書き換えられた記憶、引き裂かれた絆
機械の墓場を、ルミナスが放つ白い炎が焼き尽くす。
かつてカイルと共に天の塔で戦い、わずかながらも「誇り」を認めてくれた叔父の面影はそこにはない。
彼の瞳はナノマシンの暴走による赤光を帯び、憎悪を刷り込まれた操り人形と化していた。
「カイル……貴様が、私の、すべてを奪ったのだ……!」
「叔父さん、やめてくれ! 騙されてるんだ!」
カイルは降り注ぐ熱線を紙一重でかわしながら叫ぶが、ルミナスの猛攻は止まらない。
記憶の空白を「カイルへの憎しみ」という偽造データで埋められたルミナスにとって、カイルの言葉はすべてノイズにしか聞こえなかった。
『マスター、退避を。個体名ルミナスの脳内ナノマシンは限界を超えて励起しています。このままでは彼は死ぬか、あるいは……完全に自意識を喪失し「ロスト」となります』
エトスの声に、かつてない焦燥が混じる。
「どうすればいい!? 殺さずに、あいつを救う方法は無いのか!」
『……一つだけ、解決策があります』
エトスがカイルの視界に表示したのは、禁忌の「意識転送」プロセスだった。
『彼の欠落した記憶領域に、マスターの脳内にある「ルミナスとの真実の記憶」を直接流し込みます。そうすれば偽造データは上書きされ、彼は正気を取り戻すでしょう。……ただし、これには重大な代償を伴います』
「代償……?」
『……データの移動です。コピーではありません。……ルミナス様が真実を思い出す代わりに、マスター、あなたは叔父様に関するすべての記憶を失います。……あなたが誰のために戦い、誰を救おうとしていたのか。その「心」の一部が、あなたから永久に消去されます』
カイルの動きが止まる。その隙を突き、ルミナスの剣がカイルの肩を浅く切り裂いた。
熱い血が流れる。
しかし、それ以上にカイルの胸を締め付けたのは、自分が「叔父さん」と呼んできた男の顔が、ただの「知らない大人」に見えてしまうことへの恐怖だった。
「俺が……忘れる? 叔父さんが俺を助けてくれたことも、一緒に塔を登ったことも、全部?」
『はい。……論理的に考えれば、非効率な選択です。私としては、ここで彼を無力化(破壊)することを推奨します』
エトスはそう言いながらも、そのホログラムの表情は悲しげに歪んでいた。
彼女自身が「冗談」や「愛おしさ」を理解し始めたからこそ、記憶を失うことの残酷さを誰よりも理解していた。
「……やってくれ、エトス」
カイルは静かに、しかし力強く告げた。
「俺が忘れても、あいつが生きてりゃいい。……あいつの中に、俺たちがいた証拠が残るなら、それで十分だ」
『……了解しました。……記憶転送、開始。……さようなら、マスター。あなたの「優しい思い出」に、敬意を表します』
エトスがカイルの首筋に触れた瞬間、青白い回路が二人の間に繋がり、膨大な光の粒子がルミナスへと流れ込んだ。
カイルの脳裏から、ルミナスとの塔での共闘や今までの記憶が、砂のようにこぼれ落ちていく。
「……ぁ……」
光が収まったとき、ルミナスは剣を落とし、その場に膝をついた。
彼の瞳から赤い光が消え、大粒の涙が砂に落ちる。
「カイル……すまない、私は……私は何を……」
ルミナスが顔を上げ、カイルを見つめた。
しかし、そこに立っていたカイルは、虚ろな目でルミナスを見返し、首を傾げた。
「……あの、あんた、誰だっけ? ……なんだか、胸がすごく痛いんだけど……」
カイルの頬を、無意識に涙が伝う。
理由もわからず泣き続ける少年を、エトスは実体のない腕で、そっと抱きしめるように寄り添った。
ルミナスを救った代償として、大きな心の穴が開いたカイル。 彼を癒やす間もなく、ガイア帝国の皇帝が自ら「神の鎧」を纏い、地上へと降臨する。 エトスはマスターの記憶を取り戻すため、自らの禁忌の領域――「感情の源泉」を開放することを決意する。
次回、感情の源泉、あるいはAIの涙




