④ チェイス
取りあえずその場に座り込むと、サン・ジェルマンは小型トランクを開いた。
それを横から貞子が覗き込む。
時空転移装置に改良が施されており、左側に小さなモニターが付いていた。
そこに先程の二人組のうちの、後ろの男の背中に着けた発信機の反応が出ていた。
それはパリの地図上に、小さな白い点となって映し出されていた。
19世紀ですらオーバーテクノロジーと思われるその追跡装置は、他ならぬあの雪子が、こんなこともあろうかと用意してくれていたモノだった。
実はサン・ジェルマン自身、実際にそれを使うのは初めてだったので、その高性能ぶりに、内心舌を巻いていたのだった。
「賊が向かったのは、コンコルド広場方面ですね。行きましょう!」
素早く立ち上がって歩き出す彼に、貞子は慌ててついて行った。
しばらく行くと、彼らの背中が見えて来た。
ちょうど右の路地に入るところだった。
あっちはセーヌ川方面だな。サンジェルマンは思った。
案の定、やがてセーヌ川の河川敷に降りて行く。
そしてアンヴァリッド橋の橋脚近くで、彼らの姿が影に隠れて見えなくなった。
二人で橋の下までたどり着くと、サン・ジェルマンが、影になった部分を手で探ってみる。
すると何か手ごたえが有り、レンガの壁にしか見えなかった河岸の一部が、扉になって音も無く左右にスライドした。
中を覗き込むと、青い照明に照らされた地下通路になっていた。
無言で踏み込むサン・ジェルマンに、貞子もついて行く。
どんどん奥まで行くと、やがて緩い下り坂になり、最終的に突き当りが広場のようになっていた。
その広場には、中央に大きな銀色の円形テーブルがあり、例の箱が置いてあった。
他には何も無い、殺風景な部屋だ。
どうやら、先ほどの二人組の姿も見当たらない。
罠の匂いがプンプンしたが、構わずサン・ジェルマンは部屋の中に入って行った。
仕方なく恐る恐る貞子も入って行く。
サン・ジェルマンが箱までたどり着くと、貞子もその場に追いついた。
その瞬間、大きなその部屋を取り囲むようになっていた六つの通路から、それぞれ6人の黒いスーツの人物が現れ、その背後で部屋に通じる全てのドアが、自動で閉められた。
彼らの手には、めいめい何やら武器のようなモノが握られていた。
ソレは小型の拳銃に似た❝ナニか❞だった。
しかし二人の目を引いたのは、そこでは無かった。
それは6人の人物の❝顔❞だった。
「きゃああっ!」
思わず貞子が悲鳴を上げた。
その顔はヒトのそれではなかった。
黄色い目に縦長の黒い瞳孔。
まるでヘビのような、或いはワニのような、耳まで裂けた口。
耳たぶは見当たらず、頭の両横に小さな穴が開いている。
青黒い皮膚には、鱗らしきものまであったのだ。
そして、貞子が悲鳴を上げ続けると、彼らの中に異変が起こった。
何と各々の武器を持った手が、武器ごと凍り付いてしまったのである。
その現象は、彼等にとっても予想外だったのだろう。
皆、少なからず、動揺したようだった。
この機を逃すまいと、サン・ジェルマンは動いた。
まだ悲鳴が止まらない貞子に、例の木箱を持たせて抱き寄せる。
そして素早く小型トランクを開けると、緊急用の赤いボタンを押したのだった。




