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ACT4 エディ

 僕がホステルに住みだしたとき、部屋にはすでに三人の住人がおり、ひとりがイギリス人のフレディ、そしてドイツ人のジェフ、もう一人がアジア系のエディだった。

 最初の夜、ジミーの作ったメキシカン風の豆カレーを食べ、こんな料理もあるのだと感動にひたりながら最初の約束通り皿を洗い、部屋に戻って外国人のための日本語教則本を読んでいるとまずフレディが部屋に入ってきた。フレディはブルースウィリスを一回り大きくしたような男だ。彼は満面の笑みを浮かべながら入ってきた。

 僕が彼を見ていると、ニカッと笑って手を差し伸べてきた。握手を交わしながら彼は英語で何か言ったが僕は聴き取れず、申し訳無さそうにしているとゆっくり丁寧な発音で僕に分かるように話してくれた。

「日本人かい?」

「うん」

「名前は?」

「タクシーって呼ばれてる」

 フレディは大笑いした。外国人のツボというのはよく分からないが、自分が言ったことに対して笑うということはコミュニケーションが成立した証拠だ。彼はその後、自分はイギリスで教師をやっていると僕に説明した。

 少し遅れてジェフが部屋に入ってきた。フレディが僕のことを説明するとジェフは興味深そうに僕に話しかけてきた。僕はそのとき、ネイティブの英語より第二国語に英語を話す人種の発音の方が上手く聞き取れることを知った。必然的に僕はジェフに対して好意を持つようになった。

 ジェフは話が盛り上がってきたところで部屋を出て行き、そしてビールを一ケース持って帰ってきた。

「飲みなよ」

 僕がお金が無いことを告げると、ジェフは首を横にふり、再び「飲みなよ」と言った。僕はすごくうれしくて、久しぶりに持つビールを手に持ち、中身がこぼれるような勢いで乾杯した。チアース。

 フレディとジェフは二人とも少なからず日本に興味があり、ジェフは僕に

「知ってるかい?ドイツ人と日本人は仲がいいんだ。きっといい友達になれる」

と言った。フレディはボディビルとマーシャルアーツをやっており、ブルースリーの大ファンだという。だから日本は好きだと言った。ブルースリーは中国人だと僕は言ったのだが、フレディはあまり気にしない様子で、だから日本は好きだ、と繰り返した。ジェフは坂本竜一が好きだと言った。ラストエンペラーを観たとき、彼の音楽に感動したのだそうだ。僕がウォークマンを持っているのに気づき、何が入ってる?と尋ねてきた。僕は日本のバンドのギタリストが出したソロアルバムだ、と答えた。ジェフは興味を持ち、聴きたがったので僕はウォークマンを渡した。そのアルバムは英語で歌われていたのだが、ジェフは再生ボタンを押してから一分もすると聴くのをやめてしまった。

「何を言ってるのか分からない」

そう言って、坂本竜一は持ってないのか?と聞いてきた。僕は持っていないと答えた。フレディはウォークマンに興味すら示さなかった。

 僕は高校のころバンドをやっていて、日本の音楽については多少誇りを持っていたのだが、英語で歌っている曲すらこの二人に興味を湧かせることができないことを知り、少なからず失望し、そして現実を知った。だとしたら、僕が生まれるずっと前にビルボードで一位を勝ち取った坂本九の歌は一体何なのだろう。僕はその小さなパーティの中で始めて坂本九の凄さを実感した。音楽は世界に共通なのだろう。でもそれはあくまで世界が認識する“音楽”であればの話だ。音を鳴らすからと言ってそれが音楽であるとは言えないし、楽器が鳴っていないからそれは音楽ではないとも言い切れないのだ。異質なものとの交流は、今まで僕の中に無かった思い、もしかすると隠れていたのかもしれない思いを表層に引き上げ、僕は体中に電流が走っているような気持ちになっていた。僕は僕という塊の中で自由自在だった。

 そんな感動に浸っているときドアが開いた。フレディが振り返り、部屋に入ってきたマッチョで鼻の下に立派な髭を蓄えた男に声をかけた。

「ヘイ、エディ!」

 フレディが話しかけたエディは、僕をチラリと見やっただけで視線を外し、フレディに早口な英語で何かを言い、二段ベッドの上に上がってしまった。僕は挨拶しようと思い手まで差し伸べたのだが、注意すら払われなかった。フレディは笑っており、ジェフは僕に

「アイツはやばいぜ」

というようなことを言い笑っていた。日本を出てまだ半月も経っていないのに、僕は少しばかりホームシックにかかっていたのだろう。エディと呼ばれる男の東洋系の顔を見るなり嬉しくなり、思わず日本語で話しかけたくなったのだ。しかしそのエディと呼ばれる男は残念ながら日本人ではないらしく、そして確実なことに僕に対して好意的ではなかった。

 結局、ジェフは僕に六本のビールをおごってくれて、「ありがとう」と僕が言うと、「俺の親父は社長だ」と言って笑った。フレディが二段ベッドに上り、ジェフも空いた缶を片付けることなく「グッナイ」と言ってフレディの下のベッドに潜り込んだ。

 電気を消すと外の明かりが部屋の中にうっすら入ってきた。フレディもジェフも、ベッドに入るなり寝息をたてて眠り込んでしまった。僕はというと、初めてできた外国人の友達に対するファーストインパクトで興奮冷めやらず、何だか全てを手にしたような気持ちで興奮していた。

そっと窓を開け、ベランダに出ると丸い月が出ているのが見えた。僕は自分が狼男になることを想像した。狼男になった僕は、いつの間にか流暢な英語を話すようになっており、獣なのに紳士的な振る舞いのおかげでロサンゼルス中の人気者になるのだ。そんな想像をしながらハリウッドサインを見ていると、僕はゴールに辿り着いたような気になった。でも勿論そこはゴールではなく、スタートの始まりにすぎなかった。

僕はシングルベッドに入り、ヘッドフォンを耳にあて、しばらく日本のバンドのギタリストが出したソロアルバムを聴いていたのだが、すぐに止めてしまった。ヘッドフォンを耳から離すと静寂の音が聴こえてきた。僕はその無音に耳を傾け、頭から足先にリズムが流れていくのを感じた。そうしているうちに深い、深い眠りへと落ちていった。落ちていく途中で月明かりの差す方角から微かに女の人の歌声が聴こえたような気がした。


翌朝、シャワーの音で目を覚ました。ベッドの端に腰掛け部屋を見回すとジェフが寝息をたてているのが見えた。エディのベッドはもう空になっていた。僕はベランダに出てハリウッドサインを眺めた。グッドモーニングハリウッド。実質上ロサンゼルスで生活らしい生活を始めて初めての朝だった。僕はそれまでロスに着いてからただ彷徨っていた。右も左も英語も分からず宛ても無く。ジミーに拾われたとき僕は運命を感じた。人の一生は多分前もって大抵のことが決まっているのだと思う。ある時に起こる出来事は必然であって、変化させたつもりでいても、その変化自体が決まっていることなのだ。そう思っていると、自分の日々をストーリーとして読むことができる。そうでもしなくては、あくまで僕は、という話だが生き延びるのは難しい。

カチャリとシャワールームの開く音が聞こえて振り返ると、そこからフレディが出てくるところだった。

「グッドモーニング」

「グッドモーニング、タクシー」

 エディは何処へ行ったのかと尋ねるとフレディは答えた。「トレーニング」。

 エディはボディビルダーなのだという。毎朝早くに出かけ、バスでビーチ(僕が行き倒れていたベニスビーチということだ)まで出かけ、その後ゴールドジムでトレーニングする。フレディもボディビルをやっているが、彼の場合はマーシャルアーツの為のボディビル、エディの場合はボディビルのためのボディビルを行っているそうだ。

 ときに、フレディは真っ裸だった。そのまま僕の横に並び、朝日を全身に浴びながらタオルで体の様々な部分を叩いていた。僕は思わず彼のナニを見たのだが、それは僕のナニがモーターボートだとすれば、彼のナニは戦艦だった。フレディは満面の笑みで戦艦を揺らしながら体を叩き、細胞の一つ一つに目覚めよと訴えかけているようだった。

 フレディが戦艦を連打しているとき僕は「ベニスビーチに行きたい」と告げた。

「ジミーがやってるツアーがあるよ。十三時にここを出るはずだ。ミックに言っておけばいい」

 僕は顔を洗い、ミックの部屋をノックした。ミックはすっかり目覚めた表情でコーヒー片手にドアを開けた。

「ベニスビーチに行きたいんだけど」

「グッドモーニング、タクシー。OK。だけど他にも行くやつがいたらいいけど、タクシー一人だとジミーは行かないよ」

 そうミックに言われ、僕が困っていると後ろで声がした。

「行くよ」

 目をこすりながらジェフが部屋から出てきてそう言った。

「でもタクシーは何しにベニスビーチに行くんだ?」

 僕はそう言うジェフの方に振り返り、ゆっくりと頭の中で単語を並べ替え、

「海に行くのに理由なんて無いのさ」

と言った。ジェフが笑い、ミックも笑った。部屋からはフレディがナニを叩く音が聞こえていた。


 ホステルは昼食はついていないので、僕は道路向かいにあるスーパーでカップヌードルを買って食べた。日本のカップヌードルは偉大だと思った。ロサンゼルスのカップヌードルは、ただ単にラーメンという表現をカップに閉じ込めただけのような味がして、そこに工夫というものが見受けられなかった。

 十三時にフロントで待っているとキャデラックのエンジン音が聞こえ、その音が消えたすぐ後にドアを開けジミーが入ってきた。ドアを開けると顎をしゃくり、ジミーはすぐに車に乗り込んだ。ジェフの後をついて僕も車に乗り込んだ。

 車内で僕は後部座席に座り、ジェフが助手席に座った。ジミーとジェフは早口でしゃべりながら時折大笑いした。その時僕は、ジェフは僕と話すとき、かなり気を使ってしゃべってくれていることを知った。第二国後の彼の英語すら僕は聴き取ることができなかったのだ。でも、伝えよう、という意思をもって僕に接してくれているということは、彼が僕を友達と認めてくれた、ということだと思う。ジェフは時折後ろを振り返り、何かを言い笑った。僕も笑って、ジミーも笑った。笑うことに、その笑う起因となった言葉の内容はほとんど関係無い。大切なのは話すときのテンションとそこに含まれた感情なのだ。

 ベニスビーチに着くとジミーは僕らを下ろし、十七時に迎えに来る、と告げさっさと行ってしまった。ジェフは僕に、インラインスケートをしよう、と言った。僕らは近くにあった露店のレンタルショップでインラインスケートを借り、サンタモニカにあるジャパニーズレストランまで滑った。僕がお金が無い、と言うとジェフは、俺の親父は社長だ、と言って笑って金を出してくれた。僕はその食い放題のジャパニーズレストランで狂ったように寿司やら蕎麦やらを食べた。ジェフは僕のことを“イーティングマシーン”と呼んだ。

 飯を食ってから僕らはベニスビーチに引き返し、インラインスケートを返してから路上でやっているバスケットボールを眺めた。コートには大人組と子供組がおり、大人組の方はどうあがいても参加できるような代物ではなかった。僕らは子供組に近寄り、一緒にやらせてくれ、と頼んだ。黒人の少年たちは快く僕とジェフを迎えてくれた。

 ジェフは運動神経が悪く、少年達に軽々とドリブルで抜かれていた。でも少年達はジェフのことをすぐに好きになったようで、まるでその光景は小学校の体育の時間を見ているようだった。

 僕が放った三点シュートが決まると、少年達から喝采を受けた。ジェフの方を振り返ると彼はバスケットコートの外を見ながら手を上げていた。

「ヘイ、エディ」

 コートの外にはバンダナを巻き、サングラスをかけたエディが立っていた。


 僕らは少年達に別れを告げエディと合流した。エディとジェフは握手を交わし、早口で何かを言い合い笑った。僕がその様子を傍観者として眺めているとエディが不意に話しかけてきた。

「タクシーはこっち始めてか?」

 僕は何となくエディに嫌われている気がしていたのだが、僕の理解力に合わせて英語のスピードを調整してくれたところをみると、そう嫌いというわけでも無いようだった。

「うん、初めて」

「今いくつだ?」

「十九歳」

「十九?」

 エディは一瞬固まり、ジェフを見やり、僕に視線を戻し、そして豪快に笑った。十九の何処がおもしろいのかは分からなかったけど、とにかくエディが笑ってくれて僕は嬉しくなった。

「ジミーの迎えは十七時だろ。一緒に来いよ」

 僕とジェフは断る理由も無かったのでエディについて行った。僕はエディが歩く後ろ姿を見ながら、東洋系のお手本としてエディの歩き方や仕草を真似た。そうしていると自分がアメリカ人のような気がしてきて、周囲の視線も僕をアメリカ人と認めているような気になってきた。エディは僕らをビーチから少し離れたジムへ連れて行った。

「ジミーから聞いたんだけど、タクシーは空手やるんだろ」

「うん、高校のときやってた」

「じゃ体鍛えるのは嫌いじゃないだろ」

「うん」

「見学ツアーでトレーニングできるからやってみな。いい経験になる」

 ジェフはエディに何か文句らしいことを言った。どうやらジェフは体を鍛えることには興味が無いようだった。しかしエディが何かしら言うとあきらめたようなそぶりをして、

「OK、僕は見学するだけだ。ランニングマシーンにも乗らないし、ダンベルも持たない」

 エディが僕らの分も受付を済ませてくれて、僕らはジムの中に入った。ジムではでかい男たちがうようよしていた。そんな男たちとエディは気軽に挨拶を交わしていた。常連なのだ。エディは僕らのことなど忘れたかのようにトレーニングを始めた。トレーニングをしているエディは何かの壁をひとつずつ突き破るかのように、声を上げ、体に負荷をかけた動作を繰り返した。みるみる内に流れ出す汗を僕らは見ていた。人が体を鍛える姿をこんなに真剣に見たのは初めてだった。

 二十分くらいで一通りのセットをこなし、最後にリフティングのマシーントレーニングを終えたエディが汗を拭きながら僕に言った。

「もうすぐ向こうのスタジオで空手のスクールがある。タクシー、お前行って来いよ」

「空手?」

「そう、空手。たまには自分の体に馴染ませたことのある動きを体に与えてあげた方がいい。どうせ予定なんてないんだろ?」

 エディの言うように予定なんて無かった。ジェフを誘ったのだが

「もう俺はいいよ。外へ出る」

と言ってジムから出ていってしまった。エディは次のトレーニングメニューに移るためにどこか奥の方へ行ってしまった。僕は半ば仕方なく、半ば興味もあり、エディが教えてくれたスタジオの方へ歩いていった。

 スタジオの中にはかなりの人が集まっていた。そのほとんどは普通のトレーニングウェアを着ていた。空手着を着ているとしてもズボンだけで、上はTシャツを着ていた。入り口の方からバッチリ上も下も、つまりは空手着を着たヒゲ面の男が入って来て、スクールに集まった人々は一斉に「押忍」と言った。まるでB級映画の出演者にでもなったような気分だ。

 僕は高校時代空手をやっていて、学校の部活と同時に道場にも通っていた。道場では県のチャンピオンクラスの大人たちと練習しており、そのおかげで高校生の力量としては結構いい線まで行っていたと思う。でも経験とおそらくはシリアスさ、ストイックさが不足していたのだろう。僕は練習試合では県の優勝校のやつらにだって引けをとらなかったのに県予選などの本試合になると、コロッと負けてしまうのだ。「押忍」哲学を少しバカにしながらテクニックだけを追い求めた僕は、結局、空手を学ぶにおいて一番重要な精神力を身につけることに見事に失敗したと言える。

 とは言えここはアメリカ。空手の本場では無い(僕はいったいどの時代のことを考えてそんなことを思ったのだろう)。軽くメニューをこなし、目の青い奴らを圧倒してやるつもりだった。しかし、結果は散々なものだった。

 四股突きなどの基礎的なトレーニングを開始してすぐ、僕の体は安定感を無くしていた。要は早々にへばったのだ。圧倒するどころかテンポにすらついていけなくなり、僕は疲労に比例するように恥ずかしさを感じていた。

 スクールの窓の外を見るとエディが見学していた。僕はなおさら恥ずかしくなり、早く時間が過ぎることを願った。中段回し蹴りをみんなが繰り出す中、一人だけ結果的にローキックを放ちながら。

 スクールも最後のメニューになり、ヒゲ面先生がペアを組むように指示した。次々とペアができあがる中、自分から上手く英語を繰り出せない僕はキョロキョロするしかなかった。そんな僕を見てヒゲ面の先生が近寄ってきそうになった。まるでフォークダンスの時間に一人だけ余って先生と踊る練習をするやつのようだ。

 しかしヒゲ面は、僕に近寄って来ようとしていたのを止めて、再びスタジオの真ん中に位置し号令の準備をしていた。僕の肩に手が触り、振り返るとまるでアメリカのポップロックバンドのギターヴォーカルのような顔をした白人の兄ちゃんが立っていた。

「オネガイシマス、オス」

 そう日本語で言う彼に対して、僕は感謝の意味も込めて「押忍!」と言い礼をした。ちなみに僕は日本で空手をしていた時「押忍」と言ったためしはない。しかし僕はその時心から「押忍」と言った。

 最後のメニューはパートナーと対峙し、手刀で胸を打ち合うものだった。プロレスでよく見るあれではない。正拳突きの構えから抜き手のように相手の胸に腕を伸ばし、インパクトの瞬間に手の外側、いわゆる手刀部分を当てるのだ。僕はそんな練習したことも無かった。撃たれる相手は当たる瞬間に力を込める。

 僕らは十回ずつ攻撃と防御を繰り返した。僕の体もやっと空手を思い出してくれたようで、僕は初めてやったその動きを先生が感心するくらい上手くこなせた。ポップロックバンドのギターヴォーカルもなかなかいい動きをしていた。僕が最後の手刀を彼の胸に当て、僕らはお互いに礼をした。頭を上げると彼は僕に手を差し出していた。僕らは固い握手を交わした。彼は「また会おう」と言った。僕も「また会おう」と言った。きっともう二度と会うことはないのだろうけれど、僕らにとってはそのとき、そう言い合うことに意義があり、そしてそれを言った気持ちはウソではなかった。

 スタジオを出るとエディが僕を満面の笑みで迎えてくれた。

「楽しそうやったな」

「うん、ありがとう」

 うん?

「機会あったらまた来るとええよ」

 うん?

「あの、、」

「なんや」

「エディ、、、さんって日本人?」

「当たり前やろ。どっからどう見たって日本人やろが」

「えぇぇぇぇぇ」

 ここからは、さん、が付くわけだが、エディさんは生粋の関西人だった。

「シャワー浴びて行こか。ジミーは時間に正確やし、神経質やし。はよせな置いてかれるで」

 フィッティングルームでエディさんはもう洗濯するのであろう、脱いだ服を丁寧にたたみ、ロッカーに入れ、時間が無いと言ったくせに鼻歌を歌いながらゆっくりとシャワーを浴びていた。僕は服を着終わってから十分程待たされた。

 シャワールームから出てきたエディさんを見て、僕がちょっと気まずいような顔をしたのが分かったのだろう。

「ボディビルダーのくせにデブや思ったやろ」

「いや、うん、、、いやいや」

「ええっちゅうに。あんな、ボディビルダーは筋肉でかくしながら一回太るんや。ほんでな大会が近づいたらダイエットに入って、脂肪をそぎ落として筋肉を浮かび上がらせるんよ。ビルダーはな、自意識過剰軍団ちゃうで。そういうところも勿論あります。せやけどなビルダーっちゅうんは肉体を創るプロなんよ。料理人と一緒や。理想の料理を作るためにイメージして腕を磨いて、素材と調理具を揃えて、後は瞬発力と持久力、それに想像力を駆使して完成させるんやで。えらいこっちゃ」

 高笑いしているエディさんの説明に僕はすっかり納得した。物事というのは見方を変えると全く違うものに見えてくるものだ。哲学はいろんなところに存在する。僕は拍手喝采したかった。しかし実際拍手喝采するわけにもいかないので「へぇ」と言った。

「あかん、急がな」

エディさんは急に走り出し、受付の白人のお姉さんに投げキッスをしてジムを飛び出した。僕は必死でその後を追いかけた。

「はよせー」

 外に出るとエディさんはすでにジムがあるブロックの角をビーチに向けて曲がろうとしているところで、僕は息切れしながら猛烈に走らなければならなかった。とりたててやるべきことも無いのだ。明日から体を鍛えよう。今まで怠けていたことを後悔しながら僕はでかい筋肉をまるで感じさせないエディさんを必死で追いかけた。なんと言ってもジミーは時間にシビアなのだ。

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