⑱ リトル・プリンス
次の瞬間、貞子は古風な宮殿の門の内側に立って居た。
季節は春だろうか?ありがたいことに、ここは穏やかな気候のようだ。
そこまで考えた時、もう後ろに、雪子とサンジェルマンが追いついて来た。
「今回はまた、早い到着ですね?」と貞子。
「だんだん座標微調整のコツが掴めて来たみたい。」と雪子。
「ここは元欽明天皇の別宮よ。近くに6歳くらいの少年が居たら、きっと彼よ。」
雪子にそう言われて、サン・ジェルマンが辺りを見回す。
するとすぐ近くに、明らかに上級貴族の出で立ちをした、聡明かつ品の良さそうな少年を見つけた。
「あそこの縁側に座っているのが、そうかな?」
「ああ、ビンゴね。お手柄よ、サン・ジェルマン。」
「…うん。」
彼は大人になっても、雪子に褒められると何だか嬉しいのだった。
早速三人は連れ立ってその少年の前まで行ってみる。
彼等が目の前に来るまで、その少年はそちらに別段注目もしていなかった。
それどころか、虚空を見つめてボンヤリしているようにさえ見えた。
が、しかし、いざ彼等と目が合った瞬間、その少年は、とんでもない事を言い出したのである。
「ようこそいらっしゃいました。あなた方が来るのを、ここで待っていたのですよ。藤原貞子さん、真田雪子さん、それに…異国の方?」
サン・ジェルマンはとても驚いたが、それ以上に自分だけ名前を呼ばれなかったことに、少なからずガッカリしていた。
もちろん、他の二人はショックを隠せないようだった。
特に、これまで何が起きても、余裕タップリの態度で対処して来た雪子の表情が、かつて見たことが無い程に、恐怖に歪んでいたのが印象的だった。
「ああ、申し訳無い。私の千里眼は国内の過去・現在・未来のみに有効に働くので…自己紹介が遅れました。私は、かみつみやのうまやどのとよとみみのみこと。どうぞ厩戸とお呼び下さい。」
「はじめまして。私はサン・ジェルマン伯爵と申します。」
「はじめまして。御明察の通り、私は藤原貞子です。」
「はじめまして。真田雪子です。厩戸様、それでしたら、私どもの用向きも、もうご存じですね?」
「もちろんですとも。」
彼はそう言うと、傍らに置いてあった金色の軸に巻かれた巻物を差し出した。
「あなた方は、コチラをご所望でしょう?」
「ありがとうございます。それは未来記ですね?」
そう尋ねたのは貞子だった。
「そうです。その中でもコレは、京都の下鴨神社に先祖代々仕える、あなた方藤原家専用にしたためたモノです。」
つまり未来記は、コレ一つだけではないらしい。
「では、それを頂くのと引き換えに、どうかコチラの玉をお納め下さい。」
彼女はそう言うと、例の巨像の左眼の玉を差し出した。
「ありがとう。コレ、欲しかったのですよ。この世の本当の姿形を表す玉。異国に有るとは聞いていましたが、なかなか出かけることが叶わなくて…。」
厩戸は無邪気そうに笑った。
それは、初めて彼が6歳の少年に見えた瞬間だった。




