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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
9/19

散歩する者(2)

「自分は行かないよ」

佐久弥の言葉に呆気に取られたことはここ数週間で何度かあった。だがまたも、いつもよりもさらにポカンとしてしまった。

「…何で?」

「知らない人の家に行くなんてごめんだよ」

「いや、依頼人だぞ⁉知らない人って、それだと俺の依頼での行動と矛盾するぞ⁉」

「平吾くんは名前と顔から見て同じ血筋の人だってわかったから、いいんだよ。それに、美恵子さんが巻き込まれたと聞いたら動かずにはいられないし、太朗さんが行こうと言った訳だし」

わがままか!とツッコミを入れたいのを耐えて、俺は太朗さんを呼んだ。

「太朗さん!佐久弥はいつもこんな調子なんですか⁉」

「ああ、うん。そうだよ」

当たり前、といったように太朗さんは返答した。

「佐久弥くんの人嫌いに対して、余程のことがない限り強引に連れて行こうとは思えないよ。佐久弥くん、その代わりに今回の事件の概要をデータにしてくれる?」

「うん。わかったよ」

佐久弥はそう返事して、紙面に向きあった。先日知ったことだが、佐久弥は紙に物を描く方を好むようだが、パソコンの基礎的な操作はできるらしい。たまに、元来の性質によって誤字・脱字をするようであるが。

そんなやり取りがいつも交わされていたためか、そこで二人の会話が途切れた。我慢ならずに、俺は太朗さんに話しかけた。

「そしたら、太朗さんは…」

「うん。僕一人で行こうと思うよ」

「いや、待ってください。俺も一緒に行きます」

「え、でも明後日は大学の講義があるんじゃ」

「大学の講義にはちゃんと行きますから大丈夫です!」

「どうってことはない」と危うく言いかけて、言葉を変えた。ついこの間、同じような発言をして、腰柔らかな太朗さんから説教を食らったばかりであることを思い出したからだ。

「…本当だね?」

「はい」

その講義は必須科目ではないためあまり出ていない。が、明日は少しだけ出ようと思った。今までのレジュメは、友人から借りて写すとしよう。うん。

「…わかった。じゃあ、同行お願いしようかな」

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのはこちらの方だよ」

「太朗さんのこと、任せたよ」とこちらを見て佐久弥は言った。かと思うと、再び紙にペンを走らせ始めた。


***


商店街を抜け、閑静な住宅街を太朗さんと二人で歩いている。

「そういえば、高倉さんとは会うのは初めてなんですか?以前、顔見知りでないと人が寄らないと聞いたんですけど」

ここ数日の探偵事務所を思い返して思った。確かに何度か自分は訪れたが、そこで事件の依頼を聞くことはなかった上、訪問客もいなかった。

「うん、初めてだね。…親戚やご近所の方からペットの捜索や庭の掃除を頼まれたりすることはあるけど、高倉さんの場合は恐らく以前請け負った依頼人から紹介されて来たんだろうね」

「商売としてはありがたそうですけど…」

「うーん、でも今回のケースから考えると、『呪い』の可能性があるかな」

太朗さんは苦笑いでそう答えた。


***


北見家の人間には他にはないだろう特性がある。

それは、それは、必ず「奇怪」に巻き込まれること。どんなに穏やかな日常を送っていても、ある日には奇妙極まりのある出来事や事件に巻き込まれるのだ。

先日に起きた養父による母の殺人事件も、母の凄惨な死は『呪い』に由来するものと考えられた。但し、太朗さん達は自分たちの『呪い』によるものだとしていた。

当の母は俺を呪いから遠ざけようとしていたが、俺は母の努力を水の泡にするように北見探偵事務所について行くことにした。いや、俺も北見家の血筋を引くものとして、母の死を無駄にしないように『呪い』に立ち向かうことにしたのだ。


***


「お越しいただき、ありがとうございます」

玄関で高倉さんが俺達を出迎えてくれた。

家は二階建てであり、それなりに年季が入っている。しかし、かなり大きな造りでもない。その年代の家なら、どこにでもありふれているような木造建築である。

玄関を上がり、手前にある居間に通される。部屋には横長い木製の座卓が設置されており、用意されていた座布団に腰を下ろす。

「あの、あちらは…」

太朗さんが高倉さんに、傷ついた襖が開かれている隣の部屋の方を見て尋ねた。そちらを見遣ると、そこには仏段があり、位牌や写真、線香が飾られていた。写真は30~40代に見える女性と20代に見える男性がそれぞれ微笑みをたたえていた。

「ああ、そちらは家内の者たちです。気にしなくて大丈夫ですよ」

「…そうですか」

そして俺たちは座卓を挟んで、高倉さんと対面した。

「一義さんのことですが、捜索するに当たって彼の特徴を教えていただけませんか?」

「特徴ですか。そうですね……黒髪に白髪がところどころ混じっていて、少し太り気味です。あとは、目が少し悪いくらいですかね…それ以上は、特にないですね」

「ありがとうございます」

太朗さんがお礼を言い、用意された麦茶を口に含んだ。今の情報で一義さんの全貌を思い浮かべてみるも、俺にはぼんやりとしたイメージしか湧かなかった。

「それでは、家の中を拝見しますね」

俺達三人はその場から立ち上がり、高倉さんの家を見て回った。


***


高倉さんの家の造りは、次の通りであった。

まず、玄関を入ると右に洗面所と風呂場、左に居間、廊下の途中に二階へ続く階段があり、その奥の開かれた扉の先はダイニングルームになっていた。洗面所には窓があったが、それほど大きくはなく、鍵も施錠されたままだった。次に、居間と襖で隔てられた仏壇のある部屋—高倉さんの部屋はそれぞれ十畳程の広さであった。各部屋にガラス戸があったが、これも行方不明事件が起きた当時から閉じられていた。さらに、高倉さんの部屋にはガラス戸の前に折り畳み式のベッドが設置されており、動かされた形跡もなかった。また、押し入れの扉は開かれており、布団が積まれていた。一階の最後の部屋であるダイニングルームには、台所と食卓、食器棚と諸々の家電用品が設置されている。冷蔵庫には僅かな食料と飲料があるばかりである。そして、部屋には窓があり、さらに台所の傍に小さな土間があって外に出る扉もある。しかし、それらにも鍵は掛けられたままである。

廊下の途中にある急な階段を上ると、左右に六畳程の部屋が存在し、扉が開いていた。階段から見て右側の部屋には、ソファーと本棚、部屋の隅にロータイプの勉強机が置かれている。対する左側の部屋には、ハイタイプの勉強机と本棚があり、ここにも折り畳み式のベッドが置かれていた。この二部屋の共通しているところは、部屋が整えられていること、扉を閉めている押し入れがあること、ベランダに続くガラス戸があることである。但し、ここでもガラス戸の鍵が開かれた形跡はなかった。


以上が、高倉家の構造である。

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