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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
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パノラマと黒猫(1)

栄口平吾は実母栄口美恵子と養父栄口広助の三人家族である。

実の父である栄口元は、三年前に病気でこの世を去っている。

独り身であった広助は、美恵子と平吾を新しい家族として迎え入れた。その後、平吾が大学入学で引っ越しするまでは、三人で一つ屋根の下で暮らしていた。

栄口家の暮らしというのは、実に静かなものであった。平吾は学校に行き、美恵子は職場へ赴き、広助は自宅のアトリエで黙々と作業をしていた。広助は芸術家であると自称していた。確かに彼のアトリエにはいくつか作品が並べられていた。しかし、平吾は広助の作品を好きにはなれなかった。何か、ある種の嫌悪感を感じていたのだ。

平吾がそう遠くはないはずの大学のために自宅から離れて暮らすことを勧めたのは、母の美恵子だった。その勧め方というのが、平吾にとっては不思議に感じていたのだ。美恵子は確かに平吾のことを幼い頃から時には厳しく、しかし温かく見守りながら大事に育てていた。わが子が巣立つ姿も見送りもしていた。しかし、一方で一人暮らしを勧めた時には緊迫した様子だった。そんな母を見るのも当時が初めてであったためか、平吾はひどくそのことが印象に残っていた。


そして、事件が起きたのは三日前であった。正式には五日前でかもしれないと平吾は話した。

夕方に広助から電話が掛かってきた。要件を聞くと、美恵子が二日前から行方不明になったと彼は話した。平吾は驚きを感じ得ざるを得なかった。

警察に相談しようにも手掛かりがないことから相談していない、と広助は落ち着いた様子で話した。何か美恵子に関する情報が得られたら連絡してくれと言い、広助は電話を切った。


***


「それで、今日僕達に相談しに来た、というわけなんですね」

「はい。探偵なら、北見さん達なら何かしてくれると思ったんで」

話し終えた平吾は紅茶を一気に飲み干した。ぬるくなっていた液体は、乾いた喉にはちょうど良い温度で会った。

「あと。依頼料のことなんですけど…」

「ああ、それは大丈夫ですよ。今回は料金など気にせず調査させてくだされればいいですよ」

「えっ、いや、でも、流石に悪いですよ。今は相場に見合った分を持ってないですけどいずれ—」

「太朗さんが言っているんだから、いいんじゃないの」

太朗の座っているソファーの隣で、佐久弥は紅茶を啜っていた。いつの間に?と平吾は佐久弥の存在を始めて確認してそう思った。

「ねえ、平吾くん」

「あっ、はい。何ですか」

佐久弥から話しかけられると思っていなかった平吾は訝しげに反応した。

「この行方不明事件、おかしいとは思わない?」

「おかしい、とは…」

「養父の広助さんの行動だよ」

「ああ、確かにおかしいとは思いました。手掛かりがなくても、警察に相談するのが普通だと思いますよね」

「うん。君はこれは警察には相談できない事案だと思った。だから此処に来たんだね」

「ああ、はい…」

「佐久弥くん、僕も会話に混じってもいいかな?」

二人のやり取りを静観していた太朗が切りだした。

「ああ。ごめんなさい。自分、また太朗さんの邪魔を…」

「いいえ。邪魔だなんてそんなことは思っていませんよ。それに、佐久弥くんも栄口さんも指摘したことは僕も気になっていましたので」

「…おかしいといえば、恐らく広助おじさんが母のことを連絡したのは…おそらく自分だけかもしれません」

平吾の言葉に、興味深そうにそれぞれ二つの目が向けられた。

「どうしてそう言えるのでしょうか?」

「母は広助さんに職場の人たちの連絡先を教えませんでした。それは当たり前のことだと思うんです。けど、さらに言うと広助さんは他の栄口家の人や友人らしき人と連絡を取ったり会ったりした姿を見たことがないんですよ」

実父の葬式の時には何人かの栄口家の親戚が集まったが、以来広助以外の栄口家の人々とは会っていない。祖父母に当たる人物も、とうの昔に死んでいる。平吾に限らず、美恵子も、広助もである。

平吾がそのように説明すると、「そうなんですね」と太郎は頷いた。

「…広助さん、ますます怪しいね」

佐久弥の一言に、平吾は頭を打たれるような衝撃を感じた。

平吾自身も広助に対する猜疑心は拭えなかった。何故警察に連絡しなかったのか?何故母のことをそれ程案じていなかったのか?

何故自分には行方不明のことで連絡したのか?

「うん…もしかしたら」

「太朗さん、何か思いついた?」

「ええ。栄口さんのお話を聞いて引っかかったところがありましたので…」

引っかかったところ?

「どういうことか」と平吾が聞くよりも前に、太朗は一つの提案を出した。


「今から栄口さん—栄口広助さんのいるご自宅へ参りましょう。平吾くん、もちろんあなたも一緒に、です」

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