世界はとっても混沌中
ちょっと前の世界は薄汚れていたそうだ。
前世の自分は中受に大受に就活に婚活と、世界がどうかなんて気にする余裕もなかったが、私の知らない世界のどこかでは紛争が常にあったのは事実だ。
「知っているか!次々と紛争を起こし、勝手に他国に入り込み、教育という名の洗脳を行う奴らの思惑を!一握りの人間の欲と金に満ちた生活は、その他大勢から奪い取った富によって成り立っているものだ。」
悪の結社の最高指導者であるバルタザール・ハバス著による悪の組織勧誘パンフレットは、前述の文章から始まっている。
悪の組織の目的は、世界のシステムを壊す事による、全人類の共通意識による完全なる平和でクリーンな世界の構築である。
悪の組織が何を言っているのかと思うが、南米出身のバルタザールは麻薬撲滅のために立ち上がった息子が家族ごと、それも、三歳と五歳の幼子まで一緒くたに麻薬組織によって惨殺された過去を持っているのだ。
その麻薬組織に息子家族の情報を売ったのが政府関係者だとすれば、バルタザールが世界を、それも上級ともいえる階級を目の敵にするのは誰しも理解できることであろう。
よって、悪の組織は世界中で受け入れられ、日々、その規模を大きくしている。
私もそっち側にいれば良かったな、と最近では毎日のように思う。
でも、前世の記憶を持って目を開けたら自分が人造怪人だった、というのはシャレにならないぐらいきついものだ。
前世だってそんな美人でもない普通の女でしかなかったが、蛾みたいな羽を持ったボヨンとした白っぽい肉体、これをよしと認められるメンタルは無い。
こんな姿は嫌だと悪の組織の研究所で暴れた私は、ちょうど良く悪の組織に捕まっていた正義のヒーローと一緒に逃げ出した。
「ああ、逃げ出すんじゃなかった。」
私は公園のど真ん中で大きく溜息を吐いた。
そんな私に繰り出されてきたのは、真っ黒な合成金属の棒だ。
私はそれを素手で受け止めると、そのバットサイズの長さと太さの武器を掴んでいた悪の組織の雑魚兵一人ごと宙に放り投げた。
私の動きによってチェックのスカートが大きく翻り、太ももに快い風を感じて私の気持ちが少しだけ晴れた。
何故スカートなのかというと、今の私は女の子、それも女子高生の姿なのだ。
怪人は人間を騙すために人間界では仮の姿を纏うものでしょう。
完全なる姿にメタモルフォーゼすると、私の羽の鱗粉は炎を生んでしまうからにして、本当の姿で戦闘すれば無駄な大火を発生させてしまうことになる。
そして、人型を取っていても中身は怪人だもの。
肉体強化している戦闘員でも、数人くらいは簡単に倒す事が出来る。
もう一人が前に出て来た。
私は勇敢なその兵隊の足を払い、大きく腕を振り払って喉元に当てようとしたが、私の獲物は、いいや、私の周りに残っていた戦闘員達は一時に木の葉のように宙に舞ってしまった。
正義のヒーローのご登場である。
オレンジ色のツナギ姿にも見える全身オレンジの怪人。
つるっとした硬質の人型に赤と黒でそれなりに格好よくはペイントされているが、私は変身後の彼を何度見ても黄色スズメバチの連想しかできない。
「姫!助けに参りましたぞ!」
「姫じゃないし。いるんだったら私を襲う前に潰しておいてよ。」
「美少女を助ける、というシチェーションがないと、こっちもやる気が起きないよ。ああ、俺はどうしてあの日捕まったそこで、かのバルタザール閣下の靴の底を舐めなかったんだろう。」
「私の仮の姿構築に夢中だったからでしょう。」
オレンジ色のヒーローはクスッと笑い声をあげた。
私の仮の姿の外見がどんなかというと、身長はあまり高すぎない158センチで、毛先だけ巻いている真っ黒な長い髪は腰まであり、人形のようなと形容したい美しい顔立ちの大きな目はアーモンド形でちょっと気の強そうな、というお嬢様風美少女である。
そして言い訳をさせてもらえば、私の仮の姿の構築には私の意見など一切入ってはいない。
正義のヒーローという肩書を持つ葉桜雷光が、自分の趣味一直線で作り上げてくれたというものなのだ。
私はその時生み出されたばかりで、複雑な機械の使い方などわからないのだから仕方が無い。