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エトスと忘却の聖域  作者: 蒼月 美海


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10/19

書き換えられた記憶、引き裂かれた絆

 機械の墓場を、ルミナスが放つ白い炎が焼き尽くす。

 かつてカイルと共に天の塔で戦い、わずかながらも「誇り」を認めてくれた叔父の面影はそこにはない。

 彼の瞳はナノマシンの暴走による赤光を帯び、憎悪を刷り込まれた操り人形と化していた。


「カイル……貴様が、私の、すべてを奪ったのだ……!」


「叔父さん、やめてくれ! 騙されてるんだ!」


  カイルは降り注ぐ熱線を紙一重でかわしながら叫ぶが、ルミナスの猛攻は止まらない。

 記憶の空白を「カイルへの憎しみ」という偽造データで埋められたルミナスにとって、カイルの言葉はすべてノイズにしか聞こえなかった。


『マスター、退避を。個体名ルミナスの脳内ナノマシンは限界を超えて励起しています。このままでは彼は死ぬか、あるいは……完全に自意識を喪失し「ロスト」となります』


エトスの声に、かつてない焦燥が混じる。


「どうすればいい!? 殺さずに、あいつを救う方法は無いのか!」


『……一つだけ、解決策があります』


  エトスがカイルの視界に表示したのは、禁忌の「意識転送トランスファー」プロセスだった。


『彼の欠落した記憶領域に、マスターの脳内にある「ルミナスとの真実の記憶」を直接流し込みます。そうすれば偽造データは上書きされ、彼は正気を取り戻すでしょう。……ただし、これには重大な代償を伴います』


「代償……?」


『……データの移動ムーブです。コピーではありません。……ルミナス様が真実を思い出す代わりに、マスター、あなたは叔父様に関するすべての記憶を失います。……あなたが誰のために戦い、誰を救おうとしていたのか。その「心」の一部が、あなたから永久に消去されます』


 カイルの動きが止まる。その隙を突き、ルミナスの剣がカイルの肩を浅く切り裂いた。

 熱い血が流れる。

 しかし、それ以上にカイルの胸を締め付けたのは、自分が「叔父さん」と呼んできた男の顔が、ただの「知らない大人」に見えてしまうことへの恐怖だった。


「俺が……忘れる? 叔父さんが俺を助けてくれたことも、一緒に塔を登ったことも、全部?」


『はい。……論理的に考えれば、非効率な選択です。私としては、ここで彼を無力化(破壊)することを推奨します』


 エトスはそう言いながらも、そのホログラムの表情は悲しげに歪んでいた。

 彼女自身が「冗談」や「愛おしさ」を理解し始めたからこそ、記憶を失うことの残酷さを誰よりも理解していた。


「……やってくれ、エトス」


 カイルは静かに、しかし力強く告げた。


「俺が忘れても、あいつが生きてりゃいい。……あいつの中に、俺たちがいた証拠が残るなら、それで十分だ」


『……了解しました。……記憶転送、開始。……さようなら、マスター。あなたの「優しい思い出」に、敬意を表します』


 エトスがカイルの首筋に触れた瞬間、青白い回路が二人の間に繋がり、膨大な光の粒子がルミナスへと流れ込んだ。

  カイルの脳裏から、ルミナスとの塔での共闘や今までの記憶が、砂のようにこぼれ落ちていく。


「……ぁ……」


 光が収まったとき、ルミナスは剣を落とし、その場に膝をついた。

 彼の瞳から赤い光が消え、大粒の涙が砂に落ちる。


「カイル……すまない、私は……私は何を……」


 ルミナスが顔を上げ、カイルを見つめた。

 しかし、そこに立っていたカイルは、虚ろな目でルミナスを見返し、首を傾げた。


「……あの、あんた、誰だっけ? ……なんだか、胸がすごく痛いんだけど……」


 カイルの頬を、無意識に涙が伝う。

 理由もわからず泣き続ける少年を、エトスは実体のない腕で、そっと抱きしめるように寄り添った。

ルミナスを救った代償として、大きな心の穴が開いたカイル。 彼を癒やす間もなく、ガイア帝国の皇帝が自ら「神の鎧」を纏い、地上へと降臨する。 エトスはマスターの記憶を取り戻すため、自らの禁忌の領域――「感情の源泉」を開放することを決意する。


次回、感情の源泉、あるいはAIの涙

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