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北見探偵の綺談  作者: 瀬野真下
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始まり

都内の商店街の中、その道を栄口平吾は進んでいた。

お昼頃であるためか、飲食店にはランチメニューが下げられており、会社員などの客で賑わっていた。それを尻目に気にせず、多少の空腹も感じながらも、ある場所を平吾は目指していた。

商店街から外れた小道に曲がる。すると、そこには都会の中心の建物よりも小規模なビルと住宅が立ち並んでいた。その先を一分も経たないうちに、一つの小さなビルに平吾は辿り着いた。

ビルの入り口は階段となっている。焦茶色の建物であるためか、階段が影と重なっているためか、どこか暗い印象を与える。

それでも、臆することなく平吾は階段を登り始めた。一段、また一段と上っていく。上った先には、一つの扉が存在していた。

スチール製で、吊るされている小さな照明が黒色の扉を照らしている。恐らく、この建物の玄関だろうと平吾は推測した。また、扉には小さな下げ札が付けられていた。これもまた黒い素材であり、そこには白色で文字が綴られていた。

「北見探偵事務所」

それを見て、やっと目的の場所に来れたことを平吾は実感した。

名札を確認すると、平吾は扉のそばにあるインターホンを一回押した。押してから、数秒、数十秒…扉から人が出る気配がなかった。

平吾が訝しく思っていると、「こんにちは」と突然声が聞こえた。突然のことに驚き、すぐに後ろを振り向く。すると、そこには一人の男性がただずんでいた。

男性はパッと見ただけでも、端正な顔立ちであった。元からくねっているであろう髪の毛を整えており、オフィスカジュアルな服装も清潔な印象を与えた。整った目鼻には眼鏡が掛けられており、さらに理知的な印象を与えた。

唖然としている平吾に男性は「突然お声がけしてすみませんでした。驚きますよね」と申し訳なさそうに謝った。それを聞いて、平吾はやっと言葉を紡いだ。

「あ、いえ、大丈夫です…あの、あなたは」

「ああ、僕はここの、北見探偵事務所の社長です。もしかして、何か用事がありましたか?」

「ああ、はい。インターホンを鳴らしたんですけど、留守だったんですね」

「…ああ、すみません。一応もう一人社員はいるんですけど…恐らく気づかなかったかもしれませんね」

ー気づかなかった?

再度頭にハテナを浮かべている平吾に、男性は「立ち話をもなんですし、中に入ってお話を聞きましょう」と言い、扉を開けた。


***


事務所の中に入り、社長と名乗った男性がお茶の用意をしている間平吾は部屋全体を見回した。いや、それは初めのうちだけでその後はある一箇所に注目していた。

探偵事務所は男性のイメージにあったかのように、清潔な部屋であった。客間もホコリひとつなく、社長の机も綺麗に整えられていた。

但し、一箇所は反対の印象を受けるものであった。

社長の机よりもさらに隅の方にもう一つの机があった。だが、その周辺にはクシャクシャに丸められた紙がいくつも落ちていた。さらに、その机には一人の男性が座っていた。

男性の全体の顔はボサボサした肩くらいまである髪で覆われていて、見えなかった。只、視点は机上の紙に向かっており、ペンを握ってじっとしている。平吾と社長に気付いているのかさえわからないほどであった。

「お待たせしました」

社長がお盆に三つのティーカップを乗せて運んで来た。そして、一つを平吾の座っている目の前の位置に、卓上の上に置いた。平吾はお礼を述べた。

「自己紹介からですかね。改めまして、僕はこの探偵事務所の社長の北見太朗と申します」

そう言って、一枚の名刺を平吾に差し出した。平吾がそれを受け取ると、彼もまた自己紹介をした。

「栄口平吾といいます」

「さかぐちさんですね。漢字はどのように書きますか?」

「ああ、えっと『栄える』と『口』で栄口です」

「そうなんですね。教えていただき、ありがとうございます」

「ああ、あと」と言って太朗は紙屑だらけの机に向かっている男性の方に視線を移した。

「あちらにいるのが、北見佐久弥。ここの探偵社員であり、僕の従兄弟です」

名前を呼ばれて、向こうの机にいる男性は初めてこちらに顔を上げた。よく見ると、彼もまた中性的で綺麗な顔をしている、と平吾は思った。佐久弥は一瞬目を見開いたかと思うと、「…どうも」と小さな声で挨拶をした。

「少し変わった方ですね」

「そうですね。佐久弥さん自身の性格の問題でもありますので」

太朗は佐久夜の態度や行動については、問題と言いながらもそれほど深刻なように受け止めている印象はなかった。

「ところで」と太朗は言った。

「栄口さんは今回どのような用件でこちらに訪ねられましたか?」

本題だと思って、平吾は身の引き締まる気持ちになった。太朗が淹れた紅茶を半分まで飲み、喉を潤わせて己の緊張を和らげた。

「えっと北見さんにお話ししたいことは…その、すみません。北見さんと呼んで大丈夫ですか?」

「ああ、そうですね。私の方は太朗と、佐久弥のことも本名で呼んでいただいて構いませんよ」

「ありがとうございます。それでは、太朗さん。実はご依頼したいことがありまして…」

少し躊躇してから、平吾は意を決したように言葉を続けた。


「俺の母が行方不明なんです。その捜索を、お願いしたいんです」

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