魔法の消えた空に、僕らは明日を描く
空中都市セレスティアが地上へ不時着してから、一年の月日が流れた。
かつて「機械の墓場」と呼ばれた荒野は、今や人々の手によって拓かれ、緑の芽が吹き始めている。
魔法の力で動く便利な道具はもうない。
人々は重い鍬を振り、泥にまみれて種を蒔く。
かつての聖騎士団長ルミナスは、重い鎧を脱ぎ捨て、不器用ながらも開拓地の先頭に立っていた。
「カイル! どこへ行く。今日の分の水汲みがまだ終わっていないぞ!」
ルミナスが遠くから声を張り上げる。
記憶の呪縛から解き放たれた彼の声は、以前よりもずっと快活だった。
「わかってるって、叔父さん! ちょっと、エトスの『調整』に行ってくるだけだよ!」
カイルはそう言い残し、丘の上へと駆け出した。
丘の上には、一人の少女が座っていた。
透き通るような銀髪を風になびかせ、琥珀色の瞳で遠い空を見つめている。
エトス。
カイルが自分の命と引き換えに生成し、彼女が自ら「心」を吹き込んだ、世界でたった一人の「元・AI」の少女。
「エトス、調子はどうだ? ……足、痛まないか?」
カイルが隣に腰を下ろすと、エトスは少しだけ顔を赤らめて微笑んだ。
「……うん。たまに靴擦れっていうのがするけど。……これ、人間が生きている証拠なんだよね?」
彼女は自分の胸に手を当て、トクトクと刻まれる鼓動を確かめるように目を閉じた。
魔法が消えた世界で、彼女の体はもう自動で修復されることはない。
怪我をすれば血が出るし、風邪を引けば熱が出る。
「カイル。……ねえ、あの時、エデンを壊して良かったのかな」
ふとした疑問に、カイルは空を見上げた。
そこには、魔法の粒子が一つも混じっていない、透き通った青い空が広がっている。
かつて人々から「無能」と蔑まれた魔力のない自分にとって、今のこの世界は、皮肉にも一番生きやすい場所になっていた。
「ああ。良かったんだよ。……だって、今の俺たちは、誰の記憶も奪わずに、自分の足でどこへだって行けるんだから」
カイルが手を差し出すと、エトスはその手をぎゅっと握り返した。
その手は以前のような冷たい金属の感触ではなく、少し汗ばんだ、驚くほど温かい「体温」に満ちていた。
「ねえ、カイル。明日は、あの山の向こうまで行ってみない? 魔法がないから、歩くのはすごく大変だと思うけど」
「いいよ。お前が疲れたら、俺が背負ってやる。……無能なりに、体力だけはあるからな」
二人は笑い合い、ゆっくりと立ち上がった。
背後では、ルミナスたちが築き上げた新しい街の煙が立ち上り、人々の生きた歌声が聞こえてくる。
神が作った楽園ではなく、人間が土を捏ねて作る、泥臭いけれど愛おしい世界。
そこには、もう魔法の輝きはない。
けれど、二人が繋いだ手の温もりだけは、どんな奇跡よりも強く、明日を照らし続けていた。
(完)
「無能」と呼ばれた少年が、最後に「神のシステム」を否定し、一人の少女を「人間」として救う物語。全18話、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
次回、後日談です!




