57話 甘く満ちる密室で
「マキニカはここで待っててくれ。アオイの元へ行ってくる」
「え、ええそうねロウ。……皆、気をつけて」
俺――ロウはマキニカにそう言い残し、アオイを助けるべく、皆とともに光あふれる海面へと飛びこんだ。
先導は、黄緑色の魔物を抱えたキルティ。
海の底と聞いていた為、息が続かない事も心配していたが……どうやら杞憂だったようだ。魔物の許可を得たからか、泳ぐというより磁石か何かに引っ張られている感覚で進む。
そうしてアオイ達のいる家にたどり着いた。
「うっしゃ、案外早かったなー。……アオ、聞こえてっか!?」
レモナが、意識を失っているように見えるアオイに呼びかける。
目の前には、腹から光を放つぺんぎん、アオイ。
それを抱えてわたわたオロオロと、忙しなく円を描いて回る少女、ミドリ。その動きが、アオイの妹だと感じさせるな。
聞こえたのか、アオイがゆっくりとまん丸な目を開く。
「……あれ。皆さん、来てくれたんですね」
「よかった~。アオイちゃん、まだわたし達の事を覚えててくれてるんだね!」
アオイは魔道具の影響で、記憶が侵食されている可能性がある。魔物から聞いた情報だ。
現に今も、あふれる光がホログラムのようになり、もふもふケモ耳少女達の記録が空中に投影されている。本来の持ち主の趣味らしいが……。ところどころ、もふみのある魔物まで映っているのは気のせいか? よく見れば少女達にも途中から邪険に扱われているし、何かをこじらせてしまったようだ。
イタチ一号が映った気がしたのも見間違いだな。同族の魔物だろう。
アオイはしっかりと頷き、キルティに返す。
「はい、勿論ですよ。黒猫のキルティさん」
「うんうん! 忘れられてるかと思ったけど、まだ、だいじょぶそうだね」
まだ大きな問題はあるが、一つ安心できたとほっとした。
アオイは続けて俺達にも目を向け、覚えていると伝えてくれる。
「金の尻尾が美しい、ヒョウのレモナさんに」
「アタシ? や、ヒョウじゃねーけど」
「小柄なのにたくさん食べる、白ポメラニアンのラシュエルくん」
「ん、わかった。ぼくは、きょうからポメラニアンに……なる」
「いや、なるなラシュエル」
謎の決意を固めたラシュエルに思わずツッコむ。
この流れのまま、俺にも言うアオイ。
「黒耳シェパードのロウさん」
「俺は犬では……」
「あ、それはオージおじさまですね。黒い尻尾の猫、もキルティさんか。……えと、何か黒い動物のロウさんですよね」
「アオイ。これが終わったら俺の認識について、はなしをしよう」
俺だけ適当じゃないか? まるで黒色キャラが被っているかの……ごほん。今はそれどころじゃないな。
これはマズイ。かなり侵食されてしまっているようだ。
という事は、ミドリが発動させた転生魔法がいよいよ完成する。うかうかしてはいられない。
「俺達はこれでどうすればいい」
端的に魔物へと訊く。
皆の手元には、いわゆる魔法少女のステッキのような物が握られている。
ここに来る前に、魔物から渡された道具だ。
「ぺんぎんの周囲を、振りながら歩くラーノ! それで、こことは違う世界――異世界との接続を切る。そしたら、魔力が暴走してる状態での転生なんていう、魂が崩壊しそうな事は防げるラーノ。ぺんぎんと共にこの世界を回った四人なら、ヘタなとこは切らずに済むラーノ」
部屋の奥、たくさんの機械や画面のある場所で、複数の魔物達が飛んだり跳ねたりしている。
俺達に説明をしてくれていた魔物も、ようやくキルティから解放され、そう言い集団に混ざっていった。
「……やろう」
「よっしゃ、待ってなーアオ!」
「アオイちゃんの為に~!」
「ん」
アオイとミドリを中心に、俺たちは取り囲むように位置する。
そこから時計回りにぐるぐると回っていく。勿論、ステッキは振りつつだ。
いまいちやれている実感がないが、空を切っているはずなのに、抵抗を感じる気がする。できているという事だろうか。
動作は続け、魔物達の方を見やる。
「てめー遅いラーノ! さっさとこっち手伝……」
「うっせーぜ、つかまってたんだからしゃーねーだろラーノ」
「できるだけ発動を遅らせて、術式の路線変更を」
「あ、そこは違うボタン」
「ぎゃー! プリン噴出ボタンじゃねーかラーノ!」
ぴこぴこぴこ。手がない代わりに、その小さい体ごと使ってボタンを押しているようだ。
魔物達の上からノズルが降りてきて、黄色く甘い匂いのする液体がシャワーのようにぶちまけられている。とどめのように、カラメルが少しだけ載せられる。カラメルの量だけ異様に少ないのは、経費削減か?
「滑るラーノ~……わぶっ」
「たく。誰だ、こんなボタン作ったラーノは!」
「会議で満場一致したはずラーノ」
プリンまみれのまもの達が、滑りながら作業をしている。
しかし、こんなところでミドリはよく過ごせたな。ラーノラーノと、頭にこびりついて離れなさそうラー……なさそうだ。
語尾が確立されていると、影響を受けないのだろうか。前任者も、そういったやつなのかもな。
目を前に戻すと、アクロバティックにステッキをぶん回すレモナ。
「なー。これさ、ちゃんと必要なのが切れてんだよなー? あんま選べてる気はしねーっつーか」
「ばっちりラーノ! 旅をした共有の記憶があるから意識しなくともできるけど。ぺんぎんにこの世界にいてほしいとか、今度ここ行こうとか、引き留めるよう思いながらやるともっと良いラーノ」
「なにゃ。それなら完璧にできるよ~!」
キルティが目を細め、小さく呟き始める。だんだんと口元がだらしなくなってゆくから、何を想像しているのかは察せるが。
他の皆も、同じく思いをはせる。
少女の周囲で考え込み、ステッキを持って歩く今の状態はおかしな宗教みたいだが……気にしてる場合じゃないな。
この世界に、いてほしいに決まっているだろう。まだ続くと……行きたいところだって話したはずだ。
海に来るまでの、馬車内での会話を思い出す。
前から行こうかと思っていた、西の話。アオイにもその時に話したな。
またこのメンバーなら、きっと面倒ごとに巻き込まれるだろうが、案外悪くない。今まであった人間も、変なやつは多くとも……楽しかったと俺は思う。
西でもいろんな場所を訪れてみよう、アオイ。
「み、なさん」
「アオイ!」
「あれ。みな、さんって……?」
アオイがミドリの腕の中で、こてりと首の代わりに体を傾げる。
俺達への認識が薄まっている?
まだ、まだなのか……!?
「待たせたラーノ。その魔力、とんでけラーノー!」
床が開き、青いボタンが現れる。
そこに飛び乗り押す、黄緑色の魔物。
「おねえちゃん!」
ひときわ強く辺りに満ちる光。
より一層、ミドリがぎゅっと抱きしめる。
思わず目を閉じた俺達。すぐに収まった光に目を開けて、見たものは。
立ち尽くす少女と。ひらひらと、その手に降る赤いリボン。
プリンの甘い匂いのするこの部屋から、アオイの姿は消えてしまった。




