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ふにゃふにゃ

作者: しゅうきち

数年前に書いた作品です。

実際にこの作品で木山捷平賞に応募しました。

僕としては長編です




 届けられた郵便物は、予想に反して二つに分けられていた。ズシリと重量感があり、この五月で五十八歳の小山純三は、そのひとつを手で破り開けてみた。入っていたのは、岡山県笠岡市が主催している木山捷平文学選奨の作品集で、その作品集を純三は、五冊、千円分を送って貰うように、郵便為替を担当の生涯学習課宛てに送ったのだ。 木山捷平は、二冊と三冊に分けて送られてきた封筒は、丁寧にしっかりと封がされていた。

 純三の想像として、一冊、二百円だから十ページ位のA四版のタウン誌くらいの大きさを予想していたのだが、実物を見て、厚さと内容の濃さに驚いた。

 全国公募している短編小説の他に、随筆や年齢別の詩、短歌・俳句・川柳もあり、選評も掲載されているため二百ページを超えるのも納得できた。

 純三が何故、この作品集を五冊も買い込んだかというと、彼もこの文学賞に応募すべく、どんな作品が受賞しているか、チェックしようと思ったのだ。

しかし予想外の壮丁に、これはかなりのハイレベルの作品が掲載されている様な気後れがして、読むと自分の作品など書けないだろうと思い、自身の作品を完成してから拝読しようと決めた。

 そもそも、なんで純三がこの文学賞にチャレンジしているのかというと、彼は、三十年以上、趣味で小説というか文章を書いていて、そして地元の紙の同人誌に席があり、数十作品も掲載させて頂いているが、彼自身の作品集を出してはいなかった。

 本をそろそろ出版するにしても、どれも二十枚前後の小品ばかりで、柱になるような作品を書きたいとは思ってはいるが、生来の怠け者の彼は、眼前にニンジンというか目標でもない限りは、またウサギの糞のような小品しか書ける自信がなく、なにか指標になる企画を探していたのだ。

 そんなある日、木山捷平さんの本はどんなのがネットで買えるかと検索していたら、この文学賞を見つけた。応募枚数が五十枚以内と、純三にとってかなりの長編になるが、自身の作品集の目玉とするには、ちょうど良い長さにも思えるのだ。

 さらに審査員が佐伯一麦氏となっていて、電気工をしている頃からの彼の読者である純三は、受賞とまではいかなくても佐伯氏に読んで頂けたら良いな、と思った。 佐伯氏に読んで頂く為には、はじめの(ふる)いというか、本編の他に応募条件にある、一次審査のあらすじを通らねばならず、長年、好き勝手に書き散らしている純三にとって、どう選者の方の興味を引くようなあらすじを書けばよいのか、考え込むと書く気が失せてしまうのだ。

 なにか読者を引きつけるファクターを見つけなきゃと思うが、身辺で印象に残った出来事を、小説仕立てに書いているだけの作品が多い純三にとっては、これというネタは思いつかない。

 パソコンを前に鼻を指で掻いていると、妻が入ってきて、

「なにやってんの」

 横目でパソコンを覗き込もうとする。

「感動巨編を執筆中だぜ。完成したら読ませてやるから、泣いても良いようにタオル用意しとけよ」

「はぁ、――感動きょへんは、嘘っぱちの虚編だよね」

「なんとでも言え」

 純三は、しばらくパソコンの画面を睨んでいたが、キーボードを叩くそぶりは見せなかった。

 やがて彼は、ワードを閉じるとネットを立ち上げる。検索バーに適当な文字を入力し、出てきたアドレスをクリックして見にいくのが、最近の楽しみなのだ。

 この日、純三は、ふにゃふにゃ、というサイトを見つけた。どんな物かと見に行くと、個人のブログらしかった。

 サイトの主は、タロと名乗り六十代の男性で既婚ではあるが、奥さんとはかなり前から別居中で、定年退職後は働きもせず、ふらふらして過ごしているらしい。

 純三は、タロのブログに興味を持ち、挨拶代わりに日記へのコメントを書き込んで、パソコンを閉じた。

 そして、キッチンに向かい、ためてあった豆腐や卵の包装プラスチックを出すと、ハサミで細かく切り始める。 地域のゴミ袋に詰めるにしても、元の形の立体のまま入れるより、出来るだけ平面にして細かく切った方が、より多く入るような気がするのだ。傍目にはバカバカしい作業にも見えるだろうが、純三にはゴミ袋の節約に繋がる、エコロジー作業だと思っている。

包装プラスチックを片付けると、純三はまたパソコン

 

を立ち上げてみた。ネットを開き、先ほどのふにゃふにゃサイトを開いてみると、純三の書き込みにサイト主からコメント返しがあった。

 そこにはコメントへの感謝と質問等があり、純三はタロのメールに挨拶を書き込んだ。

 程なく純三にタロからメールが来て、彼の名前や住んでいる地域なんかが書かれてあった。また趣味は、暇つぶしの野菜作りや散歩であることが記されていた。

 純三は、返信のメールに名前と長野に住んでいることを書き、趣味は小説を書くこととしておいた。

 純三がメールを送信して、直ぐにタロからメールが届いた。

 そこにはメールを貰い、大変喜んでいることと、ラインに切り替えて交流しないかということ、それに伴いタロのラインID、そして純三の書く小説とは、どんな物かという質問が書いてあった。

 純三は、ラインを立ち上げタロIDを表示し、自分の書く小説はわたくし小説といって、自身が体験した事をベースに小説を作っていくのだ、とメッセージを送った。

すると直ぐに既読になり、

――自分の体験を書くって、それは随筆というか生活雑記じゃないんですか。

――随筆じゃないです。体験や思考をそのまま書くのが随筆で、僕が書いてるのは創作が入ります。

――へえ、なんだかよく分からないや。

――ところで、ブログの名前、ふにゃふにゃってどんな意味なんですか。

 こう、純三がメッセージを送ると、

それはね、とタロが打ってきて、要約するとーー。

 六十歳を過ぎて、退職し一応健康ではあるものの、一人いた子供が巣立ってから、離婚してないが妻には逃げられた。

 人は十人十色で、向上心があり絶えず活動して上を目指す生き方もある。けど、自分は与えられた状況の中でのんびり生きているのが性に合っているようだ。芯とか骨のない海藻というか、風になびく葉っぱのような主体性のない生き方。なにをするでもなく、ただのんべんだらりんと、生きている自身を自虐的に表現したと、書いてきた。しかし純三としては、タロのメッセ―ジの最後にちょっと書いてあった、最近、彼自身の朝立ちがしっかり堅くならないところから、発想したのだろうと推理している。

 またタロは、妻に逃げられて寂しさはあるが、それ以上に自由を謳歌している、とも記されていた。これは本心だろうと、純三は感じた。

 純三は、思いがけず友人関係が出来そうな人物に知り合えたことを喜びながら、ネットから落ちて自身の創作に画面を戻す。

 相変わらず、白紙のままのワードの画面には変わりはなく、純三はそれを睨みながら、彼自身の空虚さに、さえ浮かんでしまうのだ。

 純三は、こんな様で五十枚の作品が完成するのかと、不安になりながらワードを閉じて、またタロのふにゃふにゃサイトを開いて、今度はじっくり読んでみた。 すると日記の項目に「生き方考・鴨長明もしくは放哉・山頭火」というタイトルを見つけたので、覗いてみた。

 そこには、こんなことが書いてあった

 僕は、六十歳になり勤めていた会社を退職し、それからは再就職してない。辞めた会社からは嘱託として、しばらく働かないかと言われたが、それも断った。

 というのも、会社の先輩が七十歳まで働き辞めていく時、俺は明日から何をすれば良いのだろう、と言って去って行き、翌年、亡くなってしまったのが忘れられないのだ。

 彼にしてみれば、これといった趣味もなく働くことが生きがいであり、余暇を楽しむなんて気持ちにはなれなかったのだろう。

 働けるうちは働く、そういう気持ちは大切だと思うが、それも程度もので、働くのみの人生じゃ味気ない。要はバランス感覚じゃないだろうか。

 鴨長明は、出世争いに疲れ郊外に庵を造り、山頭火や放哉は俳句などを作りながら旅の中で生涯を閉じる。僕はそんな生き方にあこがれを持つーー。

 純三は、タロは良いこと書くなあと感じ、日記の評価にいいね、を付けた。そして自分の今の立ち位置を顧みる。

 現在、彼は夫婦と高三の娘一人、あと純三自身の母親と暮らしている。一応、親から継いだ畳店を経営しているが、腰のヘルニアの手術をしてからは、再発を恐れて、余程じゃないと畳の仕事は受けてない。

 頭から離れないのは、娘が進学する費用なのだ。東京などに出るか地元に残るか、それによって費用がだいぶ違ってくる。一応はそれように貯金はしているつもりだが、実際に進路が決定しないと、ハッキリしたことは分からない。それに費用の心配といえば、今年九十歳の老母が、どのように衰えていくかも気に掛かる。ピンシャンコロリンで逝ってくれれば、こんなありがたい事はないのだが、希望通りにいかないのが、普通なのは純三も分かっているつもりだ。

 めでたく娘が独り立ちし、母親をおくった時にいくら自由になる金が残っているか。いろんなケースが考えられるが、一生に一度くらいは外国旅行をしてみたいとも思う。

 その連れとなれば先ず妻が考えられる。

そこで、

 

「なあ、いつかさあ夫婦で外国旅行に一度は行こうな」

 こう純三は、そばにいる妻に声をかけると、

「えっ、なに。今いいとこなんだ。今話さなきゃいけないことなのかな」

 スマホでドラマかなにかを見ていて、目を離そうとはしない。

 純三は、無言のまましばらく妻を見つめ、再び頭の中で独り言を言い始める。

 一人で旅をするとなると、外国はハードルが高い気もする。となれば、国内の温泉地巡りとか自家用車をホテル代わりにして、安価に日本一周するのも一興だ。しかし運転は自信がないし事故も怖い。そして宿泊出来る車となると、それなりの装備が必要で、そうなると費用が気になってくるなあ。そうだ、俺が持っている投資信託や株式はどうかな。

 純三は、株価が気になって、日経平均をチェックできるサイトを立ち上げてみる。

 コロナ禍の影響で、一旦落ち込んだ日経平均が持ち直してきて、最近では小幅な値動きが続いている。この日も細かい値動きの範囲で動いている。純三は、日経平均株価に連動して値が動く投資信託の売買で利益を得ようと考えているので、細かいさざ波のような上下では買うタイミングとは思えないのだ。

 現在、彼が所持している投資信託は、日経平均株価に連動する投資信託、逆に日経平均株価の上下とは逆の値動きを見せる投資信託、それと十年以上前から所有している毎月、配分金が入る不動産系の投資信託。この配分金型の投信はかなりの赤字で、配分金が現在、当初の四分の一しか貰えなくなった。

純三としては、配分金が四分の一になるのは想定外だったが、今手放しても損失が確定するだけなので、とりあえずは所有したままだ。いずれにしてもこの先も負債になることは間違いない。

 株式は、地元の企業が値上がっている時に買い、現在はちょっとした赤字の物と、若干の利益が出ている物の二つ。

 いずれにしろパッとした利益は望めそうにない。

 それならいっそ、値が上がりそうな株式で利益を狙うのも方法だと思うが、万が一、予想が外れて値下がりした時を考えると、新たに株式を買うなんて、とても度胸はない。下手をすると、子供の進学費用が足りなくなってしまう。

 どうしたもんかなぁ、そう純三が考え込んでいると、

「ねえ、お昼どうしようか」 妻が声をかけてきた。

「あ、ああ――もうそんな時間か」

 純三は、パソコンの画面隅に表示されているデジタル時計を改めて見る。十一時四十分と表示している。

「たまには、純ちゃんのパスタとか食べてみたいな」

「えっ、俺が作るの」

「そう。たまには楽させてよ」

 妻は、普段見せないような笑顔を見せる。

 分かったよ、と言うと純三は、パソコンの電源を落としキッチンに立った。

 大鍋に十分な水を張り、ガスにかけ塩を一つまみ入れる。未開封の五百グラム入りのパスタを取り出す。目検討で半分くらい袋から出して置く。そして焼酎のペットボトルを持ち上げ、コップに三分の一くらい注いで、麦茶を加えて、ゴクゴクと音が聞こえそうな勢いで一気に飲み干した。

 そういえば、タロのブログには酒の事は書いてなかった気がしたが、実際、タロは酒を飲むのだろうかと思った。山頭火や放哉は、酒が好きでいろいろ失敗をしたらしいが、そこまでとはいかなくても、タロはいける口か下戸なのかと想像した。

 純三自身は、予定がないと陽が高いうちから飲むくらい好きだが、いつかもっと親しくなれば、タロと酒を酌み交わしたいもんだと思った。

 しばらくして、大鍋が沸騰してくると、純三はパスタを両手で持ち、軽く手首をひねり鍋の中央で一気にパスタを離した。すると割と均等にパスタは散らばり、花が綺麗に咲いたようにも見えた。

 純三は、ちょっとニヤリとして、またコップに焼酎と麦茶をを注いで麦茶割を作る。

 何か気の利いたつまみでもあれば良いのだが、あいにくそんな物はなく、純三は菜箸でパスタを揺らしながら、時たま一本だけ取り出し、それを食べて茹で加減をみた。

 自分だけ食べるのなら、辛めのペペロンチーノも面白いところだが、老母や妻も食べるので、ミートソースのレトルトを出してきて、フライパンに上げたパスタにかけてかき混ぜた。

「どうできたかな」

 妻が顔を覗かせそう言い、続けて、

「まあ、美味しそうに出来たじゃん。さすが純ちゃんは料理上手ね。お店でもやれば、繁盛するかもよ」

「おだてたってパスタしか出ないぜ。こんなんただレトルトの、ミートソースをかけただけだよ、あんたのお世辞の方が、よほど上手だよ」

 純三は、ニヤけた笑いを見せ、今度は一人の時に辛口のペペロンチーノかアラビアータを作ろうと決めた。

 その夜、彼はパソコンを立ち上げ、原稿を書こうと画面を見つめてはいるが、いっこうに文字を打ち込む気配はなかった。いつもは書きたいネタが浮かんだら、長さとか締め切りなど気にしないで書き散らかしているので、今回の文学賞は勝手が違いすぎるのだ。

 純三は、しばらく白い画面を見ていたが、深く息をするとネットを開き、タロのブログを見た。

 そこには今日の日付で、ブログに、いいね、を貰ったり、コメントを書き込んでくれる人が現れて嬉しい、と書いてあった。

純三は、ラインでタロに、

――ブログを読ませて貰いました。ブログにコメントを書いた人とって僕のことですか。

 そう書き込み立ち上がった。数分後、トイレから戻ってくると、タロがこんなメッセージを打ち込んでいた。

――そうです。いままで、いいね、を付けてくれることは何回かあったけど、コメントまで書き込みしてくれる人は初めてでした。ブログ書いてる励みになります。ありがとうございます。

――こちらこそ、ありがとうです。自分と同じような年齢で感じ方も似ている人のブログに出会えて、毎日パソコンを見る楽しみが出来ました。 ――そんなことを言っていただけて嬉しいです。

――あの、タロさんは酒は飲みますか。

――お酒ですか。嫌いじゃないんですけどね。放哉や山頭火みたく早死しそうな飲み方はしませんが、人と飲んで朗らかに会話する程度かな。一人じゃ滅多に飲みませんね。

――僕はね、この前かかり付けの病院で、酒飲まないと死にそうな気がするってお医者に言ったら、その医者に、酒飲まないで死ぬんだったら死んでみろって、言われちゃいました。

――なんですかそれ。面白いこと言う医者ですね。

 純三は、この後どんな書き込みをすれば、良いのだろうと数分考えて、 ――あのう、連続してブログを書き続けるコツとかありますか。

――コツですか、

 と一旦、タロは書いてきて、数秒後、

――無理せずに、気の向いた時に書けば良いんじゃないでしょうか。無理して毎日書こうと思わないで、これは書けるかなと感じた時にパソコンに向かえば良い、それが長くブログを続ける秘訣だと思いますねえ。

――気の向いた時に書きたい事を無理せずに打ち込んでいく、なんか良いですねえ。

――どうです、純三さんもブログを始めてみませんか

――僕がですか。そんなに公開したいようなネタもないし。

――ぜひ続けて書く必要はないです。思いついた時にだけ書けば長続きするかも知れませんね。

――そうなんですね。

――自分の行動を書く事で、後で確認したい時なんか便利ですよ。

――へえ……

――そろそろ寝ます。今日は楽しかったです。

――お休みなさい。ありがとうございました。

 純三は、パソコンを閉じて自分もブログに挑戦してみようかなと思った。しかしこれといって書くようなネタも浮かばなかった。そうかといって、フィクションを書いても読んだ人が本当だと思っても困るのだ。

 純三は、就寝前の歯を磨きながらブログになるような事柄を探してみたが、これといっては思い浮かばなかった。彼は寝酒の焼酎を飲もうとキッチンに立った。

 すると、思わず、

 これだ! 

 と声が出て彼は焼酎を飲むのも忘れて、パソコンの電源を入れネットを立ち上げ、数年前にちょっとだけ書いてみた、ブログサイトを探してみた。すると四年前の日付のブログが見つかった。

 純三は、ブログのタイトルに、僕の節約方法、と書いて彼が日頃行っている包装プラスチックを細かくしていることや、堅いプラスチック容器に柔らかいビニールなどを詰め込んでいるのを、紹介してみた。それで久しぶりにブログを更新し、タロのラインにブログのアドレスを貼り付けて寝た。

 翌朝、起きてブログを確認すると、数人の方が見たようだが、一人タロだけ、いいね、を付けてくれたがコメントは全くなかった。純三は、たぶんこうなるだろうと予測はしていたものの、実際に誰も反応してないのには、少々気落ちした。

 タロは読んでどう思ったか聞いてみようとと、ラインを開いてみると、すでにタロからメッセージが入っていた。

――ブログ始められたんですね。あそこに書いてあった包装プラの事、本当なんですか。いいね、を付けさせて貰いました。

――ありがとうございます。そうです。包装プラスチックがたまってくると、定期的に細かくしたり油や台所洗剤の容器にビニールなどを詰め込んでいます。

 こう純三がメッセージを書き込んで数分後、タロから、

――マメなんですねえ。そんなことしてるとストレスとかたまってきませんか。

――人によってはストレスでしょうが、僕は楽しんでやっています。卵のケースなんかちょっと手を加えるだけで、元の体積の四分の一以下になるので、包装プラスチックを収集する袋の節約にも繋がるのです。

――卵のケースを、どんな風に処理するのですか。

――まず、上下を引き離し重ねるんです。それをハサミで真ん中で切る。それをまた重ねるんです。最後にそれを雑巾で絞るみたいに、思い切りひねるんです。

――なるほど。でもそんな事をして、収集を断られるなんて事態にはなりませんか。

――大丈夫ですよ。一度も警告シールなんか貼られて置いてかれていた、なんてないです。

――それなら良いですね。さてと畑の見回りをしてきます。また後ほど。

――ハイ、また。畑ではどんな野菜を栽培しているんですか。

 純三は、こうメッセージを書き込んでから、パソコンの作業をワードに切り替えて小説の原稿にした。

 画面は以前真っ白く、純三はそれとにらめっこをしている。彼は、焦れば焦るほど空回りする思考を、どうする事も出来なかった。。

 そういえば木山捷平さんは、敗戦の少し前に満州に渡り、なにかの記者か職員になったんだよな。終戦になりしばらくして帰国できて、その体験を元に長編を書いたんだ。僕もどこへ行き、体験記を元にして小説を書けば良いんじゃないか。

 純三は、そう妄想しーー、

 人が安易に行かれない場所に行って、潜入記を書けば読まれるかも。それには北朝鮮なんかに行けば、面白い作品になるだろう。しかし今はコロナで外国に行きづらいし、万が一、その国に入国できたとしても、反体制勢力なんかに直ぐに捕まって、話題になるだろうが、迷惑な人だとして、非難されるかも知れない。 と、あっさり行きにくい外国への潜入記は諦めた。

 次ぎに彼がネタとして考えたのは、男の自分が子供を産む話。これは、自身の出た下腹を見ながらタツノオトシゴを連想した。

 ある朝純三が起きると、雄が子を放出するタツノオトシゴに変身していて、臍か性器からタツノオトシゴを放つという設定で書く。

 これをリアリティを保ちながら書き進めば、これまでにない小説にはなるだろう。しかし人間が起床すると、何かに身体が変わってしまうというのは、カフカの変身みたいだし、雄が子供を産むというのは、書き方を間違えると、倫理的にクレームを付けられる可能性がある。 知識の浅い純三が、無理して書き進めても、必ず破綻するのは、安易に想像出来るのだ。

 純三は、敗北感を感じながら、メールをチェックしパソコンを閉じた。

その夜、タロのブログをチェックすると、更新されて

 

いた。

 そこには、

 今日も畑の見回りをしてきました。ししとう、鷹の爪、茄子、ピーマンなどの苗は、葉を虫に食われながらも、元気に育っているようです。畑の脇に生えていた、ドクダミの白の花がなんとも可憐に見えて、思わず写真を撮りました。雑草のドクダミですが、自分に与えられた命を、精一杯生きている様な気がして、心が和みます。小さな自然の営みに、感動できる余裕を忘れたくないものです。

 そんな本文に、ドクダミの接写したような画像が貼り付けられている。

 純三は、大きく写されているドクダミを見ながら、心が和みます。と書いたタロの気持ちが分かる気がした。そして、いいね、の評価が二つあるのに気付いた。

 それから純三自身のブログを見に行ったが、コメントはなく、いいね、すら増えてなく今朝と全く同じで、すぐさまブログを閉じてしまった。そして、

 タロとのラインを開き、

――ブログ拝見しました。ドクダミの写真、良いですねえ。

 とメッセージを書き込んだ。するとまもなく既読になり、

――ありがとうございます。今日のブログ、ちょっ

と良いことがあったんですよ(笑)

――なにですか

――今日のブログ、いいね、を付けてくれた方の一人に、僕の隣町に住んでいる五十代の女性がいたんです。

――へえ、そりゃ楽しみですね。

 純三はチェッ、と舌打ちをした気分になったが、それをタロに悟られないように、余計を書くのを控えた。

――その女性も家庭菜園のブログを書いていて、近々、互いの畑を訪問し合あおうってラインしてたんですよ。

――そりゃ楽しみですね。ブログを書いているかいがありましたね。

――そうですね。いつか純さんにも紹介したいなぁ。いい方なんですよ。  

――紹介していただけるのを楽しみにしてますよ。すみません。今夜は何だか疲れているんで、これで休みます。

 そう、ラインに書き込んだ。

「ねえ、純ちゃん、夕飯、何か作ってくんない。今日はすごく暑いから、あっさりしたもんの方が良いわねえ。ちょうど長ネギの細いのを畑から抜いてきたから、それを薬味にそうめんか冷や麦ってのも良いかもねえ」

 下着をはだけ、一番強くした扇風機の強風を間近で受けながら、妻はこう言った。

 純三の家には未だにエアコンはない。扇風機は五台ある。日本のチベットともいえる田舎のこの地だよ、一般家庭にそんな文明の侵略物は、エネルギー消費を増大し地球滅亡を早めるだけだ。と純三は、家族がエアコン入れようと提案する度に、こう言って話をはぐらかしている。しかし、もしエアコンを付けたら、婆さんや娘が面白がって使う姿が浮かんできて、その時の電気料金を考えると、充分に冷えてくる彼なのだ。

 純三は、鼻に指を差し込み感触を確かめながら、数ページ書き進んできているワードの画面から目を離さない。「そうめん作るのは良いけどさぁ、汁どうする。婆さんは、やっぱり温かい方が良いと言うかな」

「さあどうかしら。食べる前に聞けば良いんじゃないの」

「そうだね」

 純三は、そう言いつつもパソコンをじっと見つめている。

 構想など全く考えず、数日前から書き始めた小説はこんな筋だ。

 宇宙開発機構という団体が、一般市民に宇宙船で挑戦したい企画を募集している。そこへタロならぬ、ジローという六十代の既婚者が、市民菜園で知り合った、四十歳くらいの既婚女性のミズアと、共同実験として、もやし大豆の無重力状態での長期生育観察、というアイデアで応募してみた。ジローとしては、そんな子供じみた発想は、当然通らないだろうと、冗談のつもりで応募したところ、何故か採用されてしまい、これにどう対応したら良いかと、頭を抱えているという流れだ。

 純三は、パソコンを閉じるとそうめんを茹でに立ち上がった。

 大鍋に半分くらい水を入れガスにかけた。次ぎに、棚からそうめんを取り出し、どれ位食べるのか考えたが、面倒臭くなり四百グラムの一袋を全部茹でることにした。しかし頭の中では、別の事が頭を離れなかった。

宇宙船にジローとミズア、宇宙船に乗り込んだ後、どう描けば良いんだろうーー。

 そんな事を思い巡らしながら、小鍋にめん汁を注ぎ水で薄め、みりん、すりゴマ、削り節、にんにくスライス、乾燥わかめを加えて弱火で煮始める。

 宇宙船の生活なんて、俺には書けっこないしなあーー。純三は、無意識に鼻の穴に右手の人差し指を入れる。ちょっと何かの感触があり、軽く人差し指を動かすと、簡単にブツは取れて、取り出して見ると、かなり大収穫だった。

 宇宙船ねぇーー、純三は小説の事を考えながら、指先のものを丸め始める。それはすぐに見事な球体になり、黒光りさえしていた。

 そろそろ大鍋の湯が沸いてきた頃かと思い蓋を取ろうと、右手を伸ばした瞬間、黒光りしている球体が、めんつゆ用の小鍋の中に落ちた。

 純三は、ちょっとの間、小鍋の黒い水面を凝視したが、何事もなかったように大鍋の蓋を取った。

「美味しいねえ。さすが純ちゃんのめんつゆは、いろいろ入っていて、味が濃くて好きだわ」

 妻は、そうめんを啜りながらこう言う。彼女と娘は特製めんつゆに氷を入れ、婆さんは少し温かくして食べている。純三は、今日はキムチの気分だと言い、別にキムチ入りのつけ汁を作った。

「ありがと、おだてだと分かっていても嬉しいや」

「ねぇ、なに入れたのよ。ホントに美味しいから教えて欲しいわ」

「えーっとねえ、乾燥わかめ、スライスにんにく、後は、ひ・み・つ、だなぁ」

「教えてよ」

「嫌だね。そん時の気分で入れるもんを変えているから、いろいろだよ。そんなに興味あるなら、今夜、俺の布団の中で教えてやるよ」

 純三は、ニヤつきながらこう言った。妻はこれが聞こえないかの様に無視して、そうめんを啜っている。

その夜、パソコンを立ち上げタロのブログを見ると、更新されていた。大きな干し椎茸の写真があり、

――友人から大量に頂きました。形が不揃いで売り物にならないのを、友人が親戚から頂いたそうです。僕は、一人暮らしなんで、どうしようか思案中(笑)

 とのコメントがあった。

 純三は、贅沢な悩みだなと思いつつ、ラインを開いてみると、タロからこんなメッセージが入っていた。

――ブログに書きましたが、干し椎茸をたくさん頂きました。僕は、正直、料理するのは面倒くさいし、別居している妻や独立している子供に、頂き物を送るなんてした事ないんで、良かったら純さん、もらって頂けませんか。もらってもらえるようなら住所を教えて下さい。

とあったので、純三は、

 

――良いんですか、僕が頂いて。それじゃお言葉に甘えて頂こうと思います。うちは妻か婆さんが、喜んでなにか作ってくれると思います。と打ち込み、郵便番号、住所、携帯番号も加えた。

――ありがとうございます。じゃ、送らせて頂きます。

 と、タロからしばらくして書き込みがあった。

 数日後、タロから大量の干し椎茸が送られてきて、早速、純三は、お礼のラインを入れた。それから自分のブログを覗いてみた。

 以前の包装プラスティックついて書いたままで、更新はしてないせいもあり、誰にも読まれてはないようだ。純三はとりあえず、干し椎茸頂きました感謝です。とタイトルを書き、干したキノコの写真を撮りそれを公開した。

 そうして、このままじゃつまらない気がして、僕のミニバイト、とタイトルを入れ、通販サイトのアンケートに答えたり、メールを読むと、わずかずつだがポイントが貰える。そのポイントを毎日貯めて、それを買い物時に使うという内容を書いた。

すると程なく、タロからラインが入ってきた。

――干し椎茸をブログで紹介してくれてありがとう。ミニバイトの方も読ませてもらいましたよ。純さんはしかしマメな人だねえ。僕には出来ないな。

――こちらこそ、ありがとうございました。干し椎茸は、水で戻せば形は気にならないみたいで、頂いたのは煮物かなにかに使うようです。ネットのポイントが貯まる作業は、ちょっとして空き時間を使うんで、ちょうど良い暇つぶしになるんです。

 そう純三が書き込むとすぐに、

――それで毎日、いくらくらいになるの。

――だいたい五ポイント前後ですね。

――そんなもんかい。五円くらいなの。

――ええ、毎日の日課のようなもんです。

――僕には出来ないな。包装プラスチックといい、純さんは本当に努力家だねえ。

――好きなんでしょうね、きっとそういう細かいことが。 ――尊敬しちゃうなあ。エコだよねえ。そろそろ休みます。またね。

――お休みなさい。

 純三は、そう書き込みパソコンを閉じた。

 彼は、焼酎の麦茶割りを造り啜りながら、またパソコンを開き、笑えるような動画はないものかと検索していたが、知らぬ間に寝入ってしまった。

 それからのタロは、畑仲間の女性の菜園で採れた野菜の写真を公開し、たまに二人でドライブなど楽しんでいる様子も、ブログに載せていた。

 純三は、そんなタロを羨む気持ちはあるが、その一方で、既婚の女性と親密になりすぎて大丈夫かなと、他人事ながら心配する気持ちもあった。そのため、タロから畑仲間の女性の話題を持ち出されても、純三ははぐらかすような書き込みしかしなかった。

 八月に入ったある日、タロのブログが更新されていた。

八月十五日を前に思うこと、と題してこんな事が書か

 

れていた。

 間もなく十五日の終戦記念日を迎えるのだが、その日を境にそれまで鬼畜米英とか言って敵視していた国を、敗戦してからは記録に残るような抵抗なく受け入れ、なんとなく数日前まで鬼畜呼ばわりしたことさえ、忘れてしまった様な印象がある。戦争に負けたのだから当然の行為なのだろうが。掌を返すような、とでも形容したい思想の変わり身の見事さには、恐ろしささえ覚えてしまう。

 学生の頃、友人が、今は平和だから平和を唱えるけど、戦争が必要という風潮になれば戦おうという気分が盛り上がって、平然とそれを口にする空気が生まれるだろう、と言ったのが忘れられない。

 僕なんかは、時代の旗振り役にはなれないだろうし、なりたくもない。そうかといって自分の信念にしがみつき、世の中の潮流に抗うなんて気合いもない。どの道にしても時代に流されていくだけだろうが、出来るだけ自分自身でいたい。ふにゃふにゃで良いんだ、余計なことは受け流し僕は僕でありたい。

 純三は、このタロのブログを半分くらいしか理解できなかったが、とりあえず、いいね、だけは付けておいた。 タロはそれから、思想的なことは全く書かず、畑の野菜の出来具合や畑友との交流を報告するのみで、純三は、いいね、を付けるくらいだった。

 そんな感じでタロとのやり取りが続いていたある日、予告なくタロのブログの更新が止まった。当初、純三は、タロが忙しいくらいに考えていた。そしてラインに書き込んでも、タロからの返信はなく、既読にさえならなかった。最初の二・三日間は、どうしたのだろうとずっと気にしていたのだ。しかし一週間が過ぎても、ブログは更新されずラインも止まったままだったので、これはパソコンかスマホの調子が悪いくらいに考え、多少、タロのことは忘れがちになっていた。

 それでもたまに思い出す事もあり、純三は、干し椎茸のお返しとして、缶詰セットを送ってみた。これならなにかのリアクションはあるだろうと想像していたのだが、ブログやラインに変化はなく、はがきの一枚も送ってこなかった。

 純三は、タロの生活になにか変化でも起きたのはないかと気になったが、ネットや郵便以外で、それを確かめる方法は思いつかなく、また親戚や実際の友人でもないので、そのままにしておいた。

 純三は、ネット上の付き合いなんて、いくら調子の良い事を並べても、希薄なもんだなと思った。そしてタロを少し憎んだ。しかしその思いも時間が経つにつれ薄れていった。

文学賞の締め切りまで、二週間になろうとしていた

 

が、作品はまだ半分も書けていなかった。宇宙船にジロー達が乗り込む話は、コロナ禍の影響でお流れにして、二人で無農薬野菜の栽培に挑戦するようにした。純三は、続きを書かなきゃと焦ってみたものの、どう書けば良いのか考えがまとまらず、いらだち紛れに焼酎の麦茶割りを作り、それを舐めながら、

――だいたい五十枚も書けという方が、酷なんじゃないか。プロ作家の名短編といわれる作品だって二・三十枚のものが多い。短編というならせいぜい三十枚が限度だろう。

 などと手前勝手な理屈を頭でこね始める。短編だろうが長編だろうが、書きたくなきゃ応募しなければ良いだけの話だ。かなり酔いが回っているこの時の純三には、そんな単純な理屈さえ理解できなかった。

 あげくワードを閉じ、アダルト系の動画を見る始末であった。そして寝入ってしまい夢をみた。

 そこはプールで、水ではなく原稿用紙で満たされていた。純三は、原稿用紙の中で必死に泳いでいるものの、一向に前に進んでいる気がしなかった。どう泳げば良いのか全く思いつかず、ただ手足をばたつかせている感じがしていた。焦りは増すばかりで疲れもあり、泳ぐのを止めようかと思うが、底に足が届かない。このままではおぼれてしまうと恐怖感を覚えた。俺は死んでしまうともがき、無意識に出した自分の大声に目が覚めた。

 純三は、パソコンを開き二十枚前後の原稿を読み返してみた。とても五十枚なんて手が届かないし、内容も未熟で人様に見せるような出来ではない。いっそファイルごと消去した方が潔いと思ったが、実行するまでは出来なかった。

 数日後、一枚の写真入りはがきが届いた。  タロからのもので、海を背景に白の軽ワゴン車が写っている。

下手な文字で、

――宿泊出来る軽自動車を買いました。いろいろあって(畑友の女性とはサヨナラしました。)しばらくは山頭火や放哉の真似をして、放浪しようと思います。あっ、缶詰ありがとうございました。落ち着くまでブログはお休みします。

 と書いてある。

 純三は、タロが健在である事にひとまず安堵し、今頃は、軽自動車を運転しているのだろうか、それとも温泉にでも浸かっているかと想像し、無意識に顔がほころぶのだった。

 彼は、ふいにパソコンを立ち上げる。小説の続きが書けそうな予感がしたのだ。

 青い海と白い車のコントラストが爽やかな、写真入りはがきを見つめながら、こんなことを思った。

 よし、タロが旅立ったことだし、俺も長さとか構成とか完成度など気にせずに、小説を書き上げてみよう。なあに下手だってなんだって、それまでの実力なんだし。出来るだけのことはやってみようじゃないの。とにかく書くべし。キーボードを叩こう。

 そう自分に言い聞かせながら、彼はそばに置いた(焼酎は入ってない)麦茶をひと口と飲んで、パソコンの画面を睨み続けている。

      参考文献 放哉と山頭火 渡辺利夫著


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