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遺体との対面

※本作品は、日本航空123便墜落事故を元にしたファクション作品です。登場人物の名前は全て仮名であり、実際の人物にあった出来事とは異なるストーリーで構成しています。


3000人を超える遺族が集められた遺体安置所の中で、遺族達が、その遺体と対面する事となるのだが、その中には、まだ6歳である、泰地家のゆうちゃんが、一人旅に出ていた幸大の遺体と対面する事になる。その後、勝山家の裕太が、激しく揺れる機体の中で書いた、衝撃のラストメッセージが、美愛(みあ)という異性の友達に届く事になる。

 そして墜落から数日が経った頃、ついに現場まで来てくださいと、泰地家の母親に電話が入ったので、幸大の物が入った鞄を持ち、ゆうちゃんと一緒に、車で現場へと向かった。


 しかしたどり着いた先は、遺体安置所だった。


3000人を超える遺族達が、この場所に集められ、メガホンで一人一人、亡くなった人の家族の名前が呼ばれる。その名前が呼ばれたら、その家族は亡くなったという知らせだ。


「幸大は生きてる。幸大は生きてる」


 そう心の中で唱え続けていたが、ついにその名前が呼ばれてしまう事となる。


「泰地幸大さんのご家族の方。泰地幸大さんのご家族の方、いらっしゃいましたら、入口まで来てください」


その言葉を聞いた時、母親は全身の血液が鉛に変異したかのように、全身の力が抜けた。

それでも、ゆうちゃんが隣にいたので、涙を流す事なく、入口まで向かった。


案内され、中へ入ると、そこには、多くの棺が並んでおり、大切な人を失った事で、悲しみに暮れる遺族の人達の、泣き声や、叫び声が聞こえていた。


亡くなった人が旅立った先は、空よりも高く、遺族が流した、涙の一粒一粒は、あの海よりも深くて広い感情が込められているのだ。


幸大はどうなっているのか、そしてこれからの事を、隣にいる娘にどう説明しようか、母親は不安でたまらなかった。


幸大の棺はどれか、名前の入った棺を一つ一つ見ていく。


そして、泰地幸大という、名前が入った棺を見つけた。


恐る恐る棺の中を覗くと、そこには包帯でぐるぐる巻きにされ、遺体となった幸大の姿があった。

母親はあまりのショックに体から崩れ落ちた。


「怖かったろう、怖かったね、辛かったね。お疲れ様。幸大」


あの時、事故現場で、ここを乗り越えれば、ママに会えると信じていた幸大でしたが、ようやくママに会う事ができました。


「どうしたの?」とゆうちゃんが尋ねる。


「ここにお兄ちゃんがいるの」と伝えると、まだ幸大が亡くなった事を知らないゆうちゃんは、とても嬉しそうだった。


「お兄ちゃんおかえり、ゆうちゃん迎えに来たよ。ずっと帰りを待ってたんだ。お兄ちゃんが好きな飴ちゃん持ってきたよ。一緒に食べようよ」


ゆうちゃんが棺に向かってそう喋りかけると「お兄ちゃんはね、今も空を飛んでるの。だからね、これからずっとゆうちゃんの事を見守ってくれるの」と母親がゆうちゃんに伝える。


ゆうちゃんはその頃、周りの人の会話や言動を見て、幸大が亡くなった事を察していたのかもしれない。


ゆうちゃんが恐る恐る棺の中を覗く。そしてついに、遺体となった幸大と対面する。


「お兄ちゃん……」


あまりの惨状に言葉を失ったかのように思えた。


「ごめんねゆうちゃん、ママ、お兄ちゃんの事を守ってあげられなかったんだ」と、ゆうちゃんに申し訳ない気持ちを言葉にした。


するとゆうちゃんが「でも、ママのせいじゃないよ」と慰めの言葉を掛ける。


そしてゆうちゃんが、喧嘩したまま生き別れになった幸大への、仲直りの言葉を掛け始めた。


「あの、私あの時、少し言い過ぎたかなと思ってて、お兄ちゃんにいなくなってほしいなんて言ったの、あれ嘘だから、本当にごめんなさい」


これで、事故の事を通し、幸大とゆうちゃんは、仲直りする事ができました。過去の過ちを反省し、人はまた前を向く。そんなメッセージを私達に伝えてくれているように感じました。


「ゆうちゃんは優しいね。もう十分立派に育ってくれたよ。きっと空で戦っているこうちゃんにも届いているよ」と母親がゆうちゃんを励ます。


「うん!私もお兄ちゃんとママのために戦う!そして空を飛ぶ飛行機になって、お兄ちゃんに会いに行くよ!」


そんな力強い言葉の後に、二人は泣きながら抱き合った。


「こうちゃんが、頑張れって言ってくれてる。僕の分まで頑張ってねってゆうちゃんに言ってくれてるよ」と母親がゆうちゃんに声を掛け、この会話はここで終わった。


そして幸大の隣に座っていた美雨も助からなかった。すると、一人の女性が泰地家の母親の元に声を掛けてきた。


「泰地幸大君のお母様でしょうか?」と聞かれたので泰地家の母親は「はいそうです」と答えた。


するとその女性が泰地家の母親に対し、伝えたかった事を伝え始める。


「私、仁支川(にしかわ)と申しますが、お宅の幸大君と、隣に座っていた美雨という名前の私の娘が、手を繋いだまま息を引き取っていたみたいで、きっと二人とも、息を引き取る最後の最後まで、諦めずに生きようと、最大限の努力を尽くしていたはずです。励まし合っていたはずです。本当に一緒にいてくれてありがとうございます。その事をお伝えしたくて、声を掛けさせてもらいました」


 その言葉を聞いた泰地家の母親は、心が優しくなり、これから一生背負っていかなくてはならないだろう重荷が、少し軽くなったような気がしたのだ。


「こちらこそ、本当にありがとうございます」と言って、泰地家の母親は涙を流した。


そして仁支川家の母親にこう伝える。


「なんか、人間って、自分と同じような思いは周りの人達にしてほしくないんだけど、自分と同じような思いを抱えている人に救われる事がある。そしてどんなに一人で抱え込んでも、自分と同じような思いを抱えた人が、世界のどこかには必ずいる。人間ってそういうものなのかなって思えてきて」


その言葉を聞いた仁支川家の母親は、更に寄り添う言葉を泰地家の母親に掛ける。


「泰地さん、どうか悲しみを一人で抱え込まないで下さい。この悲しみは、一生抱えて行かないといけない事なのかもしれない。だけどその背負っているものは、決して重荷なんかじゃなくて、私達の、子供達の事だから、その事は忘れずに歩んで行きましょう」


そんな仁支川家の母親の言葉に、泰地家の母親は救われた。

辛い時に、誰かの言葉に救われる事があります。

誰かの想いに救われる事があります。

何をいうかより、誰が言うかが大事なら、あなたにしか伝えられない言葉があります。

そして事故からの想いは時をこえて、今私たちの元へ届けられています。


 そして母親二人は、美雨の遺体が入った棺の前に行き、泰地家の母親が美雨への言葉を述べ始めた。


「美雨ちゃん、うちの幸大と一緒にいてくれて、本当にありがとう。怖かったね、辛かったね。本当にお疲れ様」


そしてその言葉が必ず美雨の元へ届くよう祈り、母親二人は棺に向かって手を合わせた。


 そして母親二人は、その後も手紙でのやりとりで、多くの言葉を交わしていた。数十通にも渡る手紙でのやり取りの中に、このような内容の手紙があった。


「仁支川さんこんにちは。やはりあれからも、自分の子供を一人であの飛行機の乗せてしまった罪悪感でずっと苦しんでいます。どんなに考えても、どんな考えを手に入れても、その罪悪感からは逃れる事ができない。私が幸大をあの飛行機に乗せた事で、どんなに怖い思いをしたのだろうかと想像するだけで絶望的な気持ちになり、空港で幸大は、一人で飛行機に乗る事に不安そうな様子も見せていたんですが、その時に私が『大丈夫大丈夫』と声を掛けたのにも関わらずこのような結果になってしまい、その事を幸大は許してくれているのだろうかと、とても不安な気持ちになります。仁支川さんは今、どのような気持ちで過ごされていますでしょうか。私に寄り添える事があれば、同じ遺族として、できる事を尽くさせて頂きます。どうかご自愛ください」といったような、自分の子供を一人であの飛行機に乗せてしまった事に対する罪悪感を伝えているような内容の手紙を、泰地家の母親が、仁支川家の母親へ送った。


その手紙に対し、仁支川家の母親はこのように返事を返した。


「泰地さんこんにちは。お手紙ありがとうございます。事故の遺族として、私も泰地さんと同じような気持ちを抱えて生きています。自分の子供を、あの飛行機に乗せてしまった責任から逃れる事ができず、自分が殺してしまったのだと、責め立てる事もあります。死にたいと思っても、死ねるものではない。初めてお会いした時は、前向きな言葉を掛けていましたが、事故の事を思い出しては、落ち込んでばかりです。ただ、そんな時こそ、こうして遺族同士で言葉を交わす事で、心を癒す事ができます。まずはその事に感謝の言葉をお送りできればと思います。泰地さん、本当にありがとうございます。どうかご自愛ください」といったような、遺族同士でしか、交わす事のできない気持ちが綴られているような手紙の内容で、母親二人は事故後も、言葉を交わし続けるのであった。


 そして、勝山家の父親と裕太も救出されなかった。


あの時詩音が見たものは、夢ではなく現実だったのだ。


しかし生存者である家族二人の隣に座っていた事もあり、父親の遺体と裕太の遺体は原形をとどめた比較的奇麗な状態で発見されていた。


 そしてその頃、裕太からの連絡が途絶えた事を心配していた美愛だったが、裕太があの時、123便の客室で書いた遺書である手紙が発見された事で、その手紙の宛先である美愛の元へ電話が届いたのだ。


電話では、裕太さんからの手紙が届いていますので、出来れば現場まで来てくださいと伝えられた。


123便の機体が無惨な姿で墜落していたのを、テレビのニュースで観ていて、羽田からの飛行機で帰ると言っていたので、嫌な予感はしていたのだが、まさかあの飛行機に裕太が乗っていたとは、あまりの衝撃にパニックになって、居ても立っても居られなかった。  

  

 美愛は、財布と、食べ物と、飲み物だけを持ち、電車とバスで、現場へと向かった。


本当にニュースに出ていたあの飛行機に裕太が乗っていたなんて、どうか嘘であってほしいと心から願い、どうか生きていてほしいと、心の中で唱え続ける。


きっと裕太は、こんなに良い友達を持って、喜んでいるだろう。もしくは、こんなに良い友達と、もう会えなくなって、悲しんでいるのかもしれない。


 事故が起こる前の春、美愛と裕太は同じクラスになり、美愛が裕太と同じ野球部に入部した事で、二人の関係が深まった。


美愛は、元から野球を観戦するのが好きであった事と、初めてバッティングセンターに行った事で野球をやりたいと思うようになり、野球部に入ったのだが、全くの素人であった美愛は、他の生徒に全くついていけない様子だった。


そのため、全体練習には参加せず、端の方で素振りや球拾いをしており、試合の時も、バッターボックスに立たせてもらえるのは一試合に一回ほどで、それ以外は、応援と球拾いをしていた。


そんな様子の美愛に「打ち方を教えてやるから、この後一緒に練習しよう」と声を掛けたのが、裕太だった。


美愛は、裕太がそんな風に声を掛けてくれて本当に嬉しかった。


すると美愛は「一緒に練習してくれるの?本当にありがとう!でも私、野球をやった事はこれまであんまりなくて、私にヒットなんて打てるのかなって思ってるんだよね」と声を掛けてくれた喜びと、野球に対する不安を打ち明けた。


それに対し裕太は「それは君が、ちゃんと練習に打ち込めるかどうかにかかっていると思う。本番では誰もが本気になるけど、練習で本気になれる人間はそうはいない。だから本気で練習できるかどうかは君が決めたらいいよ」と美愛に伝え、その答えに美愛はこれから本気で練習していこうと決めた。


 一本でも良いから試合でヒットを打つことを目標に、部活が終わった後も、二人は練習をし続けた。


しかし、裕太が軽く投げたボールをバットに当てる事さえ、美愛は困難を極めた。そこで裕太が美愛に気合を入れる言葉を掛ける。


「試合ではもっと速い球が飛んでくるから、そんなにボールを怖がっちゃだめだ!しっかり足を踏み込んでボールと向き合って!」


そんな裕太の言葉に美愛は「はい!」と元気よく答え、バットにボールを当てる事に必死になっていた。


しかし、バットにボールを当てる事ができない。


 そこで、棒の上にボールを乗せ、止まっているボールを打つ練習から始める事にした。

止まっているボールを打つことで、ボールをバットに当てる感覚を掴んでいくのだ。


それが終わったら、再び裕太が投げるボールを打つ練習に戻る。それの繰り返しだ。


全体練習の合間や、部活後の時間を使って、裕太もその練習に付き合った。


美愛も、そんな裕太の応援に応えるべく、部活以外の時もバッティングセンターに通い、練習に努めていた。


 その練習の甲斐もあってか、練習を始めてから3週間くらいが経った頃、ようやく裕太の投げるボールがバットに当たり始めた。


裕太もそんな様子の美愛に「しっかりとボールを捉えられるようになって、すごく上達してるよ!」と声を掛けた。


そして裕太が次のボールを投げたその時だった。美愛が打ったボールはバットの芯を捉え、レフト方向へ大きな当たりを放った。


その当たりに美愛は「やったー!」と喜びをあらわにし、裕太も「今のはレフトフライってところだろうけど、こんな感じで打ち返せればヒットは必ず出るから、頑張ろう!」と美愛を励ました。


 しかし2カ月ほど経っても、目標である試合でのヒットは出ず、美愛は落ち込んだ様子でベンチに座っていた。すると裕太が隣に座り、話をし始めた。


「どうかな練習は?野球をやる事をちゃんと楽しめてる?」と裕太は美愛に問いかけた。


すると美愛は「野球の楽しさは知ってるんだけど、なかなか試合でヒットを打つ事ができない事に落ち込んでるかな」と心境を語ってくれた。


それに対し裕太は「失敗は成功の元と言うけれど、失敗を成功の元にするには、途方もない時間と労力を必要とする。それ以外の失敗は、ただの挫折の元に過ぎない。だから、諦めずに続けるのも辛い部分があるだろうな」と自分の考えを伝えた。


その考えに対し美愛は「失敗は挫折の元っていう事か。確かに、失敗して夢を諦めないといけない事だってあるよね。そんな人もいる中で、私が野球を続けられるのは幸せな事なのか。それなのに、何となく心が痛いよ」と返事を返した。


すると裕太は「美愛はきっとできるよ。練習の時にも、あれだけ大きな当たりが出ていれば、試合でも必ずヒットが打てる。これまで一緒に練習してきた仲間がいるんだから、諦めないでくれ」と美愛を励ました。


その励ましに美愛は「分かった!裕太が練習に付き合ってくれたから、その応援に応えられるように、諦めずに頑張らないとね!」と前向きになった様子で、その会話は終わった。


 そしてそこから一カ月が経ち、夏休みに入った頃の事だった。


その日の野球部では、一週間ぶりに試合が開催されており、練習の成果を見せるべく、選手達は熱くなっていた。裕太と美愛は同じチームで、先発は裕太が勤める事になり、試合が開始された。


 そしてマウンドに立った裕太は、3回までにヒットを二本打たれるも、無失点とまずまずの調子だった。


 しかし4回の裏、相手チームの攻撃で、フォアボールからの送りバントで1アウト2塁とチャンスを作ると、高めに甘く入ったボールを捉えられ、これが2ランホームランとなった。


 2対0となり、ここから裕太と美愛のチームは反撃に出たいところだが、6回の表にチームメンバーが2ベースヒットを放つと、次のバッターがゴロを打ち、実質送りバントで1アウト三塁とチャンスを作った。


 そして次のバッターがセンターへと強い当たりを放つと、それが犠牲フライとなり、これで2対1となった。


 しかし、8回の裏まで続投となった裕太は、ノーアウトからヒットで出塁を許すと、そこから連打で二塁三塁となり、ピンチとなった。


 その後連続三振で2アウトにするも、次のバッターにヒットを打たれ、二塁ランナーも生還し、これで4対1となった。


 そして次のバッターをレフトフライに打ち取り、3アウトになるも、裕太は悔しそうな表情でマウンドを降りた。


 そして9回の表、もう後がない裕太と美愛のチームは、この回で3点を返す必要があったのだが、一人目のバッターが三振、二人目のバッタ―はライトフライで、一気に2アウトとなってしまった。


 そして次のバッターは裕太。裕太はこの試合でまだヒットが出ていない。


このままノーヒットで試合を終わらせたくない。そんな気持ちでバッターボックスに立った裕太だったが、相手ピッチャーが投じた初球だった。


低めのボールを上手く打ち、ライトの右へと長打を放った。そして裕太は一気に三塁へと進み、2アウト三塁と、得点のチャンスを作った。  


ここで繋ぐ事ができれば、チームを勝利へ導く希望が見える。


しかし、打たなければチームの負けが決まってしまう状況だったが、ここで監督はなんと、代打に美愛を起用した。

監督は、裕太と美愛が二人で練習している姿を見て、美愛がここでヒットを打ち、裕太を生還させる姿を見ておきたかったのだ。


しかし、相手ピッチャーは100キロを超えるボールを軽々と投げる選手。打ち返すのは、そう簡単ではないはずだ。


 バッターボックスに立った美愛は、鋭い眼光で相手ピッチャーを見つめていた。


そして相手ピッチャーが投げた一球目は、100キロを超える真っすぐをド真ん中に投げ込んできたのだが、そのボールを美愛は初球から打ちにいき、フルスイングで空振りした。


次のボールはストレートが左に外れ、ボール。


そして相手ピッチャーが投じた3球目だった。


低めのカーブを上手くバットに当て、左方向に転がるボールを打った。


それを見た裕太は「走れ!」と叫び、ホームベースへ全力で走った。


すると美愛が打ったボールは見事に三遊間を抜けるヒットとなり、これで試合でヒットを打つという目標を達成する事ができたのと同時に、その目標を達成するための練習相手であった裕太を生還させるという奇跡が生まれたのだ。


その事に裕太と美愛は大喜びで、他のチームメイトも喜んでいた。


しかし、次のバッターが内野フライでアウトになった事で、試合には負けてしまい、その試合後に二人が喜んでいた事で、負け試合で喜ぶなと監督には怒られたが、二人の心は喜びに満ちていた。


そして美愛がベンチに座っていると「ほら、君がヒットを打った記念のボールだ」と裕太が言いながらそのボールを投げ渡し、隣に座った。そして夕日を眺めながら、二人は喜びを分かちあった。


「お世辞にも、良い当たりとは言えなかったけど、本当によくやったな」と裕太が美愛を賞賛する。


すると美愛は「いやいや、裕太のお陰だよ。裕太の協力がなかったらヒットを打つことなんてできなかった。だから裕太のお陰だよ」と裕太に感謝の言葉を伝えた。


それに対し裕太は「美愛のためにできる事がやれたんだったら、嬉しいな。また何かできる事があったら甘えるつもりで言ってくれ」と温かい言葉を美愛に掛けた。


すると美愛が、裕太に対する想いを話し始める。


「裕太、本当にありがとうね。私のために頑張ってくれて、私を成功へと導いてくれた。裕太となら、これから何があっても乗り越えられる気がする。これからもよろしくね」と裕太に伝えた。


すると裕太は、美愛の肩に手を当てて、そっけなく「よろしく」と伝え、その会話は終わった。


 そしてそこから二週間くらい経って、緊急事態が起こった。夏の暑さもあってか、裕太が部活の途中に熱中症で倒れ、病院へと運ばれたのだ。


その場に居合わせていた美愛は、他の部員と一緒に涼しい場所に移動させる。

保冷剤で、両側の首筋や脇、足の付け根を冷やす。といった処置を行い、その後裕太は先生の車で病院へと運ばれた。


 適切な処置が行われた事もあってか、病院の先生には、特に後遺症も残る事はなく、安静にしていればよくなりますと言われ、病院のベッドで横になっていたのだが、そんな裕太の元へ、真っ先に駆けつけたのが美愛だった。


美愛は裕太が運ばれた病院を聞いた後に部活を抜け出し、自転車で病院へと駆け付けたのだが、裕太はその事を嬉しく思い、病院の先生に言われた事を美愛にも伝えた事で、美愛もほっとした様子だった。


「みんなに心配かけたくなかったし、自分だけ休むのも申し訳なかったから、ちょっと無理をしたな。かえって心配かける落ちになって申し訳ない」と裕太は美愛に伝えた。


すると美愛は「疲れた時は、休んでも大丈夫。休んでいる時は、私も傍にいるから。困っている人を助けられる人は、困った時に助けてもらえるものだよ」と裕太に温かい言葉を掛けた。


そんな事もあり、裕太と美愛の絆はさらに深まり、これから色んな事を経験し、色んな事を乗り越えて行く事を二人は想像していたのだ。


 しかしその直後に事故は起こったのだった。


 そして美愛は、裕太との思い出を回想しながら電車とバスで数十分かけて、現場へと到着した。


 入口で案内され、中に入っていくのだが、一歩一歩進んでいく自分の足が、これまでにないほど重く感じた。


そして並んでいる棺の中に、裕太の名前が書いてある棺があった。


もう裕太の死を受け入れるしかないと悟り、恐る恐る棺の中を覗く。


そこには、遺体となった裕太の姿があり、美愛は嗚咽した。


 そしてその涙が止まる頃、美愛さんに、裕太さんが123便の機体の中で書いたとされる手紙が届いています。と言われ、その手紙を受け取った。


更に涙が溢れそうになりながら、折りたたまれた手紙を開き、その内容を読む。揺れる飛行機の中で書かれていた為、かなり荒れた字だった。


「美愛へ、好きだ。僕が君の元へ帰れたら、付き合ってほしい。どんなに遠く離れていても、君を幸せにしたい。どうか生きて帰れますように。どうか神様助けて下さい」


 その手紙を呼んだ時、美愛は更に涙が溢れだし、嗚咽した。美愛はこの時、裕太からのラストメッセージを受け取った。


 そしてその手紙を持ったまま、棺の中の片腕を握り、目を瞑って裕太からの告白の瞬間を思い浮かべる。


「ただいま美愛、もう二度と帰れないかと思ったけど、君の元へ帰る事ができた。素晴らしいものだね、失われたものを取り戻せた時の喜びは」


「おかえり裕太、最初は近くにいても、心は離れていたけど、今は遠くにいても、心は近くにある。だからもう遠くへ行かないで」


すると裕太が、美愛への想いを語り始める。


「美愛、本当に偉そうな事ばかり、君に言ったりしてごめんな。君は本当に、僕が練習の時にどんなに厳しい言葉を掛けても、一切投げ出す事なく練習をやり遂げてくれた。だからあの時、ヒットを打つ事ができた。僕は、美愛が必ずヒットを打つ事ができるって信じていたんだ。だからこれからも、そんな美愛の姿を見ていたい。たとえ誰かができないと言っても、僕は美愛ならできると信じている。そしてその努力が報われなくても、その過程には人の心を動かす力があるんだ。そして美愛は、人を愛し、人のために行動できる心を持っている。僕が倒れて病院に運ばれても、美愛は一番に僕の元に駆けつけて、労わりの言葉を掛けてくれた。そんな美愛とこれからもずっと一緒にいたい」


そんな美愛への想いを熱く語ると、裕太は美愛に片手を差し出し、こう言った。


「僕は美愛の事が好きだ。僕と付き合おう。これからもずっと一緒にいて下さい」


そんな裕太の告白の言葉に、美愛は喜びで胸がいっぱいになった。


そして美愛が裕太の手を握ると、その空想はそこで終わってしまい、目を開けると、遺体となった裕太の片腕が目の前にあった。


「よろしくね……これからよろしくね、裕太……」


そう伝えると、裕太の冷えた手が、熱くなったように感じた。     

きっと美愛の想いが、戦っている裕太に伝わったのだ。


美愛は、裕太と付き合いたかった。そして、もっと一緒にいたかった。

もし、もう会えなくても、あの時からの戦いが終わり、安らかに眠れるように祈っている。


美愛は、裕太からの手紙を大切に保管し、一生大事にしていく事にした。

そして裕太は、今も美愛の幸せを願っていて、ずっと美愛の心の中で生き続けている。


 多くの遺体が、原形をとどめておらず、腕や足だけといった部分遺体で見つかるのだが、それすらも見つからず、大切な人の行方が分からない遺族もいる。


そして一人一人、名前を呼ばれては、その遺体と対面するのだ。520人の犠牲者の遺族が、この様な経験をするのだと思うと、誰もが心を痛める事であろう。


 そして深夜になると、機長の家族である美羽家が、父さんの遺体と対面する事になる。家族はこの時、これまでに見た事のない暗闇を感じた。


父さんの名前が書いてある棺の前に家族は立ち、母さんは「遺体を探して下さり、ありがとうございます」と職員の人に伝えた。


 その棺のふたが開けられると、父さんの遺体は、5本の歯しか見つかっておらず、棺の中に、その父さんの姿があった。暗闇を照らす星になった父さんの姿だ。


今は墜落現場に向かう事もできないので、これだけしか見つからなかったのは残念だったが、まだそれすらも見つかっていない乗客の事を思うと、機長の妻である美羽家の母さんは、申し訳なく思った。


「あの時、父さんと一緒に食事したのが最後になるなんて。きっと父さんなら、あの時の言葉通り、最後の最後まで決して諦めずに、機体を生還させようとしていたと思う」そう望夢が伝えると、母さんも「飛行機事故が起こったら、原因は何であれキャプテンの責任だと言っていたからね、望夢の言う通り、機体を生還させようと、最大限の努力を尽くしていたと思う。その事はみんなで心に刻んでいきましょ」と家族に伝えた。


すると望夢は「あの時、父さんとの最後の食事に、二人で父さんの好きな食べ物を作ってくれてありがとう。最後に好きな食べ物を食べさせてあげる事ができて良かったよ」と二人に伝え、その言葉を受け取った二人は、少しだけ表情が良くなった。


 妹の望愛は、父さんの最後の姿を残しておきたいという想いから、父さんの最後の姿を写真に撮っておくことにした。


 そして美羽家の家族全員で、職員の方と棺を重そうに運んだ後に見送った。


繋いだ手は、どんなに冷えていても、熱いままで、棺の中の部分遺体は、どんなに小さく軽いものでも、重たく運んであげよう。そんな気持ちを込めて、父さんの最期を見送った美羽家だった。


 その後、生存者である勝山家の母親と詩音、寺田功を含む4人の生存者達は、病院で3か月ほど、手厚い治療を受ける事となったのだが、その時、裕太が機内で家族宛に書いていた手紙が、勝山家の詩音と母親がいる病室に届けられる事になったのだ。


 袋に入った手紙を取り出し、その手紙の内容を二人で読む。


「家族のみんなへ、この手紙を読んでくれているという事が、生き延びてくれていたんだね、頑張ってくれてありがとう。詩音、空港では大丈夫だと声を掛けたのに、こんな事になってごめん、どうかこんな無責任な兄を許して下さい。みんな元気で暮らして下さい。さようなら」といった内容だった。


その手紙の内容に、詩音と母親は涙を流し、母親は「裕太、私たちの事を思って、書いてくれてありがとう。これから裕太とお父さんの分まで生きて行くからね」とその手紙に向けて声を掛けた。


勝山家はその時、裕太からのラストメッセージを受け取った。


 そして、裕太が友達宛に書いた手紙も、学校のクラスメイトに届けられる事になった。


裕太の机の上には花瓶が置いてあり、あの事故で裕太が亡くなった事を知ったクラスメイトはひどく心が痛んだ。


 朝の会が始まった時、担任の先生がその手紙の内容を読み上げる。


「3年A組のみんな、今まで僕の事を明るく迎えてくれてありがとう。最高のクラスメイトだった。野球部の事もよろしく頼む、さようなら」といった内容だった。


その手紙の内容に涙を流している生徒もおり、担任の先生は「学校のクラスメイトがこのような形で亡くなる事は誰も想像がつかなかった事だと思いますが、僕等だって、周りの大切な人だって、いつ亡くなるかは分からない。だから、僕等が生きている事、周りのみんなが生きている事は、当たり前の事じゃないんです。だからせめて、裕太君の死を無駄にしない為にも、人を愛して、今を大切に生きて下さい」と語った。


 そしてその手紙は、学校の物置に大切に保管される事になり、裕太がこの事故で亡くなった事は、学校内でも忘れずに語り継がれる事になったのだ。


 そして、裕太の手紙がクラスメイトに届けられたことが、電話で詩音と母親にも知らされ、それを聞いた二人はほっとした。


 しかし詩音はその時、墜落時の事が記憶フラッシュバックし、夜も眠りにくい状態になっていた。

あの時の記憶が夢にまで出てくるので、おばあちゃんのぬいぐるみを抱いて寝る事で、自分の気持ちを労わっていた。


「おばあちゃんは私の事を忘れたよ。思い出したくても、思い出せないんだね。それなのに私は、事故の時の記憶を忘れたくても忘れられないんだね」


そんな言葉を詩音が口にすると、母親が静かに労わりの言葉を掛ける。


「この前、訪問看護の人と電話で話した時、詩音が貰ったぬいぐるみがどこに行ったのかを、おばあちゃんが探していたって言っててね、きっと、詩音の事を忘れてしまっても、大切な事を思い出そうとしてくれていたんだよ。詩音が救出された瞬間がテレビに放送された時も、おばあちゃんはそれを見て泣いていたみたいでね、みんな、詩音の事を愛してくれていたんだよ」


そんな母親の優しい言葉に、詩音はまた涙が溢れた。


 おばあちゃんが流していた涙の正体が何なのか、そしておばあちゃんは、本当に孫の顔を忘れてしまったのか、その真相は本人にしか分からないが、それでもおばあちゃんの心の奥底には、孫との思い出が眠っているのかもしれない。

そしておばあちゃんがくれたぬいぐるみが、詩音の心に労わりを与え続けていた。


 そして事故から3か月後、詩音と、母親と、寺田功を含む4人は、病院で手厚い治療を受け、退院する事になった。


そして詩音のフラッシュバックと、寺田のうつ病は、別の病院での治療もこれから受ける事になり、寺田のうつ病も、完解すればまた復職できるとの事だった。

読んで頂き、本当にありがとうございます。

520人の命と、4人の生存者、そして遺族の方々と、関係者の方々の犠牲や尽力があった事を元に、こちらの【ラストメッセージ】を届ける事ができたという事を忘れないで下さい。

どうかよろしくお願い致します。

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