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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
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パノラマと黒猫(3)

『彼の考えによれば、芸術というものは、見方によっては、自然に対する人間の反抗、あるがままに満足せず、それに人間各個の個性を附与したいという欲求の表れに外ならぬのでありました。』

「パノラマ島奇談」 江戸川乱歩


***


「これらが私の作品です」

一行は休む間もなく渡り廊下を通り、広助のアトリエの家に入った。

外観で見た時と比べて、中は広く見渡せるような構造であった。円を描くようにイーゼルに立て掛けられたキャンバスや石像といった作品が均等に置かれており、壁際には額縁に入った絵画が掛けられていた。部屋の中央には、描きかけであろうキャンバスと必要最低限に留めた絵の具とパレットが置かれている。また、隅の方には使っていない画材が山積みにされている。

「すごいですね。たくさん作られたんですね」

「それほどでも。これでも少ない方ですよ」

「そうなんですか。ところで、作品を一通り見て回っても良いでしょうか」

「ええ、もちろん。いいですよ」

広助の承諾を得て、太朗と佐久弥は作品を見始めた。

…いつ見ても、陰鬱だ。

平吾は広助の作品を、そのように評した。

夕焼けと思われる絵は明るさよりも暗さを強調しており、日が沈むというよりも徐々に消えていくという表現の方がふさわしく思える。花瓶に入った花の絵も満開に差いている花よりも枯れてしおれている花を前面に描かれている。暗闇に打ち上げられている花火の絵は色は鮮やかであるものの、油絵具で幾度も重ね混ぜ塗った混濁の夜が目を引く。

その他にも絵画は飾られていたが、平吾はそれらに特別嫌悪を抱いているわけではなかった。彼が嫌っていたのは、広助が彫像と呼んでいるいくつかの作品だった。りんごやみかんなどの果物、トマトや玉ねぎなどの野菜、そしてネズミといった小動物をかたどっているかのように仕上げられている。平吾はそれらに対して寒気のするような思いがして、今まで見るのを避けてきた。

—広助さんの作品と美恵子さんの行方不明は、関係があると僕らは踏んでいるんだ。

家に入る際に佐久弥に言われたことを、平吾は心の中で繰り返し呟いていた。そして、覚悟を決めたかのように「俺も広助さんの作品を見てみますね」と言い、アトリエの作品を見て回ることにした。

平吾が作品を見始めた頃、太朗と佐久弥も作品を一つ一つ吟味していってた。但し、彼らは作品を鑑賞しているよりも観察しているような様子であった。

そして、広助は三人の様子をソワソワした様子で眺めていた。それは、自身の作品を見られることへの羞恥心からか、人がいることへの慣れなさか、それを知るのは彼自身であった。

平吾が作品を見ていると、途中一つの石像の前に立ち止まった。その石像は目元に黒い仮面をつけた女性をかたどったものであった。そう判断したのは、胸元に2つのふくらみがあったためである。背丈は成人女性並みで、頭には造花の花冠が飾られており、周りにも増加の花がいくつか敷き詰められている。

平吾は初めて、広助の作品を美しいと思った。同時に、そう感じる自分に身震いをした。

—作品はずっと置かれていますか?

太朗が質問したことを平吾は思い出し、その女性像は自分が以前訪れた時にはなかったことも思い出した。そして、もう一つの違和感にも思い当たった。

その時に、太朗と佐久弥も女性像の前に来た。二人は先ほどまでと打って変わって、作品を数秒眺めただけだった。そして、互いの顔を見合わせて頷いたのを機に、太朗が広助の名前を呼んだ。

「広助さん」

「はい。何でしょうか?」

「この作品は一体…」

「ああ、それは最近完成したものなんです。苦労したんですよ」

「その苦労を水の泡に返すようなことを今からお話してもよろしいでしょうか?」

太朗の言葉を一瞬で理解できなかったかのように、広助は口を開けていた。目線を数秒彷徨わせた後、ようやく捻り出すかのように言葉を紡いでいった。

「…えっと、太朗さん。それは、どういう意味ですか」

「ああ、突然にすみません。ですが、聞いておかなければならないと思ったことがあるんです」

太朗は改めて、広助のいる方向に目を向けた。

「まず、石像のお話です。平吾さんからは、あなたは彫刻を作っているとお聞きしました。ところで、彫刻はてん刻と呼ばれる石材を彫って作るものなんですよね。ですが、アトリエに置かれている作品にはどれも共通して彫られた跡がありませんでした。材質は全て同じものが使われているようでしたけれども」

「…何が言いたいんです?」

「あなたは石像を『彫って』作ったのではなく『塗って』作ったのではないでしょうか」

太朗が一つの石像に指を指す。「みかん」の名札がある石像である。

「僕らは『みかん』という名札を見て、なるほど確かにみかんをモチーフにしたんだと思えました。ですが、作品をよく観察すると石を滑らしたような跡があります。彫刻では、そういった後は見受けられないかと思います。それともう一つ気がかりなことがあります」

太朗の話聞いている広助は、青白い顔をさらに青ざめさせていた。

「作品の数です」

それを聞いた平吾は「やっぱり…」と呟いた。

「平吾さんも気づかれたんですね」

「…はい。広助さんの作品はあまり見たことがありませんでしたが、覚えていたものは残っていました。いや、むしろ石像については『作品が増えていない』と、感じたんです」

「きっと、そうだろうと思っていました。詳しい数を聞いてない僕でさえも、もう少し数があってもおかしくはないと思うんです。むしろ、きれいに整理整頓され過ぎているという印象を受けました」

「つまり」

黙認していた佐久弥が口を開いた。

「定期的に作品…石像が作られ、入れ替えられている。その理由は、石像の中身の腐敗が進んでいるから。腐敗が進めば形も保てられなくなる可能性があるし、匂いで中身があることが悟られる」

「そうですね。…これもあくまで推測ですが、あなたはまず果物や野菜を石材を用いて塗り固めていたんだと思います。途中で何らかの動機で生き物…家にいた動き回らないネズミ…死体も塗り固めるようになった。そして」

太朗が言葉を続ける途中で、突如黒い物体が女性像に飛びかかった。頭部から強い衝撃を受けた石像にはひびが入り、その一部分が割れて中身が露わになった。

紫色の斑点がありながらも、鼻が高く整った眉がある。二重の下で見開かれた目には光が入っていなく、濁った色であらぬ方向に向いている。それは紛れもなく、女性の生身の一部だった。

石像を倒した物体—ぽおが「なぁ」と鳴いて、女性の顔をじっと見つめていた。

猫がいつのまに中にいたのか、という事実よりも一同の注目を浴びせているのは顔の一部が露出された女性の像であった。その中で一人、平吾は悲痛な面持ちで声を漏らした。


「…かあ、さん」

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