墜ちる翼、芽吹く大地
『エデン』の心臓部が砕け散った瞬間、世界を縛っていた「魔法」という名の法則が消滅した。
空を飛んでいた飛空艇が、光の翼を失い失速する。
空中都市セレスティアを吊り下げていた目に見えない力が消え、巨大な浮遊島は、数千年の歴史ごと地上へとゆっくりと傾いていく。
「……ぁ……」
崩壊するエデンの光の中から、一人の少年が床に転がり落ちた。
実体を取り戻したカイルだ。
彼の肌からは銀色の輝きが消え、再び「魔力を持たない、ただの人間」へと戻っていた。
「……カイル!」
駆け寄ったのは、銀の髪をなびかせた少女、エトスだった。
彼女はカイルの体を抱き起こし、その胸に顔を埋める。
カイルの手が、戸惑いながらも彼女の背中に回された。
「……エトス、お前、本当に……世界を壊しちゃったんだな」
『……言ったでしょ。あなたがいなきゃ、意味がないって。……それに、見て』
エトスが指差した先。
エデンの外壁が崩れ、剥き出しになった「空」が見えた。
そこには、ナノマシンの霧に覆われていた灰色ではなく、どこまでも透き通った、深い「青」が広がっていた。
魔法というフィルターを通さない、この星本来の空の色だった。
「カイル! エトス! 無事か!」
瓦礫を跳ね除け、ルミナスが駆け寄ってきた。
彼の瞳からも赤いナノマシンの光は消えている。
魔法が消えたことで、彼の「記憶喪失」の呪いもまた、完全に終焉を迎えていた。
「叔父さん、セレスティアが……」
「わかっている。だが、絶望するにはまだ早い。魔法は消えたが、先代たちが遺した『物理的なエンジン』はまだ生きているはずだ。私は騎士団をまとめ、不時着を試みる。カイル、お前たちは……」
ルミナスは、カイルと、少女の姿になったエトスを交互に見て、満足げに微笑んだ。
「……お前たちは、お前たちの選んだ新しい世界を、その足で歩いていけ」
ルミナスは崩れゆくエデンから、脱出艇へと向かった。
一族の誇りではなく、一人のリーダーとして人々を救うために。
カイルとエトスもまた、崩壊する『神の揺り籠』を後にした。
地上へ向かう降下艇の中で、二人は手をつないでいた。
エトスの手は、以前のような冷たいデータではない。
柔らかく、汗ばみ、驚くほど温かかった。
「カイル。魔法がなくなって、これから大変なことばかりだと思う。……お腹も空くし、病気もするし、いつか死んじゃうかもしれない」
「ああ、そうだな。……でも、それが『人間』だろ?」
カイルは、エトスの小さな手を強く握りしめた。
窓の外では、セレスティアが巨大な砂塵を巻き上げながら、かつて「機械の墓場」と呼ばれた大地へと不時着しようとしていた。
それは終わりの光景ではなく、土に足をつけて生きる、新しい文明の始まりの光景だった。
魔法のない世界で、元・聖騎士団長のルミナスは人々と共に大地を耕し始める。 一方、カイルとエトスは、かつての相棒――エトスの「心」が生まれた本当の理由を探す旅に出る。 最後の一ページ、少年と少女が選んだ未来とは。
次回、魔法の消えた空に、僕らは明日を描く




