② ファースト・コンタクト
その日もサン・ジェルマンは、地図に残された雪子のメモを元に、歴史調査の予定を組んでいた。
気がつけば彼もハタチになり、伯爵を名乗るようになっていた。
選んだ日付は1836年7月31日。
時刻は行動が目立たないように、午前1時ちょうど。
座標は北緯48度52分。東経2度17分だった。
今回、彼がそこを選んだ理由は明白だった。
❝要チェック!コレもゲート❞と雪子の字で、小さくメモ書きしてあったからだ。
ゲートと言えば、雪子と出かけた最後の旅で教えて貰った神社の鳥居だ。
実は鳥居以外にも、タイムトラベルのポータルに成りうるモノが有る、と言う話が中途半端なまま、彼女は居なくなってしまったのだ。
気にならならない訳が無いのである。
彼はいつもの手順で、小型トランク型のポータブルタイムマシンを操作し、現場にやって来た。
到着した彼の視界を支配したのは、月明りを浴びて地面に黒々とした影を落とす、目の前にそびえる大きな門だった。
なるほど、これがゲートの役目を果たすのか。などと思って見ていると、その門の真ん中の暗闇から、黒いスーツを着た二人組の男が突然現れた。
注目すべきは、片方の男が持っている木箱だった。
サン・ジェルマンは、それに見覚えがあった。
それは彼が以前雪子から預かって、今は1711年の自宅に保管してあるはずの、あの人魚の肉入りの箱そっくりだったのだ。
彼はこっそり、その男にオナモミ型の発信機を投げつけて、二人組を追跡可能にした。
すると直後に、同じ門の暗がりから、一人の少女が、文字通り転がり出て来た。
その赤と白の装束は、かつて下鴨神社で見かけた巫女のスタイルそのものだった。
「もしもし、大丈夫ですか?」
転んだままうずくまっている少女に近づき、彼は日本語で声をかけた。
「!?」
彼女はかなり混乱しているようだった。
この巨大な門がゲートだとすると、彼女は別の時空から来たに違いないのだ。早めにケアしてあげなければ。
サン・ジェルマンは心の準備をした。
「落ち着いて聞いて下さい。貴女は恐らく、別の場所、別の時間からここへ来たはずです。何年の、どこの場所から来たか言えますか?」
再度彼が尋ねると、ようやく我に返った少女は答えた。
「私は…寛政8年の京都から来ました。」
「寛政8年…1796年か。そして京都から…。」
かつての雪子による英才教育は、和暦から西暦への変換にも生かされていた。
そして、彼はさっきの箱から推察して訊いてみた。
「…貴女、もしや、藤原家と関係がある方じゃないですか?」
「なぜ、それを!?」
「申し遅れました。私はサン・ジェルマン伯爵と言う者です。私は時間を旅する男です。以前、あなたの子孫にあたる方にお会いしました。」
「???」
彼が馬鹿正直に本当の事を言ったので、彼女は余計に混乱したようだった。
「よろしければ、貴女のお名前を教えていただけますか?」
彼は構わず質問を続ける。
「私は貞子…藤原貞子といいます。」
彼女は震える声で、素直にそう言ったのだった。




