第一話:誕生
宮内 弘毅は明朝、走る車に突っ込み自殺した。彼は車に吹き飛ばされ、アスファルトの上を転がりった。体の至る所から血が流れだし、骨もいくつか折れていた。少年を轢いた車は、すぐにその場から走りさっていった。
普通ならば、『こうして彼の17年間の人生は終わった』となるのだが、そうはならなかった。心臓は止まっているし、血も致死量に達している。なのに生きていたからだ。歪んだ足を、折れまがった手を使い、少年はアスファルトの上に立った。
「……何これ?」
少年は交差点のミラーに映った自分の姿を見て驚いた。腕も足も、あり得ない方向に曲がっていて、血みどろになった自分の姿がそこにあったからだ。だが、そんな状態にも関わらず、少年は痛みを感じていなかった。
「生きてる? いや、それとも幽霊になったのか……」
彼は今の状況を把握しようといろいろと考えていたが納得のいく答えが出るわけがない。なぜなら、理解できるはずがないからだ。死んでいるはずなのに生きているなどということを。
「やぁ、宮内くん。迎えに来たよ」
不意にそれは現れた。少年は頭上を見上げる。そこには、黒い羽根を羽ばたかせ、宙に浮いている人がいた。それは、少年のイメージ通りの『死神』だった。大きな鎌を持ち、黒い羽根を羽ばたかせている。
「……あれ? 何で死んでないの? えっ? えっ? えええええええええええええ!!!」
死神は少年を見ると、みるみる内に表情が変わっていった。笑顔から驚愕へと。
「あの、俺はいったい?」
少年は少し戸惑いながらも問いかける。
「……君は人間だよね?」
少年はうなずく。
「なんで生きてんの?」
「俺が訊きたいです」
「だよなぁ。俺が分かってないのに君が理解できてるはずもないよなぁ」
「ところであなたはいったい?」
「あぁ、俺はまぁ、あれさ。君たちがいう死神ってやつかな。地獄への案内人みたいなもんだよ」
「俺の想像通りの死神の姿で驚きました」
「まぁ、俺らの姿は見る人によって変わるしね。この前なんか真性のオタクとあってさ、そいつは俺の姿がなんかのアニメのキャラクターに似ているとかいって歓喜してたよ。ていうか、君はたいして驚いてないように見えるんだけど」
「そうですか? で、俺って生きてるんですか?」
「うん、いま軽く流したね、『そうですか?』って。俺の姿を見て驚くのを見るのがこの仕事の楽しみの一つだったのに」
「質問に答えてください。俺は生きているんですか?」
「まぁ、そうだね。」
「なんで死神のあなたが俺を迎えに来たんですか?」
「君が死んだからだね」
「俺は生きてるんですか? 死んでるんですか?」
「生きてるし、死んでる」
「意味が分りません」
「俺にもさっぱり分らないさ……」
死神はお手上げのポーズをとりながらいった。
「……なんてこったい。どうやら、あちらさんまで来ちゃったよ」
死神は上空を指さした。
「えっ?」
少年はその指の指す方向を向いた。そこには、白い羽根を羽ばたかせた『天使』の姿が見えた。その姿も、少年の想像通りの天使の姿だった。みるみる内に近づいて、少年の近くまで来た。
「おはよう、宮内くん。君を迎えに……って、何で生きてんの? 何で死んでないの? 何で死神がここにいるの? えええええええええええええええええええええ!!!」
「天使もこんな風に叫ぶんですね」
「天使は、君らが思っているような奴らじゃないよ」
(神様。悪魔と天使が俺の目の前に居ます。俺はどうしたらいいんでしょうか? 俺はいったいどうなっているのでしょうか?)
少年は神に祈った。しかし、神様にも分からないことはある。神にも天使にも、死神でさえも理解できない存在に少年はなってしまっていた。
明朝の、まだ薄暗い時間。その交差点の光景は妙なものであった。黒い翼に大きな鎌を持った黒ずくめの男と、白い翼に長剣を携えた白ずくめの男。そして、なにより妙なのは、腕が折れ、足が折れ、肋骨が折れ、大量出血しているのにかかわらず、生きている少年だろう。
「おい死神。これはいったいどういうことだ?」
平静を取り戻した天使は、死神に尋ねた。
「こっちが訊きたいぐらいだ。生きながらにして死んでいるとしか表現のしようがないだろう。現に俺らが出動してるし、こいつには俺らの姿が見えてるんだし」
「だよなぁ。そうとしか考えられないよなぁ」
天使と悪魔が話しあっている光景を不思議そうに少年は見ていた。
「天使と死神って仲いいんですね。もっと中の悪いものだと思ってました」
「まぁ、別に敵対する理由ないし」
死神が答える。
「不思議だなぁ」
「「お前が言うな!」」
天使と死神は仲がいいらしい。息の合ったツッコミだ。
「僕はいったいどうしたらいいんでしょうか? いつまでもここに居るわけにはいかないだろうし……」
そう言いながら少年は周りを見渡す。その交差点には血の海ができていた。もうそろそろ日が昇る。この光景を見られてしまったら、いろいろと面倒が起きるだろう。
「あぁ、そうだな。その前に、お前の骨を直してやろう。その姿は見れたもんじゃない」
そう死神が言った。少年は、何か魔法みたいなものを使うのかと内心期待していたが、違った。死神は、少年の手を掴むと折れまがっている部分を力ずくで直した。
「……痛くないのか?」
「まったく」
そう少年が答えると、死神はちょっと残念そうな顔をした。数分で、死神は少年の骨を外見上は普通に見えるように整えた。
「よし。これで見かけは普通の人間らしくなったな」
「魔法みたいのはつかえないんですか?」
「あぁ、使えるには使えるが、お前には効かないみたいだな」
少年は再度思う。
(俺っていったい何なんだ?)
しかし、その疑問に答えられる者はいない。
「とりあえず、場所を変えよう」
「そうだな」
そう言うと、天使は少年を抱え、宙を飛んだ。
「何処へ行くんですか?」
微かな期待を胸に少年は問う。
「君の部屋」
その答えに少年は残念そうな顔をした。
「家には母がいますよ?」
「君の母さんにはちょっと遠出してもらおう」
「えっ? どうやって?」
「君が事故にあったとでも言えば大慌てで行くだろう」
「……最低」
「お前が言うな。最低の親不孝者。親より先に死ぬ奴があるか」
死神のセリフに、少年は、何も言えない。
読んで下さりありがとうございます。未熟者ながらも頑張っていこうと思います。更新は不定期になりますが、完結はどんな形であれしようと思っています。どのくらい続くかは分かりませんが、最後までお付き合いいただけたら嬉しい限りです。