受験
※本作品は、日本航空123便墜落事故を元にしたファクション作品です。登場人物の名前は全て仮名であり、実際の人物にあった出来事とは異なるストーリーで構成しています。
遺体安置所にて美羽家は、父さんの5本の歯しか見つかっておらず、これまでに見た事のない暗闇を見ることになったのだが、父さんの応援を無駄にしたくないという気持ちと、父さんに安心して成仏してもらおうと気持ちから、美羽家の望夢は、蒼彩高校へ入学する為の、受験勉強に励む事になる。様々な困難を乗り越えながら、父さんからのラストメッセージが応援になり、懸命に受験勉強に取り組んでいく。その結果はいかに。
そして美羽家の家族は、これからどう生きて行けばいいか、どんな思いで生きて行けばいいか、分からなかったが、美羽機長の息子である望夢は、父さんの応援を無駄にしたくないという思いと、父さんが安心して成仏できるようにという思いから、これからも受験勉強に励んでいく事にした。
受験まであと一年半くらいだろうか。予備校にも通い始め、これから一年半のスケジュールを立てていく。
お風呂や食事の時以外は、勉強に打ち込めるだけの力が欲しいのだが、人よりも頑張ろうとする事は、容易な事ではなかった。
努力には少しコツがいる。その努力を楽しむための努力もしなければならない。
しかし、無理をし過ぎるのは禁物だ。一気に上に上がろうとすると、まるでストールする飛行機のように、揚力を失って、頑張る力を失ってしまうのだ。
しかし、望夢の燃える心はそんな事を考えておらず、一日8時間以上、常に自分が出せる限界の力を使って、受験勉強に取り組んでいた。
予備校で配られた教科書を一枚一枚めくっていく。
父がパイロットだった影響で、英語は得意だったが、先生には、テストで苦手だった科目を、克服できるようにとアドバイスされた。
テストでは、常に平均よりも上の点数は取っており、勉強はできる方だったが、目標の蒼彩高校には、偏差値を50から70まで上げる必要があり、かなり気合を入れていかないと難しい状況だった。
それでも、妹の望愛や母さんは、望夢の受験勉強を応援していて、そのことを馬鹿にする者はいなかった。
あと一年半だからと言い聞かせ、他の誰とも遊びには行かなかったのだが、そんな時に、お友達の信之介だけは、受験勉強に励んでいる望夢を見離さないでいてくれて、果物を家に届けてくれたこともあった。
信之介は、中学に入ってからの友達だが、信之介は中学の頃からあまりクラスに馴染めない様子で、昼休みの時間の時も、誰かと遊んだりする事も無く、教室で一人過ごしていた。
そんな様子の信之介に、望夢は声を掛け、ちゃんとクラスに馴染めているかを信之介に尋ねた。
しかし信之介は、あまり馴染めていないと答えたので、望夢は信之介をキャッチボールに誘う事にした。
それが二人の関係が深まったきっかけだった。
望夢は信之介に対し、クラスに馴染めなかったり、困った事があったら話してくれと伝えており、楽しい事だけではなく、辛い事も沢山共有出来る仲だった。
だから、一緒に遊べなくなっても、僕を見捨てないでいてくれるのだろう。
学校でも、信之介が望夢の話を聞き、応援の言葉を掛けてくれていた。
「どう?勉強の調子は。勉強をやっていて辛かったりしない?」と信之介が裕太に問いかける。
それに対し望夢は「確かに限界の力を使って頑張るのは大変だけど、事故の直前に父さんが、望夢ならできるって言ってくれたんだ。だから絶望なんてしていない。きっと僕ならできるって思ってるよ」と前向きな言葉を信之介に伝えた。
そんな望夢に対し信之介は「望夢は、すごく前向きなんだね。でも、あんまり無理すんなよ。人生は、戻れない道を進んでいっているようなものだとして、急いで走っていれば、道に落ちている大切なものも、見逃してしまうかもしれない。だから、時々手を抜く事も忘れないでね」と望夢を心配している様子だった。
それでも望夢は「心配すんなよ、僕にとっては、走っている時が大切な時間だから、今はこのままで良いんだって、自分が自分に言っているような気がする」と、心配などいらない様子だった。
すると信之介は「分かった!じゃあ頑張ってね、何かあったら電話でも教えてくれ」と応援の言葉を掛け、その会話は終わった。
その応援の甲斐もあってか、成績は少しずつ上がっていき、学校のクラスでも、尊敬される存在になっていた。
しかし、そんな順調な状況の中にも、困難が立ちはだかる。
母さんが階段から降りる時に、足を骨折してしまい、一カ月近く、入院する事になったのだ。
望夢が病院に駆けつけると、そこには足を包帯で巻かれた母さんの姿があり「母さん足大丈夫?今どんな感じ?」と母さんの事を心配した。
すると母さんは「足を骨折しただけだから大丈夫よ。今は特に痛みもない。回復したら、また元の生活に戻れるって先生言ってたから大丈夫。受験で大変な時に心配かけてごめんね」と望夢伝えた。
その様子に望夢は安心して「それならよかった。家の事は僕と望愛でやるから、心配しないで」と母さんに伝えた。
しかし母さんは「本当に二人だけで大丈夫なの?食事や洗濯の事も、二人だけでできる?」と二人の事を心配した。
それでも望夢は「大丈夫だよ、予想外の事は沢山起こるのに、心配事は大抵起こらないものさ、家事は、望愛が母さんの事をよく手伝いしてたから、ちゃんとできると思う。こういういざという時に、日頃の行いがものを言うっていう事なんだね」と母さんに伝え、その言葉に母さんも安心した。
すると母さんが、この病院で、望夢と望愛が生まれた時の話をし始めた。
「この病院に入院するのは、望夢と望愛が生まれた時以来でね、あの時は父さんも母さんも、大喜びだったのを今も覚えているよ。そして望夢には、希望と夢を持って生きてほしいという願いを込めて、望愛には、希望を持ち、人を愛せるような人間になれるよう願いを込めて、その名前を付けた。ここにいると、その時の事を思い出すね」
そんな母さんの、心温まる思い出話に望夢が「母さんが亡くなる時も、その時の同じような感じになると良いね」と言うと、母さんは「え?」と返事を返した。
それに対し望夢は「だから、母さんが亡くなる時、母さんが笑っていて、僕等が泣いているみたいな感じになれば良いなっていう事」と優しい言葉を母さんに掛けた。
すると母さんは、望夢の言葉に笑顔になって「そんな風に考えてくれてありがとう。確かに、人生笑って終われたら良いよね」と返事を返した。
そして望夢は「それじゃあもう行くね、家の事は大丈夫だから、何かあったら家に電話して」と母さんに伝え、その日は病院を去り、家に戻った。
その後母さんは、自分の骨が折れても、望夢の心が折れないようにと、病院のベッドで祈っていた。
心優しい望愛は、お兄ちゃんは受験勉強で忙しいから、家事は私がやるよと言ってくれた。
それでも妹の事が心配だったので、望夢は望愛と二人で、家事をやる事にした。
そして兄妹二人でご飯を作り、それを二人で一緒に食べる事は、とても楽しくて、美味しかった。
そして二人でご飯を食べている途中、望愛がこのような事をつぶやいた。
「でもさ、母さんが家からいなくなるなんて考えられなかったよね。大切なものは失ってから気付くって言うけど、母さんがいなくなって、本当に寂しいよ」
そんな望愛の言葉に望夢は「確かに、失ってから気付くものってあるよね。ただ、母さんは失ってから気付くような存在じゃない。大切なものは、失う前から大切だって気付いてるから。ただ人間は、大切なものが突然失われる事を想定していない。ただそれだけなんだ」と望愛に伝えた。
すると、その言葉に望愛も共感した様子で「確かに、母さんは失う前から大切だって気付いてるからね、お兄ちゃんの言う通りだよ」と言ってくれた。
そして望夢が、更に付け加える形で望愛にこう伝える。
「そして望愛の事も、その大切な人の中の一人だからね、今だって、望愛がいなかったら僕は一人ぼっちで、家事も一人でやらないといけなかった。だから二人でこんな事ができて僕は嬉しいよ。これからも、母さんと望愛のために頑張らないとね」
そんな家族愛溢れる望夢の言葉に、望愛は涙ぐんで「何だか私達って夫婦みたい。私も母さんと、望夢のために頑張るよ」と言ってくれた。
そして3週間後、母さんも退院し、また三人での生活が戻った。
勉強の息抜きに、二人で作ったご飯を信之介の家にお裾分けに行く事にした。
いつも、自分を理解してくれて、果物を家に届けてくれたお礼だ。
信之介は「持って来てくれた肉じゃが美味しかったぞ!」と言って、喜んでいた。
このまま、受験合格までいってほしい。誰もがそう思っていたのだが、受験まであと一年を切った頃、望夢の様子に異変が起こった。
家族の家族の二人から見ても、何だか元気がなくなった様子で、朝も起きにくい様子だった。
母さんは、受験勉強を頑張り過ぎて、疲れているのではないかと思い、望夢を病院へと連れて行った。
すると病院では、うつ病と、自律神経が乱れているのではないかと伝えられたのだ。
母さんは、とても心配していたが、望夢は、まだ冷静だった。
受験勉強はまだまだやれてるし、最後の一年だから、このままでも大丈夫だろうと考えていたのだ。
しかし、その考えが甘かった。
まるで飛行機の機体がストールするように、朝は毎日起きれず、学校の授業の時にも、ずっと憂鬱な気分が続いていたのだ。
学校の授業の内容もろくに入ってこず、何をしても楽しと感じる事ができず、どんな意思力をもってしても、精神をコントロールする事ができない状態に陥っていたのだ。
すぐに病院から抗うつ剤を貰い、朝散歩や運動といった生活指導も行われた。
しかし、自律神経が乱れていて、朝起きるのが大変な状態なため、朝起きて散歩に行くというのは、とても大変な重労働だった。
そして勉強の合間に、疲れない程度のジョギングに出掛ける。
その治療を、約3か月続けると効果が出てくるそうで、それまでは、学校に行くのも、自分の体調の事も考えたペースで行く事にした。
そして、学校にあまり行かなくなったことを心配した信之介からの電話が入る。
「最近学校に来なくなったから心配してるんだけど、何かあったのかな?」と信之介が望夢を心配する。
それに対し望夢は「どうやら君が言っていた事が正しかったみたい。あんまり無理しすぎて、体調がおかしくなった。だから学校には、時々しか行けてない」と信之介に伝えた。
これまで前向きな言葉を家族や信之介に伝えていた望夢が一変して、この時相当な追い詰められた状況だったことが分かる。
それを聞いた信之介は驚いて「おいおい、あんなに前向きだったのに、急にどうしたんだ」と問いかけた。
その問いかけに対し望夢は「僕も、急にこんな事になるなんて、思わなかったんだ。だけど、これ以上今のままのペースで勉強を続けるのは危険かなと思ってるよ」と伝えた。
そんな様子の望夢を心配した信之介は「あんまり無責任な事は言えないけど、勉強が辛いなら、やめても良いんだぞ。諦める事と挫折する事は違うから、今の状況で勉強をやめても、君は諦めたんじゃなく、挫折しただけだ」と伝えた。
その言葉に対し望夢は「分かったよ、ありがとう。でも、勉強はこのまま続けようと思う。事故の直前に父さんが言ってたんだ。最後まで投げ出さずに、戦い抜いてほしいって。だから、勉強のペースを落として、このまま投げ出さずに続けて行こうと思う」と伝えた。
そして信之介が「分かったよ、じゃあ無理だけはしないで、自分を労わってあげてね」と優しい言葉を掛け、そこで電話は終わった。
そしてその後、123便墜落事故の事故調査委員会の関係者から、美羽家に電話があり、123便に緊急事態が起こり、墜落するまでのボイスレコーダーを入手したので、それを遺族である美羽家の家族の方にも、聴いてほしいという連絡だった。
母さんは、機長の妻として、そして家族として、その時の声を聴いておきたいという思いから、その方を家に呼ぶ事にした。
そしてその方を家に呼ぶと、123便墜落事故の原因について、家族3人の前で説明された。
事故の原因は、事故が起こる7年前に、その飛行機が尻もち事故を起こしており、尻もち事故とはその名の通り、飛行機が着陸する際に、機首が通常よりも上がった状態で着陸してしまったため、飛行機のお尻の部分が、滑走路に擦ってしまったという事故だ。
その時に、飛行機のお尻の部分に亀裂が入ってしまったため、航空機メーカーが修理を行ったのだが、その際の修理ミスにより、飛行中に後部圧力隔壁が破壊され、そこから客室内の空気が一気に流れ出し、垂直尾翼が破壊されたというのだ。
そしてその垂直尾翼に、飛行機を操縦するのに欠かせない4つの油圧のパイプ管が集中していたため、垂直尾翼が破壊されたのと同時に油圧も失われ、操縦不能な状態に陥り、墜落したと伝えられた。
「そのことを教えて頂き、本当にありがとうございます」と母さんはその方に伝えた。
そしていよいよ、ボイスレコーダーのテープが手渡され、それを再生機で再生する。
再生のボタンを押すと、そこには父さんの声があった。
「父さんの声だね」と母さんが言うと、32分にわたり、その格闘の姿が再生された。
美羽家にとってその姿は、どんなに秀逸なフィクションよりも、心に重くのしかかるように感じた。
そして最期の瞬間がくる。
機長「パワー!パワー!フラップ!」
副操縦士「あげてます!」
機長「ストールするぞ!」
機長「頭上げろ!頭上げろ!パワー」
警報音「PULL UP」
機長「もーだめだ!」(衝撃音)
それはあの時の言葉通り、最後の最後まで決して諦めず、機体を生還させようとする父さんの姿だった。
「おかえりなさい、あなた、おかえりなさい」と母さんがつぶやく。
そしてその後に「美羽君、家族の元へ帰ってきましたよ、届けましたよ」とその方がつぶやいた。
父さんの最後の言葉が、家族三人の心に刻み込まれ、美羽家はこの時、父さんからのラストメッセージを受け取った。
「このボイスレコーダーを届けてくれてありがとうございます。この声を一生心に残しておきます」と望夢はその方に伝えた。
それと同時に望夢は、父さんがこれだけの想いを残してくれたのなら、生きている自分がいる限り、どれだけもうだめだと思っても、まだまだやれるような気がしていたのだ。
「ありがとう父さん、もうだめだと思っても、最後まで手を尽くすから、父さんが安心して成仏できるように、まだまだ頑張れるから」
一家の主の声と、その事故の原因や状況を聞く事ができた事で、これまで家族の心に重くのしかかっていたものが軽くなり、望夢の受験に対する気持ちも、前向きなものになったのだ。
そしてそのボイスレコーダーは、テレビでも放送される事になったのだが、パイロット達の勇敢な姿は多くの人々に賞賛され、生存者の証言から、機内の壮絶な状況が語られており、そんな状況の中で、524人もの人が戦っていたのだと思うと、誰もが心を痛めた事であろう。
そして受験まで、約半年というところで、予備校で模擬試験が行われる事になった。
病気の影響で、あまり勉強ができていなかったので、自信がなかったが、母さんや、望愛の応援と、あのボイスレコーダーが心の応援になり、前を向いて受ける事ができた。
しかし、その結果はE判定だった。
予備校からも、このままの勉強のペースでは、蒼彩高校に進学する事は難しく、勉強量を増やしていかないと難しいと言われた。
しかし、まだ病気が完全に完解している状態ではなく、勉強量を増やす事や、学校に行く事さえ難しい状況だったので、蒼彩高校への進学を断念せざるを得なかったのだ。
「これはだめかも分からんね」というボイスレコーダーで聴いた父さんの言葉が、今の自分にはふさわしい言葉であるかのように思えた。
それでも父さんは、最後まで投げ出す事なく、一人でも多くの人を生還させようと必死だったのだ。
だから自分も、蒼彩高校への進学が、難しい状況だと分かっていても、最後まで投げださず、進学を諦めない事にした。
そして事故が起こる直前に父さんが言っていた「決して最後まで投げ出さず、戦い抜いてほしい。望夢ならきっとできる。たとえ諦めそうになっても、自分の努力を裏切るなよ」という言葉を思い出し、自分なら合格できると信じていた。
「合格できないと、父さんが安心して成仏できない」
あの事故で、自分の夢を諦めたくなくても、死を受け入れた人がいるのに、生きている自分が自ら諦めを選ぶなんてあるものか。
「どーんと行こうや!頑張れ頑張れ!」という父さんの言葉が、頭に思い浮かぶ。
しかし、目標の学校への進学が難しい状況になったため、まるで飛行機が揚力を失うように、少しずつ、勉強も頑張れなくなっていった。
「あーだめだ、終わった」という、機体がストールした時の父さんの言葉が、またしても思い浮かぶ。
望夢の心は失速警報を鳴らしていた。
病院では「精神がアンコントローラブルです」などといった事を望夢は口走っていた。
もはや、精神が操縦不能な状態に陥っていたのだろうか。
そしてその病院で、薬を変更したりもしたのだが、これがこの時の望夢にとって、最後の希望だったことであろう。
それでも最後まで、決して諦める事なく、自分の出来る範囲の事を懸命にやり尽くした。
薬以外にも、朝散歩や、ジョギングなどの運動をしていたため、これから病気が回復する見込みが立っている。
家族全員で、受験の合格祈願を神社にお祈りした。
そして月日が経ち、受験当日の日がくる。
そこでも「どーんと行こうや!頑張れ頑張れ!」という父さんの言葉が頭に浮かぶ。
そして受験会場に到着し、席に着いた。いよいよ本番だ。
そして試験が始まると、これまでに勉強してきた事を思い出し、周りの音が聞こえなくなるほど集中して、懸命に取り組んだ。
自分が出せる全ての力を出し切り、その日の試験は終わった。
しかし勉強時間が足りていなかったのか、中々問題が解けなかったと望夢は家族に語った。
それでも母さんは「ここまで来たら、結果はどうであれ、信じ抜く事だけだ。望夢は私と一緒に信じていてくれればいい」と望夢に伝え、最後まで信じ抜く事の大切さを伝えていた。
そこから合格発表の日まで、眠れない日々が続いた。毎晩布団に入る度に、神様どうか、助けて下さい。と神頼みをしていた。
そこから月日が経ち、合格発表の日が来る。
現場には、母さんと向かったのだが、雲一つない青空と、道路の脇に咲いた桜の木が、今の望夢の気分にはもったいないと感じるほどだった。
自信がなくて、合格発表の掲示板など見たくもなく、ずっと下を向いていたが「頭上げろ!」という父さんの言葉が聞こえてくる。
その言葉が、望夢にとっての、最後の応援であるように感じた。
そして恐る恐る、合格発表の掲示板に目を向け、自分の番号をが書かれているかを確かめる。
しかし、望夢の番号は書かれておらず、結果は不合格だった。
「もーだめだ!」という父さんの最期の言葉が、今の望夢にとってふさわしい言葉であるように感じた。
無情にも、コントロールの利かない精神を懸命に操縦しながら受験勉強に取り組んだ努力は報われなかった。
周りでは、合格が告げられ、大喜びの親子を複数見たのだが「どうだった?」と後ろから尋ねる母さんに望夢は何も答えず、その場を逃れるように、一人で家に戻った。
それでも、あの時の父さんと同じように、やれることは全部やったけど報われなかったのだ。
家に帰ると母さんは「病気を乗り越えながらも、望夢はよく頑張った。病気を治す事にも、受験勉強にも、私が怪我をした時にも、家事を頑張ってくれて、望愛の事も守ってくれた。単に駄目だったのと、自分にできる事をやり尽くして駄目だったのとでは違う。だから望夢は負けてなんかいない。むしろ勝ったんだよ」と望夢に伝えた。
しかし望夢はこれまでに押し殺してきた感情が爆発する。
「うるせぇ!うるせぇ!」と叫びならが、近くにあった椅子を二つ倒し、机に手を置いて、強くこう語る。
「これがこの世界の罠なんだ!俺の人生はあの123便の機体みたいに、上がったり下がったり上下運動を繰り返しながら、最後には必ず墜落する運命をたどっているんだ。だから父さんも僕も、どんなに頑張ってもその努力が報われず、最後には必ず墜落する運命をたどっているんだ!」と望夢は、これまでに見せた事のない怒号を家族にぶつけた。
これまでに見せる事がなかった望夢の姿に、母さんはとても驚いた様子だった。
「絶対そんな事ない!」そこに妹の望愛がやってきて、望夢にそう声を掛けた。
「絶対そんな事ない。あの時父さんが、最後まで戦ってくれた事で、4人の生存者を出す事ができた。すぐに墜落してもおかしくない状況で、最後まで戦ってくれた事で、二次被害も出す事なく、4人の生存者を出す事ができた。だからお兄ちゃんも、今は報われなくても、最後には必ず報われる時がくるから。勝手な事言わないで」
望愛がそんな言葉を掛けると、望夢は「確かにそうの通りだ」と言い返し、そのまま部屋に戻った。
そしてベッドに横たわると、自分にできる事はやり尽くしたけど、だめだったよ……。これであの時の父さんと、今も遠くで戦っている父さんと、少しでも同じ気持ちになれただろうか。といったような事を考えながら眠りに就いた。
読んで頂き、本当にありがとうございます。
520人の命と、4人の生存者、そして遺族の方々と、関係者の方々の犠牲や尽力があった事を元に、こちらの【ラストメッセージ】を届ける事ができたという事を忘れないで下さい。
どうかよろしくお願い致します。