緊急事態発生
※本作品は、日本航空123便墜落事故を元にしたファクション作品です。登場人物の名前は全て仮名であり、実際の人物にあった出来事とは異なるストーリーで構成しています。
これから123便に搭乗する乗客乗員が、これまでとは少し違った姿を見せ始める。
そして美羽家の父がキャプテンを務め、操縦する123便は、安定して飛行するのに欠かせない、垂直尾翼の6割を失ったのと同時に、機体を操縦するのに欠かせない、油圧も失ってしまう。
これまでに想定されていない緊急事態の中、パイロット達はどのようにして戦うのか。
【ラストメッセージ~想いは時を超えて~】
あの事故があって以来、8月12日になると毎年、群馬県の上野村では、犠牲者への祈りを捧げるための灯篭流しが行われる。これから日が暮れようとしている中、遺族らが川に向かって手を合わせていた。
その中に、この事故の遺族である望夢と、その妹である望愛、そして母さんが灯篭流しをしている姿があった。
三人が灯篭を川に流し、手を合わせた後に、母さんは「ここまでちゃんと生きて来れましたよ」と流れていく灯篭に向かって伝え、その言葉に他の二人は静かに頷いた。
そして流れていく灯篭を見送った後に母さんが「それじゃあ帰ろうか」と二人に伝えると、望夢は「うん」と穏やかな表情で頷き、三人は灯篭流しを終えた。
そして帰る途中、その川を橋の上から眺めていた時、南西に吹いていた風に揺られる水面に、あの時の父さんの戦う姿が映し出された様に見えた。たとえ風に吹かれようと、希望を映し出しているかのように。
それを目にした時望夢は、橋の上から大きく体を乗り出し「頑張れーーーー!」と叫び声をあげた。
会いたい、頑張れ、もうだめだ、絶望という言葉が、これほど重く心に響く瞬間を彼は知らなかった。
1985年8月12日の事だった。一家の主がパイロットの機長を務めている美羽家では、息子である14歳の望夢が、目標である蒼彩高校に入学するための受験勉強に夢中になっていた。
父さんと母さん、そして望夢と、その妹である12歳の望愛の四人家族だ。
飛行機に対する憧れもあった望夢にとって、父さんは憧れの存在であり、父さんも、望夢の受験勉強に応援を注いでいた。
その日の父さんは、テレビで中継されている、プロ野球の試合を観戦していたのだが、父さんが応援しているチームは、0対10で負けており、絶望的な状況から、最終回を迎える事になった。
それでも父さんは、チームに対しての応援をやめる事はなく「頑張れ頑張れ」とテレビに向かって、応援の言葉を掛けていた。
すると、父さんが応援していたチームが、最終回の2アウトからホームランを放ち、その事に父さんは大喜びだった。
その勢いだったのか、一緒に勉強しながら観戦していた望夢に対し「飛行機事故が起こったら、原因は何であれ、キャプテンの責任だから、何があっても決して諦めずに、飛行機を生還させるよう尽力しないといけない。だから望夢も、決して最後まで投げ出さず、戦い抜いてほしい。望夢ならきっとできる。たとえ諦めそうになっても、自分の努力を裏切るなよ」という言葉を掛けた。
父さんの突然の情熱的な言葉に、母さんと昼ごはんの準備をしていた望愛は「父さん急にどうしたの?」と笑った表情で問いかけた。
望夢は、その父さんのその言葉に対し、絶対に叶えられるよう、最大限の努力を尽くすと誓うのだった。
そしてその日の昼食は、父さんの大好きな、鶏のから揚げや、カレーライスだった。
父さんは、作ってくれた母さんと望愛に対し「今日の昼ごはんは豪勢だね。二人とも作ってくれてありがとう」といったような、普段は照れくさくて、あまり家族に言わないような言葉を掛けていたのだ。
そんな父さんに対して、母さんは少し困惑した様子だったが「今日の昼ごはんは父さんの好きな食べ物で、望愛も手伝ってくれたからね」と母さんは父さんに伝えた。
そして食べている途中、望夢が父さんにこう問いかける。
「でも父さんはさ、もし自分の乗っている飛行機が本当に事故に遭ったら、その時はどんな気持ちで、その飛行機を操縦する事になるんだろう」
その望夢の問いに対し、父さんの考えはすでにまとまっている感じだった。
「それはね、乗員乗客を生還させるため、一つでも打てる手はないかと考える、そして自分なら生還させられると信じる。絶対に投げ出さない。それだけだね」
その父さんの真っすぐな答えに対し望夢は「やっぱり諦めない事が一番大事なんだね」と返事を返した。
すると望愛が、これまでに疑問に思っていた事を問いかける。
「でもさあ、人生において、諦めない事って本当に正しい事なのかなって思ったりもするんだよね。だって、人っていろんな事を諦めて生きてるんでしょ。例えば産まれた環境だったり、産まれ持ったもの、子供の頃の夢とか、いろんな事を諦めて人って生きて来てるんだよね。そしてその諦めた事が、成長するとそれで良かったんだって思えたり、だから人生において諦めないって本当に正しい事なのかなって思っちゃうの」
そんな望愛の疑問に対し、父さんはこう答える。
「諦めるっていう事と、投げ出すっていう事は違うと思うんだよ。どうしても諦めたい時や、諦めないといけない時は、それは潔く諦めるしかない。でも、本当に諦めてはいけない時に諦めたら、それは投げだしたっていう事になるからね。だから二人には、たとえ諦めても、投げ出さない人間になってほしいんだ」
その父さんの答えに、望愛は少し納得した様子で「確かに、その考えなら私もすっきりするかも。お兄ちゃんも受験勉強頑張ってるところだし、投げ出さない人間にならないとね」と望夢に伝えた。
そんな望愛の言葉に対し望夢は「分かったよ、頑張るよ」と返事を返した。
今日も、家族団らんの一日で、これから父さんは夕方のフライトに向けて出掛けるのだが、玄関を出た先で、父さんは家族みんなに「行ってきます」の言葉を最後に伝え、家族は父さんに「行ってらっしゃい」の言葉を最後に伝え、父さんは車に乗り、空港へと出掛けた。
その日、父さんが操縦する123便は、747型機、いわゆるジャンボジェットだ。
航空業界に革命をもたらしたとも言われるその傑作機は、世界で最も安全な飛行機としても知られている。その日も、これから飛び立つ飛行機の安全性を誰もが信じていたに違いない。
そしてその飛行機に、乗客として搭乗する予定で空港で待機していた勝山家は、大阪の実家への里帰りと、認知症を患い、入院しているおばあちゃんに会いに行く予定だった。
父と母、そして兄である17歳の裕太と、その妹である14歳の詩音の四人で、暮らしている。
しかし、認知症を患い、入院している勝山家のおばあちゃんは、孫の顔も忘れてしまっていたのだ。
それを母親が詩音に伝えると、おばあちゃんから貰ったぬいぐるみを持って行く事にした。
そのぬいぐるみを持って行けば、きっと思い出してくれると思ったのだ。
これから飛行機に乗るところだが、初めて飛行機に乗る詩音は、飛行機に乗る事に対して少し心配そうだった。
そんな詩音に対し裕太は「飛行機は、世界一安全な乗り物なんだから、大丈夫だよ。きっと安全に目的地まで届けてくれる。どうしても怖かったら、すぐお兄ちゃんに声を掛けるんだよ」と声を掛けた。
しかし臆病な詩音は「そういってくれてありがとう。でも、これから本当に事故に遭ったりしたらどうするの?」と裕太に問いかけた。
すると裕太は「その時は、生き延びるために、自分にできる事を精一杯尽くすだけだよ。そして周りの人達を励ますんだ。言葉ってすごい力があるだろ。例えば辛い時に、周りにいる人が掛けてくれた言葉で救われたり、だから、例え自分が死んで、周りの人達が生き延びたとしても、その人の心に焼き付いて消えないような言葉を残す事ができたらって思う」
その裕太の答えに対して詩音は「例えばどんな言葉?」と更に問いかける。
「それは分からないけど、例えば、頑張れとか、諦めないで、みたいな言葉って、何もない時にその言葉を掛けるより、事故や災害で、絶体絶命の時にその言葉を掛けた方がそれっぽくなるだろ。だから、普段僕等が使っている言葉は、本当に追い詰められたときにこそ、輝きを持って相手の心に届けられると思うんだ」
そんな事を熱弁する裕太に対し、詩音はあまり興味がなさそうに「ふーん」と適当な返事を返し、この会話はここで終わった。
その他には、泰地家の幸大という名前の10歳の男の子が、一人旅プランを利用し、この飛行機に乗る予定になっている。
泰地家は幸大の他に、妹である6さいのゆうちゃんと、母親との三人暮らしだ。
幸大は飛行機に対する憧れがあり、パイロットになる事を夢見ていたので、この日を楽しみにしていたのだが、空港では母親に「抱っこして」とお願いしたり、普段は見せない母親に甘える姿があった。
一人で飛行機に乗るのは初めてであるため、不安なのだろうと母親は思い、戸惑う事なく幸大を抱っこして「大丈夫大丈夫」と落ち着かせた。
そして幸大には、もう一つ心に引っかかる事があった。それはこの日の前日、幸大は、妹であるゆうちゃんと喧嘩をしたまま、まだ仲直りができていなかったのだ。
その喧嘩の内容は、幸大がリビングで勉強をしていた時の事だった。
見たいテレビがあったので、外から帰ってきたゆうちゃんが、幸大が勉強している横でテレビを見始めたのだ。
それに対し幸大は、勉強に集中できないのでテレビを消すように伝えたが、ゆうちゃんはその事を聞き入れる事ができず、そこから喧嘩になってしまった。
母親は幸大に対して、別の部屋で勉強をするように勧めたが、エアコンが付いている部屋がこの部屋しかなかったので、その事を聞き入れる事ができず「もうどこかに行ってくれよー」と幸大はゆうちゃんに吐き捨てた。
幸大のそんな言葉にゆうちゃんは「お兄ちゃんがいつも私の事をのけ者にする!お兄ちゃんなんかいなくなっちゃえばいいのに」と言い返した。
それを聞いた母親は「二人ともそんな事言わないで、二人は兄妹なんだから、お互いを傷つけあっちゃ駄目だ」と二人に伝えた。
すると幸大は「先に勉強していたんだから、僕の事を優先してくれよ」と言った後に、机に置いてあったテレビのリモコンを奪い、ゆうちゃんが見ていたテレビを消したのだ。ゆうちゃんはすぐにリモコンを奪い返そうとしたが、幸大がリモコンを片手に持ったままゆうちゃんを押さえつけ、リモコンを奪えないようにした。
するとゆうちゃんは泣き出してしまい「なんで!もう早くどっか行けー!どっかいなくなれー!」と大声で幸大に吐き捨てた。
それを見た母親は、リモコンと幸大が勉強していた教材を奪い「もうそんなに喧嘩するくらいなら、テレビも見なくて良いし、勉強もしなくて良い」と二人に伝え、幸大は勉強ができず、ゆうちゃんは見たかったテレビを見る事ができなかったのだ。
その事が原因で二人の仲が悪くなってしまったので、幸大は空港でもその事を気に掛けていた。
そして幸大は母親から航空会社のスタッフの人に引き渡され、別れをつげた。
ここから乗客達が、123便に搭乗していく。
コックピットには、総飛行12000時間を超える美羽機長と、機長昇格を控え、機長席に座っている副操縦士と、総飛行時間は10000時間近く、そのうちの3800時間は、この時の123便と同じ、747型機で飛行している航空機関士の三人が操縦を担当しており、この三人は、航空業界最高の秀逸なクルーだ。
そしてお盆休みであったため、機内は満席で、乗客乗員含め、524人もの人が搭乗していた。
勝山家の席は、かなり後ろの席だった。飛行機に乗るのが不安だった詩音は、おばあちゃんのぬいぐるみを抱いたまま、席に座っている。
そして泰地家の幸大の席もその近くだった。
その隣の席には、一人の女の子が乗っており、名前はまだ分からない。
「こんにちは」と挨拶を交わし「一人で飛行機に乗るのが不安だったけど、同じような子がいてくれて嬉しいよ」と幸大は隣の女の子に声を掛けたのだが、初対面の人と話すのが得意ではなかった幸大は、それ以上深く話す事はなかった。
そしていよいよ123便は、羽田から大阪に向けて出発する。
午後6時12分に離陸し、その後機内では、子供達にぬいぐるみが配られるなどの機内サービスが始まり、この時の123便の機内は、落ち着いた様子だった。
羽田から、東京湾を抜けた辺りで、右に旋回し、大阪へと機首を向ける。右手には、富士山が窓から眺める事ができ、勝山家の子供達も喜んでいた。
しかしその時、緊急事態は起こった。午後6時24分、ドーン!という爆発音が機内に鳴り響き、機内に煙が舞い始めた。
そしてこの事から、想像を絶する悲劇が、幕を開ける事となる。
その時コックピットでは、この爆発音の原因は何かを突き止めようとしていた。
機長「まずい、なんか爆発したぞ」
機長「スコーク77」
スコーク77とは、航空機に搭載されている、最高度の救難信号だ。
その信号を受信した管制塔は、どのような緊急事態か、コックピットに問い掛けたのだが、それに対するコックピットからの応答がない。
そして客室内では、乗客に酸素マスクが降りてくる。
勝山家の裕太は、空港で言っていた通り「頑張ろうな、お兄ちゃんが一緒に付いてるから大丈夫だよ」と励ましの言葉を詩音に掛け、詩音に酸素マスクを付ける手助けをした。
その頃父親は、家族だけではなく、周りの乗客に対しても目を配り、酸素マスクを付ける手助けをしていた。
泰地家の幸大も、勇気を出して、隣の女の子に酸素マスクを差し出す。すると間もなく、客室乗務員からのアナウンスが機内に流れた。
客室乗務員「酸素マスクを十分お付けになって、バンドは頭にかけて下さい。乗務員は酸素ボトルの用意をお願いします」と客室内に、機内アナウンスで伝えられた。
コックピットの機長は、羽田空港へ戻るため、高度を22000フィートまで降下するよう管制塔に要請し、操縦桿を握っていた副操縦士は、機首を右に傾けた。
しかしその時、機首が大きく傾き、バンク角(機体の傾き)は、40度近くまで傾いていた。
なぜ、このような事が起こっていたのか。その時123便は、爆発音とともに、機体を安定させるのに欠かせない、垂直尾翼の6割が、破壊されていたのだ。
機体後方に機体の尾部に垂直に取り付けられている垂直尾翼は、機体を左右に安定させる役割を持っており、機体の尾部に、水平に取り付けられた水平尾翼は、機体を上下に安定させる役割を持っている。そしてその垂直尾翼が破壊された。
そして更なる悲劇が123便を襲う。
航空機関士「ハイドロプレッシャーオールロス」
ハイドロとは、油圧の事である。
そして飛行機は、主翼、水平尾翼、垂直尾翼など、機体各部に付いている動翼の全ては、4つの油圧によって操縦室からコントロールできるようになっている。
その4つの油圧のパイプ管が集中するところが垂直尾翼だ。その4つの油圧が垂直尾翼破壊と共に、失われた。
油圧は2つまで失われても、着陸を行う事ができる。しかし、4つの油圧が失われるというのは、想定されていない出来事で、訓練もされていない。
わずかに残った油によって傾きは戻ったのだが、それにより123便は操縦不能な状態に陥っていたのだ。
そしてここから123便は、想像を絶する飛行を始める事になる。
読んで頂き、本当にありがとうございます。
520人の命と、4人の生存者、そして遺族の方々と、関係者の方々の犠牲や尽力があった事を元に、こちらの【ラストメッセージ】を届ける事ができたという事を忘れないで下さい。
どうかよろしくお願い致します。






