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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
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パノラマと黒猫(4)

石像の女性は、平吾の母美恵子だった。行方不明であるはずの彼女は、石材で塗り固められ、作品として展示されていたのだ。

平吾達三人は美恵子の変わり果てた姿を見て、一目で息をしていないこと理解した。

広助の嘆声以外がシャットダウンされたかのように、アトリエ内は静寂に満ちていた。

平吾達の傍に寄ってきた黒猫ぽおは、彼らを見上げていた。そういえば、初めての帰省で母親が玄関前で可愛がっていた野良猫であったな、と平吾はそんな回想を一瞬した。

その空間を打ち破ったのは、男に冷たい視線を送っている佐久弥であった。

「広助さん。広助さんは美恵子さんとの間に何かあって、彼女を殺した。そして、それを隠すために『彫像』と称して彼女の遺体を石材で塗り固めた。ここまでは推測できるけど」

「どうして」

震える声で、平吾は言葉を発した。

「母との間に何があってこんなことをしたんです?そして」

痺れを切らしたかのように尋ねた。

「何故俺を『呼んだ』んです?」

平吾は残っている謎についても触れようとした。自身に電話をしなければ、広助はしばらくの間身の上に起こったことを隠し続けることができただろう。けれども、連絡をしたのには何らかの理由または目的があると、そして今の実家であるこの家に戻ることと関係があるとしたらと、平吾は考えていた。

一方の広助はというと、顔は青褪めたままであるが、強張らせていた顔に突然笑みを浮かべた。そして、乾いた笑い声を上げて、言葉を紡いだ。

「平吾くんは他の人に美恵子さんのことを話していたんだねえ。そうか、そうか。何があったかって?単純なことだよ。私は未亡人であり、平吾くんの母である美恵子さんに恋をしたんだよ。この年になっても、恋情というのは芽生えるもんだね。それに気づいたのが最近だったから、その想いを彼女に伝えたんだよ。すると、彼女は私の告白を拒否したんだよ。当然だ。兄の元をまだ想っていたからに違いない」

広助は平吾だけに視線を向けながら、当時のことを思い出しているように語り続けた。

「けれど、私にとってそれは許せなかった。逆上した私は…そうだ、この手で、直接、美恵子さんに手を掛けたんだ」

細くも肉付きのある青白い手を見て、フフフッと広助は笑った。

「美恵子さんに手を掛けた後、初めは激しく後悔したんだ。とんでもないことをしてしまったと。けれど、その後別の発想が思い浮かんだんだ。今の自分は、彼女を自分のものにできるって」

「…それが石像作りに走らせた、と」

「そうだね、そうだけど、あなたはまだ理解されていないですよ。佐久弥さん」

今度は三人全員に目を向けて、男は語った。

「石像と言っても、ただの石像じゃありません!私が作る石像は、セメントで塗って固めるものです。ですが、その後が本番なのです。というのも、完成させたものを鑑賞するのも一興ですが、時間がある程度経った頃に石の表面を割って、『中』も鑑賞するのです!初めは腐敗した異臭に吐き気を催していましたが、徐々に慣れてくれば、フレーバーティーのように楽しめます。初めは果物や野菜ばかり扱っていましたが、たまたま見つけたネズミの死体にも手を出してみると、あの柔らかな肉付きと滑らかな毛並みの気持ち良さはもちろん、何よりもあの石を割った後の臭いが堪らなかったのですよ!」

恍惚とした様子の広助を三人は静かに見ていた。ただ、平吾だけは叔父の語りに愕然としていた。

「話を戻しましょう。私は美恵子さんの首を絞めた後、彼女をセメントで固め、急いで買ってきた造花を散りばめて、石像を完成させました。一つは彼女という石像を崇拝するために!一つは彼女の最後の香りまで自分のものにするために!ところが、欠けているものがありました。彼女との間にある彼女の思いが詰まった『何か』です。造花だけでは彼女の美しさを補え切れない。だから、その『何か』が必要だったんですよ。ねえ、平吾くん」

ジロリと一点の方向—平吾に、広助は注目した。

「僕には、美恵子さんには、君の母親には君自身が必要だったんだよ」

叔父の言葉の意味を嫌でも理解した平吾は、背筋が凍るような思いをした。庇うかのように、太朗と佐久弥は前に出た。彼らの足元にいたぽおも、前足を出し低い唸り声を上げていた。

「だけど、誤算があった。まさか他人を連れてくるとは、しかも私の秘事を暴くような人達だとは思っていなかったよ」

「広助さん、僕らは警察官ではないです。ですが、探偵としても僕自身としても平吾さんをあなたに引き渡すことはできません」

「そうですね。そう言うと、思いましたよ」

その途端、扉付近にいた広助は突如身体を反転させ、扉を開けてアトリエから去って行った。

「!、追いかけましょう」

太朗はそう言って追いかけようとした。しかし、同じく駆けようとした佐久弥が足を滑らせ、転び、展示品に当たった。その際に、佐久弥の足が平吾にも当たり、後ろへとよろめいた。

「佐久弥くん!平吾さん!大丈夫ですか⁉」

「うん、自分は大丈夫だよ。それよりも早く広助さんを」

心配しながら佐久弥の手を掴んだ太朗と体勢を立て直した平吾は広助が走り去った跡を辿り始めた。


***


アトリエから渡り廊下へ伝ってきた三人は、初めに玄関へと向かった。玄関は僅かながら開いていたが、太朗は制止を掛けた。

「靴の数が入る前と変わっていません。恐らくまだ家の中に潜んでいるかと」

玄関には四足の靴が並べられており、その中に一足かなり使い古された靴があり、それが広助のものであったと平吾は記憶していた。さらに、あの隙間からぽおが入ってきたのに違いないとも推測した。

一行は渡り廊下とは別の通路がある廊下を、警戒しながら急ぎ足で歩いていた。廊下の壁際には部屋の扉があったが、開いた形跡は見受けられなかったため、通り過ぎた。一方で彼らのペースに合わせないぽおは、テクテクと一匹先に歩いて行き開かれている扉の隙間へと入っていった。

扉の前に辿り着き、太朗が慎重に開けていき、中に入って行った。

中は台所と居間となっており、さらに居間の奥の方には扉がある。叔父はその奥の扉にいるだろうかと思い、平吾は身構えた。

「…台所の扉が開いている」

佐久弥の言葉を聞いて、平吾はそちらを見遣った。佐久弥の言う通り、台所のシンクの下にあるキャビネットの扉は開かれていた。扉には何本かの包丁が包丁刺しに収められていたが、一カ所だけ抜かれた跡があった。

太朗は佐久弥に平吾の傍にいるように言い、自信のカバンに手を突っ込み、奥の扉へと近づいた。そして、素早く扉を開け、中から警棒を出し、構えた。

佐久弥によって後ろに立たされていた平吾は、自身も広助の奇襲に備え構えていた。しかし、扉の前にいた太朗がすぐに構えるのを止め、ポケットからスマートフォンを出して電話を掛け始めた。突然の行為に平吾は驚き、佐久弥の後を追って奥の扉の前に進んだ。そして、ハッとした。


居間の奥の扉を開けると、美恵子の部屋になっている。その部屋の中央で、赤黒い海に膝をついて倒れている広助の姿が彼らの目に入った。

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