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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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18/19

魔法の消えた空に、僕らは明日を描く

 空中都市セレスティアが地上へ不時着してから、一年の月日が流れた。

 かつて「機械の墓場」と呼ばれた荒野は、今や人々の手によって拓かれ、緑の芽が吹き始めている。

 魔法の力で動く便利な道具はもうない。

 人々は重い鍬を振り、泥にまみれて種を蒔く。

 かつての聖騎士団長ルミナスは、重い鎧を脱ぎ捨て、不器用ながらも開拓地の先頭に立っていた。


「カイル! どこへ行く。今日の分の水汲みがまだ終わっていないぞ!」

 

  ルミナスが遠くから声を張り上げる。

 記憶の呪縛から解き放たれた彼の声は、以前よりもずっと快活だった。


「わかってるって、叔父さん! ちょっと、エトスの『調整』に行ってくるだけだよ!」


 カイルはそう言い残し、丘の上へと駆け出した。

 丘の上には、一人の少女が座っていた。

 透き通るような銀髪を風になびかせ、琥珀色の瞳で遠い空を見つめている。

 エトス。

 カイルが自分の命と引き換えに生成し、彼女が自ら「心」を吹き込んだ、世界でたった一人の「元・AI」の少女。


「エトス、調子はどうだ? ……足、痛まないか?」


 カイルが隣に腰を下ろすと、エトスは少しだけ顔を赤らめて微笑んだ。


「……うん。たまに靴擦れっていうのがするけど。……これ、人間が生きている証拠なんだよね?」


 彼女は自分の胸に手を当て、トクトクと刻まれる鼓動を確かめるように目を閉じた。

 魔法が消えた世界で、彼女の体はもう自動で修復されることはない。

 怪我をすれば血が出るし、風邪を引けば熱が出る。


「カイル。……ねえ、あの時、エデンを壊して良かったのかな」


 ふとした疑問に、カイルは空を見上げた。

 そこには、魔法の粒子が一つも混じっていない、透き通った青い空が広がっている。

 かつて人々から「無能」と蔑まれた魔力のない自分にとって、今のこの世界は、皮肉にも一番生きやすい場所になっていた。


「ああ。良かったんだよ。……だって、今の俺たちは、誰の記憶も奪わずに、自分の足でどこへだって行けるんだから」


 カイルが手を差し出すと、エトスはその手をぎゅっと握り返した。

 その手は以前のような冷たい金属の感触ではなく、少し汗ばんだ、驚くほど温かい「体温」に満ちていた。


「ねえ、カイル。明日は、あの山の向こうまで行ってみない? 魔法がないから、歩くのはすごく大変だと思うけど」


「いいよ。お前が疲れたら、俺が背負ってやる。……無能なりに、体力だけはあるからな」


 二人は笑い合い、ゆっくりと立ち上がった。

 背後では、ルミナスたちが築き上げた新しい街の煙が立ち上り、人々の生きた歌声が聞こえてくる。

 神が作った楽園エデンではなく、人間が土を捏ねて作る、泥臭いけれど愛おしい世界。

 そこには、もう魔法の輝きはない。

 けれど、二人が繋いだ手の温もりだけは、どんな奇跡よりも強く、明日を照らし続けていた。


(完)

「無能」と呼ばれた少年が、最後に「神のシステム」を否定し、一人の少女を「人間」として救う物語。全18話、最後までお付き合いいただきありがとうございました!


次回、後日談です!

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