雨上がりの空
雨が上がった雲間から見える、青い空が好きだった。
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「今日ね、この前のコンクールの結果が出たの」
「えっ、そうなんだ」
陽だまりのような淡い黄色の傘を差した山内菜穂は、自身の近況を口にした。
彼女は美術部で、何度かコンクールで入賞している。高校三年最後のコンクールではついに大賞を取ることが出来、嬉しそうに話していた。
それを聞いていた南田友紀も、自分の事のように喜んだ。
「大賞取れるなんて夢みたいだよ。本当に嬉しい!」
「菜穂頑張ってたもんね!中学からずっと美術部で絵描いて。すごいよ!」
菜穂は中学時代も美術部だった。友紀は運動部だったが、引退後は彼女のいる美術室に通い、彼女の描いている姿を眺めていた。
何をする訳でもなく、菜穂が絵に向かう姿を、ただただ眺めるのが友紀にとって心地の良い時間だった。
「来週の全校集会で表彰されるんだって。今日先生から聞いてびっくりしちゃった。ちょっと恥ずかしいな……」
「菜穂、恥ずかしがり屋だもんね。大丈夫大丈夫!」
そういえば昔から恥ずかしがり屋だったな、と友紀は思い出した。
菜穂が描いている姿を眺めていると時折手が止まり、こちらを見てくる菜穂。友紀がどうしたの?と声を掛ければ、「……恥ずかしいからあんまり見ないで」と頬を赤くさせていたのが懐かしい。
まだ恥ずかしがり屋なのは治ってないのね、と友紀は小さく笑った。
「あ、そろそろ晴れそう」
菜穂の言葉に友紀も顔を上げる。
雨は小雨に変わり、だんだんと水滴の落ちる間隔も長くなる。仄暗い雲間から鮮やかな水色が見えた。
「そうだ、友紀。まだ私の絵、見せてなかったね」
待ってて、と言うと菜穂はスマホを取り出した。どうやらカメラで撮ってきたようだ。
「どう?見えるかな」
「……!」
そこには、大きなキャンバスに仄暗い雲と水色の空と、隙間から流れ込む光。そして――笑顔の友紀の姿。
「ごめんね、私今あなたが成長してるかどうかも分からないから中学の時の友紀を描いたの」
「菜穂……」
「まだ信じられないの、私。友紀が死んじゃったこと」
高校一年の夏だった。部活動で遅くなり、ほぼ真っ暗闇の中を帰っている途中に車で轢かれたのは。
友紀がいる場所は事故現場であり、菜穂は毎日のように来ている。
「私の絵を描く姿を見る友紀の夢を見るの。恥ずかしくて、でも……凄く幸せな時間だった」
「な、ほ……」
「私の傍にいて欲しかった。また絵を見て欲しかった。……頑張ったねって言って欲しかった」
二人はぶわっと涙を流した。
お互いがこんなに近くにいるのに、もう会うことはない。
「だから、頑張ったねって言ってる友紀を想像して書いたんだ。あなたの笑顔はきっと変わらないから。私、あなたの笑顔が好きだったの」
ねえ、今も笑ってる?
菜穂のその問いに、友紀は泣きながら笑みを浮かべた。
雨が上がった雲間から見える、水色の空が好きだった。だって隣にはいつも菜穂がいたから。
「暗い色と鮮やかな色が交わらない、綺麗な色だね。私、好きだな」
そう言ったのが菜穂だった。菜穂の好きな物は全部好きになった。それほど彼女と共にしたかった。
「……一緒に、生きたかったなぁ」
小さな呟きは雨粒と共に消えてしまった。