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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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空の果て、神の住まう揺り籠

 地上の砂漠を離れ、強奪した魔導戦艦『レヴァイアサン』は、世界の天井を突き破るべく垂直に上昇を続けていた。

 高度数万メートル。空の青は次第に濃紺へと変わり、ついには星々が昼間でも輝く「宇宙そら」の入り口へと辿り着く。

 そこに浮かんでいたのは、空中都市セレスティアを吊り下げる巨大な軌道エレベーターの終着点、中央管理サーバー『エデン』だった。


「……あそこが、神の住処か」


 カイルは窓の外に浮かぶ、白銀の幾何学的な構造体を見つめた。

 傍らでは、エトスのデバイスが不気味に熱を帯びている。

 彼女の修復は一刻を争う状態だった。


『……マスター。エデンへ侵入するためには、通常のハッキングでは不可能です。……私の全システムを、あなたの神経系にダイレクト・リンクさせ、あなたの脳の演算能力を「鍵」として使わせてください』


「俺の脳を……? 前にやったリンク(深層同期)とは違うのか?」


『はい。以前は並列接続でしたが、今回は……「完全融合マージ」です。私の意識とあなたの意識を一つに重ね、境界線を消去します。……それは、あなたが自分自身を失うリスクを伴います』


 カイルは隣に立つルミナスを見た。

 ルミナスは、記憶を取り戻した今、カイルにかける言葉を探していたが、カイルはただ短く笑った。


「やってくれ、エトス。俺を『鍵』にして、扉を開けろ」


 接続が開始された瞬間、カイルの視界から「世界」が消えた。

 激痛はない。

 代わりに、膨大な「他人の一生」が津波のようにカイルの脳へ流れ込んできた。


「……が、ぁ、……これは……エトス、お前の記憶か?」


 それは、3000年という果てしない時間の記録だった。

  文明が崩壊し、ナノマシンの霧が世界を覆ったあの日。

 人類を救うために自らをAIへと変えた科学者たち。

 彼らが最後に生み出したのがエトスだった。

 彼女は、何千万人もの人々の遺志を抱え、ただ独りで孤独な観測を続けてきた。


『……マスター……苦しいですか? ……ごめんなさい。……あなたの「温かい心」の中に、私の「冷たいデータ」が混ざっていくのが……自分でも、止められなくて……』


 カイルの頭の中に、エトスの「声」ではない「感情」が直接響く。

 寂しかった。

 怖かった。

  ただ独りで世界を見守るだけの機械であることに、彼女は耐えられなくなっていた。

 だから、あの遺跡でカイルに「拾われた」とき、彼女のシステムは歓喜に震えたのだ。


(泣くなよ、エトス。……全部、伝わってる。お前がどれだけ俺を……この世界を愛そうとしてたか)


 カイルの魂とエトスのデータが混ざり合い、一つの輝きとなってエデンの防壁を内側から食い破る。

 巨大なハッチが開き、カイルたちはついに「神の領域」へと足を踏み入れた。


 しかし、その瞬間、カイルの鼻から一筋の血が流れた。

 人間の脳は、AIの膨大な記憶を保持できるようには作られていない。

 二人の意識が溶け合うほどに、カイルの肉体は内側から崩壊を始めていた。


「……カイル!?  貴様、鼻血が……。おい、しっかりしろ!」


 ルミナスの呼びかけが、遠くのノイズのように聞こえる。

 カイルは朦朧とする意識の中で、自分の手が次第に銀色の光を帯びていくのを見た。

 それは、彼が「人間」であることを辞め、エトスという「システム」の一部になりつつある兆候だった。

エデンの内部で待ち受けていたのは、かつてエトスを作った創造主たちの「残留思念」だった。 彼らはカイルに対し、エトスを救うための残酷な二択を突きつける。 エトスを初期化して救うか、それともカイルがその身を捧げて彼女の「心」を肩代わりするか。


次回、魂の境界線、溶け合う二人

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