モテ期?
「「「「ーー・・えぇーっ?!女っ?!!?!」」」」
「たはは...」
中庭の広場にて、常にサラシに圧縮されていた豊満な胸に体育の時ですら長ズボンで隠れていた、少し短めのスカートから現るるすらっとした美脚を持った金髪青眼の美女を前に、かつての王子様を囲っていた女性陣は驚愕していた。
「嘘...嘘よ...」
「あー、だからかぁ....」
「魔法が解けたのね...王子様ぁ....」
「やばい、整理がつかない」
真実を受け入れられていない女子生徒、後から野次馬で見ていた男子生徒はスキャンダルが殆どなかったのに合点がいっていたが、ここは御伽噺の世界でないと落胆していた女子生徒などとそれぞれ学園の王子様の正体を知った者らの反応はそれぞれであった。
「天堂さん!今はフリーなんですか?!」
そして、必然的に昨日までは嫉妬の対象でしかなかった王子様が、王女になった途端男子たちの態度が一変した。
「え、いや...今はいないけど...」
「なら俺とっ!!」
「いや僕と!」
「おいっ!抜け駆けすんな...って、うわっ?!」
「どけ」
いよいよ女子だけではなく男子からのアプローチが顕在化し、収集がつかなくなって来たところでモーゼが現れ、群衆は彼を中心に二つに割れた。
「「「「.......」」」」
他校の不良を何十人も病院送りにしたり、空手部のレギュラーを完封したりなど良い噂を聞かない大男が現れ、騒動は一気に収束し静かな朝が訪れた。
「....一緒に来い。」
「あっ...は、はい。よろしくお願い申し上げます。」
開けた道をゆっくりと歩き、大体予想づいていた騒動の発端人である天堂にそういうと、彼女は畏まった様子でぺこりとして彼の側へ寄った。
「ふふっ...罪な男ですねー」
「え、彼女...天堂さん?」
一緒に来ていた久留米は彼の絶妙な言い方に天堂が射抜かれた感想を呟き、事情は知っていたものの、天堂の完璧な男装から今の姿は流石に想像していなかったのか、ソフィアはポカーンとしていた。
「うわぁぁぁ...そういう事かぁぁ....」
「TSからの性別を超えた愛っ!推し死ぬぅぅぅ!!」
「....バイバイ、私の王子様」
そして、彼らがその場を後にすると、生徒たちはここ最近、噂されていた天堂と海道の関係性はあながち間違っていなかったのだと、颯爽と海道に連れてかれている塩らしくなってしまった元王子様の様子から、すでに彼女は先約済みであると理解し、各々思い思いの気持ちを吐露していた。
「ーーー・・あの、海道くん。」
「ん?」
「天堂さんが男装をやめたという事は、その....そういう事なんでしょうか?」
教室に着き外の景色をぼんやりと眺めていると、耳がはやい青鷺は恐る恐る聞いていた。
「あー...いや、違うな。」
「え、でも...」
「その辺は天堂自身が解決して、あいつの親父に筋を通した。」
「な、なるほど....」
一体どんな手を使ったのか色々と想像していた青鷺はどこか合点が行ってなかった。
「つまり、言うなれば試練みたいなものですか」
「...あぁ、そんなところだろう」
ぬるっと現れた久留米は途中から聞いていたのか、大体を把握していた。
「ふーん....なんか、海道くんはなんでも解決しちゃいますねー」
「おい...下手なこと言わんでくれ...」
もうすぐ今年も終わり、来年には新入生が入ってきて後輩が出来る点からも、彼女の浮ついた言葉は更なるイベントを呼ぶフラグにしか聞こえなかった。
というのも、今考えても仕方ないと思いながら授業そっち抜けでゲームに忙しんでいたが、二限の途中で飽きてきたため、何をいうでもなく抜け出して屋上へと向かった。
「ーーーー・・.....スゥ....スゥ....」
そうして、特別等の屋上にて、海道くんは気分の良い風とお日様に当てられながら夢見心地にうたた寝をしていると、あっという間に時刻は12時を回ってしまった。
「....あの、私、前から風羽くんの事が...」
「....っ....ふぅ」
屋上の扉を開けっぱなしにしていたせいなのか、その声が聞こえるまで気づかなかった海道くんは取り込み中な状況を前に、まぁ良いかと眠りを優先した。
「いや、俺貧乳には興味ないから、じゃ」
「ぇ....」
ーーーープッツン
おそらく調子乗ってるその男の言動に眠気を奪われた海道は、気分よく日向に浸っていた体を起こしてポツンの残された放心状態の女子生徒を横切った。
「......」
「...おい」
そして、振り返り正対したと同時に大して良くもない顔面に拳を放った。
「あ?...ぶべぇぇっ?!....あ...ぁぅ..」
渡り廊下の壁に体を打ちつけたその男はギャクみたいなリアクションをした後、程なくして壁を背にダウンした。
「っ...風羽くんっ!!」
「....」
一部始終を現行犯で見ていた女子生徒はその男の方へと駆け寄ったが、構わず海道は男の首襟を掴んで引き摺りながら階段を降りていった。
「....ぁ..あのっ!」
「....」
せっかくのお昼寝を邪魔され不機嫌な彼はその女子生徒への掛け声に顔だけ向けて応対した。
「な、なんで...こんな...」
「.....もっとマシな男を選べ」
普段はあまり使われていないが、昼時は生徒が通る別棟との連絡路へ差し掛かった所で、女子生徒がその経緯を聞くと、彼はただ唯一言うべきことを言った。
「....っ...は、はい。」
流石に先の告白の断り方に思うところがあったのか、その女子生徒は案外素直に首肯した。
「....なっ!か、海道.....な、何かしたのか?」
そして、そうこうしていると連絡路に顔馴染みの人が通った。
「な、楢崎先輩っ!」
「こいつに聞け」
「ブゥっ....」
少々狼狽えている楢崎を前に、彼はギャクのように顔が凹んでいる男を廊下の壁に投げて、その場を後にした。
すると、すれ違う生徒たちが少しずつ増えて、顔面凹み男は道行く生徒たちの見せ物のようになっていたようだった。
「ふぅ....(...図書館に行くか)」
まだ少し眠り足りない彼は道なりに沿って、別棟へと向かい曲がり角に通ると山積みの書類を持った女子生徒に軽く当たってしまった。
「.....わっ...っと....すみま...あ、海道くんでしたか」
「わ、悪い。青鷺」
書類は地面に撒き散らしつつも、すかさずバランスを崩した女子生徒を抱えるとまたも見知った人であった。
(....やっぱ引き締まってるな。ぶつかった時も殆ど体幹ブレなかったし、どうやったらこんな....)
そういえばと、元不良程度しか知らない彼女の過去に思いを巡らせていると、半お姫様抱っこみたいになっている状況に顔をブラッシュアップさせている青鷺が声を絞り出した。
「...ぁ..の、そろそろ...」
「あ、あぁ悪い。」
それに気づいた彼は彼女を速やかに離して、散らばったそこそこの量の書類を拾い始めた。
「....ん、教師の使いってところか」
書類を拾い積み上げていく中で、書類の内容が文部科学省への提出書類で生徒が運んで良いのか若干微妙だった。
「は、はい。急用の先生に、お願いされてしまって...」
『ーーーあっ、青鷺ちゃんっ!私職員室行かないとだから、ごめん、お願いね!』
「....そうか」
急用という事なら今回は見逃すことにした。
「.....あの、半分持ちますよ」
「いや、構わん。一階の事務室までか?」
「あ、はい。そうです。」
手持ち無沙汰になってしまった彼女は仕方なしにスカートのポケットに手を突っ込むと、それがトリガーとなって不良のような威圧感のある歩き方になっていた。
「....おい、ガラ悪いぞ」
「あっ....す、すいやせん。」
不良の自分が若干で始めていたのか妙な語尾になり、腕を前に組んでロックして物理的に抑え込んでいた。
「....そこまでするか」
正直、その強引さには感心さまで覚えてしまった。
「え、まぁ....少しは真っ当になりたいですから」
不良を辞めるきっかけは知り合いのバイク事故だけではないようで、彼女の物憂げな横顔からは忘れられない強烈な動機があったように見えた。
「」
「海道くんは、前の自分も好きなんですか?」
客観的に見ればお互い過去の自分とはかけ離れているという共通点から、どこか踏み込んだ問いがすんなりと出来ていた。
「あぁ、デブでキモかったのは事実だが、」
「あっ...すみま...」
嫌なことを思い出させてしまったと謝ろうとした青鷺であったが、その必要は全くなかった。
「...それ含め確かに受け入れ、今でも愛している。」
正直、女とかであれば多少は見た目に頓着があっただろうけれども、今世でも運よく男に生まれ、多少は健康にはなりたいとは思っていたが、特別イケメンになりたいとか、モテたいとかはなかったため、そういった感性もかなり気に入っていた。
「そっ!?...そう...ですか....」
嘘偽りない本音を話してくれた彼のいつものキリッとした目は酷く柔和で優しく、その文言もあってか文脈などどうでも良くなる程、彼女の心臓は易しに射抜かれ、逸らした顔は紅潮のその先へと向かっていた。
「...?」
強化トレーニングと成長期のお陰で面が良くなってしまった彼は、未だ自身の男前具合を正確に知らずにいた。
そうして、目的地に到着し書類を事務員の方に渡し終え、帰路に着く頃には青鷺の火照りはある程度収まっていた。
「.....ふぅ...」
「気持ち良い風ですねー」
「あぁ」
自動で換気しているのか廊下の窓はほとんどが半開しており、ほんのりと太陽に暖められた本格的な冬の到来を予知する冬風が吹きなだれていた。
「...今年は雪降りますかね」
「どうだろうな、去年は降ったっけか...」
基本引きこもりで年中快適な室内で趣味三昧だった彼は、その辺の記憶は曖昧であった。
「確か降ったような...あ、でもクリスマスには丁度当たりませんでしたね。」
「あ...そういや明後日クリスマスか」
「えー....忘れてたんですか....」
「まぁ、縁がないイベントだからな、青鷺は違うのか?」
「そ、それはまぁ....ないですけど」
少なくとも彼よりかは友人が多そうな彼女は、友人以外と過ごすケースを想定していた。
「ん、今年は久留米達と遊んだりしないのか?」
同性相手でも警戒心高過ぎのソフィアも、元不良の青鷺も、近寄り難い楢崎、虎野も久留米の前では早々に陥落し、今ではかなり親密になっているため、またも俺の知らない中でその辺の話は勝手に進んでいそうであった。
「あー....ちょっと前に、お互い恋人いなかったらクリスマス会しましょーとは言ってましたね。」
「...で、結果はどうなんだ?」
「無事に皆さんとクリスマス会が出来そうです...」
「そうか、それは良かった...のか?」
流れ的に相槌を打ってはみたものの、彼女達のとってそれが良い事なのかは定かではなかった。
そうして、その冬風に揺られている葉を少し残した木々の靡き声に耳をすませ、ただ少しだけゆっくりと歩き、なんでもない会話をしながらこの時を堪能していると、廊下の先で事案が目に入った。
「.....じゃ、こっちで少し休もっか」
「うぅ....」
貧血気味なのか明らかに体調が悪い、どうにも幸薄そうな黒髪ボブの女子生徒が半端にこ綺麗にした教師に準備室の方へと連れ込まれそうになっていた。
「....締めねぇとですね。」
「あぁ。」
スイッチが入った青鷺はメガネを胸ポケットに入れて、拳を鳴らし、海道も同じ態勢に入っていた。
「じゃ、そこのソファーで休もうねー」
「うぅ....」
「.....おい」
準備室に連れ込むことが成功し、あとはドアを閉めて鍵をかけるだけであったが、ドアは何かにつっかえて閉めきれず後ろを振り向こうとすると、大男が重低な声でこちらの肩を掴んだ。
「え?...いっ..イタタタたったたぁぁ..」
肩が潰されそうになっている教師は痛みに耐えかねて、女子生徒を離してその場にしゃがみ込んだ。
「っと...多分、貧血ですね。」
控えていた青鷺が彼女を抱えて顔色を見るとやはりそのようで、それを確認した彼は教師に向き直り肩をそのまま掴んで持ち上げた。
「スゥ....」
「痛っ..イタタタったたぁぁぁ...君っこんなことしてただで...」
左肩を支点に全体重が乗っかっている教師は痛みに悶えながら、意味のない事を呟いていた。
「だからなんだよ」
「っ.....」
どんなにペナルティがあろうとも、この世界でもやるやつはやるという事を理解したそいつは一気に静かになった。
「.....」
「うぅ...」
頃合いだと思った彼は教師を離して、軽く一瞥し準備室から出てドアを閉めた。
「...あの、あんなので大丈夫だったんですか?」
軽々と幸薄ボブ生徒をお姫様抱っこしている青鷺は、思ったよりも控えめな彼の始末にどこか不満気だった。
「どの道、監視カメラに映ってるだろうからな後は学校側が処理するだろ」
「うぇ?!そうなんですか?」
ぐったりしているボブ生徒を起こさないように、青鷺は小声で驚いていた。
「あぁ、まぁ聞いた話に過ぎないが、校内の廊下や公共の場とされる場所では大体見えない監視カメラがあって、AI管理下でそれらしい映像があった時だけ、知らされるっていうシステムだ。」
「あー、それならまぁ...必要な時だけ第三者委員会が認知できるって感じですか。」
この世界でもイジメというものは多少は介在するが、そのシステムのおかげでいじめの捕捉精度はかなり高いため、被害者に多大なダメージを与えるいじめは確実に認知されるようになっていたが、当該事案に関わって初めて知らされるため、関わりのない者にはあまり知られていない。
「そんなところだ。」
「え....ど、どういう状況なんだ...」
12月下旬にもかかわらず、昼練を終えていい汗をかいている爽やかな虎野は青鷺が軽々と自分と同じくらいの女子をお姫様抱っこしていて、海道が特にそれに突っ込んでいないという構図に唖然としていた。
「じゃ、後は任せた。」
「っ...え、あ、あぁ。」
丁度良いところに現れたと、海道は彼に頼られて嬉しさを滲ませている虎野に諸々任せてイベントで消化された昼休みを取り戻すため、隠し部屋へと向かった。
隠し部屋で十二分にまったーりした彼は、そろそろ帰るかと教室へ向かい到着すると、妙に周囲から視線を感じていた。
「.....おい、篠蔵。今度はなんの噂だ?」
「ははははっ、海道。お前、結構女子に優しいんだな」
「あ?」
大してない荷物を鞄に入れ整理しながら、いつも通りの陽気な篠蔵に予想づいていた事態からそう聞くと根の葉もないわけではなかった。
「.....あのっ!海道さん。そのさっきはありがとうございます。」
「あ、幸薄ボブ」
「さ、幸薄ぼぶ?....あ、その....海道さん。今日一緒に...」
噂のような人ではない良い人だと浸透し始めた彼には、本来ないはずのモテ期が到来していた。
「海道くん。帰りましょ」
「海道くん、今日は部活ないから一緒に帰ろ」
が、遠目からその様子を見ていた白木と久留米がすかさず彼の腕を掴んで両脇を独占していた。
「お、おう...」
何が起きているのかわからぬまま、彼女らに帰宅を強要された。
「あー...やっぱり、彼女いたかぁ...」
「そりゃ、芝春くんの兄弟だもんね。遺伝子は嘘つかないわ...」
「隣の白髪の子綺麗。天使みたい」
そうして、下駄箱から中庭の方へと出ると、またも彼が知らぬ間に彼の人気は爆上がりしていたのを理解した。
(昼休みのアレがこんな結果になるとはな....)
だがそんなことよりも彼はもっと別の事に意識を吸われていた。
「....ふふーん。」
「.....」
「なぁ...久留米。少し離れてくれないか」
そう、なぜか得意げになっている久留米さんのふくよかなお胸が容赦なくこちらの腕を包んでいたのであった。
「ふふーん、いやです。」
久留米さんは嵐も雨も一瞬で快晴になってしまうほどの満天の笑みで断ってきた。
「あー....その、なんだ...当たってる。色々」
多分わかっててやってるのはわかってるが、それでも一応言っておかなくてはならなかった。
「さぁ、なんでしょう。」
しかし、彼女はこのまま押し通る腹づもりであった。
「っ!....」
「ちょ...白木?絡まってるんだが...」
他方で、彼女に対抗してか白木は掴んでいた彼の腕から、彼の手へと移って両手でガッチリと恋人繋ぎを固めた。
「....っ...僕よくわかんない。」
彼がそういうと白木は知らんぷりして顔をふいっとそらした。
「....清澄ぃ?どういう事かしら」
そして、その様子は校門で待っていたソフィアに直撃してしまった。
「ソフィア、悪いが...助けてくれ」
「え?えぇ...」
思っていた反応とは違ったソフィアはその後、久留米をなんとか引き剥がして代わりに自分と腕を組ませると、久留米に珍しく対抗していた白木は彼の諭しで渋々適切な距離になってくれた。
「ーー・・ふぅ...やれやれ」
そうして、長く感じた帰路を終えた彼は一人でソファに沈んでみながらそう呟いた。