前編
おはようございます。もしくはこんにちは。ついでにこんばんは。
突然ですが、僕は神様です。
マジです。いや、頭がおかしい人とかじゃなくて。
マイゴッド、あっ間違えた、アイアムゴッドなんです。
神様、て聞くと君たち人間は、なんか杖もって髭生やしたじいさんを想像するみたいだけど、実際はそこら辺にいる高校生と変わらないような見た目をしているんだよ。喋り方もこんなだし。
えっ、威厳がない? いいんだよ、別に。出そうとも思ってないし。
今僕がいるのは、神界にある神殿の一室、『神執務室』。そのまんま、神様用の執務室さ。そこで僕は今、書類の山とバトルをしているんだ。
神様っていうのは多忙なんだよ。それはもう本当に。たぶん君たちの想像してる五倍は多忙だよ~。
……え? 僕たちの主な仕事?
う、うーん……。
神様の主な仕事っていうのは……え~と、どう説明すればいいんだろ。
まぁ、ものすごく簡単に言うと、『人間界の監視』て感じかな? い、一応言っておくけど、『監視』といっても、別に君たちの行動一つ一つを制限するわけじゃないからね!?
『神は決して人間界の出来事に介入してはいけない』
これが偉大なる大神様の教えさ。
あっ、でもさすがに人間界でヤバめの戦争とかあったら介入するよ? 古くから人間を見守ってきた身としても、同族同士の愚かな争いで、人間が破滅していく様なんか見たくないしね。
それはともかく、例えば人間界での犯罪の数とか、自然災害による被害とかを細かく記録して、それを大神様に報告するんだ。
おっと今「案外楽な仕事だな」とか思ったでしょ?
そんな事はない。世界は広いんだ。僕の担当している『第七世界』ですら、僕の部下(力は神様級だよ)を千人ほど休みなしフルで働かせて、ようやくリアルタイムでの情報更新が出来てるんだから。
この隣の『第八世界』とかはとてつもなく広いらしいから、そこを担当してる神様はもっと多忙だろうね~。
……うん? 担当している?
あっ、やっぱ気になっちゃいますぅ?
実はこんなのでも僕、神様界ではひっじょーに偉い立場なんです。エッヘン。
僕はこの度、大神様から数ある世界の一つ、『第七世界』の管理人を任せてもらえたのだ~! わー、ドンドンパフパフ!
だから僕はこの世界においては絶大な権力を持ってるし、部下もたくさん従えてるのさ。例えるなら僕は、学校の校長先生みたいなものだよ。エエッヘン!
まぁ、偉いからと言って楽というわけでもないんだけどね。今もこんな大量の仕事を任されてるし。
上司の大神様の命令は従わなきゃいけないし、部下には偉そうに命令を出さなきゃいけない、しがない中間管理職なのさ。
コンコンコン
と、そんなモノローグをこなしていると、突然執務室のドアがノックされた。
「うん? あぁ、どうぞー」
意識を仕事モードへと切り替えて、僕は返事をする。すると二秒ほど経ってから、ガチャリとドアが開けられた。
「おや、ミカエルくんじゃないか」
ドアの向こうに立っていたのは、僕の部下の中でもトップクラスの働きをしてくれている『ミカエル』くんだった。
金色の髪と金色の瞳をもち、すらりと伸びた長身の青年だ。勤務態度も真面目で、性格も穏やかと非の打ち所がない。僕が『第七世界』の管理人を引退したら、彼を次期管理人に推薦しようかと思っているほどだ。
しかしそんなミカエルくんが、今は珍しく青ざめた顔で僕を見つめている。それだけで僕は、ただ事では無い事態が起きたのだと悟った。
「どうした? 何が起きたんだい?」
口調をマジにして、ミカエルくんに説明を促す。
ミカエルくんはしばらく「あー……」とか「えー……」とか唸っていたけど、やがて覚悟を決めたのか、口を開いた。
「すみません……。私の手違いで……人間の高校生を、殺してしまいました……」
「えっ、ええぇぇぇぇぇ!!?」
僕は飛び上がるように━━━というか文字通り飛び上がって驚いた。
「申し訳ございません! 私としたことが、こんなミスを……!」
ミカエルくんが腰をキッチリ45度に折って謝罪をする。そんなミカエルくんを尻目に、僕は額を手でおおった。
「神様のミスによる人間の誤殺……。今週で何十件目だ……?」
最近、僕たち神様界で社会問題にもなっている事件。
それが、神様のミス━━━いわゆる、「神様の手違い」による人間の誤殺だ。
僕たち神様は、人間界には極力介入せず、あくまで監視にとどめなければならない。
しかし時々、「あっ、手が滑った」みたいなノリによって神様が人間を殺してしまうことがあるのだ。
本来は神様としては許されないミスだが、ここ最近、何故かそのミスが爆発的に増え出した。
理由は不明。本当に、突然増えだしたのだ。
この問題で不思議なのは、ミカエルくんなど「本来そんなミスなどしないハズ」の神様によるものが多いことだ。
(本当に何故?ミカエルくんはそんなミスなどしない。僕が保証する。……何故なんだ?)
そもそも人間の誤殺というのは、下級の神様によって、十年に一度起きるか起きないかのミスなのだ。それが増加しているというのは、なにか裏があるように思えてならない。……もしや何者かに操られているのか?
「ど、どうしましょうか……」
と、そんな事を考えていると、ミカエルくんが心配そうな声をあげる。うむ、一先ずその疑念は後回しにしよう。
「まぁ仕方ない、ミスは誰にでもあるさ。それよりも、その人間を送る『異世界』を早く探そう。モタモタしてるとその人間がこっちに来ちゃう」
「は、はいっ!」
ミカエルくんの返事を聞いて、僕は手元の端末で検索を開始する。
「まだ異世界に『空き』はあったかな……」
この世に『世界』がたくさんあるように、『異世界』もまたたくさんある。
神様の誤殺によって人間を殺した場合、我々はその責任をとって、その人間を異世界へ送って別の人生を歩ませねばならないのだ。
何故かはわからない。元の世界へ返すことは禁止で、何故か異世界へと送らなきゃいけない。
誰が最初に定めたのかも、何故かもわからない。
でも仕方ない。それがルールなんだから。
「とは言ってもねぇ……」
たくさんあると言っても、異世界の数にだって限りがある。
その中でも、
『だいたい今の人間界と同じ文化』で、
『人間が不自由なく住めるような環境』で、
『言語が日本語』で、
『だいたいそこの住人が、送られる人間よりもアホ』(これは特に重要らしい)
のような異世界は限られてる。
それに僕たちは今、一日に十人ほどのペースでそんな異世界に人を送ってるわけだから……ねぇ?
お陰で今僕たちは、深刻な「異世界不足」に悩まされている。まぁ当然だよねぇ。
せめて、先に上げた条件が一つでも無くなれば、まだ探しやすくなるんだけど……。
「『第十異世界』……は前に確か別の転生者を送っちゃったし……『第八異世界』……こっちはそもそも人の住める環境じゃないし……。『第十五異世界』……ダメだ、ここの住人は人間よりも遥かに賢いし……」
ああもう見つからない! だいたいそんな都合のいい異世界なんかないっての!
でも、探さなきゃいけない。
過去に一度、同じようなことを思って、適当な場所に転生者を放り込んだことがあるのだが……。
数日後にソイツはあろうことか、この執務室に乗り込んで来やがった……。
あの時の驚きは今でも忘れられない。
僕が与えたチート能力によってここまで乗り込んだ彼は、
「ちょっと、なんスかあの異世界は? 周りが強すぎるせいで、せっかくアンタ様からもらったチート能力が、全く意味をなさないんスけど~」
と行儀悪く僕の机に足を乗せやがった。
「俺はアンタらの手違いで殺されたんスけど~。だったら、もっと俺に快適な人生を与えんのがアンタらの義務っスよねぇ。ふざけてんスかぁ? んー?」
……長年人間を見てきたが、あれほどまでに殴りたくなった人間は初めてだ。
あんな思いは二度とゴメンだ。
僕がウンウン唸りながら検索をしていると、ミカエルくんが声をあげた。
「あっ、ありましたよっ! ギリギリ条件を満たしてるものが!」
「でかしたっ!!」
後で二階級特進だっ!、とか思いながら僕はミカエルくんの端末を覗き見る。
「『第二十五異世界』か……。そこの管理人さんとは話したことないんだけどな……」
思わずそう呟きながら手元にあった黒電話で、『第二十五異世界』の管理人さんに電話をかける。
「……あっ、こんにちは。『第七世界』の者ですけど。……はい。あの、今からそちらに転生者を送りたいのですが……はい、そうです。今流行りの異世界転生者です。……あ、ありがとうございます! ホントに申し訳ありません……。それでは~」
思わず本気で頭を下げながら通話を切る。
……あ~緊張した。思いの外話しやすい人でよかった~。
「よし、送る異世界のメドもついたし。そろそろ転生者を出迎えにいかなきゃ。ミカエルくんは仕事に戻っていいよ」
「ああっ! そういえば、今度の転生者に付加するチート能力はどうするのですか?」
「……そういえばそうだった。それもルールだったね……」
異世界転生をさせる時には、神様は必ず転生者になにかチート能力を付加させなければならない。
何故かはわからないが、それもルー(ry。
「前は何を付加させたっけ?」
「『ステカンスト』と、『時間を止める能力』です」
「うーん……。『ステカンスト』は必ずつけるとして……『全属性使用可』は、確か前につけたな……。あっ、そうだ、『実は前勇者の生まれ変わり』て設定をつけておこう」
「おお、なるほど……考えましたね!」
「ほとんどネタ切れだけどね……」
ちなみに『ステカンスト』とは、「ステータスカンスト」の意である。
さて、そろそろ本当に転生者がここへ来てしまう。早く行って「ワシは神様じゃ。すまんのぉ、手違いで殺してもぉた」とか言って出迎えにいかないと。
「じゃ、行ってくる」
「本当にすいません。私のせいで……」
「いいんだよ、ミカエルくんは仕事に戻って。人間の一人や二人を誤殺しちゃったからって、あんまり気にしなくてもいいのさ」
そう言いながら僕は執務室を後にしたのだった。