王子の正体。
学年で一番人気の王子様を下した俺は色々と疲れたため、その日はそのまま早退した。
そして、次の日、冬休みを越せばそのほとぼりは収まるだろうと、残り数日程度の今学期を全休しようと思ったが、それを読まれたのか久留米が家に押しかけてきたため、行く羽目になってしまった。
女子からの人気が爆発していた王子様を倒したためか、登校中、男子生徒たちからは楢崎の時とはまた数段違った尊敬の視線を感じており、女子生徒たちからはガッツリ目の敵にされていた。
そして、何故か久留米は自慢げにしながら微笑み、周囲を牽制していた。
ともかく、それは篠蔵も同じようで、教室に着くとどこか上機嫌に昨日の事を掘り返してきた。
「・・よよーい、昨日は災難だったなー!」
「.....そうだな。」
昨日と比べ校内が一段静かになった事で、海道くんの機嫌はいつもより上向きだった。
「ん、海道くんは天堂さんの事がそんなに気に入らなかったのですか?」
いつもより柔和な彼の空気から、ひょこっと出てきた久留米はなぜか微妙にずれた経緯を導いていた。
「.....ん?」
窓越しに快晴な天気に当たりながら、外の景色を見ていた彼はその曲解されてる発端に疑問符を浮かべた。
「あれ、天堂くんの事が気に入らなかったから、締めたんじゃあないんですか?」
そして、久留米の陰に隠れていた、青鷺は腕を交差させて物騒なポーズをとりながら同じような事を言っていた。
「....スゥ、お前らなぁ」
確かに、天堂が決闘を申し込んで来た時も、見ていた女子生徒たちから見れば俺から絡んでいったように見えても致し方ないのは事実だったが、随分前に滅びたオールドメディアのようなひどい言われようだった。
「うーん、まぁ、勘違いなのはわかりますが、実際気に入らなかったのは事実でしょう?」
「....否定はできんな、ただ天堂よりか周りの騒いでる奴らが耳障りだったから、唯一意味のある決闘だったな。」
「ふふっ、海道くんは定期的に何かしらに巻き込まれますね。」
「....はぁ、勘弁してほしい。」
ほんとそう言ったのは芝春に押しつけたいところだが、あいつクリアした判定になっていそうなんだよな...
.....あれ、もしかして俺がプレイヤー認定されてるから、変にイベントに巻き込まれんのか?
いや、まさか、だとしたら、誰かしらとゴールしないと....
ギャルゲー世界の名残が残っているのだとしたら、嫌に自分に降りかかってくるイベントが止むには、誰かしらとゴールしないといけないという面倒な結論に陥り、そういうのは今はもういないこのキャラへの手向けから逸脱していると納得できなかった。
ーーーーガラガラっ
しかし、この世界はそれを許してくれそうになかった。
 
「ーー・・海道くんはいるかい?」
「「「キャァァァァっ!!」」」
「天堂くんっ!!」
「はぁぁ...今日も素敵すぎ、朝から最高」
扉から出てきたのは、 件の人、天堂 飛鳥であり静かだった教室内は一気に熱気に包まれた。
「....スゥ....行くぞ、天堂。」
「ぇ...あ、はい。」
「....大丈夫かしら」
息をゆっくり吐きながら、こんなうるさい所では天堂からの話?を消化できないため、意外と細い天堂の腕を掴んで屋上へ連れ、彼らを見送った久留米は心配そうに頬に手を当てていた。
「・・うわっ、こんな所があったんだね。うぅ....はぁ、いい所だね。」
ラピュタが入っていそうな雲を一望できる、日光で一面温められた屋上に連れられた天堂は、息を深く吸って気分良さそうに可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「お前、来た事ないのか?」
「うん、本棟の屋上は何度か行った事があるけど、ここは初めてだね。それに、いつも、女の子たちが僕を離してくれないからね....」
「....お前も、大変だな。」
中学の頃、芝春も桜楼とクラスが離れた年は、今がチャンスとクラス中の女が芝春を囲っており、四六時中カバディされていたのを思い出し、今の天童に姿を重ねた。
「んぅ....」
「なんだよ」
子供みたいに頬を膨らませて、不満気に近くで顔を寄せてくる天堂にそう聞いた。
「何で、名前で呼んでくれないんだい。僕ら、拳を交わし合った仲じゃないか」
「俺は、お前に指一本触ってないだろ。」
天堂が気に食わなかったのはお前呼ばわりされる事だったらしいが、彼の言う通りこちらからというか互いに指一本触れていないため、端から見れば決闘と言っていいのか定かではなかった。
「ぐぅ...確かに....」
確かに彼の言うことは正しかったため、不服ながら納得していた。
「で、何のようなんだ。天堂?」
「っ!...そうそう、昨日の決闘の勝利報酬の話でね。」
一方、呼び方なんてどっちでも良い彼は用件を聞くと、それは報酬の話であった。
「いらねぇ...」
その手の話は、虎野パパや楢崎、京奈と散々した話であったが、今現在も彼が欲するものはなかった。
「え、いやっ!そう言うわけにもいかないんだ....」
それを聞いた天堂は虚をつかれた後に、どこか焦るように食い気味にそう言ったきた。
「あ?」
「その....僕は天堂グループの跡取りで、父に今回の決闘の始末を聞かれてね。今は誤魔化してるけど、タダでまけ、勝利者への対価を支払ってないと、それは天堂家の名に泥を塗ることになる....」
短く彼の経緯を聞くと、また虎野と似た面倒な事情だった。
 
「なら、俺が直接言いに行く。」
今回の件もそうだが、面倒なイベントに巻き込まれそろそろ鬱憤が溜まっていた彼は、つい出そうになった言葉を直接言うために少し前のめりになっていた。
「え、あー...それは、ちょっと....」
「天堂が案内しねぇなら、俺一人で行くだけ....」
父の怖さを想像して、目を細めながらやんわり断ろうとしていたが、変なスイッチが入っていた彼は今日にでも行く気であった。
「ちょちょっ!それは勘弁をぉっ!・・」
昨日の決闘時点で、すでに海道も身元が割れているため、仮に彼一人だけ行かせてしまえばそれこそ天堂に落ち度が出来てしまうため、天堂は了承するほかなかった。
そして、放課後。夜空を明るく照らす天堂グループ本社ビルへと到着した。
「・・あ....ぇ...本当に行くのかい?」
「何してんだ、行くぞ。」
「わっ、待ってよー!」
見慣れているはずの渋谷の一等地に建つ天堂グループ本社ビルを前に、狼狽えている天堂であったが、彼は既に先へと向かっていた。
すると、彼の顔が通っているのか、天堂なしでもすんなりと通り、とんとん拍子で会長室まで案内された。
未だ腹を括っていない天堂は、弱々しく引き返そうと提案してくるが海道には通じなかった。
「....あの、やっぱ...」
ーーーコンコン
「失礼。」
「...おぉっ!君が海道くんか。」
資料とモニターを照らし合わせていた天堂パパは、こちらが目に入ると作業を中断して駆け寄ってきた。
「あぁ」
思っていた様態と違って歓迎されながら、出されるがままに握手に応じた彼であったが、彼も天堂とは初めて会ったはずだった。
「いやぁ、噂はかねがね聞いているよ。君の数量統計理論は素晴らしい。お陰で、うちの業績は冬季でも上昇傾向を維持しているよ。はははっ」
彼がコンテストで優勝した統計理論は、仮想環境でコスト制限をシュミレートし、どの因子が逓減に寄与するかを確率的に予測するものであった。
元は、持っていた株式の中で所有権を持っていた製造業関連の企業へ、コスト最適化を促すための方策として考えた理論であり、お陰で持っていた株式は軒並み数十倍に膨れ上がった。
そして、今では更に応用を極めた理論で株式投資において日本株では負けなしであり、鮎川さんに肉薄していた。
と言うのはともかくとして、海道はさっさと要件に入って終わらせにいった。
「今日の要件だが、先日の決闘への報酬は要らないという事だけを伝えに来た。」
「.....飛鳥。どう言う事だ?」
「ぁ...っと、先日の決闘で...」
「....申し訳ない。海道くん。」
決闘の始末なんてさっさと終わらせていたと思っていた天堂パパは、表情ひとつ変える事なく飛鳥に詳細を聞こうとしたが、要領を得ないと見切った彼は素早く海道に頭を下げた。
「ん、俺は何も失ってないだろ」
「大筋は聞いているよ。大方君に落ち度はないだろう、飛鳥が先に吹っかけては負け、挙げ句の果て、その代償を支払わずにして、浅はかにも君に泣きついたのだろう。」
「大体合ってるな。」
耳がはやい天堂パパは経緯を正確に把握しており、その辺は海道と一致していた。
「っ....ん...」
それを聞いた天堂は何も言い返すことが出来ずに、ただ目を伏せていた。
「天堂家の当主として、重ねてお詫びする。うちの子が迷惑をかけて申し訳ない。」
そして、天堂パパは改めて頭を深く下げて謝罪した。
「.....」
初めは、お前らの都合なんか知るかよ。と始末をつけて終わらせるつもりだったが、思った以上に敬意に満ちた謝罪をされ、むしろこちらが悪者のようになってしまっていた。
「今ので、報酬の件はチャラだ。要件はもうない故、帰らせてもらう。」
 
「....すまないが、そうはいかないよ。」
居心地が悪くなり始めたので、早めに切り上げる事にしたが、そう易々と帰らせてくれなかった。
「はぁ...だから...」
「このまま、先の謝罪だけで終わらせてしまうのは、天堂家の名に恥じる。何でもひとつ要望を言ってくれ。」
「スゥ.....(これまた相応の事を言わないと終わらないか....)」
シェンロンのような常套句を聞いた俺は、既視的な状況で渋々思案した。
(既に満たされてるから、欲しいものは特にないしな....強いて言うなら、さっさと高校辞めて南の島でのんびり自分の時間に没頭したいってのがあるが、別に2年くらいすれば行くのは確定だろうし、それ以外なら、)
この世界の日本は、武士が何であるか子供でも理解しているから、こういった状況で有耶無耶にできないのは致し方ないにせよ、毎度毎度似たような事を言われても答えは同じだった。
「じゃあ、一つだけ質問に答えてくれるか?」
「あぁ!勿論さ、何でも聞いてくれ。」
私財や独自のコネクションなどの紹介などと想定していたが、ここですぐに済むような対価だと思い少し安堵していた。
そして、彼はおもむろに蚊帳の外だった天堂を指差し、その問を突きつけた。
「なんで、こいつは男装してるんだ?」
「.....ん?」
彼に突然指を指された天堂はいつもの嘘くさい微笑みではなく、作風の違うアホ面を晒していた。




