々は騎士団だったはずだが、親父、つまりは貴族と契約をして専属の騎士になった一人なのであろう。

 そしてエトスは話を続ける。


『あなたが騎士団に入る理由は二つ。一つは、私を動かすための「高純度エネルギー」が騎士団の中枢にあること。そしてもう一つは……』


 エトスのホログラムが、カイルの瞳をじっと見つめる。


『あなたが、彼らに復讐したいと願っているからです。……違いますか?』


 その言葉を言われたカイルは自嘲気味に笑い、拳を握りしめた。


「……ああ。そうだ。俺を『無能』と呼び、家畜のように捨てた奴らに、本物の力を突きつけてやる。俺を殺したつもりの親父の目の前で、俺が騎士として頂点に立ってやるんだ」


『了解しました。目的:騎士団への潜入、および中枢の制圧。……転送を開始します』


 視界が光に包まれ、次の瞬間、カイルはセレスティアの外縁部に立っていた。

  かつて自分を捨てた、輝かしくも腐った都市。

  カイルは拾ったガラクタで杖を偽造し、エトスの力で身分証のデータを改ざんした。


「行くぞ。……俺の名前は、カイル・ノーネームだ」


ーー聖騎士団・入団試験会場ーー


「次、カイル・ノーネーム!」


 名前を呼ばれたカイルは、堂々と歩み出た。

 あれから数週間の月日が流れ、世の中の情勢を観察していたが、カイルは不慮の事故で亡くなっていたことになっていた。

 改めてあの家では自分のことをただの道具としか見ていなかったことを痛感する。

 自分の代わりに弟のアルフレットが家を継ぐこととなっているようだ。

 そして現在へ戻る、試験官であるバルトロは、目の前の少年が数日前に奈落へ蹴落とした「アステリア家の長男」であることに、微塵も気づかない。

 エトスがカイルの網膜に干渉し、見る者の認識を歪めているからだ。

 おかげさまで誰にも正体がばれずに過ごせた。

 そうして今、騎士団の入団試験にも受けれている。

 騎士団の入団試験は月に一度行われ、そこで選ばれた数名が見習い騎士になれる。

 バルトロはカイルをまじまじと見た後、吐き捨てるように唾を地面に吐いた。


「平民か。……火球フレイムを放ってみせよ」


 カイルは偽造した杖を掲げる。

 中身は空っぽだが、エトスが周囲のナノマシンを「強制燃焼」させる。


ーードォォォォン!


 青白い炎が標的を消滅させた時、会場がどよめく。

 カイルが放った魔法(ナノマシン)は、他の者とは異質を放っていた。

 火力、スピード、そして無詠唱。

 どれも一流の騎士団と遜色はないのだ。

 だが、どよめく会場の中、ルミナス――ゼノスの弟が、不快そうに目を細めていた。


「……無詠唱か。身の程を知らぬ平民が、小賢しい真似を」


 カイルはルミナスの横を通り過ぎる際、耳元で小さく、彼にしか聞こえない声で囁いた。


「……久しぶりだな、哀れなゼノスの弟よ」


「……何?」


  ルミナスが振り返った時には、カイルは既に人混みに消えていた。

 運命の歯車が、音を立てて逆回転を始める。

騎士団に入団したカイルに課された最初の任務。 それは、魔法の代償で「心」を失い暴走した魔導師――「ロスト」の討伐だった。


次回、バグ、あるいは心の芽生え

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