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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
6/19

北見家(前編)

それからというもの、栄口家の前には救急車やパトカーが停められていた。

広助は救護員によって、病院に運ばれて一命を取り止めた。ところが、数日後、傷が治りつつあり自力で歩けるようになる頃に、再度自殺を図り窓から身を投げようとした。偶然にその現場を通りかかった看護師や患者が必死になって止めたのは幸いというべきだろうか。

二度目の自殺の失敗か、取り調べに対する疲弊か、美恵子を殺めたことへの罪悪感か、その後彼の身体は衰弱していった。そして、美恵子の殺害から数週間後に広助はこの世を去った。

時は戻り、平吾達は警察の事情聴取を受けていた。事件の全容を聞いた警察官は、初めは信じられないという面持ちで話を聞いていた。しかし、美恵子の遺体の状態や広助の自殺未遂から真実の一環として受け止めた。また、太朗が警察の間で顔が知られていることからも事件の真実味を帯びていると判断され、三人はその日のうちに解放された。

帰りの道中、平吾は自分はもうあの家には戻れないという気を感じていた。それと共に、別れ際に言われた太朗の言葉を繰り返し思い出していた。

—あなたに大切なお話があります。明日以降、お時間がある時でいいですので、探偵事務所に来ていただけませんか。

大切な話とは何であろうか?今回の事件のことでまだ何かあるのか?それとも…。

平吾は悶々とした心持ちで、夜遅くに己の住み家であるアパートに着いた。扉を開き、書類などで散らかっている部屋を余所に、床に敷かれている布団の上にそのまま寝転がった。そして、そのまま深い眠りへと落ちていった。


***


「自分は人が好きじゃないよ」

淡々と佐久弥は言い、テーブルにあるティーカップを持ち上げ、琥珀色の液体を口に含んだ。好き勝手に跳ねている髪の下から見える端正な顔を、向かい側のソファーに座っている平吾はポカンと眺めていた。

事件の翌日、平吾は大学の講義があったが、目を覚ました時には既に終了の時刻を示していた。友人からの連絡を確認し、シャワーを浴びるなどの身支度を整え、北見探偵事務所へと足を運んだ。

探偵事務所には、太朗も佐久弥もおり、昨日と同様に太朗は三人分の紅茶を淹れた。「せっかくですから、お菓子も用意しますね」と言い、一人で買いに出かけた。

現在の客間には、平吾と佐久弥が対面する形でソファーに座っている。二人の間には沈黙が流れていた。紅茶の湯気が立ち上っており、時間が過ぎていった。その沈黙に耐えられなかった平吾は、佐久弥に声を掛けた。

「佐久弥さん、ここの探偵事務所はいつから始めたんですか?」

「…七年くらい前に太朗さんが引き継いでやっているけど、正式に始まった年は覚えていないかな」

「そうなんですか。佐久弥さんが探偵社員になったのは」

「二年前だね」

「そう、ですか」

「……」

「……」

再び訪れた沈黙に平吾は悩んだが、そこで佐久弥の言葉が紡がれ、現在に至る。

「…人嫌いですか」

「うん」

「じゃあ、一人でいる方が好きなんですか?」

「うーん…一人でいる時間も必要だけど、孤独は嫌いだよ」

「でも必要なものでもあるかな」と言って、再び紅茶を啜った。平吾もそれに倣って、ぬるくなった紅茶を啜る。彼の言動に理解が追い付いていっていないが、わからなくもないような心持ちをしていた。

その時、軽快なインターホンの音が鳴り、扉が開き閉まる音がした。「遅くなってしまい、すみません」と謝りながら、太朗が部屋の中に入ってきた。

「いえ、大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

「太朗さん、紅茶のお代わりをもらっていい?」

「ええ、もちろん。そしたら佐久弥くんはお菓子を出してもらってもいいかな?」

佐久弥はソファーから立ち上がり、太朗と共に準備を始めた。お代わりくらいなら自分で淹れればいいのでは?と平吾は思ったが、昨日の佐久弥の危うい行動からお菓子を器に移す方がいいかもしれないという考えに落ち着いた。

再び三人分のお茶と新しく用意されたテーブルの周りを三人は囲った。佐久弥の隣りに座った太郎が話を始めた。

「この度は美恵子さんのことでお悔やみ申し上げます」

「ああ、えっと…この時、どう言えばいいでしょうかね」

「無理に何か言う必要はないと思うよ。そういえば、あの後広助さんがいる病院には行ったの?」

「いや、まだ…言った傍から触れにくい質問をしますよね⁉」

「だって、気になったから」

「申し訳ありません。平吾さん」

「いえ、太朗さんが謝ることではないですよ。ああでも、実家の近くに来た時に、ぽおがいました」

北見探偵事務所へ向かう前に、平吾は栄口家の近辺に行った。すると、駅の傍に見覚えのある黒猫ぽおがいた。平吾の前に来て、「なあ」と一声鳴いた。平吾がぽおの喉を撫でると目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。そして、満足したのか、その場から去って行った。

「今度ぽおを見かけた時、うちで飼おうかと思ったんですけど、ペット禁止のアパートなんです」

「そしたら、ここの事務所で飼えばいいんじゃないかな。ねえ、太朗さん」

「佐久弥くんたら…うん、異論はないからいいんだけど」

「いや、ありますよ」

すかさず平吾はツッコミを入れた。

「まるで俺がこれからも探偵事務所に来るような話じゃないですか」

「えっと、駄目でしたか?」

「い、いえ、駄目というわけではないんですけど」

「それなら、安心しました。ああ、そうです。大事な話なんですけれども」

太朗な真剣な顔をしたため、平吾もつられて真面目な顔になった。


「あなたのアパートの家賃や水道光熱費、生活費を担っていくことなんですけれども」

「ちょっと待った」

本日二度目のツッコミを平吾は入れた。

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