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果たして、演じるとはどういうことなのか。
「……わかった。やろう。君の言うとおりにする」
僕がそう答えると、彼女は心底ほっとしたように詰めていた息を吐き出した。そして、僕の手を両手で包み込むようにして握る。
「ありがとうございます」
「いいんだ。でも……」
「でも?」
「いや、なんでもない」
首を傾げる彼女に、僕は微笑みかけた。
「大丈夫だ。きっとうまくいくさ」
彼女は一瞬きょとんとした空気を放ってから、小さく吐き出すように笑った。
「ふふっ。はい」
笑ったように感じた。彼女の顔は無表情だった。まるで仮面を貼りつけたような無表情。けれど確かにそのとき、彼女は笑っていた。
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あれからもう十年近く経つというのに、いまだにあの日のことは鮮明に思い出せる。
僕が彼女を初めて認識したのは、高校一年生の春のことだ。お互いの名前も知らないうちから、彼女の存在は僕にとって異質なものに見えていた。
彼女が他の誰とも違って見えた理由はすぐに判明した。
彼女はとても目をひく容姿をしていた。長い黒髪は艶があり、陶器のような白い肌にはシミやそばかすひとつ見当たらない。鼻筋は高く通り、切れ長の目は涼しげで、まるで作り物のようだった。背丈こそ平均的だったが、手足が長くスタイルが良いため実際より高く見えてしまう。
そんな容姿に加えて成績優秀で品行方正とくれば、目立たないわけがなかった。ただ、それだけなら特に異質な存在にはなり得なかっただろう。
彼女は無口だった。いつも本を読んでいて、教室ではクラスメイトたちの会話に混ざることはほとんどなかったし、休み時間になるとすぐにどこかへ行ってしまう。放課後になればさっさと帰ってしまい、誰かと話しているところを見たことがない。
さらに言えば、彼女が笑顔を見せたところを誰も見たことがなかった。入学してから二ヶ月ほど経った頃、クラスの女子たちが噂し始めた。
「ねえねえ、知ってる? あの子、昔ちょっとヤバいことしたらしいよ」
「えー、マジ? 何やらかしたの?」
「それがね、人を殺したんだって!」
「嘘っ!? じゃあ殺人犯じゃん! なんで学校通えてるの?」
「それがね、その殺された人って言うのが、あの子のお兄さんらしいの。川に突き落としたとかなんとか……」
「うっわ、マジで?」
「うん。なんか見た人がいるんだって。でも結局、決定的な証拠がなくて、事故で処理されたって」
「うわ〜。怖っ!」