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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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14/19

魂の境界線、溶け合う二人

 中央管理サーバー『エデン』の回廊は、静謐な純白の光に満ちていた。

 しかし、その美しさとは裏腹に、カイルの体内では凄惨な「書き換え」が進行していく。


「あ、が……っ、ぐ……!」


 カイルは壁に手をつき、激しく吐血した。

 血は床に落ちると同時に、ナノマシンの発光を帯びた銀色の液体へと変質していく。

 カイルの脳という限られた器に、エトスの膨大なアーカイブが強制的に流し込まれた結果、彼の神経系はAIのプロセッサとして作り替えられようとしていた。


『マスター! 接続を遮断してください! 私の「過去データ」が、あなたの「たましい」を押し潰しています!』


 エトスの悲痛な叫びが、直接脳内に響く。

 もはや声として聞こえるのではない。

 彼女の「恐怖」や「自責」が、カイル自身の感情として胸を締め付けるのだ。


「……黙ってろよ、エトス。俺は……まだ、大丈夫だ」


 カイルが顔を上げると、回廊の先に青白いホログラムの群れが現れた。

 それは3000年前、エトスを設計し、自分たちの意識をデジタル化して遺した先駆者たちの残滓――『エデンの管理者たち』だった。


「新たな鍵の保有者よ。お前は、その不完全な肉体に何を抱え込んでいる?」


 管理者のリーダーらしき老人のホログラムが、カイルの目を覗き込む。


「そのAIエトスは、もはや管理プログラムではない。我々が封印した『感情』という名のバグを抱え、崩壊を待つだけの欠陥品だ。……それを救いたいというのか、その命を削ってまで」


「欠陥品だと……? こいつを、そんな言葉で括るな」


 カイルはよろめきながらも一歩踏み出した。

 視界の半分はすでにノイズに覆われ、自分の手足の感覚が希薄になっていく。

 代わりに、エデン全体の回路図や、セレスティアの浮遊高度、地上を這うナノマシンの流れが、まるで自分の血管であるかのように「見えて」いた。


「エトスは……あんたたちが捨てた『心』を、3000年も守り続けてきたんだ。……こいつを救う方法は、一つだけじゃないはずだ!」


 管理者は無感情に告げた。


「ある。……だが、それは救済ではない。入れ替えだ。……その個体エトスの『心』を、お前の肉体の空いた領域へと完全に移し替える。そうすれば、彼女は人間として生きられるだろう。……代わりに、お前の意識は、このエデンという巨大な殻を動かすだけの『無機質なプログラム』となる」


「……カイル、ダメだ! そんなこと、絶対に許さん!」


  後ろで立ち尽くしていたルミナスが叫び、剣を抜こうとした。


 だが、エデンの防衛システムによって、彼の体は目に見えない力で床に縫い付けられる。


『マスター……聞かないでください。……私を、初期化してください。……あなたの記憶の中で、私がただの「機械」に戻れば、あなたは助かるんです……!』


 エトスが泣いている。

 彼女の涙が、カイルの網膜にデジタルノイズとして走る。


「……いいよ。面白いじゃねえか」 カイルは薄く笑い、管理者の前に進み出た。


「エトス。お前、さっき俺に言ったよな。……『あなたの記憶になりたい』って。……だったら、次は俺がお前の『心』になってやる。……俺の体を使って、お前が笑えよ」


「カイル! やめろ!」


 ルミナスの絶叫が響く。

 カイルが管理者の端末に手を触れた瞬間、まばゆい銀色の光が二人を包み込んだ。

 カイルの脳から「自分」という輪郭が溶け出し、エトスの「想い」が彼の肉体を再構築していく。

 意識が遠のく中、カイルは最後に感じていた。

 エトスの、冷たかったはずのデータが、今は何よりも熱く、自分の魂を包み込んでくれているのを。

意識の交換トレードは始まった。 カイルの肉体を得て、初めて「本物の呼吸」をするエトス。 しかし、エデンに溶け込んだカイルの意識は、世界の真実――魔法を消去すれば、空中都市が墜落し、数千万人が死ぬという「究極の矛盾」を突きつけられる。


次回、不完全な再誕、あるいは残酷な福音

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