31話 ぷるぷるトランプ
顔面スライディングから、何とか立ち直ったラシュエルくん。現在はロウさんとレモナさんと、魔石をあらかた拾い集め終わったところ。
皆さんが集めている間に、私はキルティさんと一号さんの介抱をしていた。そのかいあって、キルティさんは暗闇ショックから大分回復してきている。
にゃーとしか言えなかったけど、今はちゃんと人の言葉を喋ってるよ。頑張った、私!
魔石を集め終わったロウさんが、キルティさんのその様子を見てからこちらに近づいてくる。
そのままキルティさんの前まで行き、しゃがんでいるキルティさんに合わせるようにしゃがむロウさん。
「キルティ」
「んにゃ? ロウ……?」
顔をあげたキルティさんの目を覗きこみ、ロウさんがぽつりと言う。
「……悪かった」
「にゃっロウ、どうしたの~?」
「慎重になり過ぎた。もっと早くコウモリを倒す事を考えていれば、キルティがパニックになる事も無かっただろう。俺の判断ミスだ」
……そっか。ロウさんはずっと、それを気にしてたんだ。
魔石を拾い始めた時に、ロウさんが憂い顔なのが気になっていた。いや、多分もう少し前から。コウモリを倒さなければこの部屋を脱出できなかったと気づいた時には、すでに考えていたんだと思う。
氷の部屋から落ちてから、ダンジョンの中のどの位置にいるのか正確じゃない。出口も分からないし、言ってみれば閉じ込められている状態。
私達は不安に思いながらも、何とかなってきたのもあり、そこまで思い詰めたりはしていなかった。
でも、ロウさんにとっては違う。このハンターパーティー『魂の定義』のリーダーだから。
元々ロウさんは慎重派だけど、このイレギュラーが起こってからは特に、何も起こらないようにと慎重に行動したかったんだ。
だからこそコウモリを回避していたんだろうけど、それが裏目に出てしまった。
ずっとそういった責任感とか、罪悪感とかを感じていたんだ。
……真面目過ぎますよ、ロウさん。おかんなロウさんらしいですが。
「ロウ……。うにゃ、ふふ~ん。わたし、キルティちゃんはもうだいじょぶだよ~! ロウ達が守ってくれたもんね~」
「……そうか。いつも有り難うな」
しゃがんだまま横に伸ばした腕と、尻尾をグルグル回すキルティさん。そんな風に元気を表すキルティさんを見たロウさんは、手をキルティさんの頭に置き、ゆっくりと撫でる。
優しく、大切に扱うように丁寧に撫でている。まるで、喧嘩して仲直りした後、お母さんがそうしてくれるように。
キルティさんもそう感じるのだと思う。猫のように目を眇め、気持ち良さそうに頭をその手に預けている。
近くに立っている私にも、顔を向けたロウさんがお礼を言ってくれる。
「アオイもな。キルティの事も、超音波の件も助かった」
私もいつも皆さんに助けてもらっていますから、お役に立てたのは嬉しいです。
優しく、少ししんみりとした、普段の『魂の定義』らしからぬ空気。心地よくもあるけど何だかちょっと落ち着かないのは、いつも元気で騒がしい皆さんに毒されてきているのかも。
そんな空気の中。レモナさんがひょこっと、ロウさんと私の間に顔を挟む。
「なー、アタシはアタシは!? どー思ってんかー、ロウ?」
突然、元気代表のレモナさんにどう思っているのかと聞かれたロウさん。
虚を突かれ驚くけど、ちゃんとレモナさんに答える。
「あ、ああ。レモナとは共に前衛だしな、感謝している」
「うっしサンキュー。んじゃ次、ラシュとイチなー」
パッと身を翻し、ラシュエルくんと一号さんを両脇に抱えてすぐに戻ってくるレモナさん。
この二人に対する思いは? というように、二人をロウさんに向けてぐいと出す。いきなり抱えられた二人は、きょとんとしながらもキラキラとした瞳でロウさんを見ていた。
ロウさんは今度こそ言葉に詰まり、レモナさんに向けて目を細めて言う。
「……お前、分かってやってるだろう」
「んあー? なーんの事かねー?」
レモナさんは下手くそな……大分調子の外れた、昭和感のある口笛を吹きながら顔を逸らす。器用な事に、口笛を吹いているのにニヤっと笑っている。
相変わらず抱えられたままの、ラシュエルくんと一号さんの期待するような視線がロウさんへ注がれる。
さすがにこの流れで感謝を口に出すのは恥ずかしかったらしい。
ロウさんは無言で二人の頭をぽんぽんと軽く叩いただけだった。二人はそれでも満足そう。
レモナさんはそれを確認し、にししと笑っていた。
ロウさんの耳が、若干色がついて見えたのは気のせいだと思っておきます。
レモナさんのおかげで、しんみりとした空気は無くなった。代わりにロウさんが落ち着かなさそうだけど。
「んじゃ、魔物もいねーし休憩しよーって。な!」
ニヤニヤ笑顔からキラーンとした笑顔に変わったレモナさん。
つられてロウさんも、いつもの表情に戻ってきて言う。
「そうだな。ここには何もないが、ひとまず座って落ち着くか」
「あー、何もねーかんなー。ま、ここはアタシに任せなって!」
「何かあるのかレモナ」
ふっふっふ……と勿体つけて笑うレモナさん。持ち前の運動神経を活かして、さっとロウさんの懐からあるものを抜き出す。
それは緑色のカード――Eランクハンターのギルドカードだ。
「こん中になー……『トランプ』!」
ぽわっと淡くカードが光り、一瞬の後、レモナさんの手の中にケースに入ったトランプが現れた。
ギルドカードには時空魔法が付与されているから、中にある程度物を入れられる。つまり事前にトランプがカードの中に入っていたって事だね。
「トランプまで入ってたんですね」
「俺は入れた覚えがないんだが……」
「そりゃそーだなー。アタシが入れたかんなー」
入れたのはロウさんではなく、レモナさんだったらしい。リーダーだし、普段はロウさんがカードを持ってるはずなんだけど。
こんなこともあろうかと準備していたとの事。
ロウさんは、いつの間に……と呆れ顔で呟いていた。レモナさんは面白い事には全力ですから。
ポート以外何もない部屋。真っ白なこの部屋で、トランプ休憩に入る事になった。
☆
「うっしゃ。フルハウスッ!」
「……ん。ロイヤルストレートフラッシュ」
「ちょ、ラシュ。んで、そんなん出るんだっつーの」
現在、『魂の定義』はポーカーで遊んでいる。
レモナさんのフルハウスに、ラシュエルくんがロイヤルストレートフラッシュで勝利したところ。
ロイヤルストレートフラッシュって、人生でもぺんぎん生でも始めて見た……。
一号さんは不参加。喋れるけど、一応魔物だからね。さすがにトランプは知らないらしい。
ロウさんとキルティさんはワンペア。
私は……いわゆるブタです。ぺんぎんだけど。
先程からこのハイレベルな戦いが、主にレモナさんとラシュエルくんの間で起こっている。
幻のロイヤルストレートフラッシュまで出したラシュエルくんだけど、ポーカーではレモナさんが最終的に勝利をおさめた。
じっと考えカードを交換するラシュエルくんに対し、レモナさんは何となくで選んでいそうだった。レモナさん、かなりの強運の持ち主なのかな?
次は王道、大富豪。
地域によってルールが異なると言うけど、私達の認識の間にあまり相違は無く、スムーズに始められた。
「……革命」
ラシュエルくんの勢いがスゴい。
見た目天使なラシュエルくん。でもそのトランプの手腕は小悪魔だった……。まるで私達の手札が分かっているかのように、いやらしいタイミングで革命を起こすのだ。
「恐らく、場に出たカード全てを覚えているからだろうな」
とはロウさんの言。
……ラシュエルくん、一体何者なんですか。
これにはレモナさんも完敗していた。とは言え、常に二位をキープしているのだけど。
「うぐっぴぇ。何でですかー……」
大貧民中の大貧民とは私です。皆さん強過ぎじゃないですか? それとも私が弱いんでしょうか。
orzのつもりが手足短過ぎて、端から見たら突っ伏して死んでるだけのポーズ。連続で最下位のため、ぷるぷるする私を見かね、また別のトランプ遊びにしてくれた。
セブンブリッジという、少しだけマイナーな遊びもやった。七並べと麻雀が混ざったようなものだね。
神経衰弱はラシュエルくん無双過ぎて一瞬で終わってしまった。
「あいつらは異常だからな。キルティ、勝たせてもらうぞ」
「ふっふ~ん。レモナもラシュくんもスゴ過ぎて勝てないけど、ロウなら勝てるもんね~」
「ふ……言ったな。手加減はしないからな」
「当っ然だよ~! いざ、真剣勝負!」
そしてロウさんとキルティさんの二人は、常にその二人の間だけで白熱した戦いを繰り広げていた。
上位のレモナさんとラシュエルくん。
熾烈な三位争いをするロウさんとキルティさん。
ほぼ最下位の私……。
そして最後。締めのババ抜き。
ラシュエルくんはさっきまで、一分に一回くらいあくびを連発していたから、今は限界が来て眠っている。
トランプが弱いらしい私でも、運勝負なら勝てる瞬間もあるはずだ。
なのに、なのに。
「ぺんぎんには運すらないんですか――っ!」
ぴえぇぇぇ……。
あれですか、この世界で皆さんに出会って命拾いした事で、全ての運を使いきったんですか、私!?
その件は良かったけど、やっと見つけた技が非殺傷技で、戦闘能力皆無。運も尽きた。
「ぺんはん、運ないねんなぁ。不運のぺんぎん、イタチの幸運分けてやってもええで? 利子つきで」
うるさいですよ、一号さん! そもそも運の利子って何ですか。
うぅ、ぺんぎん道が厳しすぎる……。




