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雨宿りする幽霊

作者: 斉木凛

「俺、幽霊が見えるようになったかも知れねぇ」


同期の奴が俺の机まで来て話しかけてくる。俺がそういう類いのものが苦手なのを知っていて、面白がっているようだ。

「駅から会社に向かう途中にある潰れたタバコ屋。そこの軒先にいるんだよ」

その場所なら知っている。いつもの通勤コースだ。

「俺も、いつもそこを通って来てるけど見たことないぞ」

「違うんだよ。雨の日にだけ、いるんだよ」

雨の日にだけ軒先に現れる・・・・・・。

「それって、ただ雨宿りしているだけじゃないのか?なんで幽霊だと思うんだよ」

「だってよぉ。傘持ってるんだよ。普通、傘持ってたら雨宿りしねぇだろ?」

同僚はその幽霊について詳しく話した。

雨の日に、潰れたタバコ屋の軒先に現れる。女性で二十代くらい。傘を持っているのに雨宿りをしている。通りをただ、じっと見ているだけ、だそうだ。

「俺の見立てでは、タバコ屋でつり銭を間違われた女が、それを怨んで化けて出てるんだと思うね」

そして、

「今日は雨が降っているから、いるかもしれねぇぞ。それが役に立つかもな」

と、俺の手首に着けているブレスレットを指さしニヤニヤしながら去っていった。


 俺が手首に着けているブレスレットは除霊の効果がある。と、俺は信じている。でも、片手首だけでは心許ないから両手首につけている。営業先でこのブレスレットを見たお客さんに説明すると、

「そういやこんな話があってさ」

と怪談話が始まる。俺が怖がっていると相手は面白がり、商談が進めやすくなったりする。

 一応、このブレスレットを着けてから怪奇現象には遭遇していない。


会社を出て空を見上げると、梅雨時のどんよりとした厚い雲が覆っていた。雨は止んでいた。

俺って晴れ男だったっけかな?なんて、過去の大事な場面での天気を思い出しながら駅への道を急いだ。

 当然、潰れたタバコ屋に雨宿りする幽霊はいなかった。


 それから梅雨も明け、外回りをする営業の人間には厳しい季節がやってきた。雨が降らない日が続き、雨宿りする幽霊の話も出なくなった。


 その日も暑い一日だった。

 疲れながらも充実した駅への帰り道、さっきまでギラつく太陽が輝いていた空に黒くどんよりとした雲がみるみる覆ってきた。

何か降りそうだな、と考えている矢先、バケツをひっくり返したような土砂降りが襲ってきた。会社に戻るには進み過ぎている。辺りを見渡すと雨を凌げそうなのは、少し先にある潰れたタバコ屋の軒先だけだった。

 ゲリラ豪雨の中、ダッシュで軒先に駆け込む。降りかかった雨で濡れた体をハンカチで拭くが、あまり効果は無い。

 ツイてないな、と思うと同時に雨宿りする幽霊のことを思い出した。

今日は雨が降っているから、出るのか?

出るとしたら軒先のどの位置に出るんだ?

聞いておけばよかった。振り向いた時、そこにいたら俺は気絶してしまうかもしれない。

それはまずい。とりあえず軒先の端に移動して全体を見渡せるようにした。

 両手で互いの手のブレスレットを握りしめ、雨が止むのを待ち続けた。


幽霊が現れる恐怖に耐え続けるも、ゲリラ豪雨の勢いが収まる気配はなく途方に暮れていると、土砂降りの雨の中から傘を差した女性がこちらに向かってくる。

その女性は、軒先に入り傘を閉じ、俺の手首をのぞき込む。そして、何かに気付くと、

「やっーと、会えましたねー」

と、満面の笑みを向けてくる。そして、傘を広げながら、

「とりあえず、傘は一本だけなので一緒に向かいましょうか」

と、傘に入るように促す。

 俺の方が、背が高いので傘を受け取り、一本の傘に二人で入りながら、駅への道すがら彼女の言うことには、

 以前、先ほどの潰れたタバコ屋の軒先で雨宿りをしていた時に、傘だけ渡して逃げるように去って行った男の人がいたという。一瞬の出来事で顔も分からず、唯一覚えていたのが、両手首のブレスレットだった。傘を返し、お礼も言いたかったのだが、その男の人を見つける手段が分からなかった。

そこで、雨の日にあの潰れたタバコ屋の軒先で雨宿りをしていれば、その男の人がまた現れるのではないかと思い、雨宿りをしながら、通りを横切る人たちの手首を観察し続けていた。

 それで、傘を持っているのに雨宿りをしている幽霊の目撃談があったわけだ。

その話を聞いて、そういやそんなこともあったかな?

なんて思い出しながら傘を見てみると、細かな傷など見覚えのあるものだった。


 この話を妻にすると、

「まさか、怪奇現象を嫌いなあなたが、幽霊と結婚するとはね」

と、満面の笑みを向けてくる。

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