星のない夜の、終わらない冗談
かつて「神の心臓」を砕いた一振りのボロボロの杖は、今ではカイルたちの家の暖炉の上に、静かに飾られている。
カイルは、地上の開拓地で「技術屋」として忙しい日々を送っていた。魔法が消えたことで、かつての「遺物」を農具や生活用品に作り変える技術が必要とされたからだ。
魔力を持たなかった彼は、誰よりも「機械がなぜ動くのか」を理解しており、皮肉にもかつての「無能」は、今や新しい世界の「開拓の要」となっていた。
一方、エトスは村の子供たちに勉強を教えながら、ルミナスが育てた野菜を使って料理を覚える毎日だ。
「……カイル、おかえりなさい。今日の夕食は、ルミナス叔父様に教わった『特製シチュー』よ。……ただ、少しだけ、塩加減という名の『演算エラー』が発生したかもしれないけれど」
エトスがエプロンを外しながら、いたずらっぽく笑う。
その冗談は、かつてのAI時代のような無機質なものではなく、少しだけ困ったような、愛らしい響きを持っていた。
「エラーなら慣れてるよ。俺の人生、エラー続きだったしな」
カイルは笑いながら食卓につく。
二人の生活は、決して楽なことばかりではなかった。
冬になれば凍えるし、エトスは元々AIだった反動か、時折ひどい熱を出して寝込むこともある。
そのたびにカイルは肝を冷やし、彼女の手を握り締めて夜を越してきた。
「ねえ、カイル。最近、不思議な夢を見るの」
シチューを口に運びながら、エトスがふと呟いた。
「夢……? 3000年の記憶の残り香か?」
「ううん。もっと先の夢。……いつか私たちが、おじいさんとおばあさんになって、この杖のことを孫に話して聞かせているような、そんな夢」
カイルの手が止まる。
魔法があった頃の世界では、そんな「未来」は保証されていなかった。
ナノマシンの気まぐれで、誰かの記憶が消え、命が削られるのが当たり前だったから。
「……そうか。それは、いい夢だな」
カイルはエトスの手を、食卓越しにそっと握った。
その時、家のドアが勢いよく開いた。
「おい! カイル、エトス! 収穫祭の準備はどうした! 街の連中が、伝説の勇者と聖女が来ないと始まらないって騒いでるぞ!」
現れたのは、日焼けして逞しくなったルミナスだ。
かつての厳格な聖騎士の面影はどこへやら、今では村の誰よりも大きな声で笑い、誰よりも酒に強い、頼れるリーダーとなっていた。
「勇者なんて、俺は一度も名乗ってないんだけどな」
カイルは苦笑いしながら立ち上がり、エトスに手を貸す。
「いいじゃない、カイル。……今日の私は、エラーなしの『全力の笑顔』を出力する自信があるわ」
三人は連れ立って、賑やかな光が漏れる村の中央広場へと歩き出す。
空には、かつて世界を覆っていた銀色の霧はもうない。
ただ、どこまでも深い闇の向こうに、自分たちの力で輝く、本物の星々が瞬いていた。
魔法がなくても、奇跡がなくても。 彼らは今日も、明日を信じて笑い合う。
これにて、カイルとエトスの物語、完全閉幕です。 彼らの歩む道に、幸多からんことを!




