① アクシデント
サン・ジェルマンの青年編スタートです。
その日、藤原貞子は、偶然ソレを目撃してしまった。
見慣れない服装の二人組の男たちが、母屋の隣の土蔵から、古い木箱を持ち出すところを。
彼女はたまたま忘れ物を取りに、勝手口から最近お世話になっている祖母宅の庭に入ったところだった。
時刻は深夜23時を何時か過ぎたころだ。
そこは、今住み込みで働いている、下賀茂神社からほど近い場所だったので、まさかそんな物騒なことが起きるなんて、これまで想像したことも無かった。
しかし、見てしまったモノは仕方がない。
二人の男たちと戦うような度胸はないので、跡をつけることにした。
彼女が物陰に隠れると、二人組は今使った勝手口からコッソリ出て行った。
彼女も少し離れて、後からついて行く。
彼女は神社の雇われ巫女だったので、まだその衣装のままだった。
だから月明りの中、派手な紅白の色が目立たないようにするのに腐心した。
片や彼らは黒ずくめだった。
その上、随分風変わりな衣装だった。
ひょっとしたら異国の忍者たちかもしれない、と彼女は思った。
二人は揃いの羽織と細身の袴らしきモノを身に着けていて、おまけに頭の帽子から足元の履物まで黒かった。
それに深夜だと言うのに、黒い眼鏡までかけていたのだった。
やがて彼らは、彼女が出発した神社までやって来た。
そして無礼なことに、二人して鳥居の真ん中をくぐって行ったのだ。
なんてことを!と彼女が憤慨していると、鳥居をくぐったとたんに、フッと二人は消えてしまったのだった。
これが世に言う鳥居の神隠しか?
慌てて追いかける貞子。
草履を履いた右足を、おずおずと鳥居の真ん中真下に差し入れると、足の先が見えなくなった。そしてアッと驚く間もなく、彼女はそのまま、真っ黒な空間に引きずり込まれてしまったのである。
それは、寛政8年。西暦なら1796年2月3日23時23分23秒。
彼女がまだ、数えで17歳だったころの話である。




