㉑ アンビバレンス
「まあ、でも、いつまで考えても、仕方の無い事だわ。切り替えて行かなくっちゃね。」
雪子は一応の踏ん切りを付けたようだった。
「次は確か、安倍晴明に会いに行くのよね?」
「はい。最後までよろしくお願いします。」
貞子は座ったまま、ペコリと頭を下げた。
すると節子が貞子の方に向き直り、改まった感じで言った。
「安倍晴明様は、陰陽道の頂点にいらっしゃるお方。無事にお会い出来たら、くれぐれも粗相の無いようにね?」
「はい。もちろんです。おばあ様。」
「そんなに凄い方なんだね?」
サン・ジェルマンは、まだ日本の文化に関して、いささか勉強不足だった。
「そうねえ。西洋の文化になぞらえて言うならば、都を守護する、偉大な白魔術師といった所かしら?」
雪子がそんな感じに教えた。
「へえ。なんだか会うのが楽しみだな。」
「さっきの厩戸さんより、少しはましだといいわね?」
彼の浮つきそうな気持ちに、雪子が釘を刺す。
「じゃあ、そろそろ参りましょうか。皆さん、お願いします。」
貞子の一言で皆立ち上がり、身支度を始めた。
「節子さん、お団子とお抹茶、ご馳走様でした。行って来ます。」
三人仲良く貞子の祖母に挨拶をして、また下鴨神社に向かって出発した。
13時をまわった頃、三人は下鴨神社前に到着した。
幸いな事に人通りは疎らだ。
隙を見て、素早く貞子が鳥居の真ん中に入って行った。
「雪子さん、さっきのコレ、まだ返してなかったよ。」
サン・ジェルマンが例の黒い腕輪を差し出した。
実は厩戸の時も、念のために光学迷彩が出せるように、それを雪子に渡されていたのだった。
雪子は、自分がそのことを、今の今まですっかり失念していたことに、少なからずショックを覚えた。
やはり厩戸の件は、彼女の心に大きな影響を与えていたのだった。
「ありがとう。」
しかし、表面上は努めて冷静に振る舞う彼女だった。
私がしっかりしなくっちゃ。
彼女は自分を叱咤しつつ、貞子の座標を追った。
「サン・ジェルマン、入力して。彼女の座標は940年10月1日9時00分。北緯35度02分。東経135度45分よ。」
「入力完了!じゃあ行きますよ?雪子さん。」
サン・ジェルマンは雪子の肩を抱くと、ポータブルタイムマシンの始動レバーを引いた。
目指すは、まだハタチにもならない、陰陽師として大成する前の、安倍晴明宅邸内だ。




