㉒ イン・ヤン・マスター
貞子は一足先に、無事に邸内にたどり着いた…のだが。
そこは、有名な陰陽師の自宅にしては、随分質素な感じがした。
立派な門構えに比べて、建物そのものは、さほど大きくはない。
それに、庭には草木が生えているが…自由に生えるのに任せている。
つまり、ろくに手入れされていない感じがするのである。
そんな庭の中を歩いて行くと、その家の主が、縁側で15歳くらいの年格好の少女とまったり語らっているのが見えて来た。
主自身もハタチそこそこの若者だから、そんなに可笑しなことでは無いのだが、何故かその様子に違和感を感じる貞子であった。
と、そこへ少し遅れて、サン・ジェルマンと雪子が到着した。
「お待たせ。あの人がそうなのかしら?」と後ろから雪子。
「はい、そうだと思うんですけど…。」何だか浮かない顔の貞子。
「どうかしたんですか?」と更に後ろからサン・ジェルマン。
そんなやり取りをしている三人に、当の主が気がついた。
「おや、おや、珍しいな。お客さんかな?」
「お寛ぎのところ、突然押しかけて申し訳ありません。安倍晴明様とお見受けいたします。私は下賀茂神社で巫女を務めている藤原貞子と申します。今日は折り入ってお願いが有って参りました。」
貞子はおばあ様の言いつけ通りに、きっちりご挨拶した。
「お~お~お堅いねえ。如何にも私が晴明だけどね。いったい何が御所望かな?可愛いお嬢さん。」
「実は、ウチの神社が最近、たちの悪い妖怪変化らに狙われていまして。それを守護するために、是非、晴明様の式神を一柱、譲って頂きたく思うのですが…?」
「…ほう。それは大変興味深い話だねえ。ところで、そちらのお二人はどなたかな?」
「申し遅れました。私は真田雪子…旅の者です。」
「…同じく、異国からの旅行者、サン・ジェルマンです。」
「…うん。キミたちはウソは言ってないようだ…全てを語っているわけではないけどねえ?」
「…お言葉ですが、本当の事を全て語っても、なかなか信じていただけないかと…。」
雪子がついつい食い下がる。
「それを決めるのはキミではないだろう?」
晴明がもっともなことを言った。
彼は少し怒っているようだった。
「…分かりました。実は我々は、850年ほど未来からやって来たのです。」
仕方無く、雪子が言った。
「そうそう。最初からそう仰っしゃって下されば、よろしいのです。世の中には、そういった陰陽術を使う方も居るそうですから、そんな話を聞いても、さして不思議なことはないのですよ。」
彼の機嫌は直ったようだ。
「…それに私は、嘘や誤魔化しが、この世で一番嫌いなのです。」




